19話 誇りとVIPリスナー
部活見学のはずが力石先輩をノックアウトしてしまい、ボクシング部は騒然となった。
これには俺も困惑で、どうしていいのかわからない。
「うっ……桂木、てめえ……」
力石先輩はすぐに意識が戻り、俺を物凄く睨んできた。
圧力。
そう、俺はいつもこういう圧力を感じては自ら縮こまって、他人の言葉に唯々諾々と従ってきた。
でもヒカリンは『自分を守れない者は誰も守れない』と俺を激励してくれた。
自分の気持ちすら守れなければ、あの世界では生きてはいけない……それはこっちの世界だって、ある意味同じだ。
俺は今まで自分が貶められても、余計な傷を負わないよう見て見ぬフリをしていた。
確かに我慢さえすれば表面上は穏やかな学園生活を送れたかもしれない。でも、代わりにすり減ってゆくものがあった。
心だ。
意思だ。
他者に自分がないがしろにされ、何もできずに尊厳を奪われてゆくだけで……そんな自分のままでは一生、自分を誇ることもできない。
誰かを、芽瑠を守ろうだなんておこがましい!
「黒井くん、さすがにこういうのは俺も困るって」
だから俺は————
部活見学と称して誘ってきた黒井くんに話を振る。
「は? カツラギお前、何言っちゃってんの?」
凄い形相で俺を威圧するけど、その恐怖に屈しないよう自分を奮い立たせる。
「だから、部活見学って言ってたのに……どうして力石先輩と俺がスパークリング? する話になってるの。危ないでしょ」
「てめえ!」
なぜか力石先輩がキレてるけど、俺は構わずに話を続ける。
「いつも黒井くんや差部津くん、それに吉良くんには仲良くしてもらって感謝はしてるよ。でも、こういうノリにはついていけないかなって」
「おまえ、何様だよ」
「カツラギのくせに生意気だぞ」
「でもさ、危ないって。現に力石先輩は倒れちゃったし、今朝もそうだったよね。吉良くんが無理やりヒカリンの肩を掴んでさ、女の子だったら誰でもああいうのは怖いと思う。それで結果は、ヒカリンにスタンガンを使われて吉良くんも倒れちゃったでしょ?」
「は……? ヒカリンが吉良にスタンガンを……? 桂木じゃなくて?」
力石先輩はブツブツと何かうわごとを呟いていたけど、ここで構ってはいられない。
自分の意思をしっかりと2人に伝えるんだ。
「だからさ、こういうノリ? いじりみたいのは危険だし、俺はちょっと嫌だなって」
◇
「はー、めんどくさかったな」
「ゆーまが言えば、あんな人たちは僕がぶち殺すです」
下校の途中、影から出現したロザリアが平然と怖い発言をするので苦笑してしまう。
でも煩わしかったのは事実だ。
あの場を離脱するのにけっこうな時間を要したのだ。黒井くんはギャンギャン騒ぐし、差部津くんからは格闘技経験があったのかとしつこく尋ねてくるし、意識が戻った力石先輩は黒井くんに何やら詰め寄ってて、てんやわんやだった。
「いやいやロザリア。間違っても殺すとか、そんな暴挙に出ないでね?」
「はいです。僕はゆーまがいいって言うまでは影から出ないです」
「約束を覚えてて偉いぞ……ん? もしかしてヒカリンがいる時も出てこなかったのって……」
「約束です」
「おおう、律儀にありがとう」
次に現実でヒカリンに会った時はロザリアを出すようにしよう。
「それにしても、格闘技を経験するのって悪くないかも」
「ゆーま、すこし気持ちよさそうだったです」
「身体を動かすのってリフレッシュにもなるし、何よりあっちの世界で生き残るのに役立ちそうだからさ。メリットもあったし」
よくわからないけど【闘士の心】を折ったらしく、ステータスポイントと権能Lvのどちらかを上昇できるようだ。ちなみにステータスだと【HP】か【力】か【素早さ】のみに1ポイントまで振れるらしい。
チャンネル登録者1万人分のポイントは大きい。
「そういえば登録者分のステータスポイントを上げてなかったな」
【ユウマ】
【割り振り可能なポイント3 = 信者数or登録者数39927人】
「よし、権能【朽ちぬ肉体】の回復力を活かすためにも今回はHPへ重点的に振ってみるか」
【ユウマ】
【HP11 → 13 MP10 力9 → 10 色力24 防御9 → 10 素早さ8】
【割り振り可能なポイント0/3 = 信者数or登録者数39927人】
「こんなもんか。うん、あとは【過去に眠る地角】へのタイムリープまでに備えておくべきことは、VIPリスナーを誰にするかだよなあ」
正直、最近は視界を流れるコメントが多すぎて見づらいと思う時が多々あった。
特に生死を分かつ戦闘中に大量のコメント弾幕が来た日には視界が潰れてしまう危険がある。
そのためにもVIPを決めて、コメント表示を制限する必要があると考えている。だが、これまでリスナーのアドバイスに助けられてきた面もあるため、適当にVIPを決めるなんて愚の骨頂。
ここは吟味に吟味を重ねる必要がある。
「妹君と話し合うのがよきです」
「あぁー……」
ロザリアの指摘は尤もなのだけど、正直ここ数日でチャンネル登録者が爆増したのをどう説明すればいいのか迷っていた。
あの配信はアーカイブに残っているので、いずれ芽瑠に露見するのはわかっている。その時、ヒカリンが言う強制力が本当なら【過去に眠る地角】の関係者でない芽瑠には詳細を伝えられないわけで……そうなると、十中八九『お兄ちゃんはどうして私に秘密で、面白そうなゲームを配信してるの?』と悲しませてしまうだろう。
「そろそろ家につくからロザリア、影に戻ってくれるか?」
「あいです。でも、妹君に秘密のしすぎダメです。言えるとき、言うです」
「お、おう……」
「不死のぼくと違って……大切な人たちは脆く、すぐ死んじゃいますから」
無表情でもロザリアの瞳にはありありと悲しみをたたえる光が揺らいでいた。きっと彼女は今まで多くの仲間の死を見てきたけれど、死には慣れないのだろう。その証拠に、ヘラヘラ三銃士が死んでしまったときもアレだけ取り乱したのだから。
そういうロザリアの優しいところを感じると、嬉しいような悲しいような気持ちになる。
俺がなんて声をかけていいか迷っていると、ロザリアは影に入り込んでしまった。
「難しいな……」
そんな呟きと共に自宅のドアを開けると、ちょっぴり不貞腐れ気味の妹が待ち構えていた。
◇
「お兄ちゃん、秘密つくった」
「あ、あ、あのゲームはな……15歳未満がやっちゃいけないゲームでな? ほら、グロい表現とかあって……」
ロザリアに指摘された通り、帰宅した芽瑠が開口一番に尋ねてきたのはYouTuboの件だった。
どうやら芽瑠は自分のスマホで俺たちのチャンネルを確認して気付いたようだ。
「もういい」
「お兄ちゃんもできるなら、あんな人が死んだり痛かったりするゲームしたくないんだ」
「……うそ」
プイッとそっぽを向く芽瑠は可愛い。
そうじゃない、この事態をどうにかしなければ……。
「怒らないでくれ、な? お兄ちゃんにできることなら何でもするから」
「別に怒ってない、すねる、運命」
「すねてるううううううう!?」
くずれ落ちる俺を車椅子から見下ろす妹だったが、数秒経てば『ふぅっ』と可愛らしいため息をついて話かけてくれる。
「一緒に配信、する運命」
「イェッサー! マイプリンセス!」
芽瑠なりにこれで少しは許す、といった意思表示に俺は大歓喜する。
妹の勅命を受け、俺はそそくさと配信機材を整えて三日ぶりに普通のゲーム配信を始める。
「どうも、おっさんだ」
「妹のメルです」
「今日はファイナルシストファンタジー18の配信をやってくぞ~!」
「お兄ちゃん、勝手に18禁ゲームした」
「いま、その話蒸し返すうう!? っていうか18禁じゃなくて15禁な!」
二日ぶりのゲーム配信は穏やかならぬ状況で始まった。
といのもやはり出迎えてくれたのは、絡みのない新規リスナーが多かったからだ。
『あれ? あのデスゲームやらんの?』
『なんだよ、じゃあ見るのやめるわー』
『おっさんの悲鳴を聞きにきた』
『さっさとあのデスゲーム進めようぜー』
『おっす、おっさん! 今日はFF18かー!』
『メルちゃん久しぶりである~!』
『◆今日もおっさんの声は素敵です(500円)◆』
「今日はメルとFF18で遊ぶんだ! おっさんはメルと遊びたいんだ!」
あえて悪者&キモい役を買ってやると、案の定リスナーたちの不満は俺に向く。
『ふざけんなよ』
『おっさんキモいwww』
『シスコンすぎて草』
『メルちゃんの声も聞きたかったのである』
『◆メルちゃんは私をお姉ちゃんって呼んでもいいのですよ?(240円)◆』
ふう、よかった。
これで芽瑠は、『私がいるよりお兄ちゃんが1人で配信した方がリスナーは喜ぶ』なんて考えないだろう。万が一にでも、『あの異世界配信は妹がいるとできない』なんて認識がリスナーに生まれたら、芽瑠に心無い言葉の刃が放たれるのは目に見えている。
全部、俺のせいでいいんだ!
「ま、今日はFF18のボス【破滅を呼ぶ竜】を攻略しつつ相談もある! メルにも相談したくてな」
「なに? 髪の毛が生えたこと?」
「うおおおおおお! それはお兄ちゃんめちゃめちゃ嬉しいんだあああ!」
「むしりとる、運命」
『なんて残酷な運命なんだwwww』
『やっちまえメルちゃん!』
『さっきからメルちゃんがおっさんを一切回復してない件ww』
『おっさんにはそのままヒールしなくていいぜ!』
『HP管理のハードル上げてハゲさせようぜ!?』
我が妹は天才である。
この一瞬でリスナーのみんなを盛り上げる話術、心得ておる!
が、お兄ちゃんは少し寂しい。
「いやー今回の相談は何も俺だけに関わる話じゃないぞ? ちょっ、ほんとヒールして? しぬっしぬっ、回復して!?」
「秘密つくる、お兄ちゃん、死ぬ、運命」
「うおおおおお!? 経験値ロストオオオオオ!? バハムートえぐすぎいい! 怖すぎいいい!」
デスぺナにより今までコツコツ貯めてきた経験値を奪われ、俺は絶望の淵に叩き落とされる。
当分はバハムートを見るたびに、経験値を失う恐怖がフラッシュバックするだろう。
『妹ちゃん鬼畜すぎるwwwww』
『いつになくメルちゃんがおっさんに厳しいww』
『おそらくメルちゃんは、お兄ちゃんが1人で勝手に年齢指定のゲーム配信をしたことにご立腹なのである。なのでこのような、非常にいじましく愛らしい制裁を下しているのである』
『可愛すぎんか?』
『俺も可愛い妹に殺されてえ』
『いいぞ、もっとやれー!』
「くほおおお! お、おまえら! VIPリスナーにしないぞ!?」
『え、それは困る』
『VIPにしてくださいハゲ神様』
『VIPにしてください中年ニート様』
『VIPにしてください中年アルバイター様』
『VIPにしてくださいシスコン野郎様』
『◆VIPにしてくださいおっさん様(10000円)◆』
『1人ガチ恋勢いて草wwwwwww』
罵倒されながら崇められる図はもはやネタでしかなかった。
「VIP、メルが定める、運命」
『うおおおおお、メルちゃんは俺らの女神!』
『メルちゃんは俺の天使!』
『メルちゃんは俺の嫁!』
『◆メルちゃんは私の義妹になります(2000円)◆』
「メルは誰にもやらん!」
『おっさんもガチレスしてて草www』
『シスコンすぎやろ』
「茶番はここまでにして今日は誰をVIPにするのか、メルやリスナー諸君とじっくり話し合おうかなと」
「VIPリスナー?」
「そうだ。VIPはいついかなる時もコメントが目立つ、そんな感じだ。俺たち2人のチャンネルだから、VIPはメルとしっかり話し合って決めたくて」
「ん、それなら許す運命」
「さすがメル! 我が妹ながらその心の広さにお兄ちゃんは狂喜乱舞だ!」
「ん、誰にする?」
メルのその一言でコメント欄は『我こそは』と名乗りをあげる戦国時代に突入した。
無論、リスナーのコメントは荒れに荒れた。




