18話 現実で無双してしまう
「なんか神無戯くん、かっこよくなってない?」
「それ私も思った」
「身長も少し伸びた……?」
「髪の毛が生えるだけであんなイケメンになるなんて思ってなかったなあ」
「私、ライム交換したいって話かけてみようかな」
「神無戯くんってクラスのグループライムに入ってないの?」
「黒井と佐部津があんな陰キャいれる意味ないって」
「もったいないよね」
「ピンスタやってるのかな?」
今日一日、クラスの人達が妙に俺を見詰めてきた。特に女子たちが多く、放課後になっても何やらヒソヒソとこっちを見ては会話をしている。
おそらく朝のヒカリン事件のせいだろう。
有名YouTuberであるヒカリンが俺を名指しで連行してったので、『ヒカリンがカツラギに会いに来た』だとか『ヒカリンとカツラギが付き合ってる』疑惑がまことしやかに囁かれている。
噂話が好き、という意味では女子の方がその辺は目ざといのかもしれない。
とはいえ、あからさまにここまで女子たちに注目されるのはちょっと胃が痛い。恋子やお隣さんの件で俺はある種、女子を疑ってかかる癖がついてしまった。今もチラチラとこちらを見てくる視線に疑念を抱いてしまう。
まさか……『ヒカリンとおっさん高校生がお付き合い?』なんて内容をSNSやネットニュースに拡散する腹積もりじゃないだろうな?
「おーい、カツラギィ! ちょっとこっちこいや」
「今から特別に俺らがお前と遊んでやるよ。カツラ記念ってことでよ」
黒井くんと佐部津くんがガッシリと俺の肩を組んでくる。
正直に言えば、この2人を俺はあまり好きではない。けど、クラスメイトが放課後に俺を遊びに誘ってくれるなんてのは初体験で、少しだけ浮かれてしまう。
今日はバイトもないし2人の誘いを快諾した。
「お、俺でよかったら」
「おーカツラギいいねえ、ノリいいじゃん。本当は吉良くんも誘いたかったけど、保健室に行ってからそのまま早退したらしいんだよ」
「ま、ちょうどいいんじゃね? 遊びって言っても部活見学なんだし」
「ぶ、部活見学?」
本音を言えば週4でバイトをしてる俺は全く部活に興味がなかった。部活をしている時間があるならバイトのシフトを入れるからだ。
でも、これは……ヒカリンに言われたように自分を変えるチャンスでもある。
もう少しこの2人と距離を縮めれば、以前のような『いじり』をやめてほしいと言いやすくなるはず。
「OK! 何部の見学なの?」
「ボクシング部だぜ」
「俺の従弟がさー、けっこう有名な選手でな。部活に誘われてんの」
こうして俺はニタニタと笑う2人に連れられ、ボクシング部の部室へと案内された。
◇
「てっちゃーん! 見学に来たよ」
「よろしくお願いします!」
「あ、あの、俺は付き添いで来ました。お邪魔します」
従弟の黒井豆男からヤバイ一年坊がいるって聞き、時間を作ったが……パッと見た感じヒョロッとしてる奴と、お……! もう一人はそこそこ鍛えてそうだな。
「おう、豆男。こいつが、お前が言ってた桂木ってやつか?」
「そうだよ」
「え? 黒井くん、先輩に俺の何を話したの?」
「今朝のことだよ。吉良くんがぶっ倒れた件も含めてな」
なるほどな。コイツがスタンガンで豆男の親友を失神させたクズか。
豆男が言うにはいじりの一環だったらしいが、本気にスタンガンを使って学友を伸ばしちまうなんてヤバイだろ。しかもコイツはスタンガンをちらつかせて、豆男たちに図々しい態度を取るようになり始めたと。
調子にのってんな。
というか綺麗な顔してんなコイツ。
こういう奴はボコボコにするし甲斐があるぜ。全国高校生ボクシング大会ベスト7の俺が現実をわからせてやる。
「おう、桂木ってのはお前か?」
「えっ? はい」
「おら、グローブつけてリングに上がれ」
「え!? 黒井くんが見学するんじゃないの!?」
「カツラギ~ノリわるいぜ。てっちゃんは全国ベスト7の猛者だから、てっちゃんとスパーリングできるだけでも貴重な体験なんだぜ?」
「えっ、す、スパークリング? ってなに?」
「ワインかよ」
ふん、そこそこ鍛えてると思ったが素人か。
身長は175㎝前後、体重は65キロ前後ってとこだな。
俺より8cmも低く、体重差も10キロ以上ありそうだから危険か?
まあクソ野郎に配慮する必要もないか。
つってもヘッドギアなしで素人を打つのは久しぶりだから、吐かない程度に手加減しながらボコってやるか。
「おら、ゴングは3分おきだ。それを3ラウンドまでやるぞ」
「え!? えっ!? 本当にやるのですか!?」
素人にとって3分っての地獄だと錯覚するぐらい長い時間だ。
抵抗し続けなければ殴られ続け、その痛みが途切れず襲い掛かる。痛みから逃れるためにあがくが、動けば動くほど余計に肺が酸素を求め、その瞬間を狙って腹に打ち込めば悶絶ものだ。
「さっさとしろ一年坊が! マウスピースはしっかり入れろよ!」
「へっ? はひっ」
今更怯えたっておせえぞ。
スタンガンなんかに頼って友達を脅すなんざ最低野郎だ。
その性根を叩き直してやる。
「お前の本来の弱さってやつをたっぷり教えてやるぜ」
「へ!?」
まずはジャブ。
この体重差だ、桂木にとっちゃ重いパンチだろうな。
バシッと奴の顔面を捉え、続いてさらにジャブの連打をみまってやる。
おっと、全部もろに入っちまったから鼻血が出てないといいんだが————
「なるほど、早いですね」
やつは俺のジャブをくらって平然としていた。
それどころか、俺の構えを見様見真似で再現しようとしてるじゃねえか。
なんだ、こいつ。
確かにあの手ごたえはクリーンヒットだったはず。
それなのに……涼しい顔してムカつく野郎だ。やせ我慢も大概にしろや、いっちょまえにプライドだけは高いってか。
それならちょっと本気だしてやるぜ。
「シッシッシュッシッ!」
バシバシボスッバシッと渇いた音が鳴り終えた時、俺は信じられない思いで奴を見る。
俺のパンチは4連続すべて防がれのだ。
このスピードについてこれるとか、こいつ目がいいな。
しかも体の動きもわるくねえ、いや、むしろ早い。構えやステップは素人丸出しだが、こいつは光るものがある。
だが、所詮は素人。
俺が全国ベスト7になるために重ねた努力の集大成をほんの少しだけ見せてやる。
「シュッシュッシッシッシッシッシッシュッ! フンッシッシュッシュッシッシッシッシッシッシュッ! シッシッシッシ、ハァッ、ハァッ、シッ!」
「わあ、すごいです」
素直に俺のパンチを賞賛するこいつの顔は、痛みに苦しむそれではなかった。
信じられねえ。
ほぼ防ぎきっただと!?
いや、がら空きだった胴を3度も捉え、顔面にストレートを2回ほどぶち当ててやった。
それなのになんだ、この感触は……まるで重たい鉛のような物をぶっ叩いてるような……。
「先輩、さすがに痛いですよ。でも、なるほど、パンチってああやって打つのですか。俺もちょっとは反撃できそうです」
「ハァッ、ハァ……やってみろよ」
クソ。
冷静になれ。
素人ごときがこの俺に生意気な口を叩いたからって熱くなるな。
そうだ、素人ごときのパンチなんざ俺にかすりすらしねえ————
「ごはっ!?」
は、はやい——!?
そして重い!?
こいつ、俺より遥かに体格面で劣るのに……こんなに鋭いパンチが打てるだと!?
「グッ、ハァッ! ハァッ」
とはいえ奴のパンチの挙動は明らかに素人そのもの。
それでも俺にパンチを当てられる理由は、圧倒的なまでのスピードがあるからだ。ノーモーションからのパンチだと勘違いしそうなほどの豪速だ。
クソッ!
仕方ねえ、本気だ!
「シュッシュッシッシッシッシッッグォッ!? シッシュッ! ブホォッ!? フンッハァハァハァシュッシュッシッシッシッシッシッシュッ! ウゴッ!? ヴッ!? シュッシュッシッッ! ブッ!?」
顎に強い衝撃を受けた瞬間、世界が揺れた。
あぁ——この感覚は————
脳が揺れ、リングの地面が近づく。
まじか、この俺が素人にノックダウンを取られるなんざ————
「て、て、てっちゃーん!?」
「うそだろ!? 全国7位だぞ!? カツラギ、お前なにやった!?」
「こ、こんなの偶然だ! そうに決まってる!」
「力石先輩! 大丈夫ですか!?」
こうして俺の意識は暗転した。
ブクマ、いいね、☆など、いつもありがとうございます!




