17話 YouTuber四大派閥
「ふーん。傍に零がいるなら安心じゃないの。あっちであたしと合流する意味はあんまりないかもね」
「でも一応は合流しておきたいかなって」
「なにそれ。あたしに『空の王冠』まで来てほしいってわけ?」
「う、うん……」
屋上で行うヒカリンとの異世界会議は難航していた。
「あたしにも色々あるのよね。バカンナギだけにかまっていられるほど暇じゃないのよ」
「そ、そっか……」
「だーかーらー、妥協案を出しなさいよって話! あんたとあたしが今いる中間地点で待ち合わせすればいいじゃない?」
「なるほど」
「あたしは【ポセドニア海皇帝国】付近にいるから……あんたは【空賊国家ウラノス】に向かって」
「【空賊国家ウラノス】……あ、ちょうどいいかも」
ロザリア曰く【空賊国家ウラノス】に両親がいる可能性もあるとか言ってたっけ。
それにしても、なんだかんだでヒカリンは優しい。
恋子やお隣さんの件がなければ絶対的に信頼していたかもしれない。
「音韻が親切にしてくれるのって、俺が新人異世界YouTuberだから?」
「んー……まあ、新人の死亡率は高すぎるから乗りかかった船だし? なるべくサポートしてあげたいって気持ちもあるけど……」
ヒカリンにしては妙に歯切れが悪い。
失礼だけど何か裏があるのでは? と疑惑の眼差しをついつい向けてしまう。
「他にも何か理由があるの?」
「ほら、この間話しそびれたでしょ? 異世界YouTuberには4つの派閥があるって。あんたには、できたらあたしたちの派閥に加わってほしいな~って下心がないわけじゃないわ!」
ド直球かつ正直に話してくれた。
「【過去に眠る地角】で死んだら、現実でも死ぬ。それは異世界YouTuberだけに限らないのはわかるわよね?」
「それはまあ……過去で誰かが死ねば、現在でも誰かの存在が消えるって理屈だもんね」
「そ。その辺を踏まえて考えるとね」
ヒカリンはピッと人差し指を立てて説明を始めた。
「一つ目の派閥は、人族重視と見る派閥よ。【まじめ派閥】と言って、魔族や魔物なら駆除対象とみなす傾向が強いわ。これは神聖国家圏の宗主国【聖王調律ヒストリカ】の錬金勇者『まじめしゃちょー』を中心に築き上げられたグループね。同時にワールドクエストの消化にも積極的で、最大規模の派閥よ」
『まじめしゃちょー』は異世界で生きる人々と接していくうちに、深い情が湧いてしまったようだ。だから人族を脅かす魔族や魔物はできる限り駆逐しようと活動している模様。
俺もこの考えには納得できる。というのも、やっぱり命を脅かす危険性があるものは排除しておきたいというのが本音だ。
ましてや、過去世界と現代世界の人々は繋がっている。目の前の異世界人を守れば現代の誰かが死なずに済むのだ。
「次に魔族や魔獣、獣人などの異形種寄りの思想を持つ者たちね。こちらは【夜国ツクヨミ】にいる『断罪王オレオレ』が中心となってる【オレオレ派閥】よ。彼らの多くは『過去に眠る地角』に来ると亜人種として生を受けてるの。ちなみにワールドクエストにも反対してるわ。少数派閥よ」
クエストの内容には魔族や魔獣を殺める内容が多分に含まれているから、反発しなかったら自種族が滅びたり狩られる側になってしまうらしい。
自分たちと種を同じくする勢力に身を固めるのも頷ける。俺やヒカリンのように人族のままの姿で『過去に眠る地角』に転移する者は7割ほどだそうで、俺も亜人種側として転移していたら【オレオレ派閥】に与していたかもしれない。
「そして三つ目が、あたしがいる【中立派閥】。人族や魔族、亜人族の双方が敵対するような争いの目を事前に摘むために暗躍するの。規模は【オレオレ派閥】より劣るわ」
ヒカリンは胸を張って自分が所属するグループの思想を紹介した。
「もちろん、人族同士や魔族同士の争いの調停役を担ったりする時もあるわ」
【過去の眠る地角】での死者が少なく済めば、現実での失踪者も減少すると力説。しかし争いをなくす、なんてのはそう簡単にいかない。あの世界では綺麗事では済まされない、双方に譲れないものが多々あるので難航しがちだと言う。
命の懸っている事案がいくつもあるわけで……俺だって魔族のために、命の恩人であるロザリアを犠牲にしろと言われても『はいわかりました』とは頷けないだろう。
「そして四つ目が【自由派閥】よ。世界の命運とか犠牲とかにあまり縛られない人達ね。実はこの派閥、【まじめ派閥】に迫るぐらい多いのよね」
身近な人達の命さえ保証されればいいと、この世界を自由に行動している様子だ。
「筆頭者を上げるなら、【賭博の神アカル】や【巨星喰らいの剛腕シバイター】、【堕天した仮面ラファエラ】なんかが強力な人達ね」
ここまでヒカリンの話を耳にし、俺は委縮しそうになってしまう。なにせ、みなが一度は聞いた事のある有名YouTuberばかりで、チャンネル登録者の規模は300万人を優に超えている人物だからだ。
だけれど芽瑠や俺の安全があの世界にかかっている以上、尻込みしている場合じゃない。
……力を得るために、早くチャンネル登録者を増やさなければと思う。
「あたしが把握してる限り、各派閥の規模感は【まじめ派閥】が4、【オレオレ派閥】が2、【中立派閥】が1、【自由派閥】が3ってとこかしら」
ヒカリンの派閥が最弱なのか……。
「ぷんぷん、なによその顔。いい? 数の不利なんてあたしの圧倒的な強さを前に意味なんてないわ!」
「は、はあ……」
突出した個人戦力差でパワーバランスをどうにか保ってるわけですか。
それにしても無理がありそうな雰囲気だけど……。
「ロザリアから1999年に起きた地球化に反発する人もいるって聞いてるけど、ヒカリンは地球化に賛成なんでしょ?」
「そうね。『まじめしゃちょー』は地球化に反発してるわ。なにせ、地球化は【過去に眠る地角】に生きる全ての生物の記憶を塗り替える=殺すと同義だって考えなの」
「【過去に眠る地角】に生きる人々を愛しているのか……」
「逆に『オレオレ』は地球化させなかったら【未来ある地球】の人々を殺すに等しいと主張してるわけ。まーあいつの事だから単純に地球の方が住みやすいって怠惰な理由もあるんだろうけどね」
「ヒカリンも実はオレオレ派なの?」
「表向きは中立よ。でも、あたしたちが実際に生きてるのは地球なの。過去がファンタジー世界だったとか関係ないでしょ? だってあたしたちが生まれたのは世界がとっくに変革された後の2010年なのよ?」
「たしかに……若者からしたら地球こそが真実であり世界、か」
だから1999年に起こる地球化に賛同している、と。
はっきりと善悪のない状況に俺は逡巡した。どちらの言い分も正しいし、どちらも誰かを守るために戦っている。
「いろんな思惑で動いている人達がいるけど、あんたはまず自分の権能を強化したり生き残ることだけを考えなさい」
魔物だとか、人間だとか、そんなのはどうでもいいから。
自分たちの思想を押し付けようとはせずに、ただ生き残れと現実的な話を進めるヒカリンは信じられる相手かもしれない。
「じゃ、あたしはこの辺で戻るから。ユーチューボの仕事もあるし」
そう言って彼女はバチリと雷光をまとったかと思えば、目にも止まらぬ速さで宙を駆けていった……と思う。ぶっちゃけ光になったみたいに高速すぎてちゃんと視認できなかった。
「俺も教室に行くか……って、屋上の鍵閉まってるじゃん……」
仕方がないので、命綱がない状態のまま校舎の外壁を慎重に降りていった。
高所から降りるといった恐怖はあったものの、今の筋力であれば余裕でどうにかなった。
◇
「カツラギの野郎、ヒカリンに話しかけられたからって調子に乗ってたよな」
「吉良くんも保健室に行ったきり戻ってこないし、俺らでお灸を据えてやっか」
クラスの中でも比較的発言力のある男子2名が、薄笑いを浮かべていた。
彼らはとある男子生徒について相談しているようで、その両目にはどす黒い何かが蠢いているようだった。
「って言ってもどうやって? もうあいつはズル剥けユーマじゃねえしハゲネタでいじれないじゃん」
「別にいじりから、どつきに変わってもいいんじゃね?」
「あー、もしかしてボクシング部の力石先輩に紹介するって感じ?」
「りっきーも従弟である俺の頼みなら、快く引き受けてくれるだろうし。カツラギに手っ取り早く立場をわからせるには、痛みが一番だろ?」
「友達として教育か! ナイスアイディアだな!」
「あいつごときに教育とかww おもちゃへの調教が妥当だろw」
佐部津と黒井の両名は、神無戯勇真がボコボコになる姿を連想してはニチャつくのだった。
いじめはなくならない。
むしろエスカレートするのが世の常なのかもしれない。
彼らはクラス内での自分達の立場を把握し、明らかに神無戯勇真が下と認識している。だから彼らの思惑が決して妨げられはしないと思い込んでいる。
————だが、時にその流れが粉々に砕かれる場合もある。




