16話 光の啓示
今回はヒカリン視点です。
自分が社会不適合者だと思うの?
なら社会を自分に適合させちゃえばいいじゃない。
自分が、自分に合う社会を作ればいいのよ。
でも。
現状に不満があるなら変えなさい。
自分を変えなさい。
自分の行動で他者を、環境を変えなさい。
相反する意味を持つこの言葉を胸に刻んで、あたしは生きている。
両親がいなかったあたしに、姉が口を酸っぱくして言い続けた言葉だ。
今思えば、あたしに言ってるようで自分に言い聞かせてたのかもしれない。
あたしたちは血がつながっていないけど境遇は同じで、姉妹だった。それは住む場所が孤児院から里親の家に変わってからも、変わらなかった。
それはあたしがYouTubo界の闇に直面してからも、だ。
【過去に眠る地角】で活躍する他のYouTuberたちは何を考え、何を狙っているのかわからない。元々はYouTubo内で競い合う関係だったから、当時のあたしはそれらに拍車がかかり疑いの目を向けるばかりだった。
死のプレッシャーに怯え、不安で折れそうになる日々を送り、でも近しい誰かに話せなくて。誰にも話せない誓約が苦しかった。
そんなあたしの鬼気迫る何かを察した姉は、『私もYouTuboをやってみる』と言い出してくれた。当初は姉を巻き込んでいけないと、必死にやめさせようとした。
でも、姉は——
『私はね、ひかりが辛そうにしてる現実を変えたいの。原因に察しがついてるのなら、行動に移すわよ』
どうして私に言ってくれないの? 何があったの? と姉はあたしを問い詰めずに眩しく笑った。
間違いなく、あたしにとっての光は姉だった。
『ひかりの顔に苦渋が満ちて、それでも続けようとするYouTuboには何かある。でも、私がやってもない事に対して、知らないものに対して軽々しくやめろなんて言えない。ひかりが必死で頑張ってる姿を見てるもの』
本当は今すぐにでもあたしにYoutuboを辞めてほしかったんだと思う。
『YouTuboには、ひかりが精神を削ってでもやり続ける魅力と毒があるのね。私もあなたと同じ景色を見て、それからあなたに意見するわ』
あの姉は……世理奈は、とてもとても優しかった。いつでもあたしを思い、あたしのために多くの時間を費やしてくれた。
そうやって瞬く間にチャンネル登録者40万人を独力で叩き出した。
『動画作りが楽しい』『自分を全くの他人にさらけ出せるのが楽しい』『未知の人たちとのコミュニケーションが楽しい』。そう言って姉の世理奈はいつも笑っていた。
姉が【過去に眠る地角】に来たのは登録者が50万人を超えた頃だった。
『生き残るには力を合せなきゃダメよ? 私とひかりみたいにね?』
姉はこの過酷な世界に来て、ケロッとした表情であたしにそう言った。死がまとわりつく世界に招き入れた元凶のあたしに、彼女は笑顔を絶やさなかった。
知らないままでいれば楽でいられたはずなのに……。
『知れてよかったわよ? ひかりが1人で思い悩んでる方が私にとっての不幸だもの。でも、今はひかりとこうやって、恐怖や痛み、努力や達成感だって共有できるから幸せよ』
姉のおかげで多くのYouTuberとわかり合える機会が作れた。
姉のおかげでただただ怯える日々に、支え合う友達って彩りが芽生えた。
いつも微笑みを浮かべてあたしを見守る世理奈は、よくハラハラ三銃士のみんなに『おかんかよ』ってつっこまれてたっけ。
でもあたしは世理奈の笑顔に隠れた真の意味を知ってたわ。
絶望に侵食されないよう、あたしに心配させまいと作り笑顔なんて浮かべちゃってさ。
不安に押しつぶされそうな夜は、一人で泣いていたりさ。
全部、全部、世理奈に寄り添って、一緒に泣きたかったわよ。
どうしてあたしたちが、こんな目に合わなきゃいけないのかって叫びだしたかったわ。
でも、それをしたらきっと世理奈は余計に姉としてあたしを守ろうと必死になって、強くあろうと無理をする。
なにより世理奈自身が、自分の弱い所を見せようとしなかったから……あたしも気付かないフリを続けた。
あの頃のあたしはまだ幼く、弱くて、そう世理奈に思わせてしまった。
実際、かなりの甘えん坊だったと自覚はしているわ。
————世理奈はあたしにたくさんの幸せを与えて、大切なものを残して、そしてYouTuber『セイリン』として死んだ。
そんな姉とバカンナギは、どこか似ている。
まずは自分を中傷する相手に対しての在り方だ。
バカンナギは嫌がらせをしてくる連中を笑って許していた。
卑屈ともいえるその姿勢は、自分の大切な何かを守るために必死にとった行動だと思うわ。
そして姉もまた似た節があったわ。
セイリンとして【過去に眠る地角】に来るようになってしまった当初、姉に生き残ってほしくて、一緒にいたくて、当時は唯一信頼できる姉とコラボをたくさんしたわ。
狙い通りセイリンの数字は伸びてステータスが上がり、生存率も上がった。
そしたらリスナーたちが心無い刃をセイリンに突き刺し始めた。
『ヒカリンに売名してもらったつまらない女』
『ユーチューボやめろよ、ズルだろ』
『話が下手w』
『ヒカリンと比べてドブスww』
『華がないっていうか、影が薄いんだよなあ』
『本当に姉妹かよw』
姉を貶める言葉は無数にあった。
それでもバカンナギみたいにやりすごし、あたしのためにYouTuboを続けてくれた。
そう、バカンナギみたいに妹のためなら、自分の身を厭わない切り替えの早さも似ている。
だからバカンナギを見ていられなかった。
見てるとイライラする。
どんなに他者に蔑ろにされても、他者を思いやれる余裕があって……きっと優しさもある。
バカンナギは今、途方もなく混乱して生死の恐怖に怯えているはずなのに……【過去に眠る地角】から戻ってきてすぐにあたしの安否も気遣ってくれた。
彼のその態度が……自分が苦しいのにも拘わらず、あたしを励まし続けてくれた姉と似ている。
そんな優しい人を、人は喰い物にする。
その優しさを弱さだとつけ入り、侮辱し、侵害し、己のくだらない欲を満たそうとする。
バカンナギみたいな奴が侵害されるのは見てられない。
だから、自分の苛立ちをぶつけるみたいにきつく言ってやった。
初対面に近い相手にズケズケ言われる筋合いなんてないのに、バカンナギは笑って受け止めてくれた。
感謝すら述べて。
「なんなのよ、あいつ」
気付けば何かと理由を探して、バカンナギと関わろうとする自分がいたわ。




