36話 君を愛するという役割
皆さんこんばんは。五樹です。
今日は、僕が思い悩む事を少し聞いてはもらえませんでしょうか。
僕は、時子の記憶を全て持つ者、彼女を一番良く知る者として、彼女を愛しています。
それは時に、子を見る親のような気持ちであり、またはある時には、憧れの女性を見る男の目線にもなります。
時子が何か失敗してあたふたしていた時には、交代してから、苦笑しながらも彼女をなだめるようなメッセージを残す。
彼女が夫君の事を大切に愛するような事を言った時には、僕ははっきりと嫉妬をします。
以前にも、僕が時子に恋をしている話はしたと思います。思い当たる理由を今日は書きましょう。
人は、人を愛して、その人間性を覗きたがるものです。でも僕は、そうする前から彼女をよく知っている。誰よりも。
彼女が何に怯え、何に恐怖し、その傷を拭うには何を言ってやればいいのか、知っています。
僕は、彼女が計算高くて、ちょっと狡い所があり、それからとびきり優しく、素直な子だと解っています。
それから、今までどんな過ちを犯し、それをどんなに思い返して悔やんできたかも。
人間の心は、その内側を知れば知る程、美しく見える。僕はそう思います。
やくざ者だろうと、悪党だろうと、心の内を見透かして様々な事情を知れば、それらが一人の人間を立たせている様子は、きっと美しい。
僕は、時子の内面を、グロテスクな欲望まで知る事が出来る。それから、彼女が持つ、慈愛にも触れられる。
僕は彼女のコピーであり、更に、彼女を超えられる部分を持っています。
僕は彼女のように、自分を害する者を退けるのを躊躇したりしない。それに、必要以上に自分を痛めつけたりもしません。
それは、“僕になら彼女を守れる”という自負を僕に持たせる事になりました。でも、そんなのは土台無理な話だったんです。
僕はよく、「時子ちゃんを守ってくれてありがとう」と言われます。
確かに、僕は時子が苦しい時に交代してやり、彼女が束の間だけでも逃げる役に立つ事が出来ます。でも、それだけです。
僕が交代から眠りに入る時、まだ目覚めていない時子の姿を見る事があります。彼女は泣きながら母親を呼んでいる。
「もうそんな事は忘れろよ」
僕がそう言っても、彼女には聴こえないから、返事はありません。それは恐らく、彼女が僕という人格を、自分とは分けて考える為だと思います。
彼女が、「自分」という枠から僕を閉め出した以上、彼女の苦しみの根源を僕が除いてやる事は出来ない。それにもちろん、現実に泣いている時の彼女を、他者として目の前で慰めてやる事も出来やしません。
僕は、目覚めて意識を持っている時子からも、“自分の一部だから、私を良く理解してくれるんだな”と感謝される事があります。それは、僕が残したメッセージが、彼女の心にぴたりと当てはまるからでしょう。でも、それだけ。
彼女が異性として僕を見る事なんか絶対に無いし、僕はそもそも、独立した一人の人間として捉えられる事もありません。時子だって、解っているのです。
「五樹」は、「時子」から切り離された、自己愛です。それを僕は重々承知しています。だから、僕が彼女を愛するのは初めから決められた事で、言ってみれば、僕達は茶番劇の登場人物なのです。
それなのに、なぜ僕は嫉妬や独占欲まで抱えなければいけないんでしょうか?
自分が彼女の一部だと理解しているなら、彼女が誰かを愛するのだって、微笑ましく見ていられるはずじゃないですか。絶対に叶わないと知っているんだから、諦められるはずじゃないですか。
人間の精神は、かくも不可思議な方法で、叶わない恋を生むものです。僕は昨日からずっとこの事だけを考えていて、それを誰に話す事も出来ませんでしたが、ここに書きました。
この話は、時子だって読むでしょう。でも、僕はもうそれを気遣って黙っていてやる事なんか出来ません。
長々とお付き合い頂き、有難うございました。少しまとまりのない文章になってしまい、すみません。それでは、また。
つづく




