そして戦いは
正直なところ、俺は判断に迷った。
怪物は食事に満足した様子で天を仰ぎ、魚の頭で形容し難い吠え声をあげている。
その圧倒的存在感。
形をなした脅威。
万筋服のフルパワーで挑んだところで、戦いになる保証すらなかった。
怪物は俺のことをミジンコほどにも思ってない様子だった。
まったく気に留めていない。
その証拠に、俺を無視してライブハウスを破壊しはじめた。
大きい、存在感のあるものは攻撃対象になるらしかった。
吠えながら無造作に屋根を剥がし、ライトをもぎ取っていく。
ちぎれた建材がバリバリと音をたてて散らばり落ちた。
とつじょ悲鳴があがった。
「きゃーっ!」
金髪の少女、蕪屋雫がライブハウスから飛びだしてきた。
あいつはまだ中に残っていたらしい。
蕪屋雫は次元接続体だ。
小さい存在だが、怪物が反応する。
怪物は身をかがめた。
このままでは食われてしまう。
これ以上犠牲を増やしたくはなかった。
「こっちにこい!」
俺は言いながら、微小半金属の筋肉を軋ませてダッシュした。
怪物の足元へたどりつき、
いままで使ったことのない思いっきりのスイングでスネを打ち抜く。
塊が吹き飛び、虹色の体液がこぼれた。
だが、塊といっても俺の拳ほどの肉塊だ。
怪物はたじろぐこともなく、触腕で蕪屋雫を口へ運んでしまった。
「たすけ……」
蕪屋雫は最後の懇願も言い切ることはできなかった。
「くそ!」
怪物の足元から離れ、なにか打つ手はないかと考える。
怪物はライブハウスの解体を再開した。
ひとけのないこの場所でなら、いくら破壊活動を続けても問題は小さい。
これは時間稼ぎになる。
だが、やつを止めることができなければ、いつかは人の多い地域に移動してしまう。
怪物の背後、俺の視線のはるか先にセツが現れた。
背後にもかかわらず、怪物はセツの気配をとらえた。
振り返ってセツのほうへ向かう。
なにか手があるのかと思って俺は見守る。
怪物の手が届く距離になったとき、セツはテレポートした。
俺の隣に現れる。
「時間稼ぎだ。作戦を考えたい」
怪物は少しのあいだ棒立ちになったあと、こっちを振り向いた。
やはり次元接続体の存在には敏感だ。
俺とセツは一緒に走り出した。
俺は言う。
「知能は高くないな。パワーはすごいが」
「つけいる隙になればいいが。どう思う?」
「万筋服のフルパワーなら、あいつを傷つけることができる。でも一度に拳ひとつぶん程度だ」
「ミンチになるまで殴り続けるか。気の長い話だが、それしか手がないかもしれん」
「イサムか博士がいればな。自衛隊でも呼んでくれそうだ。どっかに連絡したか?」
「まだだ。余計な犠牲者が増えるだけになると困るからな」
「俺たちでやるしかないのか」
「片足だけでも潰せれば大きな時間稼ぎになる。住宅街へ向かう前に自衛隊が着くかもしれない。やろう。わたしが囮になる」
怪物が俺たちに追いついた。
セツがテレポートする。
怪物の動きが止まった。
「うぉおおおおッ!」
俺はフルパワーで腕を振り抜く。
狙いはアキレス腱らしき場所だ。
怪物の身体を拳が貫き、肉片が飛んだ。
俺はさらに拳を振るう。
ここにきて怪物は俺を意識した。
素早い動きで、虫を払うように叩かれた。
それだけで俺は吹っ飛んでしまう。
ライブハウスの壁に激突して大穴を開ける。
「いってーな、ちくしょう……」
衝撃は万筋服が吸収してくれたが、頭を打っていたら終わりだった。
もっと慎重にいかなければならないだろう。
怪物が遠くにテレポートしたセツを追う。
セツはすぐ反対方向へテレポートした。
怪物の動きが止まる。俺が殴る。
こいつの知能が低いからなんとかなってるが、
俺が敵だとはっきり認識されたら終わりかもしれない。
なんにしろ、パワーが足りない。
火力ってやつが。
絶望的に。
小さな傷が増え、右足が虹色の血にまみれたころ、変化が起こった。
怪物がセツを追うのをやめ、俺に攻撃を集中しはじめたのだった。
怪物は俺を食おうとはしないが、動きは素早い。
こっちは避けるのがせいいっぱ
衝撃が襲う。
俺はまともにいいのを食らってしまった。
高く跳ね飛ばされて、アスファルトへ落下する。
落下して転がるときに頭をぶつけた。
額が割れて血が流れる。
視界が歪む。
セツがテレポートしてきて抱き起こしてくれた。
「だいじょうぶか、おっさん!」
「な、なんてこたねぇ……」
俺は気を失いかけていた。
万筋服が溶けるように消えて、裸になってしまう。
「やっぱ駄目かもしれねえ……」
「しっかりしろ!」
怪物が迫る。
セツが裸の俺を担いで走りはじめた。
セツはテレポートで人を運ぶことはできなかった。
俺はなんとか言葉を紡いだ。
「やめろ、セツ、俺なんか放って逃げろ、おまえだけでも」
「らしくないぞおっさん! あんたはいつも図々しいだろ!」
「そうでもないだろ、傷つくぜ……」
セツは必死に走った。
だが巨大な怪物は一歩がずっと早い。
追いつかれた。
セツは俺を担いだまま跳ねて、伸ばされる手を回避していた。
しかしもうこれ以上逃げることはできない。時間の問題だった。
そしてそのときがきた。
触腕につかまり、セツの身体もろとも空中高く持ちあげられる。
凄まじいスピードだった。なすすべもない。
「うわあぁぁぁ!」
俺が最後に聞いたのはセツの悲鳴だった。
俺は万筋服もなしでアスファルトに叩きつけられ、意識を失った。




