アンガージョー
俺は名乗ろうとした。
「くぎ……」
いや、本名はまずいかもしれない。
それに恥ずかしい。
とっさに名前を考える。
ヒーローとしての名前を。
「あ、アンガー……ジョー……。俺はアンガージョー! 覚えておけ!」
ついでに男らしいポーズも決める。
スマホのシャッター音が連なった。
「さて帰ろうか」
博士に促されてふたりでイサムに乗り込む。
イサムがおどけた口調で言う。
「おかえりアンガージョー」
「うっせえバカ! もうすぐ裸になるからな、ホログラム頼むぜ」
イサムが走りだし、人だかりが見えなくなったころ、俺は裸に戻った。
「ああ、くそ」
俺は狭い運転席でごそごそ服を着る。
靴もダメになったので予備のサンダルだ。
「服は着古しがたくさんあるけどよ、靴までダメになるのが痛いなー。ここんとこずっっと新品の靴買い直してばかりだよ」
博士が言う。
「今回の戦いは諸手当つくからね。それでなんとかしてもらいたいね」
「あんなふうに名乗りまであげて大丈夫かね。黙って帰ったほうがよかったんじゃないの?」
「我々が仕事をこなせばそれだけ目撃される。目立つばかりだよ。それならいっそ、ヒーローと認識されて広まったほうが都合いいだろう」
「そんなもんかね」
研究所に戻るとイサムがクラクションを鳴らしながら大声をだした。
「アンガージョーのお帰りだ! ハハハハハッ!」
俺たちがイサムを降りたところに、制服姿のえひめがやってきた。
「アンガージョーってなに?」
「なんでもない。気にするな」
そう答えた俺の背後でイサムが言う。
「うぇーい、えひめ! 俺が教えてやるよ、こっち来な、笑えるぜ!」
「だからイサムってすきー」
俺と博士は事務所に戻った。
メイド姿のセツが待っていた。
「首尾はどうでしたか?」
口調からして博士に聞いたのだろうが俺が答える。
「得たものは大きかったが万全じゃなかった。でも結論からいうと、やっぱりやつらが犯人だった」
「本当か? そんなにあっさり見つかるなんて」
「ことは簡単じゃねえよ。ここの設備があれば普通の犯人ならとっくに逮捕されてるところだぞ」
「わたしは署にメールしとこう」と、博士は奥に行った。
セツが微笑んだ。
「一服するといい。緑茶、紅茶、コーヒー、なんにする?」
「じゃ、コーヒー」
「いちばん手間がかかるものを選ぶな」
「そっちが聞くから……」
セツは手挽きミルで豆を挽きはじめた。
コーヒーを待っていると、えひめがやってきて、素早い動きで俺の背中を叩いた。
パーンといい音がする。
「アンガージョー!」
「いってぇな!」
「なんですか、アンガージョーって、お嬢さま?」
「あのね……」
えひめが楽しそうに俺の武勇伝をセツに話す。
非常に居心地が悪い。
コーヒーを持ってくると、セツまで嘲り気味に言う。
「調子に乗ってると足元をすくわれるぞ、アンガージョー」
「なんだよ! 本名名乗るわけにもいかねぇだろ!」
えひめがまた背中を叩いてくる。
「誰も悪いなんて言ってないでしょ! いいじゃん、アンガージョー! あははは!」
「やれやれ。父、嫉妬」
奥から博士が戻ってきた。
セツに緑茶を注文してこちらに向き直る。
「署に連絡したら事情を教えてもらった。さっき痛い目にあわせた不良たちは札付きだったらしい。対立するふたつの組織の下部組織といえるグループだったそうだ。今回は下部組織同士のいざこざで処理されそうだが、もしかすると裏では本組織同士の対立がはじまりかけているのかもしれないということだった」
「へー、この鳴田でもそういうのあるんだな。出食わしちゃったらそんなやつらの面倒までみなきゃならないのかよ……」
次元接続体にヤクザの抗争か……。
俺はセツの淹れてくれたコーヒーを口に含む。
コーヒーはうまかったが、ほろ苦い。
先が思いやられるばかりだ。




