事件発生
俺は諸戸に答えた。
「まあな、ぼちぼちやってるよ。あのときの一万はほんとに助かったよ。そっちはどうした、トランシーバーなんか持って」
「仕事だよ」
「なんでも屋のか?」
「ああ、俺たちはなんでもやるからな……」
「社長自ら現場に出るなんて感心だな」
「なんか縁があるのかもしれねえな。次に会ったらいい飲み屋を紹介してやるよ」
「あいにく酒は飲まないんだ」
「じゃ、飯屋にするか。じゃあな、おっさん」
「ああ、またな」
別れを言って歩きだす。
その数秒後。
ガッシャンという衝突音が聞こえてきた。
ちょっと遠い。交通事故か?
それより気になるのは衝突音の寸前、背後の諸戸の声が聞こえたことだった。
「こっちはクリアだ。やれ」
そう言っていたように聞こえた。
なにかの偶然か。
俺は諸戸を振り返る。
いなかった。
諸戸は不可解なほど素早く、風のように消えていた。
俺は少しのあいだ諸戸の姿を探したが、ぜんぜん見当たらない。
人の移動は意外と速いものだ。
衝突音と諸戸の合図は偶然が重なっただけか。
たぶんそうだろう。
そうとなれば事故現場を見に行ったほうがいい。
俺は走った。
駅前のロータリーでイサムと合流する。
わりと近くから騒ぎが聞こえてきていた。
右手のほう、デパートの前の交差点あたりだろうか。
運転席のドアを開けてイサムに言う。
「事故らしいな。俺は走って行くからおまえは回ってきてくれ」
「いいね」
イサムは俺のホログラムを映したまま、無人でロータリーを回っていく。
俺は広い歩道を右へ走る。
デパートの角を回り込むと、煙を上げているワゴン車が見えた。
ボンネットがひしゃげている。
両側のドアが開き、後部のハッチも開いていた。
なにか様子がおかしい。
周囲で車が止まっているが、衝突した相手らしき車両はなかった。
ワゴン車はなにかに突っ込んだわけでもない。
道路の真ん中でボンネットが潰れていた。
それだけじゃない。人が倒れていた。
ドアのそばにふたり。きちんと防護装備をした警備員たちだった。
これはもうただごとじゃない!
俺は見物人のあいだを縫って道路へ飛び出した。
倒れているふたりに走り寄る。
えーと、こういうときは……。
首筋に手を当てて脈を確認。
それから顔を近づけて自発呼吸があるか確認。
よかった。
ふたりとも呼吸している。気絶しているだけだ。
これなら俺なんかがいじり回さないほうがいい。
首の骨でも折ってたら取り返しのつかないことになる。
俺は周りの見物人に大声で聞いた。
「誰か! なにがあったか見てた人はいないか! なにがあった?」
カートを押した婆さんが興奮した口調で言った。
「わたしは見てたよ! その車が通りかかったとき四人の男がわっと群がって! なにが起こったかわからないうちに車が壊れて! 四人組、なにか取ってったよ!」
「そいつらはどっちに行った? わかるか?」
「あっちだよ!」
婆さんは交差点の西方向を指差した。
俺はさらに聞く。
「車だったか?」
「走ってったよ!」
「よし!」
俺は現場を後にして走り出した。
手を回してイサムに合図する。
イサムはすぐ近くまできて止まった。
俺は運転席に乗り込みながら言う。
「四人組がなにかを奪って走っていったそうだ。この道路の方角だ」
「うぇーい、金に決まってるぜおっさん。あの車は現金輸送車だぜ」
「なに? じゃ強盗か! 不可解な手口だし、なにが起こるかわからん。走っていったそうだが途中でバイクか車に乗るだろう」
「俺もそう思うぜ。この先のT字路、右に行ったらわざわざ現場近くを通ることになる。左だぜ」
「そうだな、そっち行こう!」
俺たちは犯人の痕跡が残っていないかと、注意しながら走った。
あちこちを巡り、ふたつ隣の市へまで足を伸ばしたが。
ビッグな幸運でもなければ素人に見つかるはずもなく。
俺たちは手ぶらで研究所へ戻ったのだった。




