アウトローズ伝承 花の姫
これは遥か昔、竜神の時代のこと。ディルナの地に神ならざる身でありながら、多くの信徒を擁する者がいた。その者は怪物に立ち向かい、多くの者の傷を癒した。しかし、その者は人ではなかった。森に住まう花の魔族、アルラウネである。彼女に敵意は無かったが、名前もなかった。故に信徒たちは彼女をこう呼ぶ。
───『花の姫』と
この世に生まれ落ちてから森の中で住んでいた。花を育て、鳥と歌い、虫と話して生きてきた。これが私の日常だった。
ある日、森を散歩していると人が倒れていた。緑の短髪の男だ。弓を持っているので狩人か何かだろうか。お腹を切られているらしく出血がひどい。早く治療しないと死んでしまう。花びらや葉っぱで止血し、治癒魔法を何度もかけ、即席で葉っぱの布団を作って寝かせる。でも、起き上がったら罵声を浴びせられるかもしれない。危害を加えられるかもしれない。だって私は、魔族だから。
しばらくすると気がついたようで、起き上がってきた。
「ここは・・・?」
狩人が頭を抱えつつ起きてきた。
「あの、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫・・・」
彼はこちらを見続けている。驚きと恐怖で硬直しているのだろうか。
「・・・?どうかしましたか?」
「えっ!?ああ、いやその…何でもありません。もしかして、あなたが助けてくれたのですか?」
「えっと、まあ、そうなりますね」
「そうなんですか、ありがとうございます。後日お礼を持って行きますので…」
想定外の展開に少し驚いたものの、これが原因で森を追われることは無さそうで安心した。
「いえ!大丈夫です・・・」
「いやいや、とんだ無礼を働いて申し訳ない!近いうちにお礼とお詫びを・・・」
「そんな、大丈夫ですから!」
そんな感じのやり取りがしばらく続いた。
どうにか納得させたら、彼は立ち上がって自己紹介をはじめた。
「私はフレスト、狩りをして暮らしてます」
予想通り狩人だった。
「あの、本当に大丈夫ですか?」
「いやあ、このくらいどうってことは・・・」
とは言っているけれど、足がふらついている上に顔も青ざめている。そのまま帰ろうとしたけど、案の定すぐに倒れた。
「やっぱりもう少し安静にしてないと駄目ですよ」
「ああ、本当に申し訳ない…」
蔓を伸ばし、フレストを持ち上げて運ぶ。
「ところで、ご家族は?誰かいるなら伝えた方がいいんじゃ?」
「独り身ですから大丈夫ですよ」
失礼な話だけど少しほっとしてしまった。以前人里に近寄った際、弓や剣を向けられたから近づきたくないと思っている。でもこのままここに置いておくわけにもいかない。行方不明になられて捜索隊が森に来たら殺されるかもしれない。彼には悪いけど、動けるようになったらすぐに帰ってもらおう。
「今はここで安静にしててもいいですが、動けるようになったらここを出てください」
「それだけでも十分ですよ。ありがとうございます」
礼を言われてしまった。
「そうだ、あなたのお名前は・・・」
そう言えば名乗っていなかった。
「ああ、失礼しました。私はピュリアと言います」
それからしばらくは特に変わったことも無く、いつものように暮らしていた。ところが、フレストが慌てた様子で飛び込んできた。嫌な予感がする。
「ピュリアさん、助けてください!」
「落ち着いてください、いったい何があったんですか?」
「村が怪物たちに襲撃されてしまったんです。それで死人や怪我人が大勢出てしまって・・・」
「それで、何故私のところに?」
「襲撃の際に治癒魔法が使える神官様が死んでしまって…治療できる人が居なくなってしまったんです」
ああ、そういうことか。出来る限り人里に近づきたくないのに。
「ピュリアさんお願いします。村に来て治療してくれませんか?」
「…嫌です」
行ってもロクな目に遭わないのは分かってる。助けなんか必要ないと言われた挙句に追われるかもしれない。
「そんな!?近くの村には余裕が無いって断られたんです!もうあなたしか・・・」
「私は魔族、人里に行くべきものではありません」
「・・・分かりました」
粘り強く交渉してくるかと思ったけど、あっさり引いてくれた・・・と思ってた。
「ならば私はここで草木の養分となりましょう。それを対価として引き受けてください」
そう言って自分の喉に刃を突き付けはじめた。
「ちょっと待ってください!?」
「待ちません!もうこうするしか方法が…!」
冗談じゃない、こんな所で死なれては困る。
「分かりました!行きますから!行きますからやめてください!」
思いとどまらせるのにしばらくかかった。
「こちらです、ここに怪我人がみんな居ます」
「・・・お邪魔します」
「なっ!?おい、フレスト!どういうつもりだ…っ!」
髭を生やした黒髪の男が腕を押さえながらうろたえた。まぁ、そうなるでしょうね。
「何を言っているんですかダムドさん!この方は私を治療してくれた命の恩人ですよ!」
「そういう問題じゃないと思いますが…」
「怪物の次は魔族かよ…次は竜でも連れて来るつもりか?」
「まぁ、とりあえず治療を始めてください」
「じゃあ、重傷の人から・・・」
助けはいらないと言われるかと思ったけど、予想に反して普通に治療を受けてくれた。
かなりの時間が流れた。止血や固定をして回復魔法をかける。これをずっと繰り返していたけど、ようやく終わった。帰ろうとしたら、少しだけ感謝された。悪い気はしないけど、人里に降りるのはあまりいい気分じゃない。
「ありがとうございました、ピュリアさん。おかげで助かりました」
「今回だけですよ?もう私に頼まないでください」
「・・・そんなことも言ってられねぇんだ」
男が話しかけてきた。確かダムドと呼ばれていた男だ。
「俺たちを襲ったのは『紅羆』って言う怪物だ」
「『紅羆』?」
「赤い熊の怪物でな、執念の塊みたいなやつだ。街に立ち寄った冒険者を追いかけてお隣のガザール王国から来たらしい」
「そんな怪物が・・・」
「その冒険者は殺されたよ…次は俺たちだろうな」
確かにこのままでは何度も呼び出されることになる。それは本当に困るけど、もし『紅熊』が森に来れば私や森の動物たちに危害を加えるかもしれない。それは絶対に避けなければ。
「『紅羆』はどこに行きました?」
「確か、山の方向だな。それがどうかしたか?」
森が近い、このままでは危険だ。
「フレストさんって、確か狩人でしたね?」
「え、ええそうですが?」
「一緒に来てください、『紅羆』を討伐します」
「ええっ!?」
彼は情けない声を上げた。でも当然かもしれない、冒険者が勝てない相手に挑もうとしているのだから。それに正直私も怖い。
「そりゃあ助かるが…勝てるのか?アルラウネって戦闘向きの種族じゃ無かったと思うが」
「それは・・・」
「図星か。それにフレストは弓使いだろ?」
「ええ、そうですけど」
「そうなると前衛が居ねえじゃねえか。突撃されたらすぐ死ぬぞ」
確かに、それは間違いない。私に限らず、アルラウネにできるのはドレインか回復で、敵を止めることは出来ない。フレストは弓使いだから前には立てない。
「はぁ…仕方ねえな、俺が同行する。ちょっと待ってろ」
「えっ!?ダムドさん、戦えるんですか!?」
「これでも俺は冒険者だったんだぞ?随分前のことだけどな」
当てになりそうでならなそうな発言だけど、他に当てはない。
しばらく待っていると、ダムドが軽鎧を着て、両手に盾と片手斧を持ってきた。まさに前衛と言わんばかりの装備をしている。
「待たせたな」
「その装備って冒険者時代の物ですか?」
「いや、鎧はボロボロだったから練習用に造った奴を持ってきた」
不安だけど仕方ない、言った以上行くしかない。
「確かこっちの方向でしたね、行きましょう」
「待て待て、先行する支援がどこにいる。俺が先行するからついてこい」
少しイラっとしたが、まあそれもそうか。植物の力を借りてガードできるけど、熊が相手では力不足だ。
村を離れ、鬱蒼とした森の中にまた入っていくことに一種の安心感を覚えてしまったけど、これから怪物を討伐しに行くことを考えると気が重くなる。
「・・・どうしたもんか」
「どうしたんですか?」
「えっと、あんた。名前は?」
そう言えば自己紹介がまだだった。
「ピュリアです」
「すまんピュリア、木とか花の力を使って周囲を探索できないか?」
「できますけど・・・それが何か?」
「この視界じゃあ奇襲されかねないからな、それだけは防ぎたい」
確かに、元は普通の野生生物だからそれくらいはしてきそうだ。
「分かりました、少し待っててください・・・」
そこら中の木に蔓を繋げ、視界を共有する。
「・・・今は何も来てませんね」
触手を木から外した。
「そうか…ここはまずいな、俺たちにとっては戦いづらい」
「…随分こなれてますけど、ダムドさんってもしかして凄腕の冒険者だったんですか?」
「冒険者としては・・・微妙だな。世代的には伝説の冒険者たちと被ったから大体の奴は目立たなかったし、俺だってそんな強くも無かったからな」
そういう割には話の間にもしっかり警戒はしているあたり、それなりに腕はあったのかもしれない。
「でもどうして冒険者を…」
「っ!お前ら、伏せろ!」
そう言って彼の頭を下に押さえつけた次の瞬間、木々が横に薙ぎ倒されながら何かが姿を現した。深紅の体毛を持つ熊だ。
「現れやがったな『紅羆』!フレスト、後ろに下がれ!ピュリアは回復支援を頼む!」
「は、はい!」
「任せてください!《リジェネ》!」
奇襲されたのによく的確な指示が出せるなあ、と思いつつ支援に回る。フレストは若干腰が引けているものの、しっかり後方についている。
「で、でもここじゃ不利なんでしょう?いったん退いた方がいいんじゃ・・・」
「それは出来る中では最悪の手段だ。熊は足が速いから追い付かれるぞ」
「つまりやるしかないってことですね」
「そういうこった。震えてないでちゃんと狙えよ、フレスト?」
「わ、分かりました!」
・・・本当に大丈夫だろうか。
「グァァァァッ!!!」
「うおおっ!ったく、あぶねえあぶねえ」
『紅羆』が腕を振り抜いてきたが、ダムドの盾が防いだ。後ろに押し出されてきたけど、すぐに距離を詰めて斧で頭を攻撃した。
「ガァァッ!!!」
「かってえ!全然通用してねえな!」
「脇にどいてください、撃ちます!」
ダムドが射線を通し、フレストが弓を撃つ。しかし、眉間に放たれた矢は弾かれてしまった。
「眉間を撃っても駄目か」
「ドレインで弱らせます!」
木を介して蔓を伸ばし、ドレインで生命力を吸うけれど、すぐに振りほどかれてしまった。連続でちまちま吸い取るしかない。二回目のドレインをしようとしたら、こちらに突撃してきた。まずい、回避行動に移るには時間がかかる。急いで触手をしまおうと思ったら、フレストが私を抱えて回避してくれた。
「大丈夫ですか!?」
「は、はい!」
「うおらあぁぁぁぁ!!!」
すかさず彼の渾身の一撃が『紅羆』の首元に叩き込まれた。
「グアァァッ!」
予想外の反撃が効いたのか、踵を返して逃げて行った。フレストは緊張の糸が切れたように座り込んでいる。私も同じようになってしまった。とりあえず一安心だろう。しかし、ダムドの口からは納得できるものの勘弁してほしい一言が飛んできた。
「見失わないうちに追うぞ、弱ってるうちに仕留める」
相変わらず鬱蒼とした森だけど、踏まれた草木と血が『紅羆』の居場所へ誘っているように見える。湖が見えたしほとりで少しくらい休みたいというのが本音ではあるけれど、確実に仕留めない限り被害が出続けるだろう。こちらとしても住んでいる森に被害が出る前に仕留めたい。そう思いながら歩いていると、前方に血を流した『紅羆』が見えた。向こうもこちらに気づいたらしく、立ち上がって咆哮をあげた。
「くらえ!」
フレストが立ち上がった『紅羆』に矢を放った。かなり汚い手段ではあるけど矢は腹に刺さり、『紅羆』は呻き声をあげた。
「グゥゥゥゥゥ……ガァァァァァァッ!!!」
しばらく呻いた後、突然咆哮をあげたかと思うと炎を纏った。炎はアルラウネにとって大変まずい。というかこの森で火を出したらかなりまずい。案の定、周辺が燃え始めた。
「思った以上に弱ってたみたいだな!早いとこ仕留めるぞ!」
簡単に言ってくれる。そもそもこの状態では間違いなく私が燃えてしまう。
「そうは言ってもさっきの矢が溶けてますよ!?」
「…作戦変更だ、逃げるぞ!」
急いで踵を返すけれど、当然というべきかうまくいかない。いきなり言われても困るし、大体どこに逃げるつもりなのだろうか。
「ほらこっちだ熊公!」
「ええっ!?ちょっと何してるんですか!?」
ダムドが盾を叩いて自分の方に『紅羆』を呼び寄せている。どう考えても自殺行為にしか思えない。習性なのか挑発されたからか、『紅羆』はダムドの方に全力で疾走していった。
「ダムドさん!」
「いいからお前らもついてこい!こいつに手は出すなよ!」
何か策があってのことだろうか。それでも何も説明が無いから不安でしかない。
そこそこの距離を走ってきたけど、相変わらずダムドは挑発しつつ攻撃を避けている。ふと彼の方を見てみると、背後にあったそれのおかげでその意図が分かった。
「ほらかかってこい!」
「グアァァァッ!!!」
『紅羆』が彼に飛びかかり、それが躱されると勢い良く湖に飛び込んだ。
「ガアァァァァァァァァッ!?」
「よっしゃ、作戦成功!」
『紅羆』の火は消えた。今がチャンスだ。それが分かっているのか、『紅羆』が湖から出ようとするが、ダムドが湖に入って足止めに向かった。
「ピュリア!ドレインで奴を弱らせてくれ!」
「はい!」
「フレスト!射線が通ったら撃ちまくれ!」
「分かりました!」
指示通りドレインを行うと、余力が無いのか抵抗が弱々しかった。フレストも射線が通るたびに矢を撃ち込み、ダムドは攻撃を防ぎつつ斧で攻撃している。
「ガァッ…グアァァァァァァァッ!!!」
限界が近いのか、最後の抵抗と言わんばかりに立ち上がり、ダムドに覆いかぶさろうとした。
「させません!」
「もらった!」
フレストが矢を撃ち込み、私は蔓を束ねて殴り倒した。
「ガァァ……」
しばらく呻いてはいたけれど、すぐに絶命した。
「…やった?」
「そんなこと言ってる場合か!早く消火するぞ!」
そうだ、そういえば森が燃えているんだった。急がなければ。
蔓や植物の力を長時間稼働させてようやく消火できた。さすがに疲れたから早く帰りたい。
「ええっと…怪我はありませんか?」
「大丈夫だが…そっちこそ、青い顔してるけど大丈夫か?」
「すりむきとか軽い怪我くらいですね」
軽い怪我でも油断はできない。とりあえず回復魔法をかけておこう。
「じゃあダムドさん、動かないでください…《ヒーリング》!」
「おお、ありがとうな」
よし、それじゃあ帰ろう…としたら、急に視界が上に向き、暗くなった。
「ピュリアさん!大丈夫ですか!?」
「おいどうした!?」
そんな声が聞こえてきたけど、すぐに意識が飛んでしまった。
目を覚ますとそこは小屋だった。どうやら狩人の小屋らしく、弓矢やなめし皮が見える。少し観察していると、フレストがこちらに気が付いて寄ってきた。
「ピュリアさん!よかった、目を覚ましたんですね!」
「フレストさん…?ここは?」
「私の家です。あの、大丈夫ですか?」
大丈夫だと答えようとすると、少し頭痛がする。それを察してか、彼は私に布団をかけてきた。
「相当お疲れでしたからね、まだしばらく寝ていた方が良いですよ」
「すみません…あれ?」
テーブルの上に何かある。作りかけの木像みたいだけど、狩人が作るものとは思えない。
「えっと、どうかしましたか?」
「いえ、その…わざわざすみません、ここまで運んでもらって」
「いいんですよ、あなたには二度も助けてもらったんですから」
「…でも、いいんですか?魔族の私を助けてしまって」
人間と魔族はいつの時代も争っている。そんな中で私を助ければ彼も…
「大丈夫ですよ、村長に許可は貰いましたから」
「それでもあまり長居するのは良くないでしょう、疲れが取れたら帰りますね」
それに人里の空気はどうにも肌に合わない。何より住んでいる森が心配だ。
「あの…大変言いづらいのですが…」
「もしかして、森の方に何か…?」
「いや、そうじゃないんですが…ダムドさん、普通の話でも滅茶苦茶声が大きくて…あっという間に話が広まってしまって…」
非常に嫌な予感がする。正直聞きたくない。
「…『紅熊』に襲われた他の村にまで広まって、うちにも来て欲しいって話が来てます」
「まさか、冗談ですよね?」
「お願いします!お礼はしますし私も手伝いますから!」
お礼はどうでもいいけど、断ってまた森の養分になるとか言われたら余計に疲れることは前回で学んだ。選択肢があるようでないけど仕方ない、手を貸そう。
「分かりました。ところで…お礼って森の養分になることじゃないですよね?」
「いえ、違いますけど」
それを聞いて安心した。
その後村を五つほど回って怪我人を治療し続けた。感謝を受けるのは悪くは無かったけど、結局15日ほど森には帰れなかった。こんなことはもうこりごりだなぁと思いながら、ようやく森に帰ってきた。虫が世代交代をしていて知らない顔が多かったこと以外、特に変わりは無かったことに少し安心した。分かり切ってはいたけど人里に降りたらやっぱり碌なことにならなかった。しばらくは森の中でゆったりしたい。
それから60日ほど経ったある日、森の外が騒がしいと花たちが教えてくれた。出て行きたくは無いけど、騒音が続くのは困る。気は進まなかったけれど、外に出ることにした。
「・・・なにこれ」
森の外に出ると、何かの立派な石碑らしいものが見える。石碑の周りには供え物らしい食べ物なんかが置いてあり、慰霊碑か何かかなと思ったらこんな文字が書いてあった。
''『花の姫』ピュリア記念碑''
少なくとも帰ってくる前まではこんなものは無かったはずだ。いや、無かった。まさか村の人間が建てたのだろうか。
「ああ、ピュリアさん!お久しぶりです!」
そう声を掛けられ振り返ると、フレストが立っていた。
「なんですか、これ?」
「ああ、これはあなたの為の記念碑ですよ。村のみんなで建てたんです」
予想通り村の人間たちが建てたらしい。道理で騒がしいわけだ。
「あの後周辺の村と共に統合されましてね、その村の人たちとも協力して建てたんですよ」
「それでこんなに立派なものに…」
こんな立派なものを建てられても困る。そもそも『花の姫』なんて名乗った覚えはない。
「この『花の姫』っていう二つ名は私が考えたんですよ、どうですか?」
「これあなたのせいですか!?何でこんな恥ずかしいあだ名…」
「いや、何か二つ名があった方が箔が付くと思ったんですけど…もしかして駄目でしたか?だったらごめんなさい!」
今更謝られてももうどうにもならない。
「まあ、村の中で語られる郷土史みたいなものだったら別にいいや…」
「実は…ダムドさんが武具店兼鍛冶屋を始めたんですよ」
「えっと、それが何か?」
「あの人の作るものは結構質が良くて、行商や隊商が仕入れていくことがあるんです」
何となく察した。なんて余計なことを…
「それにあの人、結構口がうまくて…話題作りのためにあなたのことも話したんです。そしたら結構広まっちゃって…あの、大丈夫ですか?」
「すみません、ちょっとめまいが…因みにどれくらい広まったんですか?」
「聞いた話だと、国王陛下の耳にも入ったそうですが」
頭が痛くなってきた。これが原因で兵士が派遣されてきたらもうここに居られなくなるかもしれない。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃないですよ!これで住む場所を追われたらどうしてくれるんですか!?」
「そんなこと・・・」
煮え切らない態度に余計腹が立った。
「最悪命を奪われるかもしれないんですよ!もう嫌!私、森に引きこもる!」
「落ち着いてください!口調が崩れてますよ!」
あまりの苛立ちについ言葉を荒らげてしまった。
「ごめんなさい…はぁ、これからどうしよう」
「困ったときは村のみんなで守りますから!」
国家権力相手に村一つで守れるわけが無い。やっぱり住処を移さないと…
「それで駄目なら私が匿います、守って見せます。ほとぼりが冷めるまで…いえ、何なら一生でも!」
そう言い、何かを差し出してきた。これは・・・私の木像?
「こんな時に言うのも何ですが…助けてもらった後からずっと作っていたんです」
「あの、これは・・・?」
次に彼が放った言葉は、今までに言われたことの無い言葉だった。
「一目見た時から、貴女のことが好きでした…今の私は頼りないでしょうが、いつか貴女のことを守れるくらい強くなって見せます!」
その言葉に、今までにないほど動揺してしまった。
「な、何を言ってるんですか!私は魔族ですよ!?」
「そんなこと関係ありません、私は必ず貴方を幸せにしてみせます」
「…苦労しますよ?」
「そんなこと、覚悟の上ですよ」
これだけ言っても彼の決意は固いらしい。
「……分かりました」
「…!本当ですか!」
恋仲になる人と魔族…悪いものでも無いかもしれない。時折暴走しているけど、実直な彼ならいつか言ったことを実現するだろう。
それからしばらくは、忙しくも充実はしていた。フレストと共に助けを求める人を助け、時には遠方まで出向くこともあった。悪目立ちしそうで怖いけど、それをすることに対しては悪い気分はしなかった。
そんなある日、あたりも平和になって長く休めるようになった。久しぶりに森でゆったりしよう。木々と、鳥と、花と、そしてもちろん彼とも。
「久しぶりに休めるね」
「色んな場所に行きましたけど…やっぱりここが落ち着きます」
「・・・そろそろ、敬語やめたら?」
私はしばらくして敬語をやめたけれど、相変わらず彼は敬語だ。恐らくずっとそんな話し方をしてきたからなのだろう。
「やめようと努力はしています…しているけど、中々うまくいきません…いかないな」
「不自然なことになってるよ?」
そんな感じで笑いあっていると、森の中に異質な空気が漂い始めた。今まで怪物に遭遇したことは何度かあったけれど、こんな空気は初めてだ。
「貴様か?『花の姫』というのは」
木々を薙ぎ倒して、巨大な竜が降りてきた。
「・・・そうですけど、あなたは?」
「我を知らぬとは…不敬なり」
「まさか…竜神ラムダロークですか?」
その名を聞いて思わず慄いてしまった。実在するかどうかも疑わしい竜の神が目の前にいる。それだけでもかなり恐ろしいことだけど、他の魔族から、恐ろしく嫉妬深い性格であるとも聞いたことがある。私を訪ねてきたのはどうしてだろうか。
「神ならざる者が信仰を集めていると聞く。我が信徒たちをたぶらかし、信者を集めようなど言語道断である」
「ピュリアさんは…ピュリアはそんなことしてない!」
フレストがそう庇った次の瞬間、ラムダロークの使う雷が彼に直撃した。
「ぐわあぁっ!」
「人の分際で、私の話に入ってくるな」
「フレスト!」
倒れた彼の体を揺すると、粉微塵になって消えた。
「…ああ、そんな…嘘」
「安心しろ、じきに貴様もそうなる」
そう言われ、怒りが悲しみを上回った。許せない、こうなったら奥の手を使うしかない。植物の力を使い、大量に毒を茨のついたツタに込める。自分の体を毒が蝕んでいき、体中に激痛が走る。
「さあ、これで貴様も死ぬがいい!」
「死ぬのは…お前だあぁぁぁっ!!!」
雷と同時に、茨で傷をつけた。雷に打たれ、体が焼けていく。このまま死にゆくのだろうか。ああでも、一矢報いれたなら・・・それでいいや。
「ガハアァッ!貴様…よくも…!グハッ!まずい、早く戻って治さなければ・・・」
どういう訳だろうか。目の前に誰かが立っていて、それが視認できている。私はラムダロークに殺されたはずだ。
「お前は蘇生した、私の力によって」
「・・・あなたは?」
「魔王レフナード…そう呼ばれている」
聞いたことがある。魔族たちを率いて人間と戦争している者だ。
「貴様は一度死んだ、何故か分かるか?」
「私は、ラムダロークのせいで…」
「違う、奴は結果的に動くことになっただけだ」
意味が分からない。彼のせいで無いというのならいったい誰のせいなんだろう。
「何故奴は動くことになったか分かるか?」
「もちろん、彼の嫉妬心がそうさせた」
「そうだ、ではそれが生まれたのは何故だ?」
「私が人間の信仰を集めたからって…」
まさか…そんな、嘘だ、そんなことは信じたくない。
「分かったみたいだな」
「嫌…そんなはずない…」
「お前は狂わされたんだ、人間の信仰によってな」
違う、そんなことない。
「皮肉なものだな、冷酷になり切れず人を助け続けた結果がこれとは」
「……そんな」
「とはいえ助けなかったらお前はすぐに殺されていただろうな。人間とはそういうものだ」
何か、悪い考えが自分を蝕んでいく。いやだ、認めたくない。
「それを言えばラムダロークもまた、信仰によって狂った哀れな竜だがな」
「どういう…ことなの?」
「奴は民と己の信仰を守るために穢れていった。その結果が今の奴というわけだ」
それを言われてハッとした。まさか、彼もまた被害者だというのだろうか。
「人を助け、交わってしまったがために死ぬとは哀れだな」
「ああ、ああああ!!」
そうか、そうだったのか。あの時、フレストを助けたことで私の運命は狂ったのか。
「…もし、お前が復讐を望むなら力をやろう。圧倒的な力をな」
人への復讐を思い至るのにそんなに時間はかからなかった。答えは決まっている。
「力を、頂戴」
「…もちろんだとも」
「おや、読書かい?」
「あっちの本も気になるからな、言語もお前がどうにかしてくれたしな」
「何々…『花の姫』か。また変わったものを読むねぇ」
「こっちの傑作文学なんか知らんからな」
「確かに、じゃあ向こうの本屋にでも出向くかい?」
「あるんなら最初から言え、もちろん行くぞ」
「…君、本に対しては食いつきいいね」
「当たり前だ、今まで駄作も良作も大量に読んできた。だから本にかけての愛情は大概の人間には負けん」
「あはは、そりゃあまた…」
「一応、お前もドン引きするくらいの行動を毎日やってるからな?」
「おっと、藪蛇だったかな?」
「にしても、人間の信仰によって狂った、か…お前にもそういうことはあったか?」
「うーん…特に無いかな、信仰されてないし」
「そうなのか?時空の管理者なんてかなり信仰されてそうだが…」
「一応私は自らを秘匿した神だし…神性は極力抑えてるからね」
「その割に色んな奴に素性が割れてたり明かしてたりしてるがな。ほら、さっさと本屋行くぞ」
「もっと興味持ってもいいんじゃないの?まあでも・・・」
「こんな創作が出ていれば秘匿もへったくれも無いよねぇ…なあ、読者諸君?」
「おい、何してるんだ?」
「おっと、今行くよ」