30話 魔女の過去(1)
≪憤怒の魔女:アグネスSIDE≫
リーゼがやられ、目を覚ましたワシは大勢の人間に囲まれておった。
ふむ。思ったよりも人は死ななかったか。
ワシの番なんぞ下手すれば来ないから【イモータル】に思う存分憂さ晴らしして始末した後、しばらくしたら交代することも視野に入れてあったのに、まさか倒されてしまうなどとは驚きじゃ。
「あれが……【魔王】?」
「いくら敵でもあんな子に攻撃は……」
「不意打ちするチャンスなんだけど、ねぇ」
これほどの大勢の人間に囲まれるのはこれで2度目じゃな。
あの時もワシは他の人間達と敵対しておったか。
じゃがいくらワシの内に〝怒り〟が燻っているとはいえど、当時の人間達が誰1人いないというのが残念でありやる気も落ちる。
だからこそワシが自ら戦うのではなく、ダンジョンを未だに徘徊しておる【魔女が紡ぐ物語】を呼び出して戦わせる【魔王】になったのじゃが。
もはや当時の人間がいない今、子孫を根絶やしにして、あの憎き奴らが築いた今の文明を破壊することこそが残された最後の復讐する手段。
そのためにもっとも効率がいいのが軍勢を率いて全てを破壊することじゃ。
じゃがさすがに年月が経ちすぎてもはや子孫がどやつなのかなんぞ見当もつかんし、血が薄れまくって先祖も分からぬようになった者など殺しても気が晴れぬ以上、奴らが礎となって築いた文明を破壊することこそがワシに残された復讐。
まぁその結果ついでに子孫らしき人間が死ぬのであればそれはそれでヨシ。
そのため軍勢を率いるのに他の【魔女が紡ぐ物語】を利用するのはナイスアイディアじゃった。
呼び出して支配下に置く程度じゃから、リソース節約にもなって一石二鳥。やっぱ世の中エコが一番じゃね。
「何言ってやがるてめぇら! こんなチャンス逃してたら何時まで経っても【魔王】が倒せねえだろうが!」
おっと、ぼんやり考えておったらこっちに向かって来る者がおるの。
ふっ、復讐する相手ではないからやる気が微妙じゃと思いはしたが、向こうからこちらを攻撃してくるというのであれば話は別じゃ。
ああ、あの時の人間どもとその姿が重なっていく……。
「これでも食らえや!」
『来い』
ワシの頭上に振り下ろされる戦斧を呼び出した【ミノタウロス】に受け止めさせると、攻撃してきた敵を蹴り飛ばさせた。
フハ、フハハハハハッ!
姉様達のダンジョンを奪う過程で発散された〝怒り〟がまた込み上げてくるわ!
あの時感じた〝怒り〟はこんなものでは済まぬぞ人間ども!
◆
遥か昔の話。アグネスがまだ幼い時のこと。
アグネスが物心が付く頃には親と呼べる存在は既にいなかったの。
頼れる者はアグネスと同じ浮浪児しかおらず、そんなみんなと支え合って生きていた。
だけどアグネス達には生活のための糧を得る手段など何もなく、物乞いをしたりゴミを漁って食べ物を得て食いつなぐというギリギリの生活を送らなければならなかったの。
時にはスリや万引きなどの犯罪を行ってでも食べ物を得ていたけど、そんな生活が長く続くはずもなかった。
また1人、また1人と仲間が死んでいった。
例年よりも寒さが厳しくなった冬の季節だった。
寒さに凍えみんなが固まって寒さをしのごうとしたものの、満足に毛布もなかったアグネス達は何人もの仲間が風邪をひいた。
普通の家庭であればただの風邪であっても、薬なんて満足に変えぬアグネス達では死に至る病も同然だった。
風邪をひいて動けなくなる者が日に日に増えていき、食料もまともに手に入れることもできず、幼い者も年長者も関係なく死んでいった。
「ゴホッ、ゴホッ! ……大丈夫だよ。明日にはきっと治ってるから」
体調が悪るくても仲間達に心配させぬよう気丈に振る舞うも、翌朝には冷たくなってしまった仲間を何人も見てきた。
お金はなく食べ物もないアグネス達は次々に死に絶えた。
風邪で、飢えで、寒さで。
そうして仲間が減っていき、アグネスだけが最後に残されてしまった。
アグネスが生き残れたのはたまたまだとしか言えず、そのアグネスも結局風邪をひき熱にうなされ朦朧とする意識の中、みんなが残してくれた毛布や衣服に包まって寝込んでいた。
完全に寒さを防げているわけではないものの、このボロボロの衣類のお陰で辛うじて凍死は免れていた。
でも風邪の苦しみと飢えの苦しみはどうにもならなかったの。
「私も……アグネスも、ゴホッゴホッ、死んじゃうのかな……」
亡くなったみんなが考えてくれた大切な名前。
誰もいなくなってしまった寂しさを紛らわすために自分で自分の名前を呼びながら、みんなで廃材を使って作り上げた雨風をしのぐための小屋もどきの中で、アグネスはただぼんやりと過ごしていた。
もう無理だと分かっていた。
まともに動けない体では何もできることはなく、このまま衰弱して死んでしまうのだろう。
「みんな……」
それもいいかもしれない。
先に行ったみんなにまた会えるのなら。
絶望すら感じることもできなくなったアグネスが、どこかにいるであろうみんなに意識を向けながらこのまま訪れるであろう死を待っていた時だった。
「ん? こっちからワシと同類のヤツがいる感じがするのう」
老人のような喋り方の若そうな女性の声を聞きながら、アグネスは意識を手放した。
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