17話 再強化
乃亜と少し雑談しながら【魔王】の〔地獄へ誘う深淵の御手・冥界葬送〕の効果が収まるのを待っていると、他のみんなが黒い泥を迂回してきて合流した。
「泥が収まったらまた一斉に攻撃だね」
「そうですね。ですが先輩、その前に[画面の向こう側]を解除して出てきてもらってもいいですか?」
「なんで?」
僕は何故わざわざ解除する必要があるのかと思いながらも、乃亜に言われた通り外へと出た。
「では早速」
乃亜はそう言うと、僕にギュッと抱き着いてきた。
え、まさか……。
「[強性増幅ver.2]!?」
「何を今更驚くことがあるんですか?」
「いや、だって【魔王】と戦う前にすでに色々したじゃん!」
細かいことは省くけど、初期形態の【魔王】と対峙する前に[強性増幅ver.2]の効果を反映させるため、みんなと抱きしめ合って強化していた。
衆人環視の中で……。
[強性増幅ver.2]の効果が、僕に好意を持っている人と僕が強く性を感じる行動をすることで、その度合いに応じて力を増幅させるというものなので、その効果が切れないようにわざわざ戦う直前にそれを行ったのだ。
何度もこの派生スキルの効果のために人前でキスとかやったことはあるけれど、さっきももう人の目が痛いのなんの。ホントこればかりは仕方ないとはいえ慣れる気がしない。
そんなバカップルみたいな事をまたしろと?
「何言ってるんですか。効果が切れないよう、【魔王】が動かない今の内に強化し直すのは当たり前じゃないですか」
当然すぎでぐうの音も出ない。
問題はさっきやったばかりなのに、またそれを人前で行うことの心理的ハードルの高さだった。
「鹿島先輩、少しいいか?」
「何かな?」
オリヴィアさんが話しかけてきたので、少しでも時間を引き延ばしたかった僕は飛びつくようにそちらに視線を向けた。
「今度は私も強化してもらってもいいか?」
「ぱーどぅん?」
そんな言葉が出て来るはずのない人の口から出てきて思わず聞き返してしまう。
あまりの衝撃に裏切られた気分である。
「あの【魔王】相手に戦うのであれば少しでも強化できるならしておきたい。何よりお祖母様がその身を挺して人々を守ったのに、私が最善を尽くして行動しないのは我慢できん」
先ほどまではオリヴィアさんやアヤメ以外のメンバーと[強性増幅ver.2]の効果が適用するような事をした。
だからオリヴィアさんは【魔王】への攻撃よりも、堕天使が他のみんなの邪魔にならないように堕天使を優先して攻撃していたけれど、それだけでは我慢ならなくなったらしい。
いやでもだからって、やる事分かってて言ってるの?
というか、そもそもオリヴィアさんって[強性増幅ver.2]の効果が適用するような好意が僕にあるのだろうか?
「……たぶん、いける」
「いけちゃうんだ……」
オルガが微妙に自信なさげに言うけど、[マインドリーディング]のスキルを持つオルガが言うのならほぼ間違いないんだろうなぁ。
「鹿島先輩は、その、私とでは嫌か?」
不安気な様子でオリヴィアさんが聞いてくるけど、別に嫌とかそういうんじゃないんだよ。
単純にTPOと倫理的な問題による精神的なハードルがあるだけで。
「……蒼汰、嫌じゃないって」
「むっ、そうか……」
ホッとした様子のオリヴィアさん。
不安そうなオリヴィアさんを見ていられなかったのは分からなくもないけど、人の心情を勝手に伝えるのは極力止めてね。
「……ん。善処する」
そこは力強く頷いてほしいところだった。
どこでそんな曖昧な日本語の使い方を覚えたというのか。
「それではせっかくですからオリヴィアさんから強化してもらうとしましょうか」
乃亜が言う強化がもはや別の意味にしか聞こえないなぁ。
「いいのか?」
僕からパッと離れた乃亜に、オリヴィアさんがおそらく2つの意味で尋ねていた。
自分から先にしていいのかと、自分がそのような行為に及んでいいのかだ。
前者はともかく後者は普通なら拒否されてもおかしくないだろう。
自分が好意を持っている人物が他の人とキスしたりするのなんて認められるはずないのだから。
「まあ正直、前にこの地で【魔女が紡ぐ物語】の件を解決した直後のオリヴィアさんの様子を見る限り、遅かれ早かれって思ってましたからね」
「そうよね。とはいえもうこれ以上は増えてほしくないけど」
冬乃がそう言うと、他のみんなもその意見には賛成なのか、ほどほどにしてほしいという感じだった。
僕が率先して動いたわけではないので勘弁してほしいです。
「ま、そんな訳だし、後から入ったワタシが言う事じゃないんだろうけど、オリヴィアもそこまで気兼ねしなくていいんじゃない。どうせ時間の問題って思ってたし」
ソフィにそう言われ、オリヴィアさんは顔を歪めてそっぽ向いた。
「くっ、そう言われるのは恥ずかしいな……!
まあいい。それよりも鹿島先輩達には私の事は今後はリヴィと呼んでほしい。
その、親しい者は私の事をそう呼ぶのでな……」
照れながら言うオリヴィアさん――いや、リヴィに対しみんなが口々にそう呼ぶと、余計に照れてしまって顔を赤くしていた。
「ではわたしの事もこれからは名前で呼んでもらうとして、それはそれとしてちゃちゃっと強化してもらいましょうか」
「そんなノリでするのか?!」
「今更じゃないですか。それにあまりグダグダしてる余裕はありませんよ?」
乃亜が【魔王】のいる方へと視線を向けると、そこには先ほどまで広がっていた黒い泥が徐々に消えていくところだった。
確かに全員分強化し直すとなると時間はなさそうだ。
「くっ、そうだな。鹿島先輩、やるぞ」
「あ、うん。あと僕の事は名前で呼んでくれればいいから」
「分かった、蒼汰先輩」
無駄に気合を入れた様子のリヴィが僕に抱き着いてくる。
赤くなったままのリヴィが僕を少し見下ろす形になっていて、リヴィとこんなにも近くで顔を見合わせるなんて新鮮な気分だ。
「………」
リヴィが固まったまま動かない。
こうなったら僕から動きたいところなんだけど、リヴィにガッツリ抱きしめられているせいで動けないんだよね。
「リヴィ、いつまでも抱きしめたまま固まってると何も進まないよ?」
「わ、分かってる」
ソフィに促され、意を決した様子のリヴィが目を閉じて顔を近づけてきたので、僕もそれに合わせて目を閉じた。
触れた唇はとても柔らかく、緊張しているのか少し震えていた。




