40話 【アリス】
僕らがウサギと猫、そして小さな僕へと警戒しながら近づいていくとウサギと猫が前に出てきた。
『悪いけど、ここから先に行かせるわけにはいかないよ』
『お前がこの世界からいなくなってしまったらこの世界は崩壊してしまうからニャ』
その2匹の言い分に対し、僕は首を横に振る。
「それは無理だよ。僕はいつまでもここにいるわけにはいかない」
ウサギと猫の言っている事は分かる。
だけど僕はいつまでもこの世界にいるわけにはいかないから諦めて欲しい。
『やっぱりそうなるよね』
『交渉の余地もないニャ』
分かっていた事だといった表情をするウサギと猫の手にはスマホはなく、もはや【アリス】が解放されてしまった以上、スマホゲーム【廃課金への道】は終わってしまっていることを暗に示していた。
『ゲームはすでに終わってしまった』
『だからもう最後の手段しかないニャ』
この状況でまだ何か手があるの?
最悪僕が出口であるあの白い渦へと駆けこめばどうとでもなるというのに、一体何をしてくる気なんだ?
『『【Sくん】任せた(ニャ)』』
ウサギと猫の後方で控えていた小さい僕、【Sくん】が前に出てきた。
『やあ僕。こうして僕が【Sくん】として君らの前に出るのは初めてだね』
やっぱり僕が操作していた時と同じで、他の【Sくん】みたいに単純な言葉しか喋れないわけじゃないのか。
そんな僕と同じように喋る【Sくん】を見ていると、心の中に言い知れぬ感情が……。
「…………なんか不気味だ」
『酷くない?』
「いやだって、姿形は僕のデフォルメした姿だからそこまで同じ存在だとは思わないけど、ドッペルゲンガーとは違って完全にそっくりじゃないのに喋り方とかが同じなせいで余計に気味が悪いんだよ」
なんかこうゾワッとする。
「出来ればとっととこの場から消えて姿を現さないで欲しいところだけど、そういうわけにはいかないんだよね?」
『そうだね。君がこの世界からいなくなったら僕も一緒に消えてしまう。そんな事は到底認められないよ』
そう言われてもいつまでもこんな所にいられないよ。
「僕を元に生まれた存在なら、僕がこの世界に居続けたくないだなんて僕なら分かると思うけど?」
この世界じゃ電波届かないからガチャできないんだ。
無理だ。生きられない……。
『そうだね。僕は確かに君だったから分かるよ。だけど完全には一緒じゃないんだからしょうがないじゃないか。
だから君がこの身体を動かしていた間、実は僕に与えられていた役割を無意識に行っていたんだし』
なんだって?
『さきほどまで君の意思がこの身体を動かし、君の考えで思考していたよ。ただし――
僕の役割である外からこの世界に人を呼び寄せること、そしてこの世界に入った人間に〈ガチャ〉を回させるように誘導することを無意識に行うようにされていたけれどね』
なんだって!?
【Sくん】から告げられた真実に僕を含めみんなが驚き、声も出なかった。
「じゃあみんなにガチャをさせたがったのは素の行動じゃなかったのか!?」
『うん。1割くらいは』
「…………それってつまり、9割がた先輩の意思では?」
ぼ、僕は悪くねぇ……。全部あいつが悪いんだ。
内心で責任転嫁している僕に対し、乃亜達がまあ先輩だしといった空気を発していたけど、そんな空気など気にせず【Sくん】はニッコリと笑いながらネタ晴らしを続けてくる。
『あとはクリアされないようヒントを出さないくらいの思考制限はされていたかな』
確かに言われてみれば、みんなにガチャしようガチャしようって言うばっかりで、今回はろくに活躍できていない自覚はあるなぁ。
ほとんど賑やかし要員だったのでは?
『そんな風にこの世界を消滅させないようにしていたけれど、【アリス】である君が檻から出てきてしまった以上、猫達の言う通り残された手段を使うしかないようだ』
「残された手段って言っても、もうゲームは終わっているのにどうする気なんだよ。まさか力づくでここに止める気なの?」
『よく分かったね。その通りだよ』
は?
いや、無理でしょ。
一応僕らは【魔女が紡ぐ物語】相手に戦ったこともあるのに、猫とウサギと【Sくん】ではどうみても戦いにならないよ。
だけど少し困惑しているこちらを無視して【Sくん】は自信満々に胸を張って高らかに宣言する。
『君の言う通り僕らが最後の試練、この世界から脱出するのを阻む【魔女が紡ぐ物語】だ』
その発言に一瞬頭が真っ白になった。
「え、いや、おかしいでしょ!? だってさっき【アリス】ガチャで【アリス】を引き当てた人間は【典正装備】が手に入るって話だったじゃん!
てことは、エバノラと一緒にいた黒猫のアンリが言っていたように、今回の【魔女が紡ぐ物語】は環境型――この世界そのものじゃないの?」
【魔女が紡ぐ物語】には2種類いて、ボス戦のような戦って討伐するタイプか、1つの世界で課せられたお題をクリアするタイプのどちらかのはず。
『クシシシ。あなたの言う通りよ』
『キシシシ。だけど忘れていることがあるんじゃないかしら?』
【Sくん】の発言に困惑していると、この世界に入った直後に現れて以来姿を現さなかったマリとイザベルが【Sくん】の後ろから突如として現れた。
「忘れている事?」
『ええそうよ。私達がこの世界をどんなモチーフで構築したのか覚えているかしら?』
そう言えば【Sくん】が大量に出てきたり、様変わりしたこの世界のせいでイマイチそれと認識していないけどモチーフは【アリス】――っ!?
『気が付いたかしら? 確かに私達は言ったわよ。傲慢な私は【不思議の国のアリス】』
『強欲な私は【鏡の国のアリス】』
『『【魔女が紡ぐ物語】は2体分よ?』』
環境タイプの中にボスタイプまで混ざっているなんて反則でしょ!?
もう終わりだと思っていたところでボス戦だなんてあんまりだ!
嘘だと思いたかった僕らだけど、マリとイザベルが目の前の現実を否応なく叩きつけるのだった。
『『正真正銘最後の試練よ。さあ行きなさい正体不明の怪物、ジャバウォック!』』
マリとイザベルがそう言った後、猫とウサギと【Sくん】が円陣を組んで手を重ねると眩い光が周囲を覆った。
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