35話 相変わらず酷い
≪冬乃SIDE≫
【煩悩の仏】のいる場所は私達がエバノラの試練を受けた時の第三の試練〝月の問答〟と同じで、空間全体が黒くて何もない場所だった。
そんな場所で手がかりを探そうとしたところで、【煩悩の仏】しかない場所では手がかりすらないことは明白。
なので私達は【煩悩の仏】のいる空間から黒い渦を通って花畑のある空間へと戻ることにした。
「困ったわね。【泉の女神】とかみたいに明確な悩みがないなんて」
「でもおかしな事を言ってましたよね。この世の悩みからは解き放たれているだなんて。
悩みがあるはずですから煩悩があるということでは?」
「そもそもボンノウってなに?」
ソフィアさんに煩悩について聞かれたけど説明が難しいわね。
「う~ん、端的に言えば精神を乱すなにか、でしょうか? 意外と聞かれると上手く答えられませんね」
「確かにそうね。まあ食欲なり睡眠欲なり性欲なり、そういった欲求だと思えばいいの、かしら?」
乃亜さんも私も煩悩に関してふんわりと曖昧にしか把握してないから上手く説明できなかったけど、こんな説明でもだいたいソフィアさんは理解してくれたのか頷いてくれた。
「なるほど。じゃああの【煩悩の仏】は何もない空間で食欲、睡眠欲、性欲を我慢してるんだね」
いえ、それもどうなのかしら?
乃亜さんの言っていた通り、悩みなんて持ってないだなんて試練として矛盾している。
けれどあの様子は単純に我慢しているとかそういうものじゃない気がするのよね。
「あ、でもこの世界だと食べなくても寝なくてもいいから、性欲だけ残ってるってことなのかな?」
「「………」」
ソフィアさんの発言に乃亜さん共々沈黙してしまった。
おそらく乃亜さんも私と同じことを思って黙っているのね。
なぜよりにもよって性欲だけ残った! と。
「もう完全にエバノラさんの試練を彷彿とさせますね」
「本当ね」
え、でもちょっと待って。
あの【煩悩の仏】の性欲って何よ?
「あんな大仏みたい、いえ、まんま大仏の性欲とか意味分からないんだけど」
「だね。見た目完全に無機物なのに性欲って言われても、あるの? って話だよ」
そもそも悩みが仮に性欲だとしてどうしろと?
悩みを予想できても、今度はその悩みをどう解決すればいいのかさっぱり分からないわ。
「困りましたね。こうなったらもう一度話を聞きに行きますか?」
あまり会いに行きたいとは思わないけど、これ以上考察のしようもないし花畑しかないこの空間内ではどうしようもないので、乃亜さんの言う通り仕方なく【煩悩の仏】の元に行こうとした時だったわ。
「お嬢さん達ちょっといいかしら?」
「はい?」
いつの間にか近くにやって来ていた冒険者らしき女の人達。
男の人の方が多いけど、私達が女だけだから女性が代表して話しかけに来たってとこかしら?
それよりも何の用なのかしら?
「あなた達もここにいる【煩悩の仏】から〝鍵〟を手に入れるために来てるのよね?」
「ええそうよ」
「悪いんだけど、私達に先に行かせてくれないかしら」
「「どうぞ」」
即答だった。
私と乃亜さんは即答でその提案に応じたわ。
「えっ、言っておいてなんだけどいいの?」
「別に構いませんよ。〝鍵〟が手に入るのであれば誰が手に入れても問題ありません。
わたし達はいち早くこの騒動を収めたいだけですから」
「【典正装備】が手に入る機会なのに?」
「それに執着しすぎて死んだら元も子もないわよ。まあ〈ガチャ〉さえ引かなければ問題ないはずだけどね」
向こうの冒険者達は互いを見やって困惑しているようだけど、私達が本気でそう言っているのが伝わったのか、頷きお礼を言いながら黒い渦へと入っていった。
「ねえ2人共。良かったの?」
「別にいいんじゃない? すでに私達は2つ〝鍵〟を手に入れてるんだし、【典正装備】を手に入れる確率は高いわ。ソフィアさんだってそう思ったから何も言わなかったんでしょ?」
「そうだね。それにワタシ達はまだどうすれば〝鍵〟が手に入るか分からなかったけど、あの人達はどこか確信をもって行動していたから、残念だけど止めようがないと思ったのもあるよ。……まだ【アリス】を探し出せばチャンスはあるはずだし」
自信に満ちた目でここにある花を持ってこの黒い渦を通っていったし、【煩悩の仏】の悩みとやらも分かっているんじゃないかしら。
「何もせずに〝鍵〟が手に入るのであれば万々歳ですが、どんな悩みだったかは若干気になりますね」
「……まあ確かにそうね」
性欲云々はあくまで予想だし、当たってるかどうかなんて分からないもの。
だから確認したいという気持ちはあるわ。
怖いもの見たさというやつもあるでしょうね。
「じゃあちょっと覗いてみましょうか」
「どうか酷い絵面になってませんように!」
「この時の【魔女が紡ぐ物語】はそんなに酷かったのかい?」
「「それはもう」」
二度と受けたくない試練断トツでナンバーワンよ。
私達はその時の試練の事を思い出し、色々と覚悟を決めて黒い渦の中に頭を入れて覗き込む。
そしてそこであった景色は――
『『『エロスー!!』』』
【S君】が冒険者の人に花を渡されて【煩悩の仏】の周りをグルグル回って花粉を撒き散らしていた。
「その花は性欲を促す効果があるわ。あなたの悩みは自身の性欲のなさ。
性欲を知らないが故に果たして自分は煩悩を乗り越え、悟りを開けたかどうかがあなたの悩みよ」
『ぬううっ、これが……性欲? コノキモチ、コレガココロ?』
〈ガチャ〉に狂ってる人とは別の意味で悲しき生物になってるじゃない。
「とりあえず、任して良さそうですね」
「そうね。この後何が起こるか分からないけど、これ以上見たくはないわ。戻りましょう」
「か、〝鍵〟が手に入るんだから、結果として何の問題もないかな。でもこれは酷いなぁ」
ソフィアさんはこんな試練がこの世にあるのかと言わんばかりの表情をしているけど、あるのよ。
しかもこれよりもさらに酷い試練が、ね。
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