31話 フォーリン・プロクリヴィティ
『殺っ!!』
謙信の殺意が溢れすぎててヤバい。
進路上にいるスケルトンを排除しながら来るのはありがたいけど、できればこっちに来ないで欲しい。
しかしそんな願いも虚しくあっという間に近づかれて、あと2、30メートルまでのところまで来た時だった。
「そこを動くな!」
乃亜は自身がこのSランクダンジョンの【魔女が紡ぐ物語】討伐作戦が始まった日からずっと身に着けていた〔閉ざされた視界・開かれた性癖〕を外し、目を開いた。
『ば、馬鹿な!? 毘沙門天の加護を受けているはずの私が拘束されるなんて有り得ない!』
『■■■』
『そんな!? 毘沙門天まで動けないなんてどういう事ですか?!』
〔閉ざされた視界・開かれた性癖〕は身に着けていた時間分の強力な麻痺効果を10秒間与えられるもの。
討伐作戦が始まった日から6日間身に着け続けた結果、毘沙門天の加護をも上回る拘束力になったというのか。
「今です。一斉に攻撃を仕掛けてください」
「分かったわ」
「任せて」
「「「おう!」」」
先ほどまでだったら全員で攻撃なんて出来なかっただろうけど、幸いにも謙信がスケルトンを蹴散らしてくれたお陰で、全員に攻撃する余裕が生まれた。
「〈解放〉」
「〝神撃〟」
「「「撃てー!」」」
亮さん達から離れ、誰も味方が謙信の近くにいない今、遠距離からの強力な攻撃を躊躇なく浴びせる事ができる絶好の機会。
冬乃や咲夜、それに他の人達が一斉に攻撃を仕掛けていく。
凄まじい轟音が周囲へと響き渡り、今まで遭遇してきた【魔女が紡ぐ物語】相手なら、これで確実に倒せたと言えるレベルだった。
今までと同等の【魔女が紡ぐ物語】なら。
『やってくれましたね……』
「なっ!? あれだけの攻撃を受けて無傷なの?!」
『無傷ではありませんよ。御覧の通り毘沙門天は私の傷を肩代わりしたせいでほぼ半壊。
さすがに今の私でも何度も毘沙門天を顕現させられませんから、ある意味一度は倒されたと言っても過言ではありませんね』
そんな事言われても、実際にはまだ謙信は倒せていない。
乃亜の〔閉ざされた視界・開かれた性癖〕の性質上、すぐには使えないから今の手はもう使えない。
だけど拘束したりしてくる毘沙門天を倒せたのなら、まだ勝ち目はあるか?
『仕方ありませんね。〝毘沙門天・憑依〟』
謙信がそう呟くと毘沙門天が光の粒子となって謙信へと纏わりついていく。
『奥の手でしたが毘沙門天を再び呼ぶ事が出来ないのなら、今使うしかないでしょう』
謙信が身に纏っていた甲冑が淡い金色に輝いており、明らかに強化されているのが分かる。
『今の私は毘沙門天そのものと言っていいでしょう。生半可な攻撃が私に通じると思わないことです!』
謙信はそう言うとすぐさま乃亜に向かって再び駆け出してきた。
『死になさい』
「先輩に強化してもらったのに受けきれない……!」
今乃亜は新人用メイド服を身に着けており、あらゆる能力が10%上昇、さらに僕のスキル[チーム編成]による登録で〔成長の花〕などによる強化、とどめに[強性増幅ver.2]で大幅な強化をしている。
それにも拘わらず、構えている大楯、〔報復は汝の後難と共に〕から体がはみ出ているところを的確に突くように槍で攻撃してくるのか、乃亜のメイド服が[損傷衣転]の効果でダメージを肩代わりする代わりにあちこち破れてボロボロになってしまっていた。
すぐに衣装の交換を行っているからダメージはそうでもない――いや、すでに服が肩代わりできるダメージ量を何度も超えているのか、ところどころに見える素肌に切り傷や青あざができている。
攻撃が速すぎて衣装の交換が間に合わない!?
「はぁはぁ、くっ、〈解放〉!」
いつの間に槍での攻撃を大楯で受けたのか分からなかったけど、倍の威力で相手に攻撃を返す〔報復は汝の後難と共に〕の能力で少しは隙が――できなかった。
『それは以前にも見ましたね。そんな苦し紛れで使用されたところで、私が怯むわけないじゃないですか』
謙信の槍は少し押し戻されただけで、まるで動じていない。
一瞬攻撃の手を緩められただけで、再び連撃が始まってしまった。
ちっ、今の状況で武器を再召喚なんてしていたら、その隙に攻撃を受けてあっという間に殺されてしまう。
すでに乃亜は衣装の交換の合間をぬってダメージを受けているせいで、立っているのも辛そうだ。
一体どうすれば……。
「乃亜ちゃん、今助ける! 〝臨界〟!!」
咲夜は先ほど〝神撃〟を撃ったから、1日1度だけ体力を全快にする[瞬間回帰]を使用しているはず。
なのに〝臨界〟を今使えば効果が切れた後は急速に回復する手段はないから動けなくなるはずなのに、ここで使うのか。
初級チャイナ服を着て脚力が20%上昇している状態の[鬼神]の〝臨界〟。
僕の目には追えないほどの速さで瞬時に謙信の元まで移動して攻撃をしていたみたいだけど、その攻撃は謙信に易々と止められていた。
『やるではないですか。短期間であの時とは比較にならないほど強くなっていて驚きましたよ。
ですが地上で戦った時とは違い、私もより強くなっているのですからその程度では止められませんよ』
「っ、ダメ、逃げて乃亜ちゃん!」
足と槍のぶつかり合いとは思えない金属同士がぶつかるような音が周囲へと響いているけれど、その時間は長くはなかった。
「あっ、力が……」
〝臨界〟は30秒で余力全てを使い切る技。
30秒経ってしまった後はスタミナ切れの咲夜がそこに倒れ伏すだけだった。
『時間制限つきの強化ですか。思い切りはいいですがまだまだですね。精進することです』
そう言って謙信は咲夜に止めを刺さずに乃亜の方へと向かって行く。
そうか。乃亜を真っ先に殺すと宣言したから、逆に言えば乃亜以外は殺したりしない。
だったら――
「お願い冬乃。全力で謙信の気を引いて!」
「分かったわ。[獣化]!」
狐のような手足となって毛でおおわれていき、人間の顔だったのが完全に狐へと変身して魔物みたいな見た目になるため、冬乃は使いたがらないスキルだけどそうも言っていられなかった。
乃亜に再び攻撃を仕掛けようとする謙信に近接戦闘で攻撃をしようとする冬乃に、敵からのヘイトを50%上昇させる初級赤ずきんを着せ、少しでも気を引くようにする。
『あなたの遠距離での攻撃は見事でしたが、接近戦ではまだまだ力不足ですね』
「は、そんなの分かってるわよ。[幻惑]」
紫の煙が放たれ、謙信を包み込む。
『何がしたいのか分かりませんが、精神攻撃なら毘沙門天を纏う私には通じません』
「きゃあ!?」
紫の煙に包まれながら無造作に振るわれた槍が冬乃に直撃し、吹き飛ばされていく。
ごめん、冬乃。何も聞かずにすぐに動いてくれてありがとう。
「謙信!」
『やれやれ、次はあなたですか。あなたは苦しませずに殺すのですから大人しくしていなさい』
そう言いながら迷宮氾濫の時のようにどこからともなく現れた白い縄が僕の身体に絡みつき――弾き飛ばされた。
『なっ?!』
「僕に拘束系は効かないよ!」
そう言いながら僕は謙信の身体にしがみつくように跳び付いた。
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カクヨム様にて1話先行で投稿しています。