28 二度目の再会
父が奈美の母とどういうやり取りをしたのかは知らない。一切何も教えてはくれなかった。
「聞いてるな。今夜からナミちゃんちに世話になれ。いいな?」
父からはそれだけだった。
たぶん奈美の母のことだから、一切余計なことは言わず、夏樹は今日からウチで面倒見ます。お金なんていりませんぐらいは言った気がする。
奈美と恵美は仲良くなったみたいだ。
「あんた、気に入った。今日からあんたを妹分にしてあげる」
そんなふうに先制してマウントをとったこともあったと思う。
「だけど、ナツキとイチャイチャするのは十年早いから。・・・いいね?」
奈美の部屋でそんなことを言い含めているのが廊下に聞こえていた。早いとか遅いとかいう問題じゃないような気がしたが、それで丸く収まるなら、いいんじゃないかと思った。
恵美はちゃんと学校に出て来た。これも奈美の母が、恵美に学校へは行きなさいと言い含めてくれたおかげだと思う。
「ごめんね、ナツキ」
恵美は廊下でペコっと頭を下げた。
「ママからも怒られちゃった。でもね、ますます気に入ったって、ナツキのこと。まだチャンスはあるから頑張りなさい、って。あたし、頑張るね。絶対あきらめないから」
いったい何を頑張るんだろう、と思い、背筋がゾクゾクした。
その日の夕食、奈美の父は嬉しそうだった。
「ナツキ。明後日の日曜な、お前に釣り教えてやる。朝三時に出るからな。ちゃんと起きるんだぞ」
自分の周りは父や継母を除いてみんないい人ばかりなのを改めてありがたいと思った。
奈美のフォローは大変だった。ほとんど拉致。そして、逆レイプ。
まずゲーセンに連れて行かれた。クレーンゲームの前にしがみつかれ、ムキになって次々と百円玉を投入し、自分のを使い果たすと、
「絶対獲って。あんた稼いでるんでしょ!」
と、無理やり交代させられ、ユキヒョウのぬいぐるみをひとつ獲るのに昨日の稼ぎ三千円を摩ってしまった。
「そうそこっ! ああーん、ダメじゃん! 何やってんのっ、もうっ! 下手くそっ。グズかお前はっ! ちょ、そこじゃないって、おおあおーっ!」
「おいー。少し静かにしてくれよ」
「いいから早く獲ってよ。ああん、もうっ! ツカエねえヤツだなーっ、ったく!」
いつもの夏樹ならもっと獲れたが何しろすぐそばで大声で喚かれるもんだから集中できなかったのだ。
「だからうるさいんだって!」
「も、いいっ! 次っ! ホテル行くよっ」
もちろん、ホテル代は夏樹持ち。部屋に入るなり無理矢理服を脱がされ、バスルームでガシガシ洗われ、息つく暇もなくベッドに押し倒されて、あちこち貪られた。
「も、むっちゃムカつく! あんな小娘なんかに。キーぃッ! ちっくしょっ! このっ!」
「んなー、あ痛! お前さー、もうちっと優しくやってくれよー。痛いよー。何回も謝ったじゃんかあ・・・」
「やかましいわ! 早くしなっ! 時間ないんだからっ!」
「いてて。なあ、やってることとしたいことがあべこべだって。そんなんじゃ痛くてできないよ。それでもいいのか」
「ダメに決まってるでしょうっ!」
「とりあえず落ち着け。な? 」
まだ肩で息をしているが、般若だった奈美の顔からようやくトゲが消えて半ベソに変わっていた。
「信じてくれよ、ナミ。オレが好きなのはお前だけだって。突然来られて、どうしようもなかったんだって・・・」
身体を起こして奈美の頬を挟んで見つめてやった。途端に奈美の瞳から涙がポロポロ流れて、うわーんと抱きつかれた。
「やだよー、浮気しちゃやだー。あたしを捨てないでェー。うわーん」
「おいおい・・・」
やっとホントの奈美に戻ってくれた。あまりにもギャップがハゲし過ぎて疲れるが、とりあえず、ホッとした。
「こんなに可愛い女、誰が手放すかって・・・。大好きだよ、ナミ」
何度か奈美をイカせ、もちろん自分も奈美の中で爆ぜた。
「ナツキぃ、・・・だあいすき・・・」
奈美は弾んだ息を抑えながら何度も夏樹の耳元で囁いた。その髪を撫でてやりながら、
「可愛いな、ナミは・・・」
と言った。言いながら、携帯電話にあった着信のことを考えていた。
「一緒に朝を迎えられたらいいのにな・・・」
帰り道、奈美はまたまたそんな可愛いことを言う。
「でもさ、これからナミんちに世話になるってことはさ、逆に今までよりもエッチ出来なくなるってことだぞ、こりゃ・・・」
「え、ウソ。・・・やだよ」
「そりゃそうなるよ。ママとパパいるんだし。さすがにそんな出来ねえよ。しょうがねえじゃん。ママも好意で言ってくれてるんだから・・・」
とたんにシュンと萎れるナミ。実に、実に、わかりやすいヤツだな、と思う。そういうところがとても、愛おしい。
「そうだなあ。ナミが大学に行って独り暮らしすれば、朝までコースできるかなあ」
「その時は毎日来てくれる?」
「うん。可能な限り。オレが大学入ったら一緒に暮らせるといいな」
奈美は夏樹の腕にギュッと掴まった。
「あと三年もあるよ・・・」
彼女の家の前でもう一度キスした。けっこう、ディープなやつだ。
「ちょっとバイト行ってくる。夕飯までには戻るよ」
「早く戻って来てね。ナツキ、だあいすき。・・・愛してる」
「オレもだよ。・・・じゃ」
家に入るのを見届けた。ドアが閉まった。自分の家までダッシュして玄関の脇に置いてある自転車に飛び乗り、一番近い公衆電話に走った。
ボックスに入り、テレフォンカードを取り出して、焦りすぎて受話器を取り落とし、二度番号を間違えた。呼び出し音が三回で美玖が出てくれた。
「もしもし・・・」
あまりに感激しすぎて、声がかすれた。
「・・・ミクさん!」
「どおしたの。風邪?」
「ううん。違う」
「よかった」
と美玖は言った。
「帰って来たよ」
「うん。・・・今どこ? 会いたいよ。会いたい。どおしても、会いたいんだ!」
「・・・いいよ。じゃ、今からそっちに行く。ファミレスかどっか、教えて」
「ウチに来てよ」
「それはダメ。親御さんがいない家に入るわけにはいかない」
「何でだよ!」
「・・・そういうもんなの。聞き分けなさい。今インターだから二十分で着く。待ってて」
家から自転車ですぐの所にあるファミリーレストランに行った。
もう一度公衆電話から携帯への面倒な連絡がもどかしく、こんな手間をかけないと会えないことに苛立つ。今この世で一番会いたい人に会うのが一番手間がかかるなんて。
コーヒーだけ頼んで待った。
そして、美玖は来た。
ライディングブーツに皮のジャンパー。冷たい風を受けて走って来たせいだろう。頬と鼻の頭ががほんのり赤くなっていた。外の寒気を身に纏った美玖は何度かスン、スンと小さく鼻を啜った。それがとても、可憐に見えた。
「寒かったあ・・・。待った?」
と、美玖は笑った。




