23 フタマタはダメ
沢田は今日も学校を休んだ。昨日もだ。
おとといの夜会ってから、顔を見ていない。
もしかすると、あのちぃとかいう友達となんかあったんだろうか。確か隣の組だった。行って話を訊いて来ようかと思ったが、やめておいた。自分のせいでさらに彼女たちの仲をひっかきまわしたりしたらイヤだなと思った。
面倒くさい・・・。
誰かに話したかったが、奈美は論外だし、クラスの男子に話そうものなら、
「なにお前、サワダに気があんの?」
「うえ、キモ」
そんな、要するにまだガキの奴が多い。そういうヤツらに話が広まってしまうとますます面倒になるし、万が一奈美の耳に入ったりしようものなら、地獄を見る。
それで、
「あのさ、サワダんち、知らねえ? 貸してるゲームがあるんだけどさ、それオレが借りてるのマタ貸しなんだよ。返さなきゃいけないんだけど、アイツ出て来ねえしさ、困っちやってさ・・・」
これをサワダと同じ小学校出身の、比較的仲のいい女子にやった。それでも、
「え? ショージ君て、サワダとそういう仲なの?」
と言われた。
「三日でクリアしたって自慢したらアイツ、ムキになるんだもん。そういう性格じゃね?」
ウソも大変だなと、冷や汗を拭きつつ、なんとか住所を訊きだすのに成功した。
あらかじめ奈美の方も手を打っておいた。
「オレはいいけどさ、そうしょっちゅう休んでセックスばっかしてると、部活のセンパイに睨まれちゃうんじゃね?」
奈美もそれで沈黙した。どうやら図星だったようだ。この、あまりにもわかりやす過ぎる性格。いささか困ってしまう時がある。
「・・・そのかわり、日曜日の午後、どっか連れてってね」
「・・・」
「約束だよ」
なんだか、どっと、疲れた。
サワダの家に行った。
見舞いで行くわけだから手ぶらではマズいのではとも思ったが、何を持って行けばいいのか思いつかなかった。
沢田の家が隣の小学校の校区だというのは知っていた。しかし自転車でわずか十五分程度のところにあり、意外に近いなと思った。が、迷った。美玖とのツーリングで得た経験を活かしてコンビニで住宅地図を借りクラスの女子に描いてもらった拙い地図と照合してなんとか家が判明した。その部分をコピーさせてもらって、今度は迷わずに彼女の家にたどりつくことができた。
インターフォンを押すと母親らしき人が出て来たので名前を名乗り見舞いに来たと告げた。
「二日も休んでいたので心配になって来ました」
「ウワー!、わざわざありがとう。さ、どうぞ入って」
今風の明るく染めたショートヘアの母親だ。若く見えるというタイプなのだろう。継母のように若作りしているのではない。顔が沢田そっくりだった。最初は年の離れた姉かと思った。母親にそのことを言うと、嬉しそうに、
「やあねえ。ショージ君て口がウマイのねえ」
と喜んでいた。軽いなあ、と思った。ちなみに、巨乳だった。
「エミー、ショージ君がお見舞いに来たわよォ」
母親が二階に向かって呼ばわるとサワダが階段を降りて来た。
「・・・ショージ君」
ジーンズにオレンジの長袖のスエットシャツを着た彼女は意外に元気そうで夏樹を見て目を丸くして驚いていた。
登校拒否とか、最悪の事も予想していたから、いささか拍子抜けした。
考えてみたら奈美以外の女子の部屋に入るなんて、初めてのことだった。あんなガサツでデカイ女だけど、奈美の部屋もそれなりに女の子らしい調度で飾られてはいた。ぬいぐるみもある。
だが、沢田の部屋は奈美の以上に女の子していた。全体的にベージュを基調にした落ち着いたもので、フルーツ柄のベッドカバー、木目の美しい机と椅子。本棚は単行本や文庫本が三分の一、あとの三分の二は少女マンガの単行本で占められていた。それに大勢のぬいぐるみたち。この部屋からはあの奇声を発し竹刀を振り回して襲い掛かって来たヤツはまったく想像できなかった。
「座って、ショージ君」
部屋を見回していたら、椅子を勧められた。
沢田はベッドの上に膝を抱えていた。病気ではないにしても学校を休んでいるわけだから、もちろん楽しそうではなかった。
「可愛い部屋だな」
そう言うのが礼儀というものだ。
「・・・ありがと」
コンコン。エミ、入るわよ。
彼女の軽くて若い母親がジュースを持ってきてくれた。
「いらっしゃい。いつもエミがお世話になってます。
心配かけて悪かったわね。んもうなんなのかしらね。このとおりピンピンしてるのに調子が悪いって行きたくないって駄々こねて、いつも元気に学校行ってるこの子がこういうこと言うの初めてでそれで様子見てたんだけど、ホラ今不登校とか精神的外傷とかマスコミが言うでしょう、それでね・・・」
よく喋るお母さんだなと思った。
「アラ、ショージ君て、けっこういい身体してるのねェ・・・」
「いえ、フツーです」
「ちょっと立ってみて。あらあ、背も高いわねえ・・・。なにかスポーツやってるの? 」
そういって夏樹の身体を撫でて来た。ちょっと馴れ馴れしい気がしたが、ガマンした。
「はい。バスケ部にいましたが、辞めちゃいました」
「あら、どうして」
「いろいろ・・・、です」
「もったいないわね。おばさんね、スポーツしてる男の子大好きなの。主人も学生時代ラグビーやっててね・・・」
「ママ!」
やっとサワダの母は黙ってくれた。
「もういいから。ありがと」
「・・・はいはい。じゃ、ショージ君、ごゆっくりね」
「・・・どうも」
ドアが閉まると彼女は、ごめんねと言った。
「若々しくて可愛らしいお母さんじゃん」
「帰る時言ってあげて。・・・喜ぶから」
若い、というのはもう言ったけど、可愛い、は後々面倒そうなのでやめておこうと思った。
再び沈黙が訪れた。
先に音を上げた。というよりも、そのために来たのだから、言わねばと思った。
「もしかして、正直に全部ぶちまけて、その、ちぃって友達と気まずくなったとか、か? それで学校来るの、イヤになったとか・・・か?」
沢田は膝の上に顔を伏せた。
やっぱり、ビンゴか・・・。
「ウソつきたくなかったんだ、ちぃに。だから正直にショージ君に彼女がいることとショージ君と友達になったこと、言ったんだ。そしたら・・・」
ばかだなー、コイツ。そういうウソは女の方が上手いはずだが・・・。
むしろ夏樹の方がはるかにそのあたりの取り回しは巧妙だった。なにしろ、美玖のことだけでも、もしバカ正直に奈美に全部ぶちまけてしまえば、市中引き回しの上、釜茹でされてのこぎり挽きになって磔獄門の刑に処されかねない。確実にそうなる。ああ見えて奈美は根が純なだけになおさらなのだ。
「友達のくせに好きな人横盗りした、って。そういう言い方するんだよ。恥ずかしくて言えないっていうから、呼び出しまでしてあげたのに・・・。ひどいよ」
うんうん。女って、怖いんだよなあ・・・。
少なくともあの日、サワダの言う通りに屋上に行かなくて良かったと思った。そんな簡単にひっくり返って友達をクサするようなヤツより、奈美みたいな単純な女の方がはるかにいい。きっと沢田も奈美に似て、根が単純なのだろう。
「変なこと聞くけどさ、サワダって血液型何型?」
「おー・・・」
やっぱりか。奈美と同じだ。
「それがどうしたの?」
沢田は辛そうな顔を上げた。
「いや。・・・ただ訊いただけ」
「ショージ君は?」
「びーだけど」
沢田の顔が急に明るくなった。
「え? そうなの」
「どうかした?」
「あたしたちさ、恋愛はダメだけど、結婚はまあまあの相性だよ」
「は?」
ものすごい飛躍。なんだかこういうところも奈美に似てる。そう考えてゆくと、体育会なところも、外面ツンなところも、全部似てる。もしかして次は、デレるのか。
「ねえ、ショージ君。助けてよ。あたしこのままじゃ学校に行けない」
「助けて、って・・・、どうやって?」
「見返してやりたいの。盗ったなんて言うならいっそのことそのままあたしのものにしちゃいたい」
「はあ?」
沢田はベッドから降りてジリジリ夏樹に近づいた。
「彼女がいてもいいから、あたしとつきあって」
「・・・もう友達だよね」
「友達ってんじゃなくて、恋人として」
「はあ?」
オレにフタマタしろってか、コイツ・・・。
「そ、それは・・・」
「ダメ?」
沢田に椅子の両袖をガッチリキープされてしまった。逃げ辛いなと思った。顔が、迫ってくる。彼女の甘い息とさくらんぼが・・・。
「さすがに、それは・・・。他にいるじゃん。もっとイケメンぽい、ウチのクラスでいえばサッカー部のハンダとか、バスケのサガミとかさあ・・・」
そう言いながら足で床を蹴って椅子ごとジリジリ後ろに下がる。
「みんな、ガキじゃん。お子様はヤなの。ショージ君の方が大人だもん」
「・・・」
「もう一回して」
「え?」
「ちゅー。したでしょ、道場で。あたしに。無理矢理。あんなんじゃなくて、ちゃんと、して」
「ちょ、待てよ。あれはさ・・・」
「勝手にキスしておいて、逃げる気? すっごい卑怯だよね。卑怯者!」
「ええっ?」
おいおい。なんで、そうなる? なんだ、コイツ。マズいぞ。たいへんな女に関わってしまった。どうする、ナツキ・・・。
「好きになっちゃったの。あたしの打ち込みをまともに受けようとしたショージ君を見て、それにキスされて。好きになっちゃったの。人を好きになるのはしょうがないよね。それにショージ君が悪いんだよ。ショージ君だって、あたしが気になったから来てくれたんでしょ? ねえ。なんとか言ってよ!」
凄まじい波状攻撃。
・・・来るんじゃなかった。
じりじり下がっていたら後頭部がゴンと壁についた。もう後がない。
とにかく一度ここから退却したいが、このまま何もなしでは帰してくれそうもない気がした。なにしろ、サワダの唇がもうあと十センチぐらいのところに迫っていた。
このまま強引に帰ってしまうことも出来るが、そうなると今度こそ本当に彼女は学校に来なくなるかもしれない。本格的に不登校になってしまうかもしれない。それは後味が悪すぎる。
手数の多さで、夏樹は負けた。
甘い匂いと一緒にさくらんぼがすーっと寄って来て、差し出された柔らかな唇を食んでしまった。気がついたら美玖よりも固く、奈美よりも華奢なその身体を抱きしめてしまっていた。
当然、下半身も反応した。
「・・・いてて」
「ごめん、大丈夫?」
「う、うん・・・」
美玖や奈美なら説明する必要のないことを沢田にはしなければならないのも、疲れる。
「これであたしたち、恋人だね。これからナツキって呼んでいいよね。あたしのことはエミ、って呼んでいいよ。あ、学校ではダメだね。えへへ・・・」
きっと剣道でも沢田は、恵美は、こんなふうにズンズン間合いを詰めて相手を攻めるんだろうな、と思った。
こんなことが美玖に知れたら・・・。美玖はなんて言うかな。きっとめちゃくちゃ怒られるな。・・・まいったな。
たまらなくラフマニノフが聴きたくなった。




