19 Let`s roll! 夏樹の場合
奈美の両親は夏樹を温かく迎えてくれた。
幼いころから我が家同然に行き来してきた。夏樹の父の性格のせいで両親同士の接触は薄かったが、小さいころから辛くてたまらないことがあると逃げ込んでいた家だった。夏樹の父と母のことも、継母のことも知っているから面倒な事情を説明する必要が無い。
それだけにありがたい気持ちになった。美玖から「ナミちゃんて子に感謝しなよ」と言われたが、奈美だけではなく、彼女の両親にもだと思うのだった。
突然訪問した夏樹を奈美の母は、
「バカねえ・・・」と笑って迎えてくれた。
「とにかく上がんなさい。奈美もうすぐ帰ってくるから。お昼済んだの?」
急に来るからロクなものないわよ、などと言いながら、トーストで作ったピッツァ、秋ナスとラザニアのトマトソース和え、オニオンスープ。それらがすぐにテーブルにならんだ。
「パパは今日はゴルフなの。心配してたわよ、あんたのこと」
「すいません・・・」
「・・・お母さんに会いに行ったんでしょ? 会えたの?」
「・・・知ってたんですか」
驚いて、奈美の母のそのふくよかな顔を見つめてしまった。
「小さいころからずっとあんたのこと見て来たのよ。そのくらい、訊かなくてもわかるわよ。あんたのお父さんに訊かれた時は知らないフリしちゃった。ちょっと良心がチクチクしたけどね。あんたならナミよりしっかりしてるから大丈夫だと思ったからね」
これが本当の親だよな、と思った。言わなくてもわかってくれるし、信頼してくれる。奈美の家の子だったらなあ・・・。母がいなくなってから、何度そう思ったか知れなかった。
「実は、それが・・・」
美玖のことは伏せて、二度の旅のあらましを話した。
「ええっ、広島まで行ったの!? ・・・そんな遠くまでよくもまあ・・・。心細かったでしょう・・・。
ご近所だからねえ、あんたのお父さんにはハッキリ言えないこともあるのよ。
だけど、あんたはナミの弟みたいなもんだから。これからは家出なんてする前に言いなさいね。相談ぐらいしか乗ってあげられないかもしれないけど、少なくとも心の支えぐらいにはなってあげられる。ね?」
人ってのはあったかいもんなんだなあ・・・。
実の父や継母にせめてこの奈美の母の半分ほどの優しさと思いやりがあれば、夏樹はこんなことはしないで済んだだろう。不覚にも涙が出そうになった。
「ただいまー」
玄関から聞き慣れた幼馴染の声がした。
夏樹のスニーカーを発見したからだろう。ズドドドっと廊下を駆けて来る音がして、そして、怒鳴られた。
「んなーつきぃーっ!・・・」
振り向くとジャージ姿の奈美が物凄い顔で睨んでいた。
「ママちょっと夕方まで買い物行ってくる。パパも四時過ぎまでは戻ってこないと思う。しっかり気を付けて、ほどほどにね。ナツキ、ごゆっくりね」
そう奈美に言い置いて、奈美の母は出掛けて行った。
玄関先に並んで彼女を見送ると、
「部屋行くよ」
と、奈美は言った。
ピッツァトーストを二つ折りにしてガツガツ齧りながら階段を登る彼女を追って、階段を登った。奈美はトーストを平らげてしまうと、ジャージのズボンの尻でパンパンかすを払った。相変わらずデカいケツだなと思った。
部屋に入るなり、奈美に抱きつかれた。熱烈に濃厚なキスをされた。チーズとトマトケチャップの味がした。なんだか、奈美は怒っているような気がする。そう言えば金を借りたままだった。
「あの、借りた金さ、もうちっと待ってくれな。必ず返すから」
唇が離れると、夏樹はそう言った。
「いいよ。あれ、あげる」
「・・・でも、そうはいかないよ」
「いいって言ってるじゃん!」
奈美は、ちっ、と舌打ちをした。
「あのさ、そんなの、どうでもいい」
鼻息が、荒かった。
彼女は夏樹をベッドに座らせもう一度キスすると、衣装ダンスから着替えのTシャツを取って部屋を出て行った。
「速攻でシャワー浴びて来るから、待ってて!」
そうしてまたドカドカ階段を降りて行った。
速攻でシャワー浴びて来る・・・。その言葉の意味が分かってくると、カアーっと顔が赤らんだ。股間が激しく勃起し始めた。
「あ痛てて・・・、やっべ・・・」
たまらずに股間を抑えた。
あんなに何度も美玖とやりまくって来たというのに、奈美の言葉と彼女の身体を想像して早くも股間が張り切ってしまっていた。
ずだんだんだんだん。ドアが開いた。駆け込んできた奈美にそのまま押し倒された。
「ナミ・・・」
ハゲし過ぎる・・・。しかもTシャツの下はぱんつしか穿いてない。
「会いたかったよォ。キスして。もっと抱きしめて・・・」
「もう、シャワーしたの」
「だって・・・」
トマトケチャップの味は薄れて、奈美の唾液の味が溢れた。ソープと汗の混じった匂い。きっと塗りたくってじゃっと流しただけなのだろう。そんなに焦るほどしたかったのかと、少し可笑しかった。でも笑うのは我慢した。奈美のこういうところが可愛いと思う。美玖には感じなかった感情だ。奈美の広い背中を抱いた。美玖のより固い、締まった身体。抱きしめてキスをしていると美玖の言葉を思い出した。
ナミちゃんに、感謝しなよ・・・。
「ナミ、ありがとな。大好きだよ。オレも、会いたかった・・・」
「あたしだって、ずっと・・・」
急に顔を歪ませたかと思うと、べそをかき始めた。
「・・・ママにバレちゃったの。エッチしたこと。どうしてバレたかわかんないけど。それで夏樹のコト話したの。お金貸したのも。その分貰ったから。だから返さなくていい」
「・・・マジ?」
「さっきだって、ママ、気を遣ってくれたんだよ。パパが帰ってくるまで二人きりにしてくれたの。意味、わかるよね」
「うん・・・」
「ナツキ・・・」
「ナミ・・・」
奈美の腕を抑えてもう一度キスした。
日本顔の、どこにでもいるような普通の女の子。だが夏樹にとっては一番古い、大事な友達。そして、失うことのできない恋人だ。
目くるめく官能。そして漂白・・・。
奈美との二回目はとてもスムーズに済んだ。奈美も感じることができたみたいだった。
後始末が終わると、奈美は夏樹にベッタリ貼りついて動かなかった。貼りついて来ると言うか、しがみついて来る。髪を撫でてやるとにっこり笑った。とても可愛いと思った。
「すっごい・・・、気持ちかった。頭真っ白んなった・・・。ナツキ、・・・大好き。もう、どこにも行かないでよ」
なんて可愛いことを言うんだろう。夏樹も変わったが、奈美の変わりようは、夏樹の比ではなかった。
「わかったよ。オレも好きだよ。奈美を、愛してる」
もう一度キスしようと奈美を抱き寄せたとき、、表に車の止まる音がした。
奈美の父親が帰って来たのだ。二人は急いでベッドを飛び出して服を着た。
そのまま奈美の家で夕食をご馳走になった。それは楽しいものだった。
ゴルフ焼けした奈美の父がビールを飲みながら冗談を言った。
「毎晩ウチに来ればいいのに。ウチは男みたいな娘しかいないから、本物の息子がいるみたいで楽しいしな」
奈美が、ちっ、と舌打ちして父親の脛を蹴っ飛ばしたのがわかった。
「・・・あ痛て、ナミおま・・・」
「そうね。ナミはナツキみたいに出来た男の子じゃないとお嫁に行くのはムリかもね。ナツキ、ナミが売れ残ったら頼むわね」
奈美の母から言われるとドキッとした。
「んもう! ママまでバカにしてェ・・・」
そう言いながら、奈美は上目遣いで夏樹の反応を窺った。親が子供の気持ちを察してさりげなく冗談に載せてくれる。こんな母親に育てられたから、奈美はあけっぴろげな可愛い女の子になったんだろうなと思う。夏樹の家とは全く違う、家族の温かさに包まれた家での食事を終え、家に戻った。
奈美の家に比べ家の中の温度がだいぶ低いような気がした。
父はおらず、継母がリビングで缶チューハイを飲みながら歌番組を見ていた。
「今戻りました」
彼女は振り向きもしなかった。
部屋に戻ってリュックのポケットを探った。住民票の写しが元あったポケットとは反対側に入っていた。これで父と継母が写しを見たのがわかった。
それを見ればある程度のことはわかる。父も自分のルートで探すのだろう。いつかは美玖に託した山荘の所有に関することや山林の件にたどり着くだろう。父から話があればかねて美玖と打ち合わせた通りに話すだけだ。
そのまま、奈美の家のこと、会えなかった母のこと、そして、美玖のことを思いながらラフマニノフを聴いて眠った。
朝も朝食も摂らずに出て来た。
「いつまで寝てるの! 早く起きて朝ご飯食べちゃいなさい! 学校遅れちゃうよ」
それが普通の家だ。
何か言えば、トーストぐらいは作ってくれたかもしれない。だけど、注文しないと食事が出て来ないような家、子供が家を出るまで親が起きても来ないような家は中学生の住む家とは言わないと思う。
朝から腹が減っていたが、我慢してほぼ一週間ぶりに学校へ行った。
父が病欠届けを出していたというのは本当だった。ただ通院していたわけではないので、届けの用紙だけもらってそのあたりの辻褄合わせは父親に丸投げした。なんの病気だったか打ち合わせもしていないから勝手に話すわけにはいかなかったのだ。
朝のホームルームで担任から「もういいのか」と言われ、ご心配をかけました、と言っておいた。他には何も訊かれなかったし言われなかった。全てが家を出る前と変わらないように見えた。窓から見える校庭も、変わったことと言えば体育祭の入場門の後片付けが済んでいないことぐらいだろうか。退屈な授業も変わらなかった。
それにしても、腹が減った。
高校みたいに売店があればいいのになと思う。でも一銭も持っていないから、そもそも売店があっても何も買えない。ひもじくて仕方がない。
美玖との旅は最高だった。旨いものをたらふく食って、オートバイに乗るとスカッとして、セックスは最高に気持ちよかった。写真を送ってくれないかなと思う。でも彼女のことは父には内緒だ。家に知られずに郵便を受け取るにはどうしたらいいのだろう。
退屈な授業が終わった。でも給食まではまだ二時間ある。
ひもじい腹を抱えて机に突っ伏していると、
「ショージくん・・・」
と、呼びかけられた。
同じクラスの沢田という女子で、少しだけ紅い髪をポニーテールした、ちょっとキツ目の女だ。夏樹はあまり気に留めたことはなかったが、他のクラスや夏樹の所属するバスケ部の先輩とか同級生からあの子は何て言うんだと名前を訊かれたことがある。だから少しはモテるんだろうぐらいに思っていた。たしか剣道部だったような気がする。
「・・・おう」
と、夏樹は応えた。
「なに?」
「ずっと休んでたね」
「ああ。・・・ちょっとね」
「まあ、いいや」
と、沢田は言った。
「あのね、あの子が話があるんだって」
沢田が指す教室の入り口を見ると、うろ覚えだがたしか隣のクラスの女の子が立って、こちらを見ていた。可愛い部類には入るだろう。沢田と違って大人し目の子だ。沢田と同じで、たしか書道部かなんかだったような気がする、という程度の認識しかなかった。なんだかモジモジしていた。
「お昼休み、屋上に来てほしいんだって」
「なんで?」
「話があるんだって」
「今入ってくればいいじゃん」
「あのね、それが出来ないからじゃん。わかんないかなあ・・・」
三時間目の始業のチャイムが鳴った。
「とにかく、伝えたからね」
それだけ言うと、彼女はダッと席に戻った。戸口にいた子も消えた。
しまった、と思った。
沢田に話しかけられたせいで、トイレに行き損ねた。でもまあいい。尿意を我慢するおかげで空腹感が多少紛れるだろう。
三時間目と四時間目の国語と社会の時間はどうやったら金を作れるかを考えるのに使った。とにかく、母を探すのにも空腹を満たすのにも金が要る。美玖が糸口を見つけてくれるのにばかり頼ることはできないし、毎晩奈美の家に夕飯を厄介になることもできない。場合によってはアルバイトしてでも稼がねば。そのためにはバスケ部も辞めねばならないだろう。とりあえず今日はまだ調子が悪いことにして部活は休もう。
金を稼ぐ。そのために、自分に何ができるかを考えた。
とにかくまず自分用のパソコンとネットの環境が欲しい。情報収集もしたい。
父のパソコンをいじっていて、立ち上げとか設定とかソフトの入れ替えとか、簡単なプログラムの書き換えとかをしているうちに面白いなと思った。いじりながらとか本を読んだりしてこういうことも出来るのか、こんなことも出来るのかとやっているうちに物足りなくなった。父のだから終わったら原状復帰もしなくてはならない。
中学生という身分が恨めしいが、街の専門店に行ってみよう。店頭ではなく裏で使ってもらうことは出来ないだろうか。働きながらもっとコンピュータをいじりたいと思った。
給食では腹いっぱいにならなかった。もっと食いたかったが、ガマンした。昼休みは図書室に行き時間までコンピュータ関係の本に埋没し、午後の体育の間もひたすら考え続け、授業が終わると同時にバスケ部の部長をしているヤツに休みを言い、学校を飛び出した。
自転車で街まで行った。知っている専門店にゆく道すがら、チェーンでない、個人経営のリサイクルショップの前を通り過ぎた。思うところあって引き返し、店内を巡った。
その店はビルとビルの隙間に両側から押しつぶされるようにして、あった。
天井まで達する棚と棚の間隔が人が横になってやっとすれ違えれるだけしかない。パソコンも取り扱っているし家電製品もある。機械いじりはお手のものだった。持ち込まれたパソコンや電気製品などをテストする役で使ってくれないだろうか。
奥にいる時代遅れのヒッピーな感じのオッサンに声を掛けた。モジャモジャ頭にバンダナを巻いて丸縁の眼鏡をひしゃげた鼻の上にかけ、三段腹の白いTシャツの上には赤いベストを着ていた。いかにも怪しげな風体だった。
「あの・・・」
「いらっしゃい」
「店長さんはいますか」
「オレだけど」
使い古しの電子レンジをガチャガチャ言わせながら清掃しているヒッピーが言った。
「店員は募集してないですか」
「は?」
「ここで働きたいんですが」
「・・・お前、中学生だろ。高校に入ってから出直してきな」
制服で来ているのだから一目瞭然。最初から断られるのは承知の上だ。でもコンプライアンスのうるさいチェーン店ではなく、個人経営というところに勝機があると思っていた。
「金が要るんです。時給五百円でもいいです。使ってください。パソコンいじりが得意です。あと、電化製品の修理とか・・・」
タダ同然。むしろ廃棄費用でも貰ったんじゃないかみたいな、今にも壊れそうな電子レンジとの格闘を止めて、ヒッピーはギロっと夏樹を睨んだ。
「いじるだけじゃダメなんだぞ、ボーズ。売り物にしなくちゃ」
「やって見せます。もしちゃんとできたら雇ってもらえますか」
カウンターの横にあった買い取ったばかりのラップトップを指して夏樹は言った。
「もう一度OSを入れ直して前のデータを消去してアクセサリーのチェックをして使える状態にすればいいんですよね」
「・・・そうだ」
「ラインに繋ぎたいんですが、ケーブル貸してください」
結局、夏樹は四台のパソコンを初期化し、CDスロットやUSBゲートのチェックを行い、再度の使用に耐えるのを確認した。
「電化製品も出来るって言ったな」
「オーディオも含めて」
「どこで覚えた」
「好きなんで。自己流です」
「・・・よしわかった」
とピッピーオヤジは言った。
「雇うことはできねえんだ。法律とかあるからな。でも一件いくらで手伝ってもらうってなどうだ? パソコン一台五百円。電化製品のリストアはその機種によって一台いくらで。正式な社員には出来ねえからオレのポケットマネーから出す。ん? 悪くねえだろ」
「それでいいです」
怪しげなヒッピーオヤジはニンマリと笑った。
初任給は二千円もらった。毎日出物があるわけではないので、連絡して仕事がある時は店に行くことにした。常雇いじゃない、夏樹のような働き方で満足してくれるやつがトクなのだろう。
その金で売り物のテレホンカードを買った。千円のを五百円で売ってくれた。
「じゃあな、ボーズ。これからよろしく頼むぜ」
コンビニに立ち寄って菓子パンとカップラーメンを五百円分買った。これで今夜のひもじさはしのげる。
美玖の声を聴きたくなった。
電話ボックスがあったので入った。家で電話して通話記録などを調べられるとマズイと思ったのだ。美玖には絶対に迷惑をかけたくなかった。
何回か鳴らしたが、出なかったのでボックスを出た。
ミクさん、忙しいんだろうな・・・。
話せなくて余計に会いたい思いがつのってしまった。ここは我慢するしかない。家に帰った。奈美に電話するのは家の電話を使えるから。
あの女はいなかった。いつも散らかっている部屋が妙に片付いていた。ダイニングのテーブルにも酒瓶がなく、キッチンもきれいに掃除されていた。
どこかへ出掛けたのだろう。
買って来た菓子パンとカップラーメンを急いで平らげ、シャワーを浴びて自分の部屋に行った。
ベッドにゴロンと横になる。ポケットのに残った千円札を出して広げた。初めて自分の力だけで稼いだ金だ。少し、嬉しかった。ホッとすると奈美の顔が浮かんだが、急速に眠気が来た。やっぱり今日は電話するのはやめておこう。明かりを消す前に、ふと何かを忘れているような気がしたが、気のせいだろうと、掛布団をかけて寝た。
翌朝、六時前に起こされた。
スーツ姿の父が部屋に入ってきて、机の上に小さな手提げ袋を置き、財布から一万円札を三枚ほど抜いて、置いた。
「お前が欲しがっていた携帯電話だ。それから今日からしばらくこの家はお前独りで暮らせ。一週間分、三万で足りるか」
思うところはあったが、何も言わなかった。あの継母のことも訊かなかった。
「じゃあな。戸締りと火の元だけは気を付けろ。もう無断でどこかに行くのはやめろ。いいな? オレがいない方が、気楽だろう・・・」
そう言い残し、部屋を出て行った。
学校への道すがら、与えられた携帯電話をいじりながら父親と継母のことを考えた。彼らの「変化」の意味を考えた。
継母がいなくなった。いつもはしない整理と掃除をしていなくなった。しばらく一人で暮らせ。父はあの女と別れたのか。それともこの家で夏樹と過ごすのがイヤになり、どこか他の場所に移ったのか。金を置いて行ったということは、父もあの女と一緒に暮らすということか。それなら夏樹を追い出した方が手っ取り早いのに。さすがに中学生を追い出すと外聞が悪いのか。つまりは、そういうことか。追い出せないから、自分たちが他に移ったのか。
夏樹の中で父の存在がますます遠く軽いものになって行った。
とりあえず、携帯電話と金はありがたかった。アドレスには父の番号と家の番号が入っている。奈美の番号を入れて通話ボタンを押した。
「もしもし?」
「おはよ、ナミ」
「ナツキ! なにこれ、あんたの?」
「うん。それからね、ナミにいいニュースがあるよ」
「なに?」
「あの女がいなくなった。しばらくあの家はオレ一人で暮らす」
「それが、いいニュースなの」
「え? だって、ホテル代節約できるだろ」
「ちょっと、ナツキ・・・。あんた、朝から・・・」
電話の向こうの奈美の顔を赤くしておいて、じゃあな、と通話を切った。
すこし晴々とした気分になって教室に入った。
普通に授業を受けたが、どうも朝からヘンな気配を感じる。なんだろうと周りを見回すと、教室の隅からとげとげしい視線を送ってくるヤツがいた。
沢田だ。なんだろう・・・。
休み時間になった。
「ショージ君、ちょっと」
沢田に廊下に呼ばれた。
「なに?」
「あんたさ、きのう屋上行った?」
あ。と思った。
何か忘れてると思ってはいたが、それだった。
「・・・忘れた」
正直に言った。
ひっつめ髪の目がさらにきつく、険しくなった。
「あんた、舐めてんの」
急にナミ以上のドスの利いた声を出され、ビビった。
「え?」
「ちぃはね、一生分の勇気を振り絞って、待ってたんだよ。乙女の恋心ぶち壊した責任は、重いよ・・・」
「・・・なんだよ、乙女って。知らねーよ、そんなの」
ちっ! 沢田は舌打ちした。
「昼休み、道場に来て。そのぶったるんだ性根、叩き直してやる! 逃げたら許さないから」
・・・おいおい。
なんだかわからないうちに、ヤバいことになりそうだった。




