頑張るが口癖の公爵令嬢を王子は溺愛する
王子は全てを悟った。今度こそ、婚約者を救う。
ちょっと長くなった。 @ 短編その26
『処刑された最低王子は転生して死んだ悪役令嬢に許しを乞う』
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が、3部作になったので、今回の話はひとつにしたが、長い!!
「ねえ、ガルデン。僕は君を救うよ」
わたくしデボノワ公爵の長女、ガルデンです。
婚約が決まり、初めて顔合わせをした我が国の王太子で嫡男のグレイライト様が、わたくしの耳元で囁きましたの。いきなりだったので、ドキドキしてしまいましたわ・・
そしてグレイライト様お手製の絵本を頂きましたの。
可愛い絵とまだ拙い文字で描かれています。
でも読んでびっくり!こんなに可愛らしい絵なのに、ギロチンの絵があったり、牢屋の絵があったり、馬車を襲う曲者の絵など、その場で書き上げたかと思うくらい真に迫っていましたの。
その絵本はわたくしが主人公で、わたくしがいろいろな人に騙され、貶められ、最後に殺されると言うお話で、わたくし怖くて泣いてしまいましたの。
「うっうっ・・・酷いですわ・・・グレイライト様・・・怖いです・・将来こんな目にわたくしは合うのですの?」
その時は18歳、学園の卒業パーティーで起こるそうです。あと6年後です!
学校など行きたくないです。こんな怖い思いをしてまで行きたくありません。
でもわたくしは公爵令嬢、そしてグレイライト様と共に国を治める王妃となるのですもの。
貴族ならみんな行く、学園にいかなくてはいけないけれど・・
メソメソと泣くわたくしに、グレイライト様が微笑みます。
「大丈夫。僕に任せて。ああ、こんなに涙が・・ガルデン、泣かせてすまない。僕を信用してね。君を必ず守るから」
「・・はい、グレイライト様」
ああ。でも・・もしもグレイライト様の御身に何かあったらどうしましょう。
「危ない事はなさらないで下さい。わたくしの命よりも、グレイライト様の方が大事ですもの」
わたくしの言葉に、グレイライト様は目を見開いて驚いたようです。
すぐに優しい微笑みで、わたくしを見つめます。
「それは僕にとっても同じ事なんだよ。ガルデン」
なんて優しいのでしょう。ああ、わたくし、グレイライト様の婚約者になって、本当に幸せですわ。
お妃教育ももちろん、学園の勉強にも頑張らなくては!グレイライト様に恥をかかせるようなお妃にはならないように、誠心誠意精進していかなくては。
「ねえ、ガルデン。君は刺繍は好きかい?」
「・・・実はとても下手なのです」
「そうなんだ。では、僕に何か作ってくれないか?」
「わ、わたくしで良いのですか?」
「ガルデンお手製の刺繍、お守りに欲しいんだ。いい?」
「は、はいっ!!頑張りますわ!」
これがきっかけで、わたくしは刺繍をする様になったのです。
初めはよれよれだったものが、色とりどりな作品へ・・頑張りましたもの!
剣の稽古に使うタオル、手袋、バッグ・・・色々刺しました。
だってグレイライト様が喜んでくださるのですから!
月日が過ぎるのは早いものです。
いよいよ恐ろしい学園生活が始まりました。わたくしとグレイライト様は共に15歳。
グレイライト様に会うのは1年ぶりです。
去年から1年、グレイライト様は留学をされていたのです。
「やあ、ガルデン。久しぶりだね」
振り返ると、グレイライト様がそこにいたのです。
透き徹るようなグレイの髪は、光が当たると水晶のような光沢に輝くのです。
なんて美しいのでしょう。瞳はブルートパーズのような、クリアなスカイブルーです。
たった1年会わなかっただけで、こんなに凛々しくなっているなんて・・・なのにわたくしは・・
グレイライト様に、全然釣り合っていません。
わたくしは麻色の髪、そして毛先が何故か薄い桃色です。変な髪色で、コンプレックスです・・・
お父様やお母様にように、艶のある琥珀の髪色が良かった・・・
「ガルデン。では入学式会場に行こう」
「はい」
グレイライト様にエスコートされ、わたくし達は会場に入場します。
見知った方もいて、少しほっとしました。
グレイライト様の御学友の方々もいます。
皆同い年、これから3年間学んでいくのですね。仲良くしていきたいです。
あの恐ろしい絵本のようにならないように・・
でもグレイライト様は、どうしてあんな絵本を書いたのでしょう?
「す、すみませーん!!遅れましたぁ〜!」
入学式の最中、静かな空間に、可愛らしい声が響いて。
一人の教師が足早に近づいて、嗜めています。
そして指示された席に腰掛けた様です。遅刻にしても、式が始まって15分過ぎてます。
こそこそ(あの子だっけ?平民の特待生って)
ボソボソ(遅刻なんてありえないわね)
なるほど。話に聞いていたのはあの子だったのですね。
グレイライト様は近寄るなと言っていました。
「アレは下賤なものだ。君が近寄る事などない。ガルデン、君が汚れる」
「汚れる?」
グレイライト様は優しく微笑んで、わたくしの頬をそっと触れ、ひと撫でしたのです。
まあ!どきっとしてしまいます。
「ああ・・・ガルデンに浄化される。この先の自分が・・・恐ろしい」
「グレイライト様?」
「負けないから。そのために、私は用意してきたのだから」
グレイライト様は何か悩んでいるようです。
何か心乱す悩み事があるのでしょうか・・・
入学式も終わり、各自の教室へとみんなが向かう流れに、わたくし達も歩みます。
「グレイライト様!そうでしたわ。今日渡そうと思っていたんですの」
わたくしは、ハンカチをグレイライト様に渡します。
「グレイライト様に使っていただこうと思いまして・・今回はハンカチに刺繍を施しましたの」
中央には王家の家紋、その下にグレイライト様のお名前。
そして周りには破邪の紋様とスペルを鏤めました。わたくし渾身の自信作です。
グレイライト様はすごく嬉しそうに受け取って下さいました。
グレイライト様は、わたくしが縫った刺繍をすごく気に入ってくれて、額に入れて部屋に飾ってくれるの。
玄関のエントランスで見たとき、ちょっと恥ずかしかったです!
それから私は自分のハンカチも見せます。グレイライト様の物はお名前に合わせ、グレイを基調にして縫いましたが、わたくしの物はグレイライト様の瞳の色を基調として縫ったのです。頑張りました。
「わたくしとお揃いですの」
「おや。これは嬉しいなぁ。いつもありがとう、ガルデン。でも良いの?これは珍しい術式だけど」
「我が家に代々伝わる破邪の紋様なのです。悪いものを寄せ付けませんのよ。そしておまけの速乾。すぐ乾きます」
「あはは、速乾もかい?心強いな。私の御守りがまた増えたよ」
そしてグレイライト様はキリッとした表情で、わたくしの手を取り会場を出て行きます。
「グレイライト様。今までは僕でしたのに、私と言う様にしたのですね」
「そろそろ次期王として自覚していこうと思ってね」
「素晴らしいですわ。わたくしも頑張らなければ」
こうしてわたくしの学園生活が始まったのです。
なんと!わたくしにお友達ができました。
グレイライト様の御学友の方々の婚約者です。
アウスト様の婚約者、ミレンナ様、ルルーイ様の婚約者、エトランゼ様、ハライエ様の婚約者、オズサ様。
皆様とても綺麗なお嬢様方なんです!
ミレンナ様は剣の才能があり、エトランゼ様は弓の才能が、オズサ様は体術の才能があるのです。
「体を動かすと、ストレスも発散できて、ダイエットにも最適です!一緒にどうです?」
3人に勧められ、わたくしも混ざって練習です。
するとグレイライト様と御学友の方達もお見えになって、練習に参加、アドバイスもくださいます。
ものすごく楽しいのです!
グレイライト様が手取り足取り教えて下します・・・手が触れると、ドキドキしてしまいます。
こうして練習している皆様に・・・そうだわ!
わたくし、夜なべして作って、翌日3人に手渡しました。
「これは?」
「お揃いのリストバンドですの」
わたくしの刺繍入りです。今回は怪我防止、体力増強、精神集中のスペルを紋様風にしました。
「わーー!綺麗!私は刺繍下手なんです。ガルデン様、教えていただけます?」
「勿論!」
「私も!」
「婚約者に刺繍してあげたいものね」
そうなのです。
この学園のジンクスですが、恋人や婚約者の体操着に刺繍をすると、その相手と成就するそうです。
位置は後ろ身頃の首の下辺りです。上手い方は、ズボンの右足裾にも縫うそうです。
刺繍の話で盛り上がっている所に、グレイライト様と御学友の方々もお越しになりました。
「え?体操着?」
「はい。ん?もしかして、他の子に渡したんじゃないでしょうね?アウスト様」
ミレンナ様ものすごく睨んでいます・・・
「あ、ああ。そういえば体操着刺繍させてって、言ってきた子がいたなと思ってね」
「誰よそれ」
あ。ミレンナ様、圧が凄いです・・アウスト様の顔が青くなっています。
「あの平民の子だよ」
「渡さなかったでしょうね!!」
「いや、渡す約束をしてた。まだ渡していな、おい?ミレンナ?え・・」
ミレンナ様の顔が真っ赤になって、瞳が潤んで、ポタポタッと大粒の涙がこぼれたので、アウスト様は大慌てです。
エトランゼ様が刺繍のジンクスを説明してくれます。
「女子達のジンクスなんです。恋人や婚約者の体操着に刺繍をすると、その相手と成就すると」
「え!!そういう事・・・?すまん、ちょっと席を外す!」
アウスト様はミレンナ様の腕を引いて、外に出て行かれました。
わたくし達は二人が心配で、出て行ったドアを見つめていましたが、グレイライト様が尋ねます。
「では私の体操着をガルデンに託せば良いのだね?」
「あ、はい!模様ですが・・お好みの柄はありますか?」
「そうだね。私の象徴花である藤を縫ってもらえるかい?」
「はい。頑張ります」
グラデーションを入れて、光沢に見せて、藤の花をシンメトリーにして配置なんてどうかしら。
頑張って縫います!
アウスト様とミレンナ様は結局帰ってきませんでした。心配です・・
翌日のミレンナ様は、太陽の様に微笑まれていました!わたくし達も一安心です。
アウスト様は刺繍の意味を知らなかったそうで、家庭科の授業か何かだと思ったそうです。
刺繍くらいの事で泣くとは思わなかったアウスト様でしたが、意味を知って大いに謝ってくれたとか。
婚約成就を希望している・・・自分を思ってくれているのだと知ってからの、アウスト様の溺愛ぶりはここから始まったのです!とってもお似合いのお二人なので、わたくしも嬉しいです!
わたくしは前もって考えていた藤の模様に、白い刺繍糸で破邪のスペルを縫いました。
光沢のある白糸なので、ちょっとアクセントになって綺麗です。自画自賛です。
「わあ!!ガルデン様、綺麗!!キラキラしたこの白糸は、何を縫ったのです?」
そこで3人にも破邪のスペル刺繍を教えて差し上げると、
「変なのが寄らない様に、私も縫おうっと。破邪破邪」
「ふふ。面白い旋律ね。破邪破邪」
「破邪破邪」
「破邪破邪・・ぷっ」
ついにみんなで笑ってしまいました!!破邪破邪です。
3人の方も追加で、体操着にスペルを縫い上げました。
うーん・・・確かに。わたくしも『変なの』が近寄らない様に気をつけなくては。破邪破邪ですわ。
縫いながら、以前グレイライト様にハンカチを刺繍してプレゼントした話をした所、
「それなら、いつも身に着けるネクタイにしたらどうでしょう!変なの避けになる事請け合い!」
エトランゼ様が、拳骨をギュッと握って力説しています。
なんでもその平民の子が、ルルーイ様にも接触してくるそうです。
エトランゼ様ったら、ピンチだわ、ピンチだわとオロオロしています。
「私がしつこくルルーイ様に張り付いたら、自由を好まれる方ですもの。鬱陶しいと嫌われてしまいます。ならば、ネクタイに破邪の刺繍をそれはもう、ぎっしりと縫って防止ですわ!破邪破邪」
「そうですわ、破邪破邪」
確かに。学園にいる間、身に付けていられるネクタイに刺繍しておくのはいいですわね。
盛り上がる二人とは対照的、オズサ様は皆がするなら、といったスタンスです。
婚約者であるハライエ様に対しては政略結婚だと言って憚りません。クールです。
話を聞くと、どうやらハライエ様にも、平民の子が接触してくるそうです。
高位貴族は愛人をもつ方が多い、『うちもそうだ』とあまり笑わない、でもとても美しい表情で答えてくれます。
嫡男である弟君は愛人の子だそうですが、姉弟の仲は悪くないそうなので、良かったです。
「貴族の結婚に愛なんか求めないわ」
と、クールなオズサ様は言い切ります。
多分オズサ様は、今まで寂しい思いをしてきたのですわ。
でもハライエ様の方はというと、オズサ様を好ましく思っている様に見えるけど?
これはわたくし、助力させていただくべきですわね。
それから放課後は刺繍タイム。
2日間掛け、ネクタイの刺繍を完成!それぞれのお相手に、早速結んで差し上げました。
「ありがとう。これも破邪のスペルかい?」
「はい。グレイライト様のお守り追加ですわ。破邪破邪」
「ははは。私は沢山のガルデンに守られているね。ありがとう。でもその破邪破邪って、最近何時も呟いているけど何なのかな?」
「うふふ。わたくし達のおまじないですのよ」
「ふうん?まあ、楽しんでいてなにより」
喜んでいただけました!笑顔、プライスレスですわ!
他の方々も、概ね喜んでいる模様です。
グレイライト様は、いつもわたくしに優しくしてくださいます。
お友達とも仲良く過ごせています。
わたくし・・・本当に幸せです。
しばらくして・・・趣味が高じて『刺繍同好会』を作ってしまいました!
会員はわたくし達4人です。
寮の部屋をローテーションで部室にします。
本日はオズサ様のお部屋です。
「ねえ。もうすぐ文化祭でしょう?我が同好会も出し物を出しません?」
「まあ。何をします?」
「タペストリーはどうでしょう」
「いいですわね!2作ずつ制作して、展示はどこかに置かせて貰うのはいいですわね」
テーマは『花』と『紋章』。
学園のエントランスホールの壁に展示していただけると言う事に。
わたくし達4人、頑張ったのです!
表装に刺繍を貼り付け、掛け軸風にしてみました。
すごくいい出来で、みてくださった方々にお褒めいただきました。
もちろん、我らの刺繍には、破邪のスペル付き!
今回は家に飾るタペストリーなので『家内安全』『無病息災』などのスペルも付けました。
「そうだわ!そろそろ寒くなるので、婚約者達に刺繍付き膝掛けを差し上げては?」
「いいわね!早速膝掛けを見繕いましょう!」
やがて雪の季節がやってきたら、婚約者達の膝や肩を、わたくし達が刺繍した膝掛けで温まってほしいです。わたくし達4人は、あれでもない、これでもないと、色々な店を巡って膝掛けを選んで、丁寧に刺繍をしました。
いつもの破邪のスペルに加え、集中力に学力向上のスペルも縫い付けました。頑張りました!
「これは何だい?」
「アップリケですわ」
「それはわかっているよ・・・なんのアップリケだい?」
「グレイライト様です」
似顔絵と言うか、キャラクター風にデフォルメ・・・人の顔に見えないと言われてしまいました。
グレイライト様には豚に見えたそうです。酷い・・
「ガルデンは絵が下手なのかな?でもそれがまた微笑ましいね。ふふっ」
慰められても・・嬉しくありません・・・
他のお嬢様方はというと・・
ミレンナ様は彼の家紋に合わせてりんごをアップリケ。10個のリンゴがゴロゴロ転がった楽しい模様です。
エトランゼ様は彼の家がワイン作りの名家なので、グラスとワインラベルを刺繍してかっこいいです。
オズサ様は彼の家に飼われている大型犬ディッキーが走る所をモチーフにしたそうで、これがなかなかの出来。ハライエ様は大層喜んだそうです。あまり笑わない彼が声を上げて笑ったのを見て、ドキンとしたとか。うふふ。
クリスマス、新年のパーティーも婚約者とペアで楽しく過ごし・・・
瞬く間に春、新学期。そして2年生に進級しました。
わたくしはお嬢様方とその婚約者達とも同じクラス、楽しく過ごす毎日です。
最近はまだまだ先の事だけど、文化祭で出品する為のハンカチに刺繍を施していますの。
ハンカチとお守りを販売する予定。たくさん作るので、頑張らなくちゃ!
今日も昼の休憩時間を利用して、刺繍の模様をデザインしている所に、婚約者達がやって来ました。
「おやおや。随分精が出てますね、お嬢様方。となると頼みづらいんだが・・」
ルルーイ様が軟派な雰囲気で話しかけて来たので、エトランゼ様が対応しています。
彼は女の子にモテモテ。いつも知らない子を連れているのに、エトランゼ様は何も言わないのです。
わたくし、エトランゼ様を泣かせたら、赦さないつもりですわ。
と思っていたら、ルルーイ様、美味しいケーキを買ってきたのです。
先程の彼女達とは、ケーキの美味しい店を聞いたので、一緒に買いに行っただけなんだとか。
まあ、中のケーキはエトランゼ様のお好きなガトーではありませんか。うふふ。赦します!
ケーキの箱を嬉しそうに眺めながら、エトランゼ様は素っ気なく聞いています。
あら。ルルーイ様、大きめの一切れを指で割って、エトランゼ様のお口へ・・うふふ、エトランゼ様照れくさそうです。
ルルーイ様はケーキを摘んだ指を、ぺろ・・・んまあ!エトランゼ様の顔が一気に赤くなりました!
こういう事を、さりげなくしてしまうルルーイ様ですもの、モテても仕方がありませんが・・・
「むぐ・・・ガトーをもらっては断れないわよね。で、何を頼みたいの?」
「来月、国内の学園の生徒が集まって、魔剣士大会があるので、その時に揃いのマントを着けたいんだ」
「それを作ってくれ、と」
「そそ」
「みんなどうします?」
「良いですわよ。決まった図案はありますの?」
「学園章の模様で。色は金。良いかな?ダメなら業者に」
「うふふ。駄賃はわたくし達とデート。宜しくて?」
ミレンナ様がニコッと笑って言うと、全員それで良いと、すんなり決まったのです。
後日マントを借り、刺繍スタート!!こういうマントなどの刺繍は、布が厚いのでなかなか難しいです。
当然、破邪のスペル、それと最大限発揮と精神統一を刺繍しました。これはかなり頑張りました!
試合の3日前になんとか完成、それぞれの相手に渡すと、彼らは早速羽織って見せてくれました。
学園章の下に彼らの名前も刺繍され、マントの布地と同じ色で分かりにくくスペルも縫い付けています。
金の刺繍も、5色を使って立体的に縫いました。頑張りポイントです!
大会当日、皆様はマントを身に纏い、会場に現れると、盛大な拍手と歓声で迎えられたのです。
王子に側近候補の御学友達は、それは凛々しく美しかったのです。素敵・・・
成績は団体戦は一位。個人戦はグレイライト様が優勝して、他の方々も上位に食い込んだとか。皆様強い!
今回の試合で、いつものらりくらりしていたルルーイ様が、個人戦で2位を獲得したのを、誰よりも喜んだのはエトランゼ様でした。
「すごい!すごい!!ルルーイ様、すごい!!」
と、彼の首根っこにぶら下がって、いつもどんな女性にも優しい?彼が顔を真っ赤にして、抱きしめようとして、手を止め、抱きしめようとして、手を引っ込めを繰り返しているのを、皆は生温かい目で見守っちゃいました!
そして夏休み・・・
お友達がなんと!我が家の別荘に皆で遊びにお越し下さいました。
もちろん婚約者様達も、近くの別荘に宿泊しています。そこはハライエ様の別荘だそうです。
男性陣は釣りをしたり、ダイビングをしたり、船遊びをしたりと活発ですが、我が女性陣はハンカチとお守り作りに精を出すのです。昼前に一旦終えて、ランチの用意を持って行きます。
男性陣も日陰の席で休憩しているので、そこに昼食を持っていき、皆で食べる事にしました。
今回はオズサ様の地域の麺料理で、氷水で冷やした冷たい麺をツルッと頂く。美味しい!
「あ!王子様達!!こんにちわーー!!」
『???』
突然の声・・女の子の。でもここは王族や高位貴族御用達のプライベートビーチ。
声の主は平民。貴族ですらない、あの子。勝手に入ってはいけない身分。まあ・・
グレイライト様は無言、指でクイッと『指示』しています。怖い顔しています・・・
少し離れた所にいた護衛は、女の子の傍に素早く辿り着くと、首根っこを引っ掴んで引き摺って行く・・・
ちょっとー何よー何すんのよー・・・
声は遠くなり、やがて消えて。
もうその頃にはわたくし達はデザートタイム。婚約者の皆様も美味しいって!ええ、無視ですわ。
このフルーツが美味いとか、炭酸割りがいいとか、別の話題で盛り上がっていました。
グレイライト様と御学友の皆様、首にタオルを引っ掛けています。このタオルに『名前』を刺繍してと頼まれ、いつもの様に破邪スペルも縫ってあります。ついでに水難回避も。厄除けになったかしら?
ここにいる間に、水着用小物入れも作ったの。小銭や鍵などを入れる袋で、便利と好評!婚約者とお揃いの小物入れ、当然わたくし達も持っています!例のスペルはお約束、忘れ物予防のスペルもバッチリですわ。
夏休みも楽しく過ごし、婚約者同士の好感度も上昇です。
グレイライト様の水着姿というか、上半身裸・・・きゃあ・・・細いのに、筋肉が・・素敵です。
ん?グレイライト様、わたくしの水着姿を見つめて・・きゃあ、そんなに見ないでくださいぃ・・・
周りを見ると、お嬢様方と、お相手の婚約者同士、良い感じです。
あっという間に楽しい夏休みが終わり、2学期が始まりました。
秋になると、いよいよお待ちかね、文化祭です。
バザーでハンカチとお守りを売ると、完売!なんたって、未来のお妃様や次期側近夫人が作るので、挙ってお買い上げ。ありがたい事ですわ。売上金は慈善事業に募金しました。
さて、わたくしとお嬢様方は、ランチタイム、本日は食堂を利用します。
グレイライト様達と待ち合わせなのです。
食堂の中に入り、グレイライト様達を捜していると、
「えーー!最近冷たいですぅ、グレイライト様達はぁ〜〜!ねえ、みんなもそう思いません?」
甘ったるい声が、大きいです。誰かに聞かせたいのだろうか?と思う大きさです。
声の主は、そういえば海でも見かけたミルクピンク色の髪。
わたくし達の間ではこう呼ばれています。通称、ピンク頭。頭の中もピンクと言われています。
あら。グレイライト様達だわ。話し掛けられているのね。難儀な事・・・
席に着いている4人は、ピンク頭に視線を合わさず黙りの状態です。無視です。
あの温和なハライエ様の眉がびっ!びっ!と跳ね上がっています。
声かけて良いタイミングかしら?お嬢様方はちょっと思案します、が。
「お待たせしました、皆様。この席はキープしておきますので、お食事を選んできてくださいませ」
わたくしは一人で対応しようとするのですが、王子達が席を立ってカウンターに行ったタイミングで、ピンク頭の平民がこれまた大きな声を出しました。
「あああーー!そんな、虐めないでくださいーー!!あたしは確かに庶民ですが、そこまで言わなくてもぉ」
これにはお嬢様方もキョトン。王国語を話しているはずなのに、なぜ意味が通じないのかしら?
わたくし達は、お揃いのリボンをそれぞれ身に付けていて、それがピラピラと翻ります。
4人の友情の証として、サテンリボンに刺繍した友情リボンです。
いつものスペルと共に、自分と婚約者の名前も刺繍しています。
わたくしガルデンは金色、ミレンナ様は青色、エトランゼ様は赤、オズサ様は萌黄色のリボンです。
このリボンで通学バッグ用チャームを作って、婚約者の皆さんにプレゼントもしています。
・・ついリボンの説明をしてしまいました。だって、ピンク頭の言っている事が理解不能で・・
さて、この大声を聞き付け、こちらにやって来た数人の生徒が、じろりと睨みます。
「・・・何を言っているんだ?この平民!!ガルデン様達に何を戯けた事を!」
「4人は何もしていないのを、私も見ていましてよ!」
わたくし、そしてお嬢様方を守る様に立ちはだかり、ピンク頭に言いました。
ザワザワ・・・ 食堂が騒がしくなってきました。ピンク頭は顔を青くして叫びます。
「え、え?なんで?あたしを庇ってくれるはずなのに!なんで?」
この騒ぎに、グレイライト達もこちらに戻って来ました。
「どうした!ガルデン!」
「王子さまぁ、ガルデン様が、あたしを虐めるんですぅ〜」
ピンク頭がグレイライト様に駆け寄りますが、次期側近候補である婚約者様達が、前を塞ぎます。
そしてグレイライト様は、はぁ・・と大きく溜息を吐いて呆れ顔です。
「無礼者が。まだ名乗りを許可しておらぬのに。お前は本当、お目出度い頭をしている」
実に嫌そうな顔で、ルルーイ様がピンク頭を睨んでします。
アウスト様とハライエ様も苦笑するばかりです。
「ここまで図々しいと、反吐が出る。彼女達が何を言ったか知らんが、お前が言われて当然な事をしたのだろう!さっさと立ち去れ!」
「え・・・一番に堕ちるルルーイが、なんで・・」
このセリフに、一同ギョッとしました!
「堕ちる??」
「一番最初にあたしと仲良くなるはずなのに!どうして?今頃はアウストだって、ハライエだって」
この言葉に、わたくしも、お嬢様方も、そして婚約者の皆様は呆然としました。
「呼び捨てとは・・・不愉快だな」
「ゾッとする、うわ。鳥肌だ」
「アウスト様達を、呼び捨て・・・」
「仲良く?ルルーイ様と?」
婚約者の皆様は汚いものを見る様な顔をしています。わたくしやお嬢様方も、呆然としました
わたくし達、そして周りの生徒達の視線に、やっと気づいたピンク頭は食堂から走り去ってしまいました。
「変な子でしたわ」
「仲良くしたいのかしら」
「でも無礼な方だわ。遠慮しますわ」
「私も・・・だってあんな凄い目で睨まれたら、ねえ」
席につき、食事をしながら話していると、オズサ様の言葉にハライエ様が反応します。
「何!あのモノ、オズサを睨んだと?むう、許さん・・」
「大丈夫。ハライエ様がいてくれるもの・・」
顔を真っ赤にしてオズサ様は呟いて・・下を向いてしまいました。
ハライエ様も頬が真っ赤です。なんだか良い感じな雰囲気です。
去年のオズサ様は、ハライエ様とは政略結婚だ、「貴族の結婚に愛なんか求めないわ」とまで言っていましたのに。彼女は婚約者様にすっかり夢中なのです。
最近は休みにはハライエ様の屋敷に遊びに行くとか。彼と一緒に愛犬ディッキーと遊んでいるそうですの。
そして期末テストが終わると冬休み。
クリスマス、正月と大きな行事も終わって3学期もあっという間。
こうして2年生も終わり、ついに3年生です。ますます頑張らなければ。
ここまで婚約者達と仲良くしてきたお嬢様方です。
家同士の話し合いも進んで、卒業したら結婚という事に。
春休みも、婚約者達とお嬢様達でお忍びで花見に行き、庶民の出店で楽しみました。
「もっとこの国を豊かにしたい。私を支えてくれるか、ガルデン」
「はい、グレイライト様。全力でお支え出来る様、頑張りますわ!」
これで学生生活最後の1年です。
そして、あの恐ろしい絵本の顛末・・・断罪の時が近付いてきました。
こんなに皆さんと仲良くしているのに、わたくしを皆が信じてくれなくなって、ひとりになって、グレイライト様もわたくしを軽蔑の目で見て・・・怖い。怖いです・・・3年生になりたく無い・・・
・・・・いいえ。
ここまで頑張ってきましたもの。わたくしを信じてもらえる様に、今まで以上に頑張るだけです・・・
グレイライト side******************
僕は夢を見た。
恐ろしい夢だった。
私の婚約者が、私の手で、殺されるのだ。
次の夜も夢を見た。
僕の御学友候補のアウストが、僕の婚約者を怒鳴り散らし、剣を抜いて・・・
刺し殺すのだ。
さらに次の夜。
御学友候補のルルーイが、女に騙されて操られ、僕の婚約者を処刑台に連れて行き・・
絞首刑にして殺すのだ。
最後の夜。
御学友候補のハライエが、女に振り回されて、怒りの矛先は僕の婚約者。
僕の婚約者を庇った自分の婚約者共々、刺殺するのだ。
なんでこんな夢を?
その時、頭の中に何か・・誰かの記憶が頭の中で溢れて・・・
でもその『誰か』は私本人だった!
そして、思い出したのだ。
僕はまた子供に戻っている。
私、この国の王子で嫡男、グレイライトは18歳で死んだ。何度も死んだ。
そしてまた、12歳の僕に戻ってきたのだ。
私は18歳で死に、同じくガルデンも死ぬ。これで転生は5回目だ。
その原因は、私にある。
1回目、これが全ての始まりだった。
婚約者がいながら、平民の娘に入れ上げて、婚約者を殺すのだ。
だがそれは・・仕組まれた事だったのだ。
平民の娘は『聖女』と言われ、崇められる存在になったのが17歳。
私は恋に落ちるまでは、政略結婚の相手ではあったが、婚約者・・ガルデンを慈しんできた。
それが自分でもわからないほど、聖女に恋焦がれたのだ。
聖女が望む事なら、なんでもしたかった。
だが聖女を愛する者は多く、私の側近も夢中になった。
我こそはと、彼女の望みを叶えようと群がった。学友の彼らとも競った。
誰が彼女の寵愛を得るか、必死だった。
ガルデンを傷つけ、苦しめ、貶めれば貶める程、聖女は喜んだ。
そして聖女は言ったのだ。
「婚約者を殺しなさい」
私も学友達も、他の奴らも殺しに向かった。
卒業パーティーは、血だらけの惨劇の場と化したのだった。
何人か正気に戻った者達も、自分の婚約者を必死で守ろうとしたが、多勢に無勢、彼らも一緒に殺された。
そしてガルデンが最後の一人となった。何故か彼女だけ誰も近寄らない。
殺そうと迫る私に、ガルデンは刺繍のハンカチを、私の頭に押し付けた。
その瞬間、私の意識は回復、だがガルデンの腹を剣が貫く方が早かった。
「グレ・・イ・・さ・・逃げ・・・」
逃げろと言って、ガルデンは事切れた。
あんなに酷い事をしてきた私に。頭に乗っているハンカチを見る。彼女は刺繍が得意では・・
「これは・・文字か?」
刺繍には不思議な紋様・・・これは・・スペル?
辺りを見回すと、床には大勢の死体が転がっていて、絶叫を上げて 勝鬨を上げる集団の真ん中に、聖女が勝ち誇った顔で立っていた。よく見ると・・頭に角が生えていた。
なんて事だ・・・聖女の正体は魔族だったのだ。私達は踊らされていたのだ。
そして床には巨大な魔法陣。死体が一つ一つ消えていく。消える度に魔法陣の輝きが増していく。
今から何か術を使う気だ!やめさせないと!
私はガルデンのハンカチを掴み、一気に駆け寄ると、聖女?の頭に叩き付けた。
物凄い絶叫と共に、聖女は本来の姿に変わった。太い角が頭に2本、尻尾と蝙蝠の羽を生やした魔族だった。
ハンカチが触れた部分が血水泥になって、ドロドロになっていて、どんどん体が蝋燭の様に溶けていく。
「畜生!!まだ残っていたか!!破邪のスペルが・・!!ぐぞおお・・お前も、道連れだぁ・・」
魔族の手で裂かれ、私はここで命が尽きた。
死にゆく目が見た光景は、王都が炎に包まれ燃えていく・・これが最後の記憶だった。
私はずっと考えていた。
何故魔族は、学園の人間を殺したのだ?
答えは多分・・・
破邪のスペルを使える人間が、学園にいるという事だけ分かっていたに違いない。
あの破邪のスペル。アレは魔族に対抗出来る手段だった。
そしてあの魔法陣。死体が消えたのは、魔法陣のエネルギーにするためだろう。
多分、あそこから大勢の魔物が出てくる。そうなれば、王国はもうおしまいだ。
聖女のフリをした魔族は、私達を翻弄し、操った。
可愛いガルデン。優しい麻色の髪の、公爵令嬢。
あんなに酷い事をしたのに、私を守る為にハンカチを手放したのだ。
ハンカチさえ持っていれば、魔族は手を出せなかったはずなのに。
これを防がなければ・・・どうする?どうすれば良い?
何度も転生して、失敗を重ね・・・
私の転生は、これで5回目だ。
4回繰り返し、それでもガルデンを守れなかった。
私が殺さなくても、学友達が罠にはめて、殺す。
そして、聖女が本当の姿になって、私と相討ちで終わる。
私は記憶を掻き集め・・・それらを思い出しながら書き留める。
まず最初。僕の婚約者を、ガルデンを、僕がこの手で殺す。
次の転生で・・
アウストが、ガルデンを怒鳴り散らし、剣を抜いて刺し殺すのだ。
さらに次の転生、3回目では・・
ルルーイが、女に騙されて操られ、ガルデンを絞首刑にして殺すのだ。
4回目の転生・・
ハライエは女に振り回されておかしくなり、ガルデンを庇ったオズサ嬢共々、刺殺するのだ。
転生して目覚めて1ヶ月後。また同じ事を繰り返す。
婚約解消は結局出来ないのだ。
数日ずれる程度しか足掻けないのだ。
今までの転生では、彼女と関わらない様にずっと避けてきた。
それでもダメだった。
私とガルデンの婚約が決まり、顔見せとなった。いつもの部屋、いつもの人達。
今まではしっかりと見なかったガルデンの顔、今回はしっかりと見た。
ああ、なんて愛らしいのだ。
クルクルとした癖っ毛をリボンで纏め、燕脂色のドレスを着ている。
青い瞳はクリッとして・・・
私を守ろうとしてくれたガルデン。自惚れかもしれないが、私を愛してくれた。
1度目はハンカチ。
2度目はネクタイ。
3度目は体操着。
4番目はマント。
破邪のスペルを縫い上げた品々が、私を守ってくれた。
今度こそ君を生かし、守る。
僕は彼女に18歳になったら起こる事を書いた絵本を見せた。
彼女は泣いて震えた。
18歳になったらこんな目にあって死ぬのかと。
学園に行きたくないと。
そう。行かせない様にする為に、この恐ろしい絵本を描いたのだ。
「うっうっ・・・酷いですわ・・・グレイライト様・・・怖いです・・将来こんな目にわたくしは合うのですの?」
「大丈夫。僕に任せて。ああ、こんなに涙が・・ガルデン、泣かせてすまない。僕を信用してね。君を必ず守るから」
「・・はい、グレイライト様」
これで学園に行かせない様に導く事が出来るだろう。彼女は海外に留学させればいい。
けれどガルデンが、涙を拭いつつ、くしゃくしゃな笑顔で言った。
「危ない事はなさらないで下さい。わたくしの命よりも、グレイライト様の方が大事ですもの」
ドキン
12歳の少女の言葉。何度も転生をしたが、この言葉は初めて聞いた。
いや。
今まで彼女を遠ざける事ばかりしてきたから・・・
今度はもっともっと、彼女と関わっていこう。
そして傍にいよう。
・・・そうだ。刺繍・・・あの魔族に対抗出来る品だ。
「ねえ、ガルデン。君は刺繍は好きかい?」
「・・・実はとても下手なのです」
思い返すと、彼女が私に刺繍をしたものをくれたけれど、先ほど上げた品々だけだった。
確かにそれらは上手ではなかった。苦手で作らなかったのだなと、今頃気付いた。
「そうなんだ。では、僕に何か作ってくれないか?」
「わ、わたくしで良いのですか?」
「ガルデンお手製の刺繍、お守りに欲しいんだ。いい?」
「は、はいっ!!頑張りますわ!」
そうだ。
破邪のスペルが刺繍された物を増やす。
そうすればニセ聖女に対抗出来るかもしれない。
それからはガルデンと会う度に、刺繍された物をねだった。
今もそれらは大切に持っている。
最初は本当に下手だった。
糸がビロンビロンはみ出して、布が突っ張ってぐしゃっとしていた。でもそれもご愛嬌。
それが3回目、7回目・・・10回を過ぎる頃にはかなり上達して・・・
「お守りに欲しいんだ」と言った言葉もちゃんと覚えていて、破邪のスペルも縫い込まれていた。
どんどん上達するのが私も嬉しくて、かなり大袈裟に褒めていたと思う。
すると次はさらに素晴らしい品を作ってくれた。褒めて伸ばす、ということか?
私の為にと、こんな素晴らしい破邪の刺繍を施してくれるのだ。
それらは額縁に入れ、王城の廊下やエントランスに飾っている。出来が特に良い物は、部屋にも飾った。
そのせいか、城内に立ち込める悪しき霊障も払拭された。
そして私達は、結局学園に入学した。
魔族が現れるここから、私は離れる事は出来ない。
18歳までに、多くの破邪の品々を増やす方向で進めていくつもりだ。
前の転生では、ガルデンはいつも独りだった。私も避けていたから、本当に辛かっただろう。
これからは傍にいる。いてもいなくても同じく死に至るなら、今度は君の傍にずっと居よう。
今回の転生では、私が傍にいたので学友とその婚約者を紹介したのだ。
すると、ガルデンは彼女達と大の仲良しになって、刺繍仲間になったのだ。
放課後は剣の練習をしたり、弓の練習もしたり、体術を習ったり、そして刺繍。
教え、教わり、楽しそうにはしゃぐ彼女を見て、嬉しくないわけがなかろう?
どうやら学友達も同じ考えの様で、剣を教えたり、弓の手解きをしたり、体術を教えたり・・さりげなく身体に触れる事が出来るから、体術は挙って教え・・・ごほん。
そのうち4人は刺繍同好会なるものを作り、色々な破邪刺繍の入った物を熱心に作り出した。
楽しそうにお喋りしながら、チクチク縫っている。そして時々『破邪破邪』と言っている。
何かな?私もそうだが、学友達も自分のお相手が気になる様で、ソワソワとしている。
ハンカチ、体操着、ネクタイ、マント、破邪の刺繍を施してくれた。
学友達も、それぞれの婚約者達が縫った品を、ぶっきらぼうに受け取るが結構喜んでいるのが分かる。
魔剣士大会のマントも縫ってくれた。
とても素晴らしい、凝った刺繍を施してくれている。うん、やはりガルデンが一番上手い。
身体に力が漲ってくる様で・・・自分の実力以上の力が出た気がする。
1年生の文化祭では、ガルデン達は素晴らしく芸術的な掛け軸風刺繍を展示して、大勢の生徒や貴賓達に見て貰い、大いに誉められていた。俄然やる気になった4人は、来年はハンカチを売ろうと計画を始めた様だ。
毎日が充実した日々。
あっという間の1年生が終わり、2年生となる。
毎日ガルデンの笑顔を見ての学生生活は、本当に楽しい。
そして2年生の夏休み・・
今まで夏休みを一緒に過ごさなかったガルデンや学友、そしてお嬢様方と海で過ごした。
仲間と遊ぶなんて、今までしたことが無かったから、本当に楽しかった!
魚釣り、ダイビング、船遊び・・・
そして、ガルデンの水着姿。
二の腕、首が細くて、足はすらっとして、腰も細い。なのに、あの・・・胸は反則だ・・
女同士で胸を触りやっこしている・・私達男性陣が、羨ましがったのは言うまでも無い。
だがちょっとしたハプニング・・
1年生の時は鳴りを潜めていたあの汚物が、2年生の夏休み、ついに接触を図ってきたのには驚いた。
平民は入り込めないはずのプライベートビーチに来たのだ。明け透けなく肌を露出、いやあれは裸だろう?
下品な女が来た時私が思ったのは、ガルデンの目に触れさせない、それだけだった。
身も心も清らかな彼女に、ニセ聖女など目に入れるのも憚る。
私は愚かにも・・・あれがいいと思ったことも、あったのだ。
今なら分かる。
アレの『毒』にやられていたのだと。
だが今は大丈夫だ。
破邪の刺繍で、アレの体から発散する『毒』から守られているのだ。
そして、最近思うのだ。
簡単そうに縫っているが、緻密な模様。柄をデザインし、糸の色を選び、コツコツと縫い上げる。
時間、想像力、集中力・・・『思い』がなければこんな労力、やってられないだろう。
ガルデンが、そしてお嬢様方が、私や彼らの為に作ってくれるのだと思うと、頭が下がる思いだ。
それにしてもこの破邪のスペル、転生するたび、効果に驚いたものだ。
ただ刺繍しただけの品なのに、魔族をとかしてしまう。しかも再生出来ない。
ある日の事、私は刺繍に勤しむガルデンの傍で、彼女をぼんやり見つめながら・・・
「ガルデン、君のその刺繍しているスペルだけど」
「はい、グレイライト様」
「これは君の家に代々伝わる術なのかい?」
「はい。わたくしの家に伝わる術式ですの。わたくし、120年ぶりのスペルマスターの能力持ちだと」
「すごいね!そういえば、君以外が縫っても効果があるのかい?」
「わたくしが認めた縫い方が出来ていれば。でも効果は半分くらいだと思います」
「でも効果はあるんだね。お嬢様方の刺繍も、半分でも効果があるのだね」
「はい。皆様とても上手ですのよ。術もきちんと練れて、縫われてるのです」
「そうなんだ」
「でも、わたくし達とただ同じように縫っても、術の効果は出ません。魔術の才能がある方々だから、縫えますのよ」
「おや、これは難しそうだね。では、私ではダメかな?」
ガルデンが私を見つめ、思案して・・・困った様子で微笑んだ。
「刺繍をするグレイライト様のお姿は・・似合わないような」
「そうか」
「グレイライト様の刺繍はわたくしが縫いますので!絶対に駄目です!」
「破邪破邪」
「それも駄目ですわ!グレイライト様は、カッコよく居てくださらなくては」
解せぬ。
どうやら教えて貰えないようだ。破邪刺繍の品を増やす役目は、させてもらえないらしい。
彼女達が私達のために、健気で可愛い努力をしてくれると思えば、愛おしさも増すものだ。
あれ程婚約に対して不服だったルルーイが、エトランゼ嬢が好きだからと、人気店のガトーを買って持っていくのを見ると微笑ましい。つい冷やかしてしまう。
アウストは前から好意を持っていたそうで、破邪刺繍の品を受け取ると、もう嬉しそうに破顔するのだ。
それを見て、ミレンナ嬢はジワ〜と、ゆっくり顔を赤らめるのだ。微笑ましい。
婚約に対していい感情を持たなかったオズサ嬢だが、膝掛けにハライエの愛犬が走るポーズを5匹縫ったところ、まるで走っている様だと大層ハライエは気に入って、彼女にバスローブにも縫って欲しいと頼んでいたのを見た。彼女はクスクスと笑いながら『いいですよ。他にあります?』と快諾していた。
その後放課後に教室に行くと、丁度刺繍をしていて、ハライエのローブの刺繍が仕上がったのだろう、オズサ嬢がローブを羽織り、自分を抱きしめる。
「まあ、大きい。うふふ。抱きしめられている様ですわ」
手がローブの袖で見えないし、裾も床に付きそうだ。この格好を目撃したハライエは・・・顔が真っ赤だった。
ハライエ・・どのあたりまで妄想は進んだのかな?
転生して、こんなに楽しく時間が進んだのは、初めてだ。私も学友達との友情を育んでいる。
今までの転生では、ガルデンを避けて、学友とも離れて、ひとりで何とかしようとしていた。
夏休みも楽しく過ごし、ガルデンとの距離もさらに縮まった。学友達とも同じくだ。
2年生の文化祭では、ガルデン達はバザーでハンカチとお守りを販売したが、すぐに売り切れた。
破邪の品を、生徒が持つのはいい事だ。来年もバザーでハンカチを売ったらどうだと提案すると、4人は賛成してくれた。これで生徒達に、破邪のスペルを多くばらまく事が出来る。
月日が過ぎるのは早い。それが楽しいと、さらに早く感じる。
もう気がつくと、3年生の3学期だ。
既にアウスト達は、卒業したらすぐに結婚式を行える様に準備が始まったそうだ。
ルルーイは近衛騎士団に入隊するので、20歳までは結婚を延ばすのだとか。
ハライエも領地運営の勉強をする為に、1年研修なので、それが終わってからと言っていた。
私もルルーイと同じく2年近衛騎士団に入団するので、婚姻はその後になるだろう。
ああ、このまま・・・
このままで終わって欲しい。不幸などいらない。
あの惨劇を、ガルデンの死を、避けたい。
今ガルデン達は、アウストの妻になるミレンナ嬢の為に、ベールの刺繍を4人で縫っている。
幸せになります様に。無病息災。家内安全。万事如意のスペルを縫い付けている。
楽しそうにお喋りをし、いつもの『破邪破邪』も呟いて、心を込めて丁寧に縫い付ける。
今までの転生で見た彼女は、寂しそうにポツンとひとり席についていた。
友達と楽しそうに笑うガルデンの幸せを、今度こそ守る。
私は決意を新たにするのだった。
****************** ガルデンside
季節は巡り、楽しい日々はあっという間に過ぎます。
3年生の文化祭も大盛況でした!!去年よりも数を増やしたのですが、完売しました!
ハンカチとお守り、大人気でした!今回はフォーマルな時にも使える手袋も用意しました!
ちょっと早いけど、卒業パーティー用の手袋なんです。これはグレイライト様の提案です。
いつもの破邪刺繍は、ちょっと工夫して、手首の辺りに縫いました。
大人気ですぐ完売!卒業パーティーに嵌めて欲しいです。
募金額も去年より多くて、係の方に感謝されました。みんなで頑張ったおかげです!
文化祭が終わって、しばらく経った頃に大事件が発生です。
なんと、あの平民の特待生が、聖女と仮認定されたのです。
光の魔法と聖者が使う回復魔法が両方使えるらしい・・まだ仮ですが、周りは騒然です。
まあ、この世界で聖女様は300年ぶりの登場となります。
我が国の安寧を祈るお仕事に着かれる事になるのですね。
尊い仕事です、頑張っていただかなければ。
でもなんでしょうか・・・
聖女って、こんな雰囲気なのでしょうか?
ちっとも清涼感がないのです・・・俗物的な・・?
あまり授業には出ていない様です。
神殿での教育を優先しているのだそうです。
たまに出校すると、グレイライト様に馴れ馴れしく近寄って、嬉しそうに話をしているのを時折見かけます。
聖女は王族とほぼ同格に地位になるので・・・平民と排除は出来ないのです。
嫌な気持ちがわたくしの中で、どんどん増えて、濁っていく様です。
これって・・・グレイライト様が以前言っていた・・・汚れる、という事なのでしょうか?
「破邪破邪〜」
はっ・・
皆さんが言った言葉で、わたくし・・・正気に戻りましたわ。
今わたくし達は、放課後教室で刺繍をしているところです。
クヨクヨしてはいけません。こんなわたくしでは、グレイライト様に呆れられてしまいます。
「破邪破邪〜ガルデン様、元気になりました?」
「うふふ。元気になった?ガルデン様。破邪〜」
「はい。ありがとうございます。破邪〜」
「破邪破邪〜。落ち込んだときはいつものスペルで破邪〜」
気を使わせてしまいました。
わたくしの素敵なお友達、ありがとう!負けません!頑張ります!
「あら、ガルデン様、髪にリボンが無いですわ」
「まあ。落としてしまったのかしら」
「ちょうど良いですわ。わたし、ちょっと面白いものを作ったのです」
ミレンナ様が取り出したのは、綺麗な組紐です。先に大きなビーズが付いています。
ビーズには破邪のスペルが器用に彫られてあります。
「実は皆さんとお揃いの髪飾りを作ってきましたの」
髪を束ねて括ると、なんだか頭がすっきりとしました。
「色合いもかわいいですね!ありがとうございます破邪〜」
「ありがとう破邪〜」
「嬉しいです破邪〜」
「もう。破邪破邪うるさいですわ破邪」
「破邪〜〜!!!!」
4人で笑っているうちに、嫌な思いも飛んでいってしまいました!破邪〜。
冬休みも終わり、あの恐れていた3学期・・あと数ヶ月で卒業です。
4人とは、卒業してもお茶会を月4回はやりましょうと約束をしています。
刺繍もこれからも続けるつもりです。
今度は年2回の大きなバザーで売ろうと計画中です!
ああ、卒業後も楽しみです・・・
聖女side * * * * * * * *
なぜ?
あたしはこんなに可愛くて、甘えん坊で、守りたくなっちゃう子なのに。
王子も御学友達もあたしに靡かない。
それどころか、貴族のボンボンもあたしよりも恋人や婚約者にご執心だ。
あたしが通り過ぎれば、視線で追う。こんな反応が、ちっとも無い!!
街で歩けば誰も彼もが声をかけ、チヤホヤされていたのに。
この学園の男は、あたしを無視するし、汚いものを見る様な目で侮蔑の表情。
貴族の女も、虐めて来ない。というか避けられている。
1度でも虐めてきたら、捏造してでも王子の婚約者に罪をなすり付ける・・筈が・・
誰ひとり寄ってこない。女も寄ってこない。
よし・・こちらから寄って行き、虐めを捏造してやる。
食堂の席に座るグレイライト王子と、御学友達の気を引こうと話しかけるのだけど、誰一人喋らないし、視線も合わせてくれない。そこに4人の婚約者達が来て、
「お待たせしました、皆様。この席はキープしておきますので、お食事を選んできてくださいませ」
王子達に食事を選んでくる様に言うと、彼らは立ち上がってカウンターに歩いて行った。
これはチャンスだ!食堂で、あたしは叫んだ。
「あああーー!そんな、虐めないでくださいーー!!あたしは確かに庶民ですが、そこまで言わなくてもぉ」
この大声に、こちらにやって来た数人の生徒は、じろりと睨みます。よしよし、この女に言ってやって!
「・・・何を言っているんだ?この平民!!ガルデン様達に何を戯けた事を!」
「4人は何もしていないのを、私も見ていましてよ!」
え?あたしを叱るの?怒鳴られてる!!
いつもなら、あたしが言えば誰もが信じてくれて、みんなが守ってくれて、え?
「え、え?なんで?あたしを庇ってくれるはずなのに!なんで?」
グレイライト達もこちらに戻って来ました。
「どうした!ガルデン!」
「王子さまぁ、ガルデン様が、あたしを虐めるんですぅ〜」
あたしはグレイライト様に駆け寄りますが、御学友様達が、前を塞ぎます。
そしてグレイライト様は、はぁ・・と大きく溜息を吐いて呆れ顔です。
「無礼者が。まだ名乗りを許可しておらぬのに。お前は本当、お目出度い頭をしている」
その手前のルルーイは、実に嫌そうな顔であたしを睨んでします。
アウストとハライエも苦笑して庇おうとはしてくれない!
「ここまで図々しいと、反吐が出る。彼女達が何を言ったか知らんが、お前が言われて当然な事をしたのだろう!さっさと立ち去れ!」
ルルーイのくせに・・こんな事を言うなんて・・軽いチャラ男のくせに。
だって、そう聞いていた。夢のお告げはそう言っていた。今までも夢のお告げは当たっていたのに・・
「え・・・一番に堕ちるルルーイが、なんで・・」
「堕ちる??」
「一番最初にあたしと仲良くなるはずなのに!どうして?今頃はアウストだって、ハライエだって」
「呼び捨てとは・・・不愉快だな」
「ゾッとする、うわ。鳥肌だ」
「アウスト様達を、呼び捨て・・・」
「仲良く?ルルーイ様と?」
王子達は汚いものを見る様な顔で、貴族女達も呆然とした顔で。
4人の、そして周りの生徒達の視線に、あたしはいたたまれなくて、食堂から出て行くしかなかった。
そうなのよ!海でも追い出して、あたしの悩殺ボディで口説けなかったし!
王族と貴族専用プライベートビーチなんて知らなかったし。
思えばうまくいかない事だらけ。
入学式は夢のお告げを聞いていたら、起きる時間が過ぎて遅刻。
この夢のお告げ、役に立つのか立たないのか、本当参っちゃう。
王子様達と仲良く出来ないまま、3年生になっちゃったよぉ・・・
どんどん時は過ぎて、もう夏休みも終わって2学期!!
ああ・・あたし平民だもん、出世するなら王子や御学友達の愛人、側室になる事。
でも高位貴族の愛人も、みんな高位貴族。平民枠では、本当に美しい人じゃないと無理だって。
ああ〜ー、もっと勉強頑張っていたら、魔法学院進学や、王城事務方になれたのに。
順位は3位以内でないとなれないとか。今からじゃ無理。
「おい、平民。先生が呼んでるぞ」
平民という呼ばれ方。名前も言ってもらえない。意地悪だ。
文句を言ったら、呆れた顔、侮蔑の顔、失笑の顔があたしをぐるりと取り囲んだ。
「お前は王族、高位貴族の方々を馬鹿にして、因縁をつけたんだ。王子であるグレイライト殿下、そしてあの優しいガルデン様に」
「しかも反省すらしていない。ガルデン様は、次期王妃となる方なんだぞ」
「あの方々は心優しいからお咎めは無しだが、いくら学園にいる間は身分の枠を越えて、とはいうけど無礼にも程がある」
そして用事がある時以外、誰も話してくれない。
休み時間もひとり。お喋りしない日々。
確かにあたしが悪かったかもしれないけど、夢のお告げがそう言ったんだもん。
・・・・・・・・。
仕方ないなぁ・・。もういいわ。その辺の貴族の愛人でいいや。
文化祭が終わって、暫く過ぎたある日。教師が早退して神殿に行けと言う。
外には馬車が待っているので早く行けと。
そして神殿に到着するや否や、何だかわからない装置で、あたしは調べられた。
「これは・・・聖女なのか?」
神殿の神官達が大騒ぎをしている。
聖女?あたしが聖女ですって?
聖女は王族と同格の権威がある・・・もしかして、王子と結婚できる?
やったぁ!!
ふふん、今まで散々意地悪して、虐めてくれた貴族達。
思い切り仕返ししてやるから!
え?まだ『仮』ですって?
卒業してから2年、研修を受けて、聖女の力が出せたら認定されるが、今は見習いですって?
ふん、でもあたしは聖女よ。もう決定よ。
これからは平民と言われたら、聖女と言い返せばいいのよ。
うふふふ!!やった、やったぁ!!
(やれやれ・・やっと闇魔術を覚えたか・・・)
え?夢のお告げ?起きている時に出てくるなんて、あれ?頭がクラクラする・・
(もうお前は用無しだ・・・消えろ)
何を言って・・・る・・・ああ・・あたしの身体・・取らないで!あたしは王子と・・あたし・・
邪鬼side、そして * * * * * * * *
「さあて。学園を乗っとるとしようか」
アタシの名は邪鬼。名前はこの企みが成功したら、魔王様直々に頂ける予定なので、まだ無い。
アタシの企みは、こうだ。
王子と学友達をこの娘の力で操り、学園に潜んでいるスペルマスターを殺す。
この学園の女生徒の中にいる事だけが分かっている。
このルーンが厄介で、魔族を無効化、身体を蝋化して溶かし、再生を出来なくする。
ただ触れるだけでだ。我らにとって、恐ろしい術式なのだ。
今回この国首都である王城都市を壊滅。それもアタシ一人で完了させるという任務。
これを成したら、邪鬼として認められ、名前を頂けるのだ。
アハハハハ・・・
なんだ?
この学園・・・不思議な力で満ち満ちている・・・
学園のエントランスも、息苦しい・・・
寮の部屋・・・居心地が悪い・・・
どういう事だ?首が真綿で締め付けられているようだ・・・
どこに行っても、気も休まらない・・・・
教室は、もっと・・・いられない・・・どういう事だ?どういう・・・
この学園にいるだけで、アタシの力が薄れていく・・・
一人でも多くの男・・男子学生を、誑かさなければ・・・
目の前の男子学生に近寄ると、その男はアタシの顔を見るなり顔を歪めて睨んでいる。
「なんだ、平民。まだお前は『仮』だろう。聖女だと?聖女というのはガルデン様達の事だ」
そしてアタシを突き飛ばしたのだ。
グハァ!!!痛い、痛い痛い!!痛い・・・!!
どういう事だ?なぜ痛む?人間がちょっと突いただけだぞ?
男子生徒は呆れ顔だ。
「なんだ?そこまで痛くなるほどの力を使っていないぞ?俺を貶める気か?ああ、平民は怖い。こんなクズに聖女が務まるものか。さっさと辞退するんだな」
貴族の男なら、普通はこのように倒れた女性がいたなら、矜恃、紳士として手を差し出すものだ。
だが無視されて、さっさと立ち去ってしまった。
この女・・・かなり問題があったのだな。
でも今アタシは『魅了』を振りまいている。どんな男でも、くらっとよろめいてアタシに恋する・・筈が!
そっと先ほど突かれた箇所を見ると、なんと手の形に跡があった。しかもドロリと溶けかかっている。
どういう事だ?ただの、力無い人間の男だぞ?
その後も体に負担がかかり、夕食をなんとか食べて、部屋に戻った。
人間共が、魔族対策をしていた様なのだ。スペルがどこに行っても、誰を見ても、『ある』のだ。
そして、部屋の飾り・・額縁に、破邪のスペルを発見した!
取り外したいが、触れるだけで大ダメージを負ってしまう。外に出なければ、死んでしまう・・
それこそ本当の、死だ。再生も出来ない。
よろよろと、なんとか廊下に出ると、ひとりの女がいた。
「あら・・・今は聖女『仮』でしたわね。こんばんは」
その女からも、スペルを感じた。今までになく、強い力・・・もしや、こいつがスペルマスター?
あ、近付くな!くるな!!足が動かない、くるな!!
「まあ。髪がボサボサですわ。このリボンを貸してあげますわ。ほら、結んであげましょう」
やめろ!そのリボンには、スペルが!!やめ・・・
「ふふ。これでよし。では、ご機嫌よう。明日の朝に返してくださいね」
ガルデンは部屋に戻っていく。
彼女の中の邪鬼は、蝋の様に溶けて消え去った。
残された聖女『仮』は、呆然と立ち尽くすだけだった。
そう。
ガルデンも、グレイライト王子も、知らないうちに聖女の中の邪鬼は消え、支配されていた聖女の能力は邪鬼のものだったので、能力が消えるのも当然、あっさりと聖女の地位を外され、また平民に戻った。
「やっぱり平民は平民のままだな。聖女でなかったとは、残念だったな、ハハハ」
皆に結局虐げられて、平民の娘は卒業式には出たが、パーティーには欠席をした。
卒業パーティーでガルデンとファーストダンスを踊りながら、グレイライトは確信した。
私達は、勝ったのだ。
やっと、この恐ろしい呪縛の輪から逃れる事が出来たのだと。
ガルデンは幸せそうに微笑んで、彼だけを見つめている。
彼は知らないだろうが、邪鬼を葬ったのはガルデンだった事。
彼が分かっているのは、邪鬼に効果があった破邪のスペルがなんらかの効果を出した事。
この学園のどこを見ても、破邪のスペルを刺繍した飾りで埋め尽くされている。
生徒はハンカチ、お守りを持ち、手袋、体操着、ネクタイ・・・
それら全てで、邪鬼を弱体化させて、滅したのだ。
パーティーの1週間後、アウストとミレンナ嬢が結婚式を行う。
彼女等友人とその婚約者達は、もちろんお祝いに駆け付ける。
4人で刺繍したベールで頭を飾った令嬢は、きっと綺麗に違いない。
だが、ガルデンはもっと綺麗だろう。
こうして12歳から悩んで、苦悩してきた卒業パーティーは終わった。
「グレイライト様。よかったですわ。あの絵本が現実になりませんでした」
彼に寄り添うガルデンが、ほっとした様に彼の腕にしがみ付いた。
「前から思っていたんです。グレイライト様、刺繍を勧めたのは、この日の為でしたの?」
破邪のスペルの刺繍。魔族に効果がある術式だ。
「まんまと乗せられてしまったのかしら?」
「・・・すまない」
「いいえ!楽しかったですもの。お友達も出来ました。頑張った分、幸せになりました」
「それは、よかった」
「グレイライト様、わたくし頑張ったのです。ご褒美をいただいてもよろしいですわよね?」
「そうだな。何を望む?」
ガルデンはにっこりと笑った。でも、いつもの笑顔とちょっと違う。まるで悪戯を企む様で・・
「グレイライト様のローブを頂けます?ハライエ様のローブが羨ましくて・・良いですか?」
以前見た、ハライエのローブを羽織った令嬢を思い出した。
うん。なんかそれは良いな・・・
「私だけに、その姿を見せてくれるなら構わない」
「はい!」
ガルデンは分かっていないな・・ローブを纏う時なんて、風呂上がりくらいだぞ?
やっと輪廻の輪から外れた王子は、婚約者と共に馬車に乗った。
長く続いた彼らの試練は、こうして幕を閉じたのだった。
pixivにいっぱい読んでくれて39絵を描いてみた。←髪色間違えた。黒なのに金髪描いた。
https://www.pixiv.net/artworks/82360377
pixivにガルデン嬢を描いてみた。←髪色間違えた。←同じく。
https://www.pixiv.net/artworks/82315532
結局髪色は『麻色』に変更。
ほぼ毎日短編を1つ書いてます。随時加筆修正もします。
どの短編も割と良い感じの話に仕上げてますので、短編、色々読んでみてちょ。
pixivでも変な絵を描いたり話を書いておるのじゃ。
https://www.pixiv.net/users/476191