迷い家
あるところに、ことりちゃんという女の子がいました。
ことりちゃんの家では、少し前に赤ちゃんが生まれて、今日はみんなでおばあちゃんの家に来ています。
ことりちゃんは、赤ちゃんのことは好きでしたが、みんなが赤ちゃんのことばかり構って、自分の話は聞いてくれないので、すっかりふてくされてしまいました。
お家を出て、ことりちゃんは散歩を始めます。
おばあちゃんの家の周りは、ことりちゃんの家の周りと比べると、とても木が多く、道も多く、そして虫も多いところでした。
ことりちゃんはしっかりしているので、家に帰るときに迷わないように、何度も後ろを振り返っては道をしっかり覚えていました。
少し歩いたところで、ことりちゃんの頭に何かが落ちてきました。
手を伸ばして触ってみると、もぞもぞと動いていて、なんだか柔らかくて、そう、これはもうイモムシだということが、ことりちゃんにはしっかりとわかってしまいました。
ことりちゃんは悲鳴をあげて芋虫を頭から落とすと、そこから一目散に走っていってしまいます。
ことりちゃんがもう走れなくなったころ、周りを見てみると、全然知らないところに来てしまっています。
道は途中までしかおぼえていなくて、それなのに、周りには何本も道があります。
ことりちゃんは迷子になってしまったのだと思って、めをうるうるさせながら、とりあえず、走ってきた方に戻り始めました。
あっているのかどうか分からない道を歩いていくと、一軒の古ぼけたお家がありました。
ことりちゃんは、そこで誰かに、お母さんかお父さんを呼んでもらおうと思って、チャイムを探します。
けれどチャイムはどこにもありません。
ことりちゃんはしかたなく、古ぼけた扉をノックします。
けれど返事もありません。
ことりちゃんはしかたなく、怖い人がいたらどうしようと思いながら、お家の中に入りました。
お家の中は、あたたかくて、なんだか甘い、わたあめのような、とてもいい匂いがします。
ことりちゃんは靴を脱いでしっかり揃えると、おじゃまします、と声をかけて、お家の人を探し始めました。
おうちの人は見つかりません。
どこかに行ってしまったのでしょうか?
家の中には黒い猫ちゃんだけがいて、古いけれど綺麗な、飴色のテーブルの上に丸くなって、ことりちゃんのことをじいっと見つめていました。
「猫ちゃん、わたし、迷子になっちゃったの」
黒猫はにゃあ、と答えるように鳴きます。
「ここのおうちの人はいないのかな…」
ことりちゃんは不安な気持ちで、猫ちゃんの背中に触ります。
「あなたはおるすばんなの? おうちの人はすぐ帰ってくる?」
黒猫は気持ちよさそうに撫でられながら、声を上げずに黙って尻尾を振っています。
ことりちゃんが猫ちゃんのいるテーブルをよく見てみると、美味しそうなパウンドケーキや、まだ湯気のあがっているオムライス、そして何故か、美しい洋服を着たお人形や、兎のぬいぐるみなどが載っています。
ことりちゃんは急に、お腹が空いてきたような気がしました。
ことりちゃんは急に、綺麗なお人形も欲しくなってきてしまいました。
机の上には、もう一つ載っているものがありました。
写真立てに入れられた、ことりちゃんくらいの年頃の女の子の写真です。
くるみちゃんは写真を見ると、はっとして、机の上のものに伸ばしかけていた手を止めます。
「猫ちゃん、ここのものはこの子のものなのね」
黒猫は、にゃあ、と短く鳴きました。
「わたし、人のものをとっちゃいけないの、知ってる」
ことりちゃんが少しテーブルから離れると、黒猫がすっと床に降りて、歩き出します。
「猫ちゃん、どこ行くの? 置いてかないで!」
ことりちゃんは黒猫を追いかけます。
家の外へ出ていってしまう猫ちゃんを、急いで靴をはいて追いかけます。
「まって、まって!」
猫ちゃんを追いかけて、追いかけて、追いかけて、やっと猫ちゃんが立ち止まったところで、周りを見ると、その道には芋虫が落ちていました。
「ここ、さっきの場所?」
猫ちゃんが寄ってきて、見ると、口に何かをくわえています。ビニールで包装されたあめのようです。
「わたしにくれるの?」
ことりちゃんが手を出すと、猫ちゃんはそこに飴玉を置いて、かわりに芋虫をくわえて、かけていってしまいました。
ことりちゃんはそこからの道をおぼえていたので、お家に帰ることができました。お家に帰ると、すぐにお父さんとお母さんが出てきて、ことりちゃんを抱きしめます。
お父さんとお母さんは、ことりちゃんがどこかに行ってしまったので、心配してくれていたようです。
ことりちゃんはちゃんとごめんなさいをして、けれど少し嬉しくなって、笑いました。
口に入れた飴が、とてもとても美味しく感じました。
おばあちゃんの家からの帰り道。
お父さんに手を引かれて、ことりちゃんは駅まで歩きます。
駅に行く途中、大きなポスターで写真が貼ってありました。
あの黒い猫ちゃんの家で見た写真と、同じ顔の女の子の写真でした。
「お父さん、これ、なあに?」
「この子、迷子になっちゃったみたいだね。ポスターを貼って、みんなに探してくださいってお願いしてるんだよ」
「ふうん……」
「ことりも気をつけるんだよ」
「うん!」
あのいい匂いのするお家は、この女の子のお家だったのかなと、ことりちゃんは思いました。
おいしい飴の味と、抱きしめてくれたお父さんとお母さんを思い出して、ことりちゃんはニコニコしながら自分のお家に帰りました。