メリリース・スペンサーのハロウィーンな日
せっかくハロウィーンだし!
タイトルにハロウィーンと書いてるくせに、本編では別の言い方をするという。
あと、オチがいわゆる天丼な気がしますが、天丼ネタ大好きなのです。
――GA暦53年、31,Oct
あたしは5年生になった。4年生の学年末では初めて魔術の実技も込みでの学年主席を取ったわ。
嫌がらせもなくなった。
夏休みはエリオットのご両親、ロビンソン伯爵夫妻とも会って挨拶させられて……。
会うのは1年ぶりだったし、内心では平民の孤児の女を嫁になんて思われてたら嫌だなと思ってたけど、お父様もお母様も暖かく迎えてくれたの。……呼び方?お母様にそう呼ぶように懇願されたの。
お土産に魔術の巻物と手作りのお菓子を持ってったら、お父様とお母さまにエリオットまで加わってお菓子の奪い合いになって大変だったわ。その場で厨房借りて作って事なきを得たけどね。
今日は10月最後の日、サウィンの祭の日。夜になると人々は篝火を掲げ、仮装したりパーティーやゲームに興じたりする。死者の仮装をしたり、林檎を盥に浮かべてそれを咥えるゲームをしたりね。
あたしはこの半年、急に忙しくなったの。
ほら、あたしが決闘で自作の巻物使ったから。付与魔術に適正あるのがばれてるのよね。学校やら裕福な生徒たちからこまごまと色々作るの頼まれるの。もちろん、付与魔術師見習いとしての正規の料金が支払われた上でね。
今じゃ小金持ちよ。夏休みに戻った時には孤児院のベッド全部買い替えてやったわ。
この2か月はサウィンの祭のグッズばかり作ってたわね。空を飛び光る南瓜や蕪のランタンとか、動く獣耳と尻尾のセットとか、笑う骸骨とか……。
朝、あたしは〈虫召喚〉を使い餌をラーニョに与えている。ラーニョもこの半年で大きくなり、5cmを超えるくらいになった。
ラーニョは蟋蟀のような大きめの虫も食べるようになったけど、使い魔にしたころから変わらず愛嬌があるわ。今も虫を食べ終えるとさっと前足を上げて礼を言い、あたしの制服に飛び移って定位置の肩のあたりへと移動した。
トントンとノックの音がする。
「あの、メリー先輩……今よろしいですか?」
恋人たちの日とかに一緒にお菓子作った後輩がやってきたわ。あれから懐かれたのか、よくあたしのところにくるの。
ああ、さすがに名前はおぼえたわよ。エイダね。彼女も2年生になったわ。
「あの、お菓子ってつくります、か?」
……そういえば、今年作ってないわね。ん?忘れてた?
「あれ、そう言えば昨晩呼びだされてないんだけど……」
「学年首位のメリー先輩にお菓子の下ごしらえしろなんてもう言える人いませんよ」
あー、なるほど?
「じゃあ作る必要はない?」
「はい、必要はないです」
言葉と裏腹にエイダの眉がへにょりと下がり、寂しそうな雰囲気を醸し出した。
あたしは立ち上がると彼女の頭に手を置いて言った。
「必要はなくても作りはする。材料はあるのね?」
「はいっ!」
「ソウル・ケーキを作るわ」
厨房に移動して、残っている材料を確認して言う。
「え、知らないです。どんなお菓子ですか?」
話しながら小麦粉を混ぜていく。
「丸くて小さなケーキで……ちょっと大きなクッキーみたいなもの。それにフルーツとかをね」
あたしはゆっくりと口ずさむ。
「――魂、魂のソウル・ケーキをお恵み下さい善良なる奥様。ソウルケーキを。
林檎に梨に杏子に桜桃……我らを祝福していただけるあらゆるものを。
1つ目はペテロに、2つ目はパウロに、3つ目は万物を創造したもう彼のために」
エイダが驚いて目を大きく開く。
「旧宗教の歌じゃないですか!しかも聖人の名前まで歌って大丈夫ですか?」
「うちの孤児院ではサウィンの祭の時に毎年歌ってたし大丈夫じゃない?これを歌いながらお菓子を作ったり、あたしの作ったお菓子を配ったりしてたわ。
大体、言葉だけ言わなくなったって、こうして習慣は残ってるじゃないの」
「そ、そうですね。……メリー先輩、歌もお上手なんですね」
「そうでもないわ、いくつか孤児院で歌ってたのに慣れてるだけよ。楽譜も読めないもの」
「でも声はきれいでしたよ」
エイダはにっこりと微笑みかける。
「そ、そう?」
「はいっ!」
そこからはこの歌とソウル・ケーキの作り方を教えながらお菓子を作っていく。
「――1つ目をエリオットに、2つ目をエイダに、3つ目をディーン寮に住まう皆のために
はい、完成」
雑な替え歌を歌いながらソウル・ケーキを完成させる。
ぱちぱちとエイダが拍手して言う。
「メ、メリー先輩!と、とりっくおあとりーと!」
あたしは自分の分1つと、エリオットの分を数個取り、残りを全てエイダに渡した。
「はい、残りは全部上げる。みんなで食べなさい」
「ありがとうございますっ!」
…………………………━━
サウィンの祭にメリーの姿はなかった。
まあ、毎年見てないからな。とは言え、彼女も段々と昔のように社交的になりつつあるから、来てくれるかもと思ったのだが。
途中、ディーン寮のメリーによくなついている後輩、エイダと言ったか。とんがり帽子に長い杖で古典的な魔女の姿をしている彼女に会ったが、やはりメリーは寮にいるとのことだった。
ちなみに今日の僕の姿は吸血鬼。スーツにマント、シルクハットにステッキ。化粧で肌の色を青ざめさせ、牙を生やしている。精霊のスカーレットには熱で陽炎を出してもらい、僕の姿が揺らめくようにしてもらっている。
パーティーを途中で抜けてディーン寮へと向かった。
ほとんどの部屋が真っ暗な建物の、彼女の部屋だけカーテンの向こう、灯りが赤く揺らめいているのが見える。
「〈飛翔〉」
僕はふわりと浮き上がると、彼女の部屋の窓の外に生えている木の上に止まり、窓をノックしようとして……やめた。
せっかく今日の僕は吸血鬼だしね。
「〈念動〉」
窓の鍵を部屋の外から触れずに捻り窓を開けて、〈飛翔〉の術式を再度使用。そのままふわりと音もなく部屋の中へと降り立つ。
部屋を見渡すと彼女はすぐに見つかった。
机に突っ伏して寝ている彼女。机の上に置かれたランプの灯りに亜麻色の髪が照らされて輝き、その顔は見えない。彼女の手は机に広げたウィジャ盤の上へと力なく伸ばされている。
机の上には布の被せられたバスケット、おそらくお菓子を用意してくれたのだろう。
彼女の肩の上、ラーニョがこちらに向けて前脚を振った。
僕はラーニョに手を振り返す。
「ウィジャ盤か……そうだったな」
メリーはサウィンの祭の日にだけこの最も簡易な降霊術であるウィジャ盤を持ち出し、プランシェットが動かないことに満足するのだった。
サウィンの祭は死者の魂が現世に戻ってくる日として伝えられ、死霊魔術系統の魔術師にとっては最も重要な日といわれている。メリーはそちら側には才能がないが、この日ならそれくらいはできる。
そして彼女が降霊術で知りたいのはただ1つだけ。
メリーの実父実母の霊を呼んでいるのだ。
彼女を孤児院に捨てた両親の霊を呼び出そうとし……、ウィジャ盤が動かない、両親がまだ死んでいないことだけを確認して安堵しているのだ。
僕には分からない感情だが……。
僕はそっと彼女の肩に手を置き、ゆっくりと揺すった。
「メリー。起きなよメリー。ほら、お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうよ」
片腕が何かに巻き付かれる感触。
それはメリーの腰から伸びている亜麻色の尻尾で……、メリーが身を捩ると、頭頂部付近に髪の間からぴょんと三角形のものが2つ突き出てくる。
「…………!?」
メリーが妙に艶めかしい動きで腰をくねらせながら立ち上がり、こちらに向き直ると、そこには猫耳を生やしたメリーがいた。
灰色の瞳が僕を見据え、唇がゆっくりと動く。
「いたずらする……にゃん」
彼女は僕の首筋にかぷりと噛みついた。