序章ー2:〈ホシモリ〉発進
「グルアアアー!」
白い巨人が咆吼し、太い腕を振り回して、眼前を横切って飛行する背の高い筋肉質の少女に飛びかかる。
「おわっと! 早々ウチが捕まるかい、こんボケが!」
薄緑色の湯気のように揺らめく力場、飛行能力を与える風の魔法力場を纏う背の高い少女が、毒づきつつも冷や汗の浮かぶ顔で魔力を放出した。
「其の火炎の天威を衣と化し、我が身に火の加護を与えよ! 包め《火炎の纏い》!」
自らの魂から現出させた高位次元の力、全ての魔法を具現化する力、魔力。
その魔力が背の高い少女から放出されると同時に、周囲の空間に対流していた精霊達が少女の方へと集束し、魔力に取り込まれて、精霊付与魔法を構築した。
人類が肉体を持って暮らす低位の次元世界より高位の次元世界、生物の魂が位置すると言われる次元世界で生まれて、低位の次元世界にまで自然に流出した力、精霊。
世界そのものが作り出した魔力とも言うべきその精霊達と、少女の魂から汲み出された魔力とが混ざり合い、物理法則を覆す特殊現象、魔法が現出する。
薄緑色の風の魔法力場の内側に、一瞬で薄赤色の魔法力場、筋力を上昇させる火の精霊付与魔法を展開し、背の高い少女が二重の魔法力場の効力をのせた右足で、白い巨人の顔面を思いっきり蹴り飛ばして、白い巨人から距離を取った。
「グフルッ! ……ルウォォオオアアアッ!」
相当痛かったのか、タタラを踏んで後退した白い巨人が、目を血走らせて咆哮し、魔力を放出する。
巨人種魔獣の魔力が放出されると同時に、火の精霊達が魔獣の周囲へと集束し、魔力に取り込まれて、精霊攻撃魔法を構築した。
巨人種魔獣の頭上に出現した多数の火球を見て、背の高い筋肉質の少女が絶叫した。
「ぎゃあああああっ! 怒らせただけやったああああっ! 命彦のボケエェ~ッ! はよ助けに来んかああい! ウチらを見捨てたんかぁぁぁー!」
「ゴアアアー!」
魔獣が腕を振り下ろすと、精霊攻撃魔法の火球が矢のように高速で雨あられと降り注ぎ、空を飛んでいた背の高い少女は回避し切れず、火球の1つにぶち当たった。
「ぶぎゃんっ!」
爆炎に飲み込まれて吹き飛び、背の高い少女が廃墟の壁面にドゴムッとめり込む。
火球に接触した地面や廃墟の壁面がごっそり焼失していることから、人間がこの火球に触れれば確実に人体を焼失する筈だったが、廃墟の瓦礫に埋もれた背の高い筋肉質の少女は、衝撃で目を回していたものの、手足を軽く火傷するくらいで生きていた。
背の高い少女の全身を包み込み、空を飛ぶ効力と筋力上昇の効力を与えていた二重の力場達、風と火の精霊付与魔法が作り出した二重の魔法力場が、白い巨人による魔法攻撃を防御・相殺し、背の高い少女を生存させたのである。
「勇子さん! 詩乃ちゃんと奏子ちゃんは空太さんの援護を続けて! 勇子さんは私が!」
廃墟内を隠れて走り回り、巨人種魔獣の目を避けつつ、魔法具と自らの魔法攻撃による援護を行っていた3人の少女のうちの1人、オカッパ髪の少女が、崩れた廃墟の瓦礫に埋もれた背の高い少女の救助へと駆け出す。
「あ、こら舞子!」
「詩乃、舞子に任せよう! 空太さんのがマズい!」
残り2人の少女のうち、短く髪を切り揃えた少女が、オカッパ髪の少女を引き止めようとするが、残ったもう一方の少女、長い髪を紐で括った表情にやや乏しい少女が、慌てて制止した。
少女達の視線の先では、白い巨人に追い回されて泣き喚く美形の少年がいる。
「うひょえあっ! 死ぬううう、死んでしまふぅううーっ! 命彦、早く来てくれえええーっ! どわあっ!」
背の高い少女と同じく風の精霊付与魔法で空を飛び、巨人種魔獣の攻撃魔法を間一髪避けていた美形の少年だったが、魔獣の迫り来る拳をギリギリで回避する際に生じた烈風に巻き込まれ、墜落した。
「「空太さん!!」」
美形の少年を追撃しようとする巨人種魔獣の注意を逸らすべく、短髪の少女と長髪を結った少女が、手に持っていた赤や青に色づく結晶を砕いた。
すると、少女達の周りに多数の火球と水球が生じ、矢のように巨人種魔獣の横っ面へぶち当たる。
魔法結晶と呼ばれる魔法具で、結晶に封入されていた精霊攻撃魔法を、結晶の破砕と同時に解放し、少女達が操作して魔獣にぶつけたのである。
しかし、多数の魔法攻撃を受けた筈の巨人種魔獣は、まるで無傷だった。
「「うげ!」」
少女達2人の目には、巨人種魔獣の右側面に展開された分厚い空気の壁、風の精霊結界魔法が見えた。
透明に煌めく風の魔法防壁の内側から、ギロリと白い巨人の視線が少女達2人を射竦める。
「やばい……」
「逃げよう!」
少女達2人が廃墟の深部へ隠れようと駆け出した瞬間、瞬時に多数の土塊を生み出した巨人種魔獣が咆哮する。
「ガアアアア!」
矢弾のように連続して土くれの塊、地の追尾系魔法弾が放たれ、少女達の隠れる廃墟が倒壊した。
「ダメだ、巻き込まれる!」
「一旦出よう!」
2人の少女が廃墟から飛び出すと、その眼前にはすでに巨人種魔獣がいた。
「う、嘘でしょ……」
「くっ! 誘い出された!」
白い巨人を見上げて思わず固まる少女2人に、オカッパ髪の少女とフラついて目を回していた背の高い少女が気付き、咄嗟に駆け出す。
「詩乃ちゃん、奏子ちゃん!」
「逃げえ、2人ともぉ!」
しかし、逃げようとする少女達へ巨人種魔獣が無情にも拳を振り下ろした。
瞬時に火の精霊付与魔法を纏った巨人の拳が、炎を発しつつ少女達に迫る。
即座に逃げ切れぬと判断した2人の少女が、隠し持っていた青い魔法結晶を同時に砕き、自分達の周囲を球形に覆う、2枚の周囲系魔法防壁を展開して、巨人種魔獣の拳を受け止めるが、魔法の出力、効力の差だろうか。
2重に展開された水の精霊結界魔法は、巨人の拳に触れた瞬間、圧壊した。
「「くう!」」
2人の少女が目前に迫る、魔法を纏う燃える巨拳に死を覚悟した時。
ヴォンッ!っと何かが巨人種魔獣の顔面目がけて飛来し、巨人が慌てて少女達の前から飛び退る。
ドゴムッと少女達の目前に突き刺さったのは、一本のデカい刀剣だった。
人間が持つにしてはあまりにも規格外過ぎる、それこそ巨人種魔獣が持ってようやく振れるであろう優美に反りを持つ日本刀に近い造形の刀剣。
その刀剣を見て、その場にいる少年少女達全員が安堵の表情を浮かべた。
「命彦さん、間に合った!」
「遅いんじゃボケ!」
「命彦、遅いよ! こっちは死ぬかと思った!」
「た、助かったぁぁ……」
「〈ホシモリ〉にちょっと惚れそう。これが吊り橋効果か」
ズシンと地響きが道路を伝い、地に刺さる刀剣の前に、天から風を纏って機械の巨人が降り立つ。
全長9m以上とはいえ、10m未満の機械の巨人は、12m近くある巨人種魔獣と比べれば、体格では劣る印象を受けた。
しかし、当世具足を纏った武者にも近いその姿は、筋骨隆々で体格にも勝る白い巨人をたじろがせる、凄まじい威圧感を発していた。
『待たせてすまん。全員生きてるか?』
魔獣を威嚇するように仁王立つ機械の巨人、汎用人型の都市防衛用魔法機械〈ホシモリ〉から、少年の声がすると、駆け集まった少年少女達が口々に喚いた。
「生きてるけど死にかけたぞ、アホンダラ!」
「そうだそうだ! 今回は僕も勇子に同意する!」
「お、お2人とも、抑えて抑えて……」
「いや舞子、ここは文句言ってもいいとあたしも思う。致命傷を肩代わりしてくれる、消費型魔法具の〈身代わり人形〉を持たされてるとはいえさ?」
「うん。死に至るほど致命傷は意識が飛ぶほど痛いし、その致命打を食らった後は行動不能だから追撃されれば普通に死ぬ。ぶっちゃけ私達結構危険だった」
「せや! 何度もポマコンで救援要請送ってんのに遅れよってからに! 伝達系の探査魔法で文句をしこたまオツムへ叩き込んでやりたいけど、多重魔法防壁でガチガチに覆われてる〈ホシモリ〉内部におったら、外におるこっちの思念を届けることもでけへん! せやから今ここで口で言いまくるんや!」
ぶーぶー文句を言う少年少女達に、機械の巨人から苦笑している様子の少年の声が響いた。
『分かった分かった、後でたっぷり聞いてやる。美味いモンも奢ってやるから、ここは許せ』
「ほんまやろね、約束したで!」
「絶対奢ってもらうよ!」
少年少女達の文句が治まると同時に、機械の巨人は地面へ深々と突き刺さる規格外の刀剣を引き抜き、右手に持つと、左手を右腰にかざした。
すると、背後に羽根のように折り畳まれた一対の武装腕が起動し、右側の武装腕が右腰へと移動して、刀剣の柄をせり出させる。
『止め具解除、よし。お前ら、当初の目的通り、ここからは〈ホシモリ〉の実戦稼働試験を行う。各自散開して魔法具によって結界魔法を展開し、コイツをこの場に閉じ込めろ。その後、映像記録用エマボットの設置だ。メイアと美雷さんへ情報を送れ』
機械の巨人が、鞘にしては随分太く長い武装腕から、もう一本の刀剣を引き抜き、二刀流の戦闘体勢を取ると、少年少女達はすぐに散開した。
機械の巨人を警戒し、動きを止めていた巨人種魔獣が、少年少女達の動きに慌て、魔法で多数の火球を生み出し、射出しようとするが、その前に機械の巨人が動いた。
『お前の相手は俺だ!』
突然切りかかって来る機械の巨人に魔獣が驚き、火の精霊攻撃魔法を続けざまに射出する。
散開する少年少女達を狙う筈だった多数の火球は、全て機械の巨人に狙いを定め、矢のように迫るが、機械の巨人は恐ろしい運動性と魔法防御力を発揮し、火の追尾系魔法弾を刀剣で斬り払い、振り切って巨人種魔獣に一瞬で肉迫した。
『せりゃああ!』
「ゴル!」
間一髪、白い巨人が機械の巨人の振るう双刃を避けて、距離を取る。
地面の目前できっちり止まった双刃だったが、剣風の余波で剣先に触れずにいた筈の地盤がめくれ、周囲の廃墟までがひび割れた。
ギリギリ避けた筈の白い巨人の胸にも、僅かに一筋の線が刻まれ、青い血液がゆっくりと浮き上がる。
それを見て、白い巨人が目を血走らせた。
「バオオオオォォーッ!」
怒りの咆哮を発した白い巨人が天に手をかざすと、周囲の空間が揺らぎ、魔獣の手に8mほどの太い棍棒が出現する。
棍棒は木製に見えるが、ブウンと振るわれたその風圧から、常軌を逸した重さが感じられた。
『空間転移で武器を召喚したか……幼体のスクネにしては多芸だ』
機械の巨人が二刀流で武器を構えると、棍棒を持った巨人種魔獣が猛然と突貫した。
透明に輝く半球状の魔法防壁が、半径150mほどの周囲を覆うように幾重にもそそり立ち、2体の巨人を結界魔法の内側へ閉じ込めるが、機械の巨人と白い巨人はそれに構わず、荒々しい戦闘を続けた。
廃墟の建物が倒壊し、地面が破砕され、衝撃波が瓦礫を吹き飛ばす。
白い巨人が振るう棍棒は、機械の巨人にとっても想定外の破壊力であった。
『こいつ!』
機械の巨人が剣の術理を持って、棍棒の一撃をどうにか受け流すが、完全に力を逸らすことは難しいのか、肩や肘の関節部分が激しく軋む。
『受けに回るのは得策じゃねえ。勝利が最優先だ、一気に決める!』
機械の巨人が、持っていた刀剣を一振り投擲し、巨人種魔獣が驚いて棍棒で刀剣を弾いた一瞬、機械の巨人の背後で折り畳まれていた一対の武装腕のうち、右側が動いた。
腰からヌッと前方へ突き出された武装腕が、その真の姿を解放する。
『捕脚爪展開、電導貫通杭装填!』
少年の声が響くと同時に武装腕が伸長し、槍のように突如生えた角が、帯電しつつ後方へ延びる。
武装腕の前方には、挟み工具にも似た爪が、ガパリと開いていた。
危険を察知した巨人種魔獣が、棍棒を振り上げて飛びかかって来るが、それより早く機械の巨人が動いた。
クルリとその場で旋回し、振り下ろされた棍棒を際どく避けると、腰部に展開された武装腕の取っ手を、器用に右腕で確保しつつ、魔獣の顔面目がけて武装腕を突き上げたのである。
自分の顔面へと迫る武装腕に本能的危機を感じ、慌てた魔獣が棍棒を顔の前に滑り込ませると、接触した武装腕が棍棒をガッチリ挟み込んで固定した。
その瞬間であった。
『棍棒ごと貫け! 突貫!』
武装腕の後方に突き出て帯電していた角が高速回転しつつ引っ込み、武装腕の前方へと電磁加速しつつ移動した。
当然その結果として、棍棒は貫通され、砕け散った。
刀剣の鞘と思われていた武装腕の真の姿は、電磁加速式の杭打ち兵器だったのである。
棍棒ごと、魔獣の顔面を貫いたかに思われた浪漫兵器の電導貫通杭だったが、白い巨人は運良く生きていた。
『外したか、くっ!』
電導貫通杭の破壊力があり過ぎた結果、下から斜め上へと突き出る軌道が災いして、棍棒を貫通する際に生じた衝撃で巨人の腕が持ち上げられて姿勢が揺らぎ、狙っていた頭部の横を杭が通過してしまったのである。
ただ、攻撃がかすった右腕は吹き飛び、心理的影響も相当だったようで、巨人種魔獣は身を震わせて左腕で傷口を押さえ、機械の巨人と一気に距離を取った。
砕けた棍棒は、魔獣にとって余程頼みとする武器だったのであろう。
自分の右腕ごとそれを失ったことで、白い巨人は機械の巨人との接近戦に怯えたのである。
棍棒は、常軌を逸した硬さや重さから魔法具らしき片鱗が窺え、そもそもそれを振るう白い巨人も、火の精霊付与魔法を展開して筋力を底上げしていたために、棍棒は魔法によって常に防護されていて、これを物理的に砕くのは極めて難しかった。
しかし、電導貫通杭は杭自体を魔法具化しており、棍棒の魔法的防護を相殺し得る。
魔法的効力が相殺されるのであれば、棍棒の破壊も可能。
今や巨人種魔獣の接近戦における戦闘力は劇的に低下したと言えた。
それでも逃走する気配は、白い巨人からは皆無である。
『まだやる気か? まあ、そうじゃねえとこっちも困るんだが……』
自らの優勢を確信した機械の巨人が、左手に持っていた刀剣を両手で構えた。
その時であった。突然紫電が機械の巨人を吹き飛ばす。
『ぐおっ!』
吹き飛んだ機械の巨人が、廃墟に激突した。