1章ー14:マイコの好敵手と、遊びと廃材から見つかる精霊の引き出し方
命彦からこれまでの経緯を聞いて、ドワーフ翁が楽しそうに笑った。
「ふむふむ。若様が欠点のある意思儀式魔法《戦神》の代替手段を求められた結果、魔法増幅装置を搭載した有人搭乗方式の魔法機械が最もその代替手段に相応しいと、メイア嬢が提案して、すでに開発していた魔法増幅装置を見せたと……しかし、面白いことを考えたのう、メイア嬢? 精霊魔法だけを増幅する魔法増幅装置か……魔法機械は専門外じゃが、ワシも興味があるわい」
「じゃあ手伝ってくれるか、ドム爺!」
命彦が前のめりで机の上に手をつき、嬉しそうに問うと、ドワーフ翁はにこにこして首を縦に振った。
「当然じゃ。若様の頼みとあらばこのドルグラム、手伝わんという選択はまずあり得んよ、フォフォフォ」
「ありがとう、ドム爺!」
「親方が手伝ってくれるんだったら、私も百人力だわ」
「買い被り過ぎじゃてメイア嬢。まあ、この老骨にできる範囲で、知恵や技術を貸しますわい」
メイアもホッとした様子でドワーフ翁を見ていると、命彦の対面の椅子に座って話を聞いていたミュティが、手を挙げて宣言した。
「若兄様、メイア姉さん、私もそれ手伝いたいです!」
「おお! ミュティも魔法増幅装置の開発を手伝ってくれるか?」
「はい、勿論です! 私もゆくゆくは〔魔工士〕を目指す身ですから!」
命彦に満面の笑顔で答えるミュティを見て、メイアが対面に座るドワーフ翁へ問う。
「でもミュティ、今は鍛治の修行してるんでしょ? いいの、親方?」
「まあのう、言うて魔法機械についてはワシよりミュティの方が詳しいし、若様の願いはワシやミュティにとって最優先事項じゃ。ミュティ、しっかり手伝うんじゃぞ?」
「はい、お祖父ちゃん! 若兄様、きっとお役に立ってみせますね!」
ドワーフ翁の許しが出てホッとしたのか、ミュティが机の上に身体を乗り出して命彦に言うと、命彦は心底嬉しそうに笑顔を浮かべて、目の前にあるミュティの頭に手を置いた。
「ありがとう、ミュティ。助かる」
「ふふふ、くすぐったいです、若兄様」
いい子いい子と命彦に頭を撫でられ、気持ち良さそうに目を閉じるミュティ。
そこへ咳払いが響いた。
「「うおっほん!」」
命彦の左右の席に座る命絃とミサヤである。表面上は不動の笑顔だが、頬が僅かに2人とも引きつっている。
しまったと、手を引っ込める命彦を見て、ミュティが苦笑して言った。
「うふふふ、怒られちゃいますね、若兄様」
「う、うむ……ミュティは昔から面倒見てる妹分だし、ちょっとくらいはいいと思うんだが? 姉さん、ミサヤ?」
命彦が少し遠慮がちに問うと、咳払いした命絃とミサヤは、笑顔のままブンブンと首を横に振った。
「そのちょっとが私にはとても心配だわ。たとえ相手が妹分のミュティとしてもね?」
「ええ。まったくもって気がかりです。目の前でされては捨て置けませんね?」
言外に嫉妬していますと態度で語るものの、いつもより表面上は穏やかである2人の姿を見て、舞子は心の内で吹き出した。
(この2人は本当にいつもブレませんね? でもまあ、いつもより幾らか嫉妬心を隠して、態度が柔らかい感じがするので、多分これは対面の親方に気を遣ってるのでしょうか? そりゃあ、親方の前で孫娘相手には圧力はかけられませんよね……ぷっ)
舞子の表情からその心の内を察したのか、ミサヤが問う。
「舞子、その目つき……もしかして私達を小馬鹿にしてませんか?」
「し、してませんよ! お2人を小馬鹿にするとか、恐ろしくてとてもとても!」
「必死に否定してるから、余計に信憑性が増すぞ、舞子? まあいい」
慌てて否定する舞子を見つつ、命彦はやれやれと苦笑してミュティに視線で謝った。
これまで幾度も同じやり取りがあったのか。ミュティもすでに分かっているのだろう。
ミュティは命彦に笑顔で首を縦に振って返し、前のめりの姿勢をやめた。
一連の様子を見ていたメイアは、呆れたように命絃とミサヤを見てから、ミュティやドワーフ翁へ視線を移して口を開いた。
「そこの2人の独占欲は異常だからほっとけばいいわ。それじゃ、具体的に今私が作ってる魔法増幅装置の仕組みについて話すわね? 現物は後で見せるとして、まずは具体的に装置の仕組みを説明しましょう」
「はい、聞かせてくださいメイア姉さん!」
元気一杯に応じるミュティへ笑顔を返し、メイアが魔法増幅装置の原理や機構を説明し出した。
「……って感じで、魔法増幅装置内部の破砕部へ投入した精霊結晶を砕いて、結晶内の精霊を現実空間へと解放し、取り出した精霊達を装置の周囲の空間へ対流するよう、装置に封入した捕縛系の意思結界魔法で引き留めて、すぐに魔法へ組み込めるように精霊の消失を防いだわけよ。どう?」
試作した魔法増幅装置の仕組みも簡単に説明が終わり、メイアがドワーフ翁とミュティの反応を待つ。
ドワーフ翁は腕組みして天を仰ぎつつ、ミュティは難しい顔で口を開いた。
「うーむ、すんごいこと考えたのう、メイア嬢。いや~目から鱗じゃわい。確かにその魔法機械であれば、精霊魔法に関してだけは、魔法増幅装置には使えるのう? 割と歴史的発明と言える気がするわい」
「でもお祖父ちゃん、精霊結晶から取り出した精霊を使うわけですから、魔法を増幅させるという装置の機能を十全に発揮するには、そもそも精霊結晶が不可欠ですよ? 魔法機械へ魔法増幅装置とは別に、精霊結晶を保管する貯蔵庫がまず必要ですよね? でも、魔法機械内部に貯蔵庫を作るのは恐らく難しいですから、貯蔵庫は外付けの筈。であれば、戦闘時に貯蔵庫が破損して精霊結晶を失えば、この魔法増幅装置は無用の長物と化します。一度の装置起動で使い切る弾倉方式だとしても、多量に弾倉を積むことは難しいと思います」
メイアと同じ〔魔工士〕学科の魔法士を目指すだけあって、ミュティはメイアの開発した魔法増幅装置の欠陥をすぐに見抜いてしまった。
メイアが微妙に目を泳がせる姿を見て、命絃や命彦、ミサヤが褒める。
「さすがミュティだ」
「ほんと。かいつまんで聞いただけで、そこに気づくとは……いい着眼点よ」
「ええ。もっと疑念や問題点を言ってあげてください、ミュティ?」
命絃やミサヤの言ってやれ、という視線を受けて、苦笑しつつミュティが言葉を続ける。
「あ、えーと……それではメイア姉さん、その装置の増幅率を、具体的に統計数値化されましたか?」
「え! と、統計上の数値化はまだよ……命彦にも増幅率を聞かれたから、製作時に幾つか試行して記録した結果を答えたけど、実際に試行実験を何度も繰り返して統計手法で数値化したものまでは……そ、それに! 結晶自体の質や投入量で増幅率は差が出るものよ! 一概に数値化って言っても」
微妙どころか完全に目を泳がせるメイアに、ミュティがやれやれといった表情で言う。
「さてはメイア姉さん、まためんどくさいと思って、数値化に手を抜きましたね? いつも私がやってましたもんね、統計立てた反復試行実験後の魔法機械の各種情報の数値化については?」
「ギクッ! い、いやだって、私は色々と他にやりたいことあって……」
しどろもどろに反論するメイアを見て、楽しそうに命彦とドワーフ翁が問うた。
「メイア、手抜きしてたのかお前?」
「フォフォフォ、いかんぞいメイア嬢? 手間を惜しんでは良いものは作れん」
「そ、そういうわけじゃ!」
「うふふ、若兄様、お祖父ちゃん、手抜きとは違いますよ? 作業量が多くて1人では面倒だっただけです。結晶の質を一定に保つことで、結晶から取り出した精霊の量は恐らく数値化できます。まあ、結晶の質を確かめるのは魔法士の感覚ですから、多少の誤差は出るでしょうが、しかし、たとえ精霊自体が機械的に検知不能でも、精霊が含まれている精霊結晶自体は数えられます。誤差込みで一定の質として調整した精霊結晶を、どの位の量まで使用したら、どこまで魔法の効力、出力が高まるかは、物理的作用がある魔法の使用で調べられます」
すらすら答えるミュティに目を丸くして、命彦が感心しつつ問う。
「ほえ~……参考までに聞かせてくれるか、ミュティ? どういう魔法を使えば、増幅率は出しやすい?」
「攻撃魔法が一番わかりやすいでしょう。土砂を固めた標的物を用意して、その標的物に対して初歩の攻撃魔法を使い、魔法増幅装置を併用した上で損傷度を確認すれば、魔法の効力、出力がどの程度増減したか、すぐに確認できます。反復試行実験故に時間はかかりますが、誤差込みでも試行回数を増やせば、きちんと信頼できる統計上の数値が出せるでしょう」
命彦達の視線を集めても物怖じせず、ミュティは笑顔で述べた。
「それで分かった統計数値上の増幅率こそが、メイア姉さんの作った試作型魔法増幅装置の本来の性能と言えます。メイア姉さんも製作過程において多少の試行実験はした筈。その部分も是非聞きたいですね?」
「……はーい。ミュティ、降参よ。鍛治ばっかしてると思ってたけど、〔魔工士〕としても、ちゃんと成長してるのね? 試行実験の方法まで即座に考えついたか。助手見習いとか思ってたけど、もう立派に助手ね? とりあえず、分かってる情報は全部言うわ。魔法増幅装置の開発、是非とも手伝ってちょうだい」
「勿論です」
ミュティに手伝いを頼むメイア。ミュティがチラッと舞子を見て笑顔を浮かべた。
舞子の背筋にゾクリと戦慄が走る。
(あ、あのメイアさんが……頭を下げるって、ミュティちゃん、恐るべし。これはうかうかしてられません。彼女、年齢以上にできる魔法士です)
舞子は密かにミュティを好敵手と認定した。
舞子の心情はさておいて、メイアとミュティ、ドワーフ翁は、真剣に魔法増幅装置の製作について、意見交換を行い始めた。
命彦もその話を聞いていたが、ふとミュティの背後に気を引かれた。
「うん?」
ミュティの背後には、廃材としての精霊結晶を山盛りに詰んだ箱があり、またその箱に片手を差し込んで、質の良い精霊結晶を選別している子ども達がいる。
さっきまでは話に参加していたため、背景の一部のようにごく自然に見過ごしていた子ども達の姿。
しかし今は、話から気が逸れたせいか、命彦は子ども達の方へ目を引かれた。
どういうわけか、子ども達の姿に違和感があったのである。
小脇に抱えた小さい箱に選別した結晶を入れ、新しい結晶の選別に入る。
以前選んだ結晶を小脇の箱から取り出して、新しい結晶と見比べる。
これと思った結晶を右手に取り、左小脇に抱えていた小箱を地面において覗き込みつつ、左手を小箱に突っ込み、ぐるぐるぐるぐると小箱内の結晶をかき混ぜつつ、同じ色の精霊結晶を探して取り出し、右手の精霊結晶と見比べる。
何が楽しいのか、幼女2人はずっとこれを繰り返し、飽きもせずきゃっきゃとはしゃいでいた。
そして、命彦の目はどういうわけか、その子ども達が小箱をかき混ぜる姿に、引き寄せられたのである。
(うーむ……何だ、この違和感は?)
命彦は自分の内側から、注視せよ、と信号が届いているように感じた。
幼女達のする一連の動作、そこに違和感があった。
かき混ぜるその手の動き、小箱の様子、それを注意深く見守る。
命彦の五感が、命彦の魔力が、遂に僅かにあった違和感の根源に辿り着いた。
(……ん? これは、精霊の気配か?)
訝しむ命彦の様子に気付いたのか、命絃とミサヤが問う。
「どうしたの、命彦?」
「虫でもいましたか? 結界魔法を使いましょうか?」
「いや。今一瞬、精霊の気配を……気のせいか?」
「精霊の気配? ミサヤ気付いた?」
「いえ、メイア達の話に気を取られていましたので、特には。あ、あの子達が精霊結晶を砕いたのでは?」
ミサヤの言葉を聞き、その場の全員が幼女達を見る。
「あ、これもいい色! さっきのと比べてみよ、ぐーるぐーるぐーるぐるのほい!」
獣人の幼女が小箱内に左手を突っ込み、かき混ぜてる時、命彦は五感に魔力を介して感覚を研ぎ澄まし、様子を見た。
「……っ!!」
そして突然、命彦は座っていた椅子を蹴倒して立ち上がる。
驚愕の表情の命彦に、命絃やミサヤも驚いていたが、命彦はそれに構わず幼女達を呼んだ。
「ワウ子! ちょっとこっちへおいで!」
「ん~? どしたのワカサマ~」
「ワウ子だけずるい~! うちもいく~」
とてててっと幼女達が走って来て、命彦に抱き着いた。
「2人とも、小箱の中身を見せてくれるか?」
「いいよ~」
「ええで~」
机の上に2つの小箱を置き、覗き込む命彦。
「命彦、急にどうしたのよ?」
「ただの精霊結晶しか入ってませんよ?」
「分かってる。砕けた結晶があるか見てるんだ」
命彦は、幼女達の選別した小箱に入っている精霊結晶を丹念に見比べ、欠けた結晶があるかどうか、割れて精霊が抜けた結晶片があるかを調べた。
その場にいた皆が不思議そうに命彦を見て、机の上に並べられた精霊結晶を観察する。
「砕けた結晶ですか? ……パッと見た限りありませんよね、メイアさん?」
「ええ。地水火風の4種だけの精霊結晶よ?」
「はい。しかもいわゆる廃材とすべき質の低いモノばかりです。ぶっちゃけ結晶クズですね? 封入している精霊の量も僅かですから」
このミュティの発言に、背伸びして机の上の結晶を見ていた幼女達が噛み付いた。
「むう! クズちゃうもん!」
「ミュティねえひどいいいい!」
「ほんにのう、クズは言い過ぎじゃて。子どもらが一生懸命選んだだけあって、あの山積みの他の結晶と比べれば多少マシと言えるわい。質も一定で保たれとる。よう選んだもんじゃ2人とも」
「「えへへ~」」
ドワーフ翁に褒められて溜飲を下げた幼女達。その幼女達に命彦は言った。
「どれもこれも欠けてねえ。……試してみるか。ワウ子、ルウ子、さっきのかき混ぜるやつ、もう一度やってみてくれるか?」
命彦が机の上に並べていた精霊結晶を全て小箱に戻して、幼女達に差し出すと、幼女達は元気よく答えた。
「ぬふふ~いいよ~」
「ウチもええよ! しっかり見ててやワカサマ! ワウ子、せーの!」
「「ぐーるぐーるぐーるぐる!」」
幼女達が、一定の質で揃えられた地水火風の4種の精霊結晶が複数入っている小箱へ手を入れ、円を描くように回転させて、かき混ぜる。
その瞬間、命彦は確信を持って周囲の者に命じた。
「全員、ワウ子達の小箱に注目。魔力を五感に走らせて真剣に観察するように」
命彦達が魔力で感覚を研ぎ澄まし、小箱を見守っていると幼女達のかき混ぜる小箱から、僅かにだが湯気のように立ち上る精霊の気配が感じられた。
「「「っ!!」」」
命彦以外のその場にいる全員が、目を丸めて驚く。
「小箱内の精霊結晶はどれも欠けてねえのに、精霊の気配が小箱から漏れ出している。これはつまり……」
「高位次元世界にある筈の精霊が、小箱から私達の暮らす低位次元世界へ漏れ出してるってこと?」
「そういうことでしょうが……しかし、信じられません」
命彦の横にいた命絃とミサヤが、まず驚きの言葉を語ると、メイアとミュティも続いて言った。
「でもミサヤ、信じがたいけどこれは事実よ? 実際に私達の目の前で起きてるもの!」
「ええ。低位次元世界に現出した精霊は、すぐに周囲の空間へ溶け込み、姿を隠してしまう。つまり、私達の感知している精霊の気配が、あの質の低い精霊結晶内に封入されていた精霊の場合だと、結晶が欠けて精霊が解放されれば、封入量は微々たるモノですから、すぐに気配は消えてしまう筈です!」
「で、でも、私達は今もこうして精霊の気配を感じていますよ?」
「うむ。それ故にワシらの感知しておる精霊の気配は、精霊結晶から解放された精霊のモノとは言えんわけじゃ。今こうして話しておる間も精霊の気配を感じられる。それは恐らく、精霊が継続的に引き出されているからじゃろうて」
舞子が不思議そうに問い返すと、ドワーフ翁が目を丸くしつつ答えた。
メイアが冷静に小箱内を分析しつつ、命彦に言う。
「……命彦、どうやら4種の精霊結晶が回転運動している小箱内の空間、それも回転運動の軸たる真芯の空間から、精霊が引き出されているようね?」
「ああ。ワウ子、ルウ子、ありがとう。もういいぞ?」
「わかった~」
「ぐるぐるしてたら手が疲れたわ」
「ルウ、ワウはもう少し結晶欲しい」
「わかった、んじゃまた選ぼう!」
命彦が幼女達に礼を言うと、幼女2人は山積みの結晶へ元気に駆け出して行った。
幼女達を見送り、命彦はその場にいる全員を見て言った。
「俺、ふと気付いたんだが、これってもしかすると……」
「ええ。もしかするかもね?」
「はい。すぐに検証してみましょう」
「場合によっては、私の魔法増幅装置が1段進化するかもね?」
「それ以前に、別物の魔法増幅装置ができるかもですよ、メイア姉さん?」
その場にいる全員がニヤニヤしていた。
この幼女達の行動、捨てずに置いておかれた廃材の精霊結晶が見せた現象が、魔法増幅装置の開発に、極めて役立つのではと、舞子でさえ理解していた。