1章ー13:マイコとミュティ、親方の孫娘現る
幹部社員達がメイアの開発室を去った後、命彦は姉達やメイアと舞子を連れて、開発棟1階の作業場へ赴いた。
しかし、目的のドワーフ翁はいつもいる作業場を留守にしていた。
「若様すみません、親方は少し前に開発棟裏の廃材置き場に行っちゃってて、多分まだしばらくは……私が呼んで来ましょうか?」
「いやいや、俺達の方から行くよ。作業の邪魔してごめん」
舞子も顔見知りの若い女性職人に手を振って答え、命彦達5人は開発棟の裏手に回った。
すると、廃材置き場の方から数人の話す声が聞こえる。
「オヤカタ~、これはどう~?」
「おお? デカイ結晶じゃのう。構わん構わん、持ってけ持ってけ。どうせ捨てるもんじゃて」
「やたぁぁぁ~、ワウ子みてみて~! ヒモとおして、くびかざりにできるよ~」
「むうう~ルウばっかりずるい! ワウもほしい!」
「じゃあワウ子、これはどう?」
「わあ~きれい! ミュティねえちゃんありがとう!」
命彦達は5人で目配せし、そっと開発棟の陰に隠れて廃材置き場を覗いて見た。
すると、ずんぐりむっくりした体型のドワーフ翁と3人の子ども達が、精霊結晶の欠片が山盛りに積まれた幾つもの箱に両手を突っ込み、わいわいと騒いでいたのである。
舞子は3人の子ども達のうちの1人、年長の少女に目をとめて問うた。
「あれ? あのいつもよく見る年少の子達の横にいる年上の女の子……宴会の時とかによく親方やメイアさん、命彦さんの傍にいる子ですよね?」
「ああ。舞子にはまだ紹介してねえか? あの子はドム爺の孫娘だ。ミュティ・三条・ザグン、今年12歳にして、〔魔具士〕学科の魔法学科修了認定試験に合格した才女で、メイアの助手もしてる、俺の自慢の妹分だぞ?」
鼻高々に命彦が言う後ろで、命絃とミサヤが揃ってムムムっと渋面を浮かべて黙していた。
その時点で、舞子は年長少女の特殊性を悟る。
(いつもの命絃さんやミサヤさんであれば、命彦さんがここまで褒めてる相手に対して、絶対に何かしらのこき下ろし文句を言う筈。それがケチの1つも付けるどころか、ああも渋い表情で黙っているとは……彼女の年齢が年齢だから我慢してる? いやいや、ミサヤさんはともかく、命絃さんはこの手のことで我慢できません。ということは、あの2人から見ても表立ってケチをつけにくい相手ということ。相当に出来る子ってことか。ほえ~……)
1人で勝手に感心している舞子の思考を知ってか知らずか、メイアが補足した。
「ミュティ本人は、ホントは〔魔工士〕を目指してるらしくてね? 色々教えて欲しいって言うから、私が面倒をみてるのよ。魔法機械の開発も手伝ってもらったりしてるわ。ただ親方曰く、鍛治の腕はまだ未熟らしいから、最近はそっちの修行の方が忙しくて、助手としてのお手伝いは減り気味だけどね?」
「ふむふむ、そうだったんですね。……むむ? 待ってください、ってことはあの子、一応ドワーフですよね? それにしては小柄でも、ムキムキでもありませんが? 12歳の、普通の日本人の女の子に見えますよ?」
舞子の発言に、命彦がやれやれと肩を落とした。
「舞子は本当に物を知らねえわ……てか、三条って苗字で気づけよ? ミュティはドワーフの母親と日本人の父親の間の子だから、普通のドワーフよりそもそも容姿は人間寄りだ。ついでに言うと、ドワーフ女性はドワーフ男性みたいにムキムキじゃねえよ。ドワーフ女性はやや顔の彫りが深いが、基本的には滅茶苦茶美人ばかりだぞ?」
「美人って言うよりも、美少女よね? 人間的に見れば?」
「ええ。種族的に長寿で、若年期間も異様に長いですから、日本人男性にもドワーフ女性は極めて人気です。何せエルフ女性と同じく、いつまでも年若く美しいので。おまけにエルフ女性とは違い、ドワーフ女性は小柄ですが程よくムチムチして、肉感的ですし。理想の嫁とも巷では噂されてると聞きますからねえ」
「性格的にも姉御肌で面倒見が良く、甘やかしてくれるしねえ? 命彦も好みかもね?」
命絃とミサヤが会話しつつ、命彦を冷めた視線で見る。
その視線に気付いてブルリと震えた命彦は、すぐさま話題をそらせた。
「……ま、まあ、俺の好みかどうかは置いとくとして、そういう噂があることは事実だ。何せドワーフ男性は、種族的に創作意欲が高くて、ともすれば種族の生存欲求さえも創作意欲に転化しちまう困った性を持つ。ドワーフ女性としては、寝食さえ忘れて作品作りに没頭する男どもを世話し、言うことを聞かせるため、性格的に肝っ玉母ちゃん化する必要があったし、また出生率の低下を避けるためにも、作品作りより女性の方が魅力的だと思わせる必要があったから、自分達の美貌を磨いた。その結果、ドワーフ女性の総美人化が起こったわけだ、うんうん」
どうでもいいドワーフの種族的背景を語り、女性陣の冷たい視線をどうにか無効化した命彦。
その時だった。ヒソヒソと話をしていた命彦達の視線の先で、子ども達3人のうちの2人が突然声を上げた。
「……っ! くんくんくん、ルウ、ルウ! ちかくからワカサマのにおいがするよ!」
「え、ほんま? どこ、どこ! あああぁぁぁ~っ! ワカサマいたああ!」
開発棟の陰から自分達を見ていた命彦達に気づき、お子様2人がドドドッと駆け寄って飛びついて来る。
「「ワカサマァァ~!」」
「おうふっ! ルウ子にワウ子、見つかっちまったか、よく気づいたもんだ」
「ワウは、においでワカサマがわかるの~……くんくん」
「ああ! ワウ子ばっかりずるい、ウチもくんくんする!」
お子様2人が命彦の首筋に顔を埋める様子を見咎めて、ミサヤと命絃が声を上げた。
「こら! マヒコをくんくんできるのは私だけですよ!」
「違うでしょ、私もできるわよ!」
「待て待て、姉さんまで俺の匂いを嗅ぐ気かよ!」
「「ええ~! ミサヤさまもひめさまもいじわる~!」」
お子様達に抱き着かれてほっこりしている命彦と、そのお子様達を命彦から引き剥がしたいミサヤと命絃がガミガミ言い始めて、一気に騒がしさが増した。
その様子をメイアと舞子が苦笑して見ていると、命彦の方へサッと駆け寄った年長の少女が、命彦に頭を下げた。
「若兄様、すみません。すぐにワウ子とルウ子を引き剥がしますから!」
「ああ、ミュティ。別にいいよ、いつものことだ」
「ダメです! 若兄様がそうやって甘やかすから、この子達がすぐ調子に乗るんです! ソル姉さんも言ってましたよ、若兄様は店の子ども達に甘過ぎるって?」
「ええ! そ、そこまで甘いか、俺?」
「はい。それはもう甘いです。私、経験者ですので」
ミュティ・三条・ザグンは、動揺する命彦を見て苦笑した。
妖精人種魔獣【土霊人】族の血筋故に、白人のように彫りの深い顔立ちと、凛々しい眉。もっさりとした太い黒髪を馬の尾のように後ろでまとめ、年齢が年齢だけに命彦以上に小柄だが、出るところは出ており、ズッシリと身が詰まった質量と活力を感じさせる、少しぽっちゃりした少女。
若さ、青さの内側にオカン的母性を秘めた少女こそ、ミュティであった。
ミュティの言葉に驚いた命彦が、背後にいる命絃やミサヤに確認する。
「姉さん、ミサヤ、俺ってそこまでこの子達に甘いかね?」
「ええ、甘過ぎね?」
「ミュティやソルティアはよく分かっているのです。私から見てもダダ甘ですね」
「う、むう……」
「姉様方もこう言っておられます。このままですと、この子達がワガママ気ままに育ってしまうので、躾が必要です。ということで……あんた達! いつまで若兄様にくっついてフニャフニャしてるの! サッサと若兄様から離れるのよ、迷惑でしょ!」
「ちぇ~もっとワカサマにだっこしてもらいたいのに……あ、さてはミュティねえさん、うらやましいんだ!」
「せやせや。ミュティねえ、ワカサマのまえやからって、きゅうにおねえさんぶっとるもん」
「こ、このガキンチョども!」
お子様2人のこまっしゃくれた言い分に、ミュティが顔を真っ赤にすると、精霊結晶が山積みの箱の傍で子ども達の様子を見守っていたドワーフ翁が、ようやく歩み寄って来て、ポンポンと孫娘の頭に手を置いた。
「フォフォフォ。ミュティや、子どもらに見抜かれとるぞ? お前もちっちゃい頃は若兄様、若兄様と、よう抱きついとったからのう」
「お祖父ちゃんは黙ってて! いつの話をしてるのよ、もう! 2人とも、早く若兄様から離れる!」
「「はーい」」
ミュティの剣幕にビクついた命彦が、お子様2人を抱える手を離すと、幼女達はきゃっきゃと騒ぎつつ精霊結晶の入った箱に突撃して、結晶をひっかき回していた。
騒がしいお子様達の関心が命彦から薄れたことで、巻き込まれぬように黙って様子見ていたメイアが、苦笑しつつ口を開いた。
「やっと落ち着いて話ができそうね? ふふふ、ミュティ、お疲れ様」
「メイア姉さん、おはずかしいところをお見せしました。あ……そちらの方は」
メイアの横にいた舞子にミュティが気づくと、すかさず舞子が自己紹介した。
「宴会の時に幾度か顔は合わせてますね? 歌咲舞子と言います。よろしくです」
舞子的には、年上のお姉さんという雰囲気を上手く作りたかったようだが、ミュティの次の言葉で、ガクンと肩透かしを食らった。
「ああ! 貴女が若兄様に押しかけ弟子入りをしたとかいう歌咲さんでしたか!」
「ファッ! お、押しかけ弟子入りって……いったい誰から聞いたんですか!」
「え、いや、あの……」
ミュティの視線の先には、ニヤニヤしている命絃とミサヤがいた。
「「私達だけど、文句ある?」」
「まあ事実でもあるし、反論の余地はねえだろ?」
「くううううう……ありません」
舞子ががっくりと肩を落としている姿を見てくすくす笑った命彦は、魔法具に収納していたのか、少し離れた場所に椅子と机を取り出して配置し、即席の談話場を作ると、ドワーフ翁に今までの経緯の説明を行っていた。
普通に放置されてしょぼくれた舞子に、ミュティが声をかける。
「うふふ、若兄様達から聞いた通り、面白い人ですね? 改めて舞子姉さん、初めまして。私はミュティ・三条・ザグンと言います。お祖父ちゃん、もといここにいる親方の孫娘に当たります。ミュティと呼んでください。これからよろしくお願いしますね?」
「こ、こちらこそ、よろしくです、ミュティちゃん」
自分を構ってくれるミュティに少し癒され、笑顔で手を差し出したミュティと握手すると、凄まじい握力が舞子の手に激痛を走らせた。
「いた!」
「あ、すみません! 私ちょっと力加減間違えてしまって……」
「い、いいですよ、気にし……」
ミュティが慌てた様子で舞子の手を取ると、舞子の脳裏に思念が走った。
(若兄様の覚えがいいからって調子に乗ってると捻り潰しますよ、このアバズレ)
「うえっ!」
「すみません、以後気をつけますね?」
驚いた舞子がミュティを見ると、ミュティが笑顔でペコリと頭を下げた。
そして、顔を上げたミュティからまたもや一瞬だけ魔力が走り、舞子の脳裏に思念が叩きつけられる。
(命絃姉さんやミサヤ姉さんには少し気後れしますが、貴女相手には遠慮しませんので、そのつもりで)
対象との接触による魔力を極限まで低減した、意思探査魔法《思念の声》による一瞬の思考伝達。
感知系の探査魔法抜きでは、まず気付くことが不可能である手法を用いての宣戦布告だった。
笑顔のミュティがポカンとした舞子から離れると、命絃とミサヤが手招きして、ミュティと舞子を椅子に座らせた。
そして、命絃が憐れむように舞子の肩に手を置くと、一瞬思念が走る。
(言い忘れてたけど、命彦に一番弟子がいるとすれば、それはミュティだからね? ちっちゃい頃からあれこれ教えてたし。ついでにあの子、武闘派で職人気質の上に純粋だから序列には物凄くうるさいわよ~……私やミサヤは特別扱いだけどね、くくく)
極めて感知しにくい命絃の思念が途切れ、舞子は青い顔でドワーフ翁と真剣に話す命彦を見た。
(命彦さんに弟子入りするのって……ちょっと、というか相当に障害が多くありませんか?)
舞子の想いは当然の如く命彦には届かず、命彦はドワーフ翁と有人搭乗式の魔法機械や魔法増幅装置の話で盛り上がっていた。