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序章ー1:〈ホシモリ〉発進

 さらさらと、少年のクセのある髪を、風が揺らして行く。

 目を閉じて座禅するように足を組み、(はや)る心を落ち着かせているのか、じっと動かぬ少年。

 あちこちの窓が割れ、扉も朽ち落ち、壁面を地球外のものと思しき植物に覆われた、骨組みだけは頑丈そうに見える廃墟の分譲住宅(マンション)の屋上で、小柄であるその少年は、静かに時を待っていた。

 日本の関西地方にある、人類の居住を拒む異界の領域、関西迷宮【魔竜の樹海】。

 エレメンティアと呼ばれる異世界において、神を自称する高位次元精神生命体が送り込んだ結晶構造物、【魔晶】によって次元転移が日夜発生し、空間の入れ換え作用のために、地球上の空間が異世界の空間によって侵食されつつある、死が日常の世界。

 曰く、人類が追い出された地球上の異界にして、帰れずの迷い場。

 地球人類が畏怖を込めて迷宮と呼称する、その【魔竜の樹海】の一角、第1迷宮域に、少年はいた。

 空間の侵食度合に応じて3つに分けられる迷宮域において、異世界空間の侵食が最も浅い、第1迷宮域。

 その第1迷宮域に残る、廃墟の分譲住宅の屋上で、少年は座している。

 未来風の武士とも言うべきいでたちで、鞘に入った一振りの日本刀を己の肩に立てかけ、瞑目する少年。

 そうして座禅を組む少年の股の上で丸まっていた、真っ白い子犬が、ふと顔を上げた。

 すると、瞑目する少年の脳裏に、女性のものと思しき声が響く。

『マヒコ、標的が現れたようです』

 思念を発して意思疎通する子犬の呼びかけで、少年は閉じていた目をゆっくりと見開いた。

 少年の視線の先、数百mに広がる廃墟の街の一部で、突然ゴガンと爆発が起こり、黒煙が立ち上る。

 少年が口を開いた。

「こっちでも確認した。依頼所から報告があった、巨人種魔獣【宿禰(スクネ)】の幼体だ。勇子(ゆうこ)達め、上手く見付け出して、よくもまあここまで誘い出してくれたもんだよ。ふふふ、昼飯くらいは奢ってやろうか」

 感心するように少年が話していると、黒煙を突き破って全長12mほどの白い巨人が姿を現した。

 筋骨隆々たる青白い肌に、爛々(らんらん)とした赤眼と剥き出しの牙、そして長い白髪。

 獣の皮を衣服のように着用し、木を削った手甲を装備する白い巨人。

 その巨人は何かを探しているのか、しきりに足元や周囲の廃墟の内部を覗き込んでいた。

 巨人の様子を遠くから観察しつつ、少年が子犬を抱えて立ち上がる。

「関西迷宮で確認されてる巨人種魔獣は、スクネと【蹴速(ケハヤ)】だけだが、どちらも第3迷宮域をねぐらにしている。領域が近い第2迷宮域だったらともかく、この第1迷宮域で巨人種魔獣を見ることはまずあり得ねえ。ただし、【逢魔(おうま)が時】が発生して、迷宮内で次元転移が異常に頻発(ひんぱつ)し、迷宮へ異世界から魔獣達の多量流入が起こった後は、話が別だ」

『ええ。過日関西迷宮で発生した【逢魔が時】はすでに終結しましたが、迷宮内では依然として新たに流入した魔獣達と、すでに迷宮内で生活圏を築いた魔獣達との間で、生存闘争が続いている。たとえ同種同族の魔獣といっても、同じねぐらに迎え入れるとは限りませんからね? 高位魔獣でもあのようにハグレ者は出てしまう』

「ああ。その結果、想定外の場所で高位魔獣と遭遇し、人類側の戦力たる学科魔法士達の死傷者が増えるわけだ。やれやれ……【逢魔が時】が終わっても、魔法士に安息の時は訪れねえってか? まあ、俺達の都合を考えれば、今回だけは助かったがね?」

 抱き上げられた子犬が、少し頬を緩めた少年の顔を見上げ、思念を発した。

『そうですね。アレはまさに〈ホシモリ〉の実戦稼働試験には打って付けの相手。スクネは、巨人種でも特に戦闘力が高い種族であり、魔獣という種族全体で見ると、最上位の戦闘力を持つ相手です。しかし、それはスクネの成体に限る話であって、幼体のスクネであれば、知能や判断力もまだ低いため、巨人種という高位魔獣の(くく)りで見ても、戦闘力はごく普通と位置付けられる』

「ああ。〈ホシモリ〉の初陣(ういじん)を飾るには最適の相手だろう。成体のスクネには負ける可能性の方が高いが、幼体のスクネであれば、勝てる可能性の方が高い。おまけに、幾ら幼体と言ってもスクネは魔竜種魔獣と同じく、高位魔獣の筆頭格たる巨人種魔獣だ。幼体であってもおいそれとは討てんと、世間的には認識されてる魔獣種族。勝てれば相応に(はく)も付く。良いことづくめだよ。……問題は、想定通りに勝てるかどうかって部分だが」

『ですね? 巨人種だけあって、幼体でも魔法能力と身体能力は油断できません』

「うむ。しかし能力はともかく、オツムの方は付け入る隙がある筈だ。ヤツには気の毒だが、ここで〈ホシモリ〉の噛ませ犬として、その命を終えてもらう」

 そう話す少年の視界の先で、苛立った様子の白い巨人が腕を振り上げ、腕の先に火球を幾つも作り出すと、火山の噴火のように、全周囲へ火の魔法散弾をぶちまけた。

 異世界エレメンティアに原生する生物、魔獣は、地球の物理法則を(くつがえ)す特殊現象、魔法を使う。

 それゆえに人類は、次元転移によって異世界の空間ごと地球上へ出現した魔獣達に苦戦し、迷宮領域から追い出されて、【魔晶】の出現から30年以上経過した今に至るまで、魔獣との生存闘争で多くの命を散らせていたのである。

 魔法を身に付けた人類、学科魔法士の登場によって、魔獣との生存闘争はどうにか膠着(こうちゃく)状態に持ち込めているが、魔獣との闘争は当然の如く今も続いており、被害も常に一定数あった。

 ただ、魔獣にも人類と共に生きることができる融和型魔獣と、人類に敵対する敵性型魔獣がいる。

 融和型魔獣と手を組み、魔法や魔獣の研究を進めることで、人類は混沌とした今の世界でも、しぶとく生き残っていたのである。

 少年が抱える子犬も、人と共に生きることを選んだ融和型魔獣であった。

 子犬姿に化けた融和型魔獣を連れた少年が、魔法をばらまく巨人を見て、やや心配そうに語る。

「ところでミサヤ? あれだけ広範囲に連続攻撃されたんじゃ、勇子や空太(そらた)はともかく、援護させてる舞子(まいこ)達がもたねえんじゃねえか?」

『まだ平気でしょう? マイコ達は隠れてちまちまユウコ達を援護するだけですし、多種多様の魔法を封入した援護用の魔法結晶を、ありったけ持たせています。1人100近い魔法結晶を持っている筈。使い捨てとはいえ、それだけの魔法具を持っていれば、多少は耐えられるでしょう。巨人種魔獣との戦闘においては、矢面に立っているユウコ達の方が、よっぽど危険ですよ』

「ふーむ、言われてみれば確かに」

 少年がそう言って苦笑した時だった。背後から女性の声が聞こえる。

命彦(まひこ)、メイア達がそろそろ微調整も終わるから、〈ホシモリ〉を動かせるって言ってるわ」

 少年とよく似た服装の美女が、背後から少年を抱き締める。

 自分を抱き締める美女に淡い笑みを返し、少年は首を縦に振った。

「姉さん、了解した。行こう」

 美女の手をやんわり解いた少年が背後を振り返ると、分譲住宅の屋上で、整備台の上に三角座りする機械の巨人が見えた。

「さあ、いよいよ実戦だぞ〈ホシモリ〉」

 少年は頼もしそうに機械の巨人を見上げ、歩き出した。


 子犬姿の魔獣を抱えた少年が機械の巨人へ歩み寄ると、その足元で会話していた、色素の薄い灰色の髪を持つ美少女とボサボサ髪の女性が顔を上げた。

「あ、命彦! 命絃(まいと)さんから聞いてるでしょうけど、もう乗れるわよ? 御霊機関(ミタマユニット)の整備も万全。汎用人型魔法機械〈ホシモリ〉、いよいよ発進ね」

「ええ。電装系の最終調整はすでに完了しています。起動も終わっており、今は操縦補助人工知能たるミツバに、各種の武装と人工筋肉、循環冷却液代わりである微小機械粒子(マイクロマシン)等の、動作確認をお願いしているところです。いわゆる臨戦(アイドリング)状態ですね」

「メイア、美雷(みらい)さん、ありがとう」

 白皙(はくせき)の美少女と、ボサボサ髪で白衣を着る女性に感謝を告げて、子犬姿の魔獣を肩に乗せた少年は、姉と呼ぶ美女と一緒に整備台へ上がり、三角座りする巨人の首元へと登った。

 巨人の首元、人間で言う喉元には搭乗口(ハッチ)があり、少年がするりとそこへ入る。

 搭乗口の先には人間2人くらいがどうにか入れる操縦空間があり、その空間の座席へ少年は腰かけた。

 操縦席に少年が着座すると、暗かった操縦空間内の壁面が突然全周囲の映像を映し出し、手の上に乗るほど小さい女性の姿が、立体映像で操縦席近くの計器画面上へ投影される。

『ようこそ命彦さん、ミサヤさん。〈ホシモリ〉の状態は良好です』

 計器画面上に浮き上がって、挨拶する立体映像の女性に、少年は座席帯(シートベルト)を身に付けつつ問うた。

「ミツバ、駆動確認は?」

『すでに完了しています。人工筋肉稼働率93%、微小機械粒子制御率98%。安定状態で推移しています』

 操縦空間にもう1人、少年が姉と呼ぶ女性が入って来て、少年の膝上に座って問う。

「神経接続装置はどう、ミツバ?」

『ようこそ命絃さん。整備は万全です。神経接続装置、起動しますね?』

 少年が操縦席の端末を操作して搭乗口を閉めると、操縦席の背後から、配線で繋がった安全帽子(ヘルメット)状の装置がせり出した。

 美女がそれを手に取って、少年の頭に優しく被せる。

「うひい、冷た!」

「ごめんね、命彦。少し我慢して?」

 少年の首筋にまで装置が密着し、少年が身を震わせる。

 少年の肩から美女の膝の上に移動していた子犬姿の魔獣が、その様子を見て少し嫌そうに思念を発した。

『それが機能してマヒコと接続すると、脳内の神経組織に流れていた体内電気信号がそれを通して増幅され、ほぼ全ての電気信号が機体の骨格に電導されて、マヒコの肉体は最低限の生命維持活動だけを行ってほとんど動かず、機体がマヒコの身体として動き、一体化するのでしたね? ……操縦に関する追従性を上げるためとはいえ、よくやるものです。私には怖くてとてもできませんよ』

「私もそう思う。神経接続方式の操縦って、(はた)から見てると命彦が意識を失ってるように見えるもの」

 美女も心配そうに少年の頬へ触れる。少年が苦笑しつつ口を開いた。

「姉さん、ミサヤも、不安に思うのは分かるし、心配してくれるのは嬉しいけどさ? 手動式操縦じゃ魔獣の動きについてけねえってことは、もう分かってるだろ? 人間が魔法機械に搭乗して、自分の身体みたいに魔法機械を操縦するために、神経接続式操縦機構は作られたって、美雷さんも言ってた。人工知能のミツバも、対魔獣用の有人魔法機械の操縦方式としては、神経接続式操縦機構の方が最適だって言ってる」

 少年が眼前に浮かぶ立体映像上の女性に視線を送ると、女性が縦に小さく首を振った。

『はい。手動式と比べ、神経接続式操縦機構は、機体の即応性や制御性に3割も優れています。自分の手足として機体を使える分、反応が速く、動作にキレがある。操作に完熟するのは、決まった手順さえ踏めば機体を動かせる手動式の方が速いでしょうが、神経接続式が完熟した場合の機体戦闘力と比較すると、明らかに手動式の方が劣ります。肉体から意識が離れるのも現状での話であり、この操作方式に脳が完全に順応すれば改善されます』

「それは分かってるんだけど……ねえ、ミサヤ?」

『はい。現状においては、どうしても不安を抱きます』

 まだ自分を心配する美女や子犬を見て肩を竦め、少年は照れるように言った。

「やれやれ。姉さん達の心配症にも困ったもんだ。都市統括人工知能のミツバが、わざわざ自分の分身を補助人工知能として〈ホシモリ〉に導入(インストール)してくれたってのに、まだ不安かよ。……ふう、まあいいや。心配して傍にいてくれるのは嬉しいし、不測の事態も起こるかもしれん。しっかり俺を見ててくれよ、2人とも?」

「分かったわ」

『勿論です』

 そう言うと、美女は少年の胸元を探り、宝石のように輝く琥珀(こはく)色の首飾りを取り出した。

「マズいと思ったら、すぐミサヤと私で手を出すからね? この〈秘密の工房〉の内側から、ずっと見てるんだから。ミサヤは命彦の膝上で待機ね? すぐに魔法が使えるように臨戦態勢よ?」

「はいよ、了解した」

『言われるまでもありません』

 少年と子犬姿の魔獣がそう答えると、美女はある種の儀式のように少年の頬へ軽く口づけして、首飾りへ吸い込まれるように消えた。

 〈秘密の工房〉と呼ばれた首飾りは、魔法を封入した道具、魔法具であり、琥珀内の亜空間に人や物を格納できる効力を持つ。

 美女はそこへ身を潜めたらしい。

 首飾りを胸元に戻した少年へ、立体映像の女性が楽しそうに笑って言う。

『ふふふ、愛されていますね、命彦さん?』

「ああ。それは自信を持って言えるよ。ところでミツバ……勇子達の方はどうだ? さっきから連続的に爆発やら黒煙やらが立ち上ってんだが?」

 前方の映像が映し出す外の様子を見やり、少年が躊躇(ためら)いがちに問うと、立体映像で浮かぶ女性がやっと気付いてくれたという表情で、くすくす笑って語った。

『実はつい2分ほど前から、ポマコン経由で救援要請が幾度も来ています。あ、今も来ました。……とはいえ、救援要請には、空太さんと勇子さんの言い争いを舞子さんが止めてるらしい発言も多数混じっていますので、まだ少しは余裕がありそうです』

「まったく、あいつらは。……こっちも神経接続を開始する」

 そう宣言して操縦席の端末を操作すると、少年の意識が一瞬沈み、視界が突然広がった。

 少年の視界に映るのは、さっきまでいた操縦空間にあらず、廃墟である。

 立ち上る黒煙と連続する爆発が、前方でまだ続いていた。

 見下ろした足元には、爆発の発生地を見守る、白皙の美少女とボサボサ髪の女性がいる。

『2人とも、整備台から降りてくれ。〈ホシモリ〉を出す』

 少年の声がやや反響しつつ機械の巨人から吐き出され、美少女と女性が一瞬驚くが、すぐに整備台から2人は降りた。

 少年がゆっくりと身体を起こして立ち上がると、よく見た迷宮の景色がいつもと違って見える。

『これが、全長9mを超える視界から実際に見た、迷宮の姿か。……訓練の時でも仮想映像では幾度も見てたんだが、実際に見た時の印象は案外違うもんだ』

 少年が少し見え方の違いに驚いていると、脳裏に思念が届く。

『マヒコ、いかがですか? 異常はありませんか?』

『ああ、問題ねえよミサヤ。訓練の時とは少し見える景色が違うんで、驚いてただけだ。さて、姉さんの方はどうよ?』

『ええ。こっちも命彦の見てる景色が見えてるわ。探査魔法による意思伝達は良好のようね?』

『了解だ。あとは……ミツバ、各関節の加重圧は?』

 脳裏に響く魔法の思念と、自らの思念でやり取りしていた少年が、今度は己の内側へ語りかけるように問うと、肉体の方の聴覚が声を捉えた。

『都市内訓練の時と同じで想定域です。行けます』

『よし! 〈ホシモリ〉、出るぞ!』

 満足そうに返事をした少年、もとい機械の巨人が、高感度感知器(センサー)を搭載した目をカッと点灯させ、突然渦を巻いた風をその身に帯びて、分譲住宅の屋上を飛び立った。

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