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メイドロボットとよく倒れる子

作者: 赤木入鹿

 とあるマンションの一室。


 そこにはご両親と離れて暮らすサキという綺麗な少女が一人だけで暮らしていました。


 十六歳になって、全国でも有数のお嬢様学校へ通うためです。


 ええ。サキという少女はとても優秀なお嬢様なのです。


 なのでサキのご両親もサキのためにマンションの一部屋借りたのです。


 それだけご両親もサキに期待しているのです。


 ただ、そうはいってもサキも不安がっていたようで、ご両親はサキのために、あるプレゼントを用意しました。


 それこそが、


「お嬢様。おはようございます」


 堅苦しく、しかしうやうやしくお辞儀をするメイドさん。


 まだ名前はない。


 ですが万能。


 そう。彼女こそが誰もが羨む万能なるメイドロボットなのです。


 これさえあれば、主夫も主婦もお役御免。


 ボディビルダー以上のパワーで力仕事もなんのその。


 泥棒が現れてもすぐさまバスターキャノンで退治――は、銃刀法とかに引っかかっちゃうのでできませんが、異常事態があればすぐに一一〇番に一一九番。


 ちょっと旧式なので、お値段もお安くなっております。


 しかし、これでサキも安心安全に暮らせます。


 さらにこのメイドさんはロボットとは言え、サキに負けず劣らず美人さん。


 この二人――もとい一人と一体が過ごす日常という光景は、それだけで絵になるものです。


 きっとサキも豊かな高校生活を送れること間違いなし。


 と、ご両親も思ったことでしょう。


 ところが――




 現在、春の朝。


 湿り気を持った南風が窓を揺らすものの、それも日光が降り注ぐ外で浴びれば、とても清々しい気持ちになるでしょう。


 そんな陽気の中、このリビングも朝日に照らされ、そこに佇むメイドロボットは、


「お嬢様。お嬢様にはお召し上がりたい朝食がございますか?」


 その言葉こそ無機質で、どこかイントネーションがおかしいながらも、メイドらしくサキのために働いていました。


 もしこのお世話を受けるのが男性なら、その美貌と言葉だけで心揺れるかもしれません。


 しかしはたして、サキお嬢様は、


「いらないわ」


 そっけなく、また刺々しい返事をしました。


 それに対してメイドロボットは、


「はい。私は承知いたしました」


 こちらはこちらでそっけなく、無機質な返事ですが、会話はこれでも続きます。


「では、お嬢様にはお召し上がりたい夕食がございますか?」


「夕食もいらない」


「はい。私は承知いたしました」


「次の日曜日にご両親がグランド・ホテルでディナーをともにしたいと連絡がありましたが、いかがなさいますか?」


「行くわよ。念の為言うけど、あんたは留守番よ」


「はい。私は承知いたしました」


「それじゃ、私、学校行くから」


「お嬢様、お嬢様のお弁当をお忘れです」


「いらないって言ったでしょ。何度言わせるのよ」


「いいえ。私は訂正します。お嬢様がいらないとおっしゃられたのは昨日、一昨日、先週の金曜日、木曜日――」


「いらないって言ったら毎日いらないのよ。この欠陥品が」


 サキは大きな舌打ちをして、そのまま出ていってしまいました。


 メイドロボットは、サキに差し出しかけたお弁当を黙って冷蔵庫へしまいます。


 サキが改めてそれを食べるとは思いませんが、メイドロボットにそういった憂慮はありません。


 なにせそこには、すでに五つのお弁当が並んでいたのですから。


 そう。こんな光景は、今日だけではなく、毎日あるのです。


 これが日常なのです。


 こんな日常には、さすがのメイドロボットも困ったり――はしておらず、それも問題ですが、人形ロボットへの暴力がニュースになっている昨今では、サキの冷たい態度を放置しておくのも実のところ問題でした。


 まあ、本当に問題と言える事態は、他にもあるのですが……




 サキが学校に行った後、メイドロボットは何か思う様子も見せず、残りの家事を始めました。


 まずはゴミ出し。


 今日は資源ゴミ、古紙の日です。


 ただし、ただゴミを出すだけではありません。


 ちょっと時間がかかるのです。


 というのも、サキは綺麗な外見のわりに、というと失礼ですが、ゴミの扱いが適当なのです。


 特に紙ゴミは、自治体の指定では束にして紐で結ばなければならないのに、サキは紙を丸くクシャクシャに潰してしまうのです。


 なのでメイドロボットは、ゴミ出しをする前に、紙を丁寧に広げなくてはならないのです。


 しかしサキは「私のゴミを勝手に見るな」と言う始末です。


 そこでメイドロボットは、自治体の指定通りに、なおかつサキの命令に沿うよう、カメラの電源を落とし、手の感触だけで紙を広げることを、毎週水曜の朝の仕事としていました。


 さすがにメイドロボットと言えど、この地味な作業は時間を食うので、掃除洗濯は後回しなのです。


 早くしないと、ゴミ収集車が来てしまいますしね。


 ただ、それでもさすがのメイドロボットと言うべきか、遠くからゴミ収集車が流すメロディが聞こえてきたところで古紙をまとめる作業は終了。


 時間ピッタリです。


 メイドロボットは古紙の束を両手に外へ出ます。


 もちろん、このゴミ出しの間に泥棒が入ってしまう恐れがあるので、鍵はちゃんと締めます。


 近所の人たちにも挨拶を欠かしません。


 ゴミの束も集積場所に綺麗に置いて、収集の人への気遣いも忘れません。


 そして次は洗濯――のはずでしたが、メイドロボットは妙なものを見つけました。


 マンションの隅の生け垣の中。


 人間では見えないところに、メイドロボットのサーモグラフィーが大きな熱源反応を確認しました。


 メイドロボットは不審物の恐れがないか念のために確認します。


 すると、なんということか。


 生け垣に隠れていたのはサキだったのです。


「お嬢様。お嬢様はいかがされましたか?」


 メイドロボットは問いかけますが、返答はありませんでした。


 しかしそれは人間が見れば、ひと目で分かることでした。


 サキは生け垣の真ん中にダイブするように倒れていたのです。


 生け垣の枝はバキバキに折れて、しかもサキは出血しているようでした。


 メイドロボットは出血、また意識がないことを確認すると、ただちに耳の裏に組み込まれた無線LAN子機を起動します。



   /


 問題というのがこれです。


 サキはこれまでも何度か倒れることがありました。


 時に眠っているように、時に怪我をして。


 場所は自室、お風呂場、今日のようにマンションの隅、様々です。


 幸いにして命を落とす事態にはなっていないものの、メイドロボットはサキのご両親からサキのことを厳重に監視するように命ぜられていました。


 もっとも、そうして何度も倒れるようではメイドロボットも独自に学習し、素早い処置ができるようになっていたのですが。


 おかげで今回も大事には至らず、倒れて数時間後にはサキも目を覚ましました。


「お嬢様。お嬢様のご加減はよろしいですか?」


「……さいあく」


 目を開けるなり、サキは言いました。


 ここはサキの自室。


 先程までサキのかかりつけ医がいましたが、もう帰ったところです。


 サキの体には包帯やらガーゼやらで覆われていました。


 しかしサキはそんなことを意に介さず言います。


「誰が、私を助けたの?」


「申し訳ございません。お嬢様がおっしゃる意味がわかりません。私は正確な意味での質問を求めます」


「私が倒れていたときに、私をここまで運んだり、手当てをしたり、医者を呼んだりしたのは誰?」


 サキは、目が覚めたばかりだというのに、怒り心頭といった様子でした。


 しかしメイドロボットは相変わらず無機質に言います。


「それは私でございます」


「さいあく」


 サキは吐くように言いました。


「お嬢様はご加減が悪いのですか?」


「そうよ。お陰様でね」


 サキはメイドロボットを見ずに言います。


「私のせいでお嬢様のご加減が悪いのですか?」


「そう言ってるのよ。だから――」


「申し訳ございません。ですが私には心当たりとなる言動が――」


「だから黙って出ていって。主人の命令に従いなさい。プログラム通りにね」


 サキは弱った声しか出せていませんが、その言葉には強い敵意に似た意思がありました。


 これにはメイドロボットも、決して怯んだりはしないものの、素直に言うことを聞きます。


 ただ――


「はい。私は承知いたしました。お嬢様が私に御用があれば、お呼びください。これから私は、田所医師によるお嬢様のカルテをもとに、お粥を調理します。よろしいですか?」


「……いい加減にしてよ」


 メイドロボットの長台詞に、サキは小さな答えにならない答えをしました。


 それに対してメイドロボットは……


「はい。私は承知いたしました。では、お嬢様はお嬢様のお体をご自愛ください」


 それだけ言い残して退室しました。


「……どいつもこいつも」


 サキは一人呟きます。



   /



 それからも、何度かサキは突然倒れました。


 そしてそのたびにメイドロボットが助けて、サキはメイドロボットへ悪態をつきました。


 人間同士であれば、とっくに関係が破綻したでしょう。


 しかし、メイドロボットはロボット。


 毎日毎日、何も考えていないように、サキの悪態を受け入れ続けます。


 こんな光景も、サキとメイドロボットの日常と化していました。


 ただ、そうして数ヶ月が過ぎたある日の朝。


 メイドロボットが非日常的なことをしていました。


 いえ、普通の家庭ならば日常的光景かもしれませんが。


「あんた――なにしてるの?」


「お嬢様のお弁当を作らせていただいていおります」


 サキがいつもどおり刺々しい口調で、しかしどこか困惑したように言い、メイドロボットはいつもどおり無機質に答えました。


 確かにメイドロボットはお弁当を作っている真っ最中でした。


 ハンバーグ、プチトマト、ポテトサラダなど、定番メニューながらも鮮やかな彩りの盛り付けが今なされていました。


 もしこれを見たのが小学生男子なら飛び跳ねて喜んだでしょう、が――


「あんたが食べるなんて思ってないわよ。だけど学食使う私も食べない。だって言うのに、なんで作ってるのかって聞いているのよ」


「日常生活の中でも、若干の気分転換がお嬢様に良い影響を与えると私は判断して作りました」


「必要ない。気分転換なら、あんたから離れるだけで成立するし」


 サキはため息混じりにカバンを手にします。


「あんたはプログラム通りに行動すればいいのよ。あんたの仕事は確かにこの家の家事だけど、おせっかいは違うでしょ」


 サキの悪態にしては筋が通っていました。


 これには、理論第一主義であるメイドロボットも反論せず、「はい。私は承知いたしました」と定形の台詞を言うほかありませんでした。


 しかし、


「しかしこのお弁当を処分すると、若干ながら家計に影響するので、本日はこのお弁当を食してくださ――」


 メイドロボットは、サキにお弁当を差し出しました。


 ですが、サキはそれを拒み、お弁当を弾き飛ばしました。


 いくらメイドロボットが万能でも、これは突然のこと過ぎて対処できませんでした。


 お弁当は宙で回転し、そのまま床に墜落し、中身をぶちまけました。


 プチトマトがころころとリビングの隅へ転がっていき、やがて止まります。


 ただ、サキとメイドロボットの視線はお弁当を捉えず、ひたすらに互いを見るだけでした。


 サキは冷徹に。


 メイドロボットは無機質に。


「なによ。なんか言いたいことでもあるわけ? そんなことが言える頭があんたにはあるわけ? どうせないんでしょ。何も感じないんでしょう。だったら、さっさとプログラム通り、掃除しなさいよ」


 普段、サキの悪態というのは冷たくも、どこか淡々としてものでした。


 ですが今のサキは、明らかに気持ちが高ぶっていました。


 しかし、一方でメイドロボットは相変わらずです。


「はい。私は承知いたしました」


 また、定形の台詞を言います。


 ただ、ここでいつもならすぐに片付けに動くメイドロボットでしたが、こちらはこちらで、いつもとは違いました。


 メイドロボットは口を開きます。


「しかしお嬢様の発言の一点を訂正させていただきます」


「は? 訂正?」


 虚を突かれるような言葉にサキも戸惑いを見せます。


 ただメイドロボットは淡々と言います。


「お嬢様は、私が何も感じないとおっしゃられましたが、それは違います。私の開発スタッフ達は、私と人間との円滑なコミュニケーションを望みました。そのために私の開発スタッフ達は、私に快・不快の単純ながらも感情パラメーターを設定しました」


 端的に言えば、それはこの一見して無感情のただのロボットに過ぎないメイドにも、感情があるということでした。


 これは、本来ならばオペレーション・アプリにも書いてあることなのですが、サキがそんなことを読んでいるはずもありません。


 サキはしばらく黙り込みましたが、やがて踵を返しました。


「学校、行ってくる」


 サキはそれだけ言い残しましたが、しかしまたマンションの生け垣の中で倒れていました。



   /



 それからもメイドロボットは、サキの言うおせっかいを続けました。


 メイドロボットは何を考えているのか、サキが嫌がってもおせっかいを続けます。


 それがサキとメイドロボットの新たな日常と化したのです。


 ただ、新たな日常では、今までの日常であったものが減りました。


 サキの口数です。


 メイドロボットが何かを問うても答えず、やっと口を開いたと思ったら「うん」「いい」「だめ」など短い単語くらいです。


 一方で、サキが倒れることは増加しました


 以前は一ヶ月に一回くらいのペースだったのが、今は一週間に一回です。


 すると当然ベッド上の生活も増えて、病は気から、ということなのか、とうとうサキは風邪をひいてしまいました。


 もちろん、メイドロボットはこの事態にもサキのかかりつけ医を呼び、命の問題につながらないことを確認し、適切に献身的な看病をしました。


 おかげでサキの病状も、一週間程度でよくなり、明日にはまた学校へ行けるというほどになりました。


 ただ、そんな日の夜のことです。


 メイドロボットが食器を洗い終えて、サキの様子を見ようと思ったところ、なんとサキがベランダに出ていたのです。


 いえ、ただベランダにいるなら問題ありませんが、サキはベランダの柵に腰掛けていたのです。


 ちなみに、ここはマンションの四階です。


 下には木々や生け垣がありますが、当たりどころが悪ければ当然のように死にます。


「お嬢様。お嬢様は何をしているのですか?」


「別に」


 メイドロボットの問いに、サキはそっけないながらも、思いのほか落ち着いた返答をしました。


 ただ、サキには柵から降りてくれる気配がありませんでした。


 そこでメイドロボットはサキを抱きしめるように、お腹に手を回しました。


 するとサキは、また落ち着いた口ぶりで言いました。


「離して。私は一人になりたいの。プログラムで動くんなら、私の命令も聞きなさいよ」


「いいえ。私は拒否します。なぜなら私がお嬢様を抱きしめることにより、お嬢様が落下する危険性は〇・〇〇〇三パーセント以下に低下しますので」


「私は命令しているの。命令が聞けないの? ロボットなら言うこと聞きなさいよ」


「いいえ。私は拒否します」


 無機質なメイドロボットの返答に、サキは嘆息します。


「はぁ。あんたって実は壊れてるんじゃないの? 毎日毎日、私の命令まともに聞いてないじゃない。それともロボットのくせに、人間に嫌がらせしているわけ?」


「いいえ。私は否定します。私は人間に嫌がらせする機能は有しておりません」


「でも私と一緒にいたら不快なんでしょ。あんたが自分で言ったんでしょう。自分は快・不快は分かるって。忘れたの? メモリーだけはポンコツなの?」


 さっきまでの落ち着きはどこへやら。


 少しずつ、サキは早口になってきました。


 対してメイドロボットは、変わらず、むしろゆっくりな口調に聞こえるようでした。


「いいえ。私のメモリーは、私に快・不快の感情パラメーターがあると発言したことを記録しています。しかし、私はお嬢様自身に不快を覚えたことはございません」


「ってことは、私自身じゃなないところに不快を覚えたのね。断じて私に快の感情を覚えたわけじゃないんでしょう?」


「はい。私は肯定します」


「――やっぱり、ね」


 途端、サキの言葉は少しつまりました。


 ですが、


「それはどこ? 私の言葉? 動き? 外見? それとも全部? 私のどこに不快を覚えたか全部言ってみなさいよ。ちゃんと聞いてあげるから。ほら」


 また早口に戻ります。


 まくしたてるように。


 しかしながら、またすぐに、


「私は、お嬢様が不快を覚えたことに、不快を覚えました」


「……え?」


 メイドロボットの言葉を聞いて、サキは言葉を失いました。


「私はお嬢様のためにあります。ゆえに、私はお嬢様が不快を覚えたと判断すると、不快を覚えるようにプログラムされているのです」


「……えっと、結局はプログラムよね。あんたたちロボットは、全部ご主人様のために、無条件でご主人様を好きになるのよね」


 メイドロボットの台詞に対し、サキはなぜか言葉を選ぶように言いました。


 しかしメイドロボットは、はっきりと言います。


「いいえ。私はそれを否定します。私達の開発者は、私達を人間の友人とするコンセプトで私達を設計し、また友人とは相互関係があって成り立つものと定義しました」


「相互、関係?」


 サキはメイドロボットの言葉を反芻します。


「はい。ゆえに、私達はご主人様たちを友人としても見ることができるか、独自に判断できるように快・不快の感情を覚えるようにシステムが構築されました。なので、私がお嬢様の不快を覚えたことに不快を覚えたのは、私がお嬢様を見て、ともに生活をして、快を覚えるに値すると判断したためです」


「……長ったらしいのよ」


 サキは悪態をつきました。


「てゆーか、私のどこを見て、快を覚えるに値するなんて思ったのよ。私、あんたのこと何度罵倒したかわかってるの?」


「はい。私は承知しています。しかし、お嬢様はそうした罵倒の言葉をおっしゃった後、〇・〇二秒ほど悲しみの表情を見せることが一〇回につき七・七回ありました。私はそれを、私への罵倒の後悔と認識しました。ゆえに私は、お嬢様には快を覚えるに値すると判断しました」


「……また、長ったらしい」


「私の判断は間違っていたでしょうか?」


 メイドロボットは、サキから見えないというのに、首をかしげるというパフォーマンスをしてみせました。


 まるで、本当に不安がっているかのように。


 ただサキは、それに対して「別に」と、また落ち着いた口調で言って、さらに続けます。


「あんた、やっぱ高性能ね」


「いいえ。私は否定します。私は現行製品と比べると高性能ではありません」


「まあ、その言い回しはね」


 サキは言うと、「えい」と言って柵の上からお尻を持ち上げました。


 ただその体重はメイドロボットにすべて預けてしまいました。


 それにメイドロボットは何も答えず、ただ優しく小さな子どもを抱っこするようにして、サキをベランダに着地させました。


 そのスムーズさがよかったのか、サキは微笑みました。


「ねえ、お願いがあるんだけど」


「はい。私は承知いたしました」



   /



 サキのお願いは二つでした。


「今から私が言うものを処分して」


「パパとママに伝言を。私が転校したがっているって」


 という唐突で脈絡のないもの。


 しかし、そのお願いが実現してからというものの、サキは変わりました。


 相変わらずメイドロボットに悪態をつくことはありますが、剣呑な雰囲気にはならなくなりました。


 また「私のゴミを勝手に見るな」という命令も解除されました。


 どうやらサキのゴミは教科書やノートの切れ端だったようで、落書きがたくさんありました。


 さすがにこれは人に見せられるものではありません。


 なにせお嬢様学校の生徒なんですから。


 とは言え、サキが転校先に選んだのは、失礼ながら平凡な学校でした。


 しかしそれでも、サキはたびたび友達と遊びに行ったりして、とても楽しそうでした。


 それと何より変わったのは、サキが倒れることがなくなったことです。


 おかげで今まで倒れるたびに折れた骨、内蔵の損傷、首まわりの擦過傷など大小すべての傷が治っていきました。


 サキが処分してと言ったものの中には、いくつかの薬がありましたが、それに頼ることもなくなったようです。


 おかげでメイドロボットも、どことなく柔らかな口ぶりに変化したような、そうでもないような――


 まあ、それは置いといて、もう一つだけ大きな変化がありました。


 それは、


「ねえ、サナ。今日はお弁当作ってくれる?」


「はい。私は承知しました」


 メイドロボットに、サナという名前がつけられたことです。


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