2話目
しんと静まり返り、冷たい石の壁と床で出来た牢屋の中でポツンと体育座りをしながら状況を整理する。
まず自宅の湯船がピカーと光って、気づいたらこのお城の大きな浴場に出た。
そしてここは少なくとも日本ではなく、ここの主...というか女王様曰く『グラングドラン』という国名の土地らしい。
更に、私は『リバーサー』という人らしく、この国では私以外にも存在している...?
「うーん...。」
そんなアニメとか漫画の様なことが現実に起きるのだろうか。
日々の社畜生活の疲れで夢でも見ているのではないだろうか。
頬を引っ張る。
「...いひゃい。」
どうしよう...。
そもそもリバーサーっていうのは悪い人になるのかな。
いや、たぶん悪い人だからいまこうして牢屋に入れられてるんだよね。
向こうからしたら完全に不法侵入だし...。
まさか、牢屋に入る日が来るなんて考えてもいなかった。
小さい頃からおとなしくて、本を読むのが好きだった。
周りからはまじめ、かしこい、お行儀のいいこ、なんてもてはやされた。
クラスでも目立ったことはせず、クラス委員会等もやらず教室の隅でいつも本を読んでいた。
本当はお友達と一緒にお買い物をしたり映画を見たりとかってしたかったけど『姫宮さんはそういうの好きじゃないんだよ』って、
誰かが言い出して誘われることは無かった。
善意か悪意か。
当時の私はとにかく色々な本を読み漁っていたので、誘われなくて悲しい、と現状を悲観せずに、
どうして誘われないのか、を第三者の視点から客観的に分析することが出来た。
ただそれが小学生の判断として正しかった、とはあまり思えない。
そういう時は普通お母さんに相談したりとか、本当は遊びたいって誰かにぽろっと本音を漏らしたりとか出来たはずだ。
「...はぁ。」
小さい溜息がこぼれた。
今更なにを物思いに耽っているのか。
高校を卒業したとき、自分の殻に閉じこもりがちな自分を変えたくて上京した。
自分の考えだけで物事を解決するんじゃくて、もっと周りの意見を聞いて自分の意見もぶつけて、物事を解決してみたいと思った。
もうひとりで隅っこにいるのは嫌だって、そう思った。
そう思わせてくれたのが、私に勇気をくれたのが、苦境から努力してアイドルになった、あるひとりの女の子だ。
ふと、牢屋の鉄格子の扉が甲高い鉄の擦れる音を出しながら開かれた。
「出ろ。」
重そうな甲冑を付けた衛兵さんがドスの効いた声で言い放つ。
一瞬びくっとしてしまったが言われたとおりに牢屋を出る。
「来い。」
「は、はい...。」
怖い。率直に怖い。
がっしりとした大きな身体に長い棒の先に斧のような刃がついたものを構えながらゆっくり歩いている。
その後ろをびくびくしながらついていく。
抵抗しようものなら一瞬で捻り潰されてしまうことは間違いない。
「入れ。」
大きな扉の前で止まり入室を促す衛兵さん。
しかしこの扉、本当に大きい。3mくらいあるんじゃないだろうか。
こんなにも大きな扉があるのか...。
たじろぎながらも扉を開け中に入る。
大きさの割には意外とすんなりと開いた。
中は大きな円形の間となっており、部屋の入り口から奥まで一直線に赤い絨毯が敷かれていて、
絨毯を挟むように衛兵さんがずらっと並ぶ。
そして一番奥の大きな玉座にはこの国の女王であるシャリュオル女王が鎮座しており、
その横には女王の侍女であるジークさんがおり、こちらを鋭い目で監視している。
「進め。」
先程、牢屋から私を連れてきた衛兵さんに言われ、歩を進める。
怖いとか緊張とかで、もう頭の中がぐちゃぐちゃになる。
会社の営業会議なんて比ではない...。
「...先程は手荒な真似をしてすまなかったな。」
シャリュオル女王が口を開く。
「まずこの国の状況をそなたに説明する。ジーク。」
「はい、お嬢様。...ヒメミヤ様、『グラングドラン』という国名を以前からご存じでしたか?」
「い、いいえ...。」
張り詰めた空気に押し潰されそうになりながらも何とか言葉を吐き出した。
「さようですか...。恐らくそうだろう、とこちらでも考えておりました。
...ここはグラングドラン。かつて白竜の大戦があった、という伝説が残る王国でございます。
いまグラングドランではひとつの奇怪な現象が発生しております。
このグラングドランには聞きなれない名、身体、顔つき、漆黒の髪色。
そして謎の光によって転移した、という気がかりな発言。
これらの特徴と一致する者の事を我々は『リバーサー』と呼称させて頂いております。」
「そなたも恐らくリバーサーじゃろう。特徴も一致しておるし、突如として光が発生したのをわしもこの目で確認しておる。」
「リバーサーについてはヒメミヤ様以外にもこの城で数名保護致しております。
ただ今回、ヒメミヤ様を拘束させて頂いたのは状況も状況でございましたので...。
実は最近、リバーサーを装い悪事を働く者が増えているのです。
そういった情勢の中、お嬢様が入浴されておられるタイミング...しかも、よりによってお嬢様がひとりで先走って浴場に入ってしまわれたタイミングでしたので...。」
「わしだって一人でのーんびりと風呂に浸かりたいときだってあるのじゃ!
...まあ、アカネは結果的に溺れておったわしを救ってくれた訳だしの!
本物のリバーサーであることは間違いない、ということで解放させた訳じゃ。」
な、なるほど...。
とりあえず転移の原理とかは全く分からなかったけれど、現状の把握くらいは出来たかな...。
「それで、だ。アカネよ。一先ずは何かと不自由もあるだろうが、この城でそなたを一旦保護させてもらおうかと考えておるんじゃが...如何か?」
「あ、えと...ぜ、ぜひお願いします。正直、なにもわからないですし、生活できるようなお金もないので...。」
「うむ。承知したぞ。部屋の手配はすでに完了しておる。ジーク、案内を頼む。」
「かしこまりました。ではヒメミヤ様、こちらへ。」
「あっ、はい...!」
ジークさんに促され大きな玉座のある間を出る。
とりあえずあの緊張感から抜けられただけでもだいぶ肩が軽くなった。
「うふふ...緊張されましたか?」
「えぇっ!?あ、や、その...はい。」
「ふふっ。安堵しきって今にも消え入りそうな表情をされておりましたので。」
「あ、あはは...。」
ジークさん。図星です。
人の心でも読めるのかな、この人...。
「さすがに心は読めませんが、表情を見れば大抵の考えは読み取れますよ?」
「いっ!?」
「うふふふふ...。」
ジークさん...恐ろしい人だ。
絶対に怒らせちゃいけない人No.1だ。
「さぁ、ここがヒメミヤ様のお部屋となります。どうぞお好きなようにお使いください。」
ジークさんが扉を開け、部屋の中を見せてくれた...が、凄すぎる。
部屋の照明はシャンデリアと4本のスタンドランプ。
ベッドはとにかく大きい。昔、何かの本で読んだけどカリフォルニアキングなるベッドの大きさが海外にはあるらしく、恐らくそれくらいか、以上か...。
机と椅子、そしてそれとは別にテーブルと椅子があり本棚が3台。本棚には分厚い本がぎっしり詰められている。
「すご...。」
「お気に召されましたか?」
「さいっっっこうですっ!ほ、ほんとにいいんですか?私みたいなのがこんな所に...。」
「ふふっ。えぇ、もちろんです。客人をもてなすのはグラングドランの最低限の礼儀。
どうぞ存分におくつろぎ下さい。」
夢みたいだ。
これはもう某遊園地のホテルなんて霞んでしまうくらいの贅沢な部屋だ。
窓から見える景色も大変素晴らしいし、文句なんてなにひとつ無い。ある訳が無い。
「ジークさん!ありがとうございます!」
「はい。また明日にこれからのことや、他のリバーサーの方たちとお話しをする機会を設けさせて頂きますので。
本日はどうぞお休み下さいませ。」
天使のような微笑みを残しながらジークさんは行ってしまった。
最初見た時とかはすごく怖そうな人かと思ったけど、すごい優しいし淑女って感じだったな。
「...まあ、ある意味、いまも怖い人ではあるんだけど。」
それにしても、他のリバーサーの人たちか。
どんな人がいるんだろう。それに元の世界からいなくなってしまった...もとい失踪している訳だから、少しはそういうニュースがあってもおかしくないと思うんだけど。
ほぼ毎晩ニュース番組は欠かさず見ていたけれど、そういったニュースは見たことが無い。
あぁでも、今日はもう...。
「...おやすみ。」