1話目
「はわー...つかれたぁ。」
自宅のリビングにある三人掛けソファに勢いよく身体をあずけ、天井に顔を向ける。
去年のクリスマスに自分用に買った、ちょっとリッチな黒革三人掛けソファー。
一人で使う分にはかなり心地よい広さだ。
さして面白いものもやっていないであろうテレビをつけ、ボーっと眺める。
「お風呂の準備しよ...。」
10月8日。金曜日。時刻は22時37分。
めまぐるしく回る一週間の終わりであり、張り詰めた糸がピンっと切れる金曜日の夜。
溜まっていた仕事の疲労が身体に伸しかかる。
「はー、マッサージいきたいなぁ。明日いっちゃおっかなぁ...。」
一人暮らしをしていると独り言が多くなる。
何も一人暮らしを始めたころから、ずっと独り言を言っている訳ではない。
3年も経験していたら、こうもなるということだ。
やはり人間という生き物は喋らずにはいられない性なのだなぁと思ったりする。
「今日の~、入浴剤はー...これにしよ。オレンジの香り♪」
お風呂が沸くまで待つ間にご飯の準備をする。
高校を卒業し一人上京。
最初はどうなることかと思ったが、案外なんとかなるものだ。
作り置きしていたおかずを温め、冷凍しておいたご飯を解凍する。
作るのは辛いけど、毎日ちゃんと手作りのご飯を食べるようにしている。
コンビニのお弁当は楽だけど、コストもかかるしあまり体によくない、と母から口酸っぱく言われているからだ。
それに自炊もちゃんとやれば結構楽しかったりする。
チーン、と控えめなテレビの音声をバックに、電子レンジの音が響く。
お笑いはあまり面白さがわからないのでチャンネルをニュース番組に切り替え、ご飯を口に入れる。
食べてる途中でお風呂が沸き、食べ終えてからすぐに入浴へ向かう。
そしてその後は金曜日限定、自分へのご褒美スイーツを食べ、布団の中でケータイをいじり、襲いくる睡魔に身を委ねる...。
これが私の金曜日限定特別ルーティーン。
ピロリロリーン、という少し間の抜けたお風呂が沸いたお知らせ音楽も聞こえてきたので、ご飯を食べ終え、入浴準備。
「明日はお洗濯もしないとなー...。」
湯船に入浴剤を入れながら、明日から始まる至福の2日間の予定を頭の中で立てる。
衣服を脱ぎ、ふと脱衣所の鏡に目を向ける。
顔はそんなに悪くないと思う。プロポーションだって何も努力してない...訳ではないけど、変ではない。
しかし未だ彼氏は出来ず...。
最後にそういった関係を持ったのが中学3年生...そこからは勉強と仕事に明け暮れる日々...。
「...うっ、やめよう。」
お得意のネガティブ思考を停止させ、少し熱めなシャワーで煩悩を取り払う。
入浴時は、お気に入りの音楽をケータイでかけ、鼻歌を口づさみながら入るのが好きだ。
楽しい気分になれるし、何より私は歌うことが好きだ。
...休日にひとりでカラオケ行っちゃうくらい好きだったりする。
「...友達、いないなぁ...ほしいなぁ。」
しょんぼりしながら湯加減を確認し、湯船へ浸かる。
右脚を湯船に沈め、次に左脚を入れようとつま先が湯に入り切った瞬間だった。
「え、なに...?」
湯船の水面が光っている...。
水面に光が反射して光る、というよりも湯船の底から光を発しているような...。
「うっ、ま、まぶし...!」
あまりにも強い光に目を閉じる。
なんだというのか...。
「うぅ.....へ?はへ?」
目の前の光景に思わず間抜けな声が出てしまった。
まぶしさに眩みすぎて私の視力が腐ったのか...。
「いやいやいや!ないないない!!」
いま私の目の前にはなんというか、とにかく広大な入浴場が広がっている。
壁面や床、湯船は黄金色に光り輝き、4本の大きな支柱が天井を支えている。
まるでどこかの王族の入浴場のよう...。
「いや王族の入浴場なんて見たこともないけども...。」
そんなアホっぽい自問自答をしていると、不意に水を勢いよくかき分ける音と...。
「ひ、悲鳴...?」
バシャバシャという音に紛れて小さく聞こえるような...。
「...た、たすけっ!ぁぷ....だ、だれ、か!」
「や、やっぱり!?」
もうなにがなんだか分からないけれど、いまこの湯船で溺れているであろう人を捜す。
あたりを見渡すと湯船の中でバシャバシャと水が跳ねているところがあった。
「だ、だいじょうぶですか!?」
かなり暴れているけど、溺れている人の腕をつかみ、こちらへ引き寄せる。
すると簡単にこちらへ引き寄せることが出来た。
「...って、え?こ、子供?」
「ぷはぁ!」
水面から顔を上げたその子は、なんというかとても神々しかった。
この大きな浴場の黄金色に輝く壁面よりもキラキラとしたブロンドヘア。
真ん丸で綺麗な碧眼は爛々と輝いている。
まるでこの子の全身が光り輝やいているかのような錯覚に陥ってしまう。
「お主...何者じゃ?まあよい、とにかく助かったぞ。」
「え?あ、えぇ...だ、だいじょうぶ?痛いとことか変なとこはない?」
7、8歳くらいの女の子だろうか。
見ず知らずの私に、特に警戒心を見せるような様子はなく、無邪気に話してくる。
「お嬢様!お嬢様!?」
浴場に響き渡る女性の声。
声色から少し焦燥を感じる。
お嬢様ってこの子のこと、かな...?
「ジーク!わしはここじゃぞ!!」
「お嬢様...!?」
先程から恐らくこの子を捜していたのであろう、女の子から『ジーク』と呼ばれた綺麗な白銀のロングヘアが特徴的な女性と他3名の家政婦のような服装をした女性たちと、ふと目が合った。
「衛兵!!」
私の顔を確認するや否やジークさんという名の女性がキリッとした声で言い放った。
えいへい...衛兵?
なんとなく悪い予感がしてきた。
...たぶんだけど、ここはどこかの王族さんかお金持ちさんかの家で、この女の子はここのご息女様。
なんで私の自宅のお風呂から気づいたらこんな所にいるのかは不明だけど、とりあえず夢ではない...と思う。
そして衛兵とはよくお城とかにいる見張り役みたいな役割で...不審者とかを捕まえたりする人。
ということは...。
「キサマ何者だ!!」
ですよねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!
「あ、や、わ、わたしは、その...っ!」
「まて!こやつはわしの恩人じゃ!乱暴はやめよ!」
すごい喧噪で来た衛兵さんを止める女の子。
やっぱりこの女の子、絶対になんか偉い人だよ...!
「申しおくれたな。わしはグラングドラン国第7代目女王シャリュオル=ドレッドノーヅじゃ。
先程は助かった。改めて礼をいうぞ。」
女王様でてきちゃったよ...。
通りで神々しい訳だよ。通りでお風呂がめちゃくちゃ広い訳だよ。当たり前だよ!!
一国の女王様のお城だよ!?きいたこともない国だけども!
「お主、名は何と申す?」
「えっ?あ、わ、私はっ、姫宮 朱音、と申しますです、はい...。」
普段、営業で培ってきた語彙力が一瞬にして死んだ。
なんだ「申しますです」って。恥ずかしいよ!!
「ヒメミヤ=アカネ、か。わしの侍女が失礼をした。ただ『ここへ忍び込んだ』という事実は消えない。
どうやってこの浴場へ入った?」
「えっ?あ、う、えぁ、そ、それは、そのぉ...。」
どっ、どうしよう...。
このままだと絶対に捕まる...。
牢屋に入れられて、処刑されるかも...!
本当のことを説明してもわかってもらえる訳ないよ...。
「そ、その実は...。」
「お嬢様。もしやこの方、リバーサーでは?」
...ん?
なに?
りばーさー?
「うむ。わしもそう睨んでおった。
グラングドラン人に聞きなれない名、身体・顔つき、それに漆黒の髪色。特徴は一致しておる。」
「失礼。私はお嬢様の侍女を召し使っております、ジーク=アルドレイドと申します。
お聞きしたいのですが、突然、光に包まれて気がついたらここにいた...なんてことはありませんか?」
「そっ、そのとおりです!な、なんでそれを!?」
まさか向こうから言われるなんて思ってもいなかったけど、
何とか話は通じそうかな...?
「なるほど...。お嬢様、一旦独房へ入れておきましょう。危険でございます。」
「...ふぅ、止むを得まいな。」
...え?
えええええええええええぇぇぇっ!?
次話掲載予定 1/5(土)までにはなんとか...。