【4】黒の呪縛
私は、ただ、彼の青い眼を見ていた。
まるでそこが空洞で周りの青が透けているような感覚に陥る。
どういうこと、となるべく感情が出ないように問うと、吟河は抑揚のない声で話し始めた。
『言葉は後回しで…もう簡単に云う。
私は銀河系を含む“天体集団”が存在するのに必要な存在だ。
そうして、さくら。おまえは私が存在するのに必要な“拠”を所有する存在だ』
なにを、この獣は云っているんだろう。
ただの…ただの、変な文様を持っている一般人の、私が?
霊感もない。神の声なんて聞いたこともない。
宇宙で必死に主張する星を眺めたことなんて、あっただろうか。
『おまえがいなければ、私は存在できない。私がいなければ、天体集団は存在できない』
意味が分からない。
地球があって、親(なんて呼びたくもないけれど)がいて、私がいる…はず?
けれど、それより。
「…私のせい、って?」
問うと吟河は何か苛ついているように。
『おまえは、契約をしただろう』
「契約…?」
『黒の呪縛がいま、私を取り巻いている』
「じゅ…?」
『一週間前に、黒で染めつぶすという契約を、しただろう』
あれか。
少年の…あの、甘い誘惑。
『いいか。あれは、死への誘いなどではない。私にたいする呪縛だ』
「呪縛?」
『私は、もうお前から逃れられない。完全に縛られた』
「なに…?」
彼の青い眼の底にはなにがあるのか。炎が揺らめいている気がした。
『私という存在は、必ず、天体集団の中に存在していなければならない。しかし、私の“拠”を宿せる生き物には寿命、というものがある。
だから、私はその“拠主”が死んだとき、その者より強い生き物にまた転移する。』
「…私は、死んだわよ」
『あぁ、死んだ。…だが、お前は黒の呪縛の契約をした。私は今、転移できない状態だ。』
死んだ、という事実がやっと確認できたがそんなことはどうでもよかった。
「…呪縛…」
『お前のせいだということが分ったか…あの、黒の呪縛は私をお前に縛り付けた。私は動けない。死んだ生き物は一週間で別の生き物に転生する。
しかし私は一緒に転生できない。同じ魂に宿ってはいけないという制約があるからだ。…そのまま、おそらく消滅する』
「つまり…」
『天体集団は、消滅する。』
ピンとこなかった。
そもそも魂の生まれ変わりだって信じたことなんて一度もなかった。
何を、云っているのか。天国に来れるとは思っていなかったが地獄にしても冗談が過ぎる。
『お前の、軽率な行動で地球も、銀河系も、すべて消滅する』
吟河の苛だった声が私を苛立たせる。
完全に悪人のように言われていることが気に食わない。
「…死にたかったのよ。あんたのせいで!巻き込まれたのは私の方!頼んでないわあんたに来てほしいなんて!
あんな、汚い星なんて要らないんじゃないの?! もう環境破壊とか…すごいし…もう知らないわよ!
だいたいあんたが私に来たのが間違いよ!どうだっていいわよ私は!地球なんて!」
はぁはぁと息が荒くなる。
脳みそを通す暇もなく喉が勝手に動いた。
頭が、死んだ筈の頭が冷たくなる感覚がした。
吟河は、軽蔑したような顔で私を見ていた。
そして、ゆっくりと眼を閉じる。
『来たか…』
つぶやいた声に、苛立ちは感じられなかった。