【3】拠
さようなら。
そう思って眠りについた。
そして、その声が聞こえる。
『さあ』
『眼を、開けて』
その瞬間、橋は砕け、ばらばらと木くずが落ちる。
黒い濁流はなにもかもを飲み込んで
なにもなかったようにゆるりと時は元に戻る。
なにかが、壊れる音を私は聞いた。
それから、時間がたったのだろうか。
無になって。
私の思考は停止。
そのはずだったのに。
不意に聞こえる声。
四肢の間隔。固い床の質感。
誰かの唸る声がした。
…夢は、しょせん夢か。
死ねないまでも、ずっと眠らせてくれればいいのに。
そう思った私は、ゆっくり目を開ける。
目の前に広がる青。
空間をまったく意識できない。三次元にはいないのかもしれない。
ただ眼は青だけをとらえている。
『事態は最悪だ』
低い声がした。
その、とたん。
私の体の文様はごぽごぽと音をたて、うごめき、熱くざわざわと刺すような痛みを発した。
「…なに?」
パン、となにかがはじける音がして思わず眼を瞑った。
『…やはり…黒の縛…』
低い声はまた唸るようにつぶやいた。
ゆっくりと、目を開けるとそこには白い獣がいた。
四足で毛がとにかく多くて長い。
犬とオオカミとイノシシあたりを足したかんじだろうか。
体は大きくてわたしの四倍近くはありそうだ。
それは、青い目を細めながら少し苦しそうに私を見ていた。
「な…に…」
まだ、夢の続きなのか。
ここは、地獄?
そうして、はっと気づく。
十五年間わたしに張り廻っていた文様が綺麗に消えている。
「…天国?」
最後の最後に、神はわたしを愛してくれたのだろうか。
けれど、それからの声は全く私の思惑とは違った。
『わたしの名は、ギンガだ』
「銀河?」
やけにかっこいい名前だ。昔そんなアイドルがいた気がする。
『いや、吟河と書く』
なぜか頭に文字がダイレクトに浮かび上がった。
…それでも、理解できない。
「この、文様と関係があるの?」
あの夢。
白いスーツケース。
消えた文様。
眼の前の青。
それからこの獣…吟河。繋がらない。
『それはわたしの“拠”だ』
「きょ…?」
『わたしは、ずっとお前のその文様のなかに存在していた』
「どういうこと?」
この文様が、この吟河とイコールなのか。
だとしたら。
「…いま、あなたが目の前にいる…から、この文様は消えているってこと?」
吟河は、黙ってうなづいた。
…だとしたら。
「じゃあ…あんたのせいだって言うの?!」
思わず語気を強めると吟河はため息をついた。
『…いや、お前のせいだ』