【2】夢
その夜、夢を見た。
母の声が聞こえないように耳栓をして眠った私に、誰かが声をかける夢。
少年のような。柔らかい声。
『…もうすぐ、十五だね』
あなたは、だれ?
『時間がないよ。はやく黒に染めなきゃ。君を真っ黒に』
黒に染めるって、なに?
『染めてあげる。君のその、傷も、瞳も、命も』
…いのち?
『うん。染めてあげる』
それって、死ぬっていうこと?
『死にたいの?』
もうウンザリ。これ以上生きていて何になるの?
売れもしないこのからだなんて、もう、いらない。
『哀れな運命の娘。』
愛されなくていい。
同情されなくていい。
綺麗にならなくてもいいから。…死にたい。
『もう、大丈夫だよ。君を染めてあげる』
『七日後に、来るよ。黒く染めてあげる』
『きみは、準備をしているんだ』
『今から言うことをよく聞いて』
次の日、私はスーツケースに入っていた自殺用品をすべて捨てた。
その代りに入れるもの。
白いワンピース。
紅いマニキュア。
ベビーパウダー。
黒くて長い紐。
青いカバーの無地のノート。
三つ葉のクローバー。
シルバーの指輪。
こげ茶色の万年筆。
スーツケースは白く塗った。
おろしたての白いシーツに羽根布団をかけて、そのときを待つ。
はやく、はやく、はやく!
十五になる夜、私はそれが待ちきれなくて。
ぼんやりと、十五年間を思った。
死ぬという選択肢を知ったとき。
そして私を買ってくれなかった大人たち。
受け入れてくれなかった子供たち。
愛してくれなかった親。
大丈夫。
もう、なにも言わないよ。
あなたたちが恐れたこの「呪い」の文は灰にかえすから。