【1】さくら
死のうと決めたのは、十の冬だった。
このまま生きていてもなにもない。
春に死のうと決めたのは私が春生まれだからだ。
毎年試してきた。
そして、今年は桜の木で首をつって死ぬことを決めた。
はらはらと、花びらが降ってきてきっと美しく、私の体を覆ってくれる。
…そう、思っていたのに、私はまた死ねななかった。
えい、と踏み台替わりのスーツケースをけった瞬間、
切れたのは私の命ではなくてロープだった。
ぼんやりと、切れたロープを眺める。
ホームセンターで買った一番太くて高いロープ。
右足がズキズキ痛む。
「…どこまで、私の邪魔をするの?」
右手を高く上げると、青紫の曲線が無数に重なり合い、文様を描いていた。
右手だけじゃない。全身に広がるこの文様。
生まれた時は全身が赤黒い色の紋様でおおわれていて父親は貧血を起こした。
たくさん調べられた。
母は泣きながら私につける予定だった「愛」という名を捨てた。
「さくら。あんたはさくら。さくらいろの肌の、かわいい、わたしの子」
暗い瞳の母は笑いながら私の名前を呼び続けた。
「汚いの我慢して、首つりにしたのに」
首にくくったままのロープを小刀で切ると、白いスカートについた桜の花びらをはじき落とした。
これで何連敗だろう。
スーツケースに掘っている数個の「正」の字に一画足すとため息をついて立ち上がる。
「…早く死にたいなあ」
十五になるまでに死のうと決めたのに、どうやらそれも無理かもしれない。
次は何にしよう。もうきれいな死に方とか苦しまない死に方とかにはこだわらない。
死ねればそれでいい。
白いブラウスとスカートから透ける文様。
通りすがる人間が奇異な眼で見る。
みんなはなんて思うんだろう。かわいそう? 気持ち悪い? 自業自得?
痣にしては美しく繊細で、刺青にしては広がりすぎている。
まぶたの上にまで浮かび上がる文様。
「…ねえ、親からもらった身体に傷つけて楽しい?」
「やめなよそんなこと」
「かわいいね、いくつ?」
「そのスーツケースなに? 家出?」
うるさい。
私には時間がないんだ。十五まであと一週間。
はやく死ななきゃ。
はやくこの文様を焼いてしまわなければ。
空っぽの家に帰ると母親が上で叫んでいる声がした。
父は逃げるように単身赴任を始めた。
帰り道コンビニで買った牛カルビ丼を食べながら、昔、餓死に失敗したことを思い出した。
あれは十二のときだった。何も食べずにひたすら歩いた。
自宅のある東京からどこか知らない県まで来た。
お腹がぐうぐう鳴って、山道で私は倒れた。
けれど、そのあと警察に見つかって家に連れ戻された。
五か月、飲まず食わずだったけれど生きていた。
学校には行ったことがない。
担任はうちに来て…私の体を見て何か悟ったように毎週プリントを提出したらよいと言った。