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「到着しましたよ。」
ガチャリと外側から扉が開けられ、手を引かれて外に出る。
目の前に広がったのは、教会、という私の想像を大幅に上回るものだった。
結婚式場なんかの教会をイメージしていたのだけれど、そういえば私は大臣の娘で、いいとこのお嬢様だった。
そんな重要な立場にいらっしゃる方の家族が住んでる街が栄えてない訳なかったね。
これでも首都だとかそういう場所じゃないらしいけど、城下町までいったらどうなってしまうんだろう。
教会っていうよりも、神殿?っていう感じである。
白磁の壁や柱、大きなステンドグラス。
あれ、あの、ダ〇ィンチコードとかで出てきそうな…。いやあれより立派か?
古代の神様でも出てきそうな作りである。
呆然と見上げてしまっていた私の背を叩き、オネットさんが歩き出すのに慌ててついていく。
夢だけど、こんな場所にこれる機会なんてそうない…というか私の人生できっとこれから先も来れないだろう場所である。
いや、だって英語できないし。最近の翻訳機は優秀だけれどきっとお高いんでしょう?
パスポート取るのにもお金かかるし、何よりも外国怖い!!
国内大好き!!食べ物美味しい!温泉好き!!!!オタク文化万歳!!!!
…っと脱線した。まぁそんな訳で心弾んでしまうのですよ。
失礼じゃない程度に視線を走らせるけど、本当にどこもかしこも真っ白。
色があるとしたらステンドグラスとそこからあふれた光だろうか。めちゃくちゃ綺麗…
こんなに大きなステンドグラスも初めて見た。金髪の女の人のモチーフは、多分あれが聖女様なんだろう。
通りがかる人たちはここの関係者なのだろう、皆白のローブを身に着け、こちらを見ると軽く会釈をしてくれるので、慌ててそれに返しながら歩く。
やがて通された一室は、これまた真っ白な部屋。
綺麗だけど毎日ここにいたら気が狂う気がしてきた。
色ってやっぱり大事だと思うし、値が張りそうな彫刻やら何やらも全部聖女様なのもなんだか気が滅入る…
天使とかそういうのいないのかな?ときょろきょろ周囲を見ていたら、コホン、と咳払いでオネットさんに怒られてしまった。
「お待たせいたしました。」
「とんでもございません、こちらこそ配慮いただきありがとうございます」
カチャリと扉が開き、若い女性二人に囲まれたなんというかこう、うさんくさい笑顔の男性が入ってくる。
年の頃は50代くらいだろうか。皆白の衣装を着ているが、ゲームでもそうだけれど何で女性の衣装は露出が高いというか、こう、エロちっくなんだろう。
体の線がはっきりわかる白のロングワンピース、大きなスリット付き。
ケープもあるけど、うぅむ。いや、可愛いけれど、人を選ぶ服だよね。
おじさん神父様はゆったりした白のローブ、先ほどすれ違った人たちと同じだけど、金の刺繍が物凄い。
これが階級かなにかの証なんだろうか。
「こちらが記憶を無くされた?」
「リュゼ・パーガトリと申します。」
こちらに視線を向けられて、淑女の礼をする。
角度はかなり矯正されたけれど、女の子は割と通る道なんじゃないかなこの仕草。
小さな頃にお姫様ごっことかしなかった?私はした。かなりした。
夢見るお年頃だった…、あの頃は何にでもなれると思ってたよね…ハハッ…。
お姫様に魔法使いに、美〇女戦士ごっこもしたなぁ。はぁ黒歴史…。
昔取った杵柄というには些細すぎる事だけど、まぁ、役にはたってる、のかな。
「貴方が…可哀そうに。迷える子羊よ、今救いを差し上げましょう」
こちらに、と言われるまま前に進み出る。
迷える子羊…ねぇ?
そも救いとは、と正直割としらーっとしてしまってます、私。
だってどうにもこうにも胡散臭い…。
ゲームっぽーい、ヒャハー!ってできる感じではないのだよ。
こう、悪徳業者?やばい宗教??みたいな。
目の奥に温度が感じられないんだものこの人。
本当にそんな事思ってんのかよ…っていう。
宗教勧誘の人っているじゃない?
駅前だったり、自宅だったりに来て、宗教の素晴らしさを説いて入信するよう言ってくる人。
あの人達ってなんだろう、自分の世界なのかな?洗脳って感じで皆目がギラギラしてて、そのくせ光はなくて怖い。
何だかすごく矛盾した事いってる気がするけど、うぅん…。
なんだろう、その神様は本当に素晴らしい?幸せ??っていう…。
光の力があればだれでも入れるっていうか、力があったら皆ここに連れてこられるんだよね…?
やばい宗教団体のそれじゃない?自分から進んでくる子もそりゃいるだろうけど…うーん。
そんな事を考えている間に、何やら話が進んでいたらしい。
私の頭に大きな掌が載せられ、ブツブツとなにやら言い出す。
多分経典か何かなのかな?ぼんやりとそれを聞き流しながら目を閉じる。
「この者に癒しを与えたまえ…ヒール!!」
ぽわ、と頭が暖かくなった気がした。
…けど……
「これで大丈夫でしょう。」
「ありがとうございます!お嬢様、ご気分は?」
にっこり皺を刻んで笑う神父様と周りの女性達。女性はなんていうんだろう、シスター???
万事うまくいった、と言わんばかりのその笑顔に正直頬が引き攣る。
オネットさんはぺこぺこ頭を下げてからこちらを気遣ってしゃがみこんでくれたけど、まぁ、これ…
なんにも変わらないなんて言えないよね………?
たらり、と背中を汗が伝う。
何も言えないでいる私に、オネットさんは不思議そうな顔をしたけど、慌てたように鞄を持ち直し、少々お話をしてまいりますから。と言って神父様達と部屋を出て行ってしまった。
姿が見えなくなって、ようやく肩の力を抜く。
はぁー、と長いため息を吐く私に、アンは心配そうで。
「あの…お嬢様?」
「どうしようアン……、なんにも思い出せない……」
ぼそぼそと小声で聞かれたのに、私も小声で返す。
アンは大きく目を見開き、神父様達が出て行った扉を見て、私を見て、を繰り返している。
「そんな…、お嬢様何かお体に変化は?」
ふるふると首を横に振る事で答える。
正直拍子抜けである。
ヒールってどんなものだろう、魔法とは、この身に受けられたら、使う事が出来たら…
と憧れていたのにこんな結末ってありだろうか?
なんかちょっとあったかかったなぁで終わりって…。
…もしやあれか、私のこの不信感のせいだろうか。
信じる者は救われるというし、胡散臭いと思っていたせいで効果が…???
「あの、私オネット様を呼んでまいります!」
「えっ!?いや、大丈夫…って早いーーー!!!!」
行動派だねアン!?
困惑から立ち直ったと思ったら、即行動?凄いね!流石できる女だね!
って言いたいところだけれども…!!!!
これ向こう側の問題でも私の問題でもどっちにしろ碌な結果にならないと思うのですけどーーー!!!
やめて、穏便に、きいたって事にして済ませて!!ボロは出るだろうけどそこは私側の問題ってことでどうにかしようよー!
揉め事は嫌っていうか面倒くさいし関わりたくないんですけど!?!?
一瞬にして目の前から消えてしまったアンに、力なく伸ばしていた手を引っ込め、追いかけねばと外に出たけれど
右も左も同じ景色。当然ながらアンの姿も見えない。
詰んだ…。
マジか…。がっくりと肩を落とすけれどここですごすご戻るのも何だし、とりあえず探しに行こう。
えぇと、迷路の場合は壁に手をつけて歩くんだよね。でもここは迷路じゃないね。
右か左か……私はどっちから来たのか既にわからない。
どこもかしこも真っ白なせいで見分けつかないんだよコノヤロー!!!
多分右!右から来た!!から左!!!!
そう決めて、裾を摘まんで気持ち早歩きに歩き出す。
一人で出歩くなんてと後々説教をくらいそうだけれど、置いてった方もわるいと思うの。
分岐がある度に、帰れなくなったら問題だからとにかく左を選んで歩き出す。
帰りは右を延々選べば多分帰れる。
あぁ魔法がつかえたならば…もしくは携帯があれば…
直ぐにでも連絡がつけられただろうになぁ。と無いものねだり。
携帯なんて無い時代もあったというのに、慣れって怖いね。
現代人って電気なくなったら生きてけるんだろうか?無理じゃね??
声を上げる訳にもいかずきょろきょろと周囲を確認しながら急ぐ。
結構内部の方なのか誰も人がいないのが不気味だし、不安になってくる…。
夢っていきなり変わるじゃない?ほのぼのから突然のホラーとかサスペンスとか…
お願いだからお化けとか殺人鬼とか勘弁して…。
そう念じながらひたすら歩いた結果。
「…ここにはいないよねぇ」
たどり着いたのは教会の裏手だろう、光のほぼささない、手入れもされてない裏庭だろう場所。
やっちまった。そう溜息をついてきた道を引き返そうとした私の耳に、これまでちぃとも聞こえなかった音が飛び込む。
ぐすっ…ぐす……
鼻をすするような、誰か泣いてるようなそんな音。
こんな裏手で?誰が???
これはまさしくホラー展開なのでは??
正直鳥肌が立った。
早く逃げなきゃ、と。
お化けなら、怪物とかだったら、逃げなきゃ。
…だけど。
「………誰かいますかー…」
もし人間だったら?いじめられっことか、何かから、誰かから逃げてきた誰かだったら?
そうしたら、気づいておきながら見なかった振りをするのは何か違うんじゃないだろうか。
多分現実だったら私は何もできない。関わったところで助けてあげられるわけでもない。
誰かの人生を背負う覚悟なんてないし、自分だけで手一杯で、知り合いでもない誰かに下手に声をかけるなんてできない。
きっと他の誰かが、周囲の誰かが助けてくれるだろうと手を伸ばせないだろう。
・・・・・・まぁ、いっつも一人で泣いてたのは私の方でお仲間に遭遇したことはないんですけどねーーーーーーー!!!!!!
そろりそろりとできるだけ足音を消して音の方向に近づく。
お化けだったら困るからなるべくひそめた声をかけると、ガタッと大げさに驚いた音が聞こえた。
パっと見気づけない、多分ゴミ箱だろう樽の裏。
死角になっているそこをそろりと覗き込んだ先。
「だ…誰……」
ビクビクとまるで生まれたての雛みたいに震えて泣いている、天使のような少年がいた。