6
カチャッという小さな音と共に扉が開いて…
「あの、お嬢様?どうかなさいましたか。」
何やらあのガラガラするカートを横につけたアンが立っていました。はい。
「…少し、休憩したいな、と…」
何も知らないのだろうけれど、何となく後ろめたくてぼそぼそと言う私にアンはけれどにっこり笑って
「お茶をお持ちしましたので、よろしければ。」
用意してくれたのだろうティーセットを見せてくれた。
…わ、わぁい………
結局部屋に戻され、お天気がいいから、とベランダに出てそこから庭を眺めながらお茶を飲む。
いや、うん。お茶は美味しいんですよ。お茶は。
外はぽかぽかあったかいし、近づくことはできなかったけど庭を見下ろすこともできる。
お茶も美味しい………うん、お茶は。
「こちらケーキはいかがですか?」
「…じゃあ、一口だけ。」
あぁ憧れの三段トレー……。
これがアフタヌーンティーって奴か…。そう、あこがれていた。あこがれていたんだけど。
目の前に置かれたのはなんだかよくわからないフルーツの乗ったカップケーキもどき。
見た目は…まぁ、うん、凄く素敵って訳じゃないんだけど、悪くはない。
ごく普通。なんだけど…
「お口にあいませんでしたか?」
「…いえ、あんまりお腹が空いてなくて…」
一口食べて直ぐにフォークを下ろす。
嘘である。めちゃくちゃお腹は空いている。
すいているんだけど……
まっずいんですよこれが…、残すのは申し訳ない。申し訳ないから、先手を打つ。
「お嬢様、すっかり小食になられて…。まだお体の具合が?」
「ううん、大丈夫。いや、大丈夫です。寝込んでばかりだったから胃が小さくなってるのかもしれません」
だからご飯は少なめに…。そう、私小食ですアピールに力を入れておくのです。
食糧事情が分かるまではほんと、なるべく食料を粗末にしたくない。
いや、いくら豊作だったとしてもお残しは駄目だけどね??
でもほら、数少ない食料を貴族様だからってだけで沢山食べさせてもらってるとかだったとしたら申し訳なさが天元突破するじゃん?そういう事だよ。
「そうですか…。」
「食べ指しで申し訳ないのですが、よろしければ皆で食べて貰えますか?食材に申し訳ないですし…」
「まぁ…。かしこまりました、ありがたくいただきますね。」
少し浮かない顔をしたアンだったけれど、直ぐにまた笑顔を見せてくれた。
この世界の人達可愛いなぁ。まぁまだアンと玉ねぎさんにしか会ってないけど。
「お嬢様お待たせいたしました………、アンミラリア、どうしてここに?」
「オネット様。少し休憩に、とお茶をお持ちしておりました。」
アンミラリア?ほぅほぅ。アンさんはアンミラリアっていうのか。
そして玉ねぎさんの事だよね、多分。オネットさん?っていうの?へぇー、忘れないようにしよう。
どこかにメモしておきたいけど、何も無いし、どうにか覚えておこう。うん。
「そう、貴方はお嬢様付きの侍女だったわね。貴方にも関係ある事です、話を聞いていきなさい。」
「はい。」
ぺこりと軽く頭を下げてアンが私の斜め後ろに立つ。
「まず初めに、アンミラリア。お嬢様はどうやら記憶喪失になっているようなのですが、把握していましたか?」
「えっ!?き、記憶喪失ですか?お嬢様??」
ビクリと体を跳ねさせた気配。そして、こちらをうかがってくるのに、こくりと頷くと、そんな…いえ、でも。と何やら納得している。順応早いですね。仕事できるわー。
「もしや、お嬢様が頭を打ったあの…」
「そうです。先ほどお嬢様との対話の際発覚しました。」
あぁ。と頷かれるのはまぁ、うん。
わがまま娘が突然泣き出すわ、大人しくなるわ。
体調悪いから、という言い訳もまぁそう長くは続かないし、異変はそりゃ察知しますよね。
「先ほど教会、神官様との面会のお約束を取り付けて参りました。先方のご厚意から一週間後の午前に時間を取っていただけるそうです。それまで、ボロが出ないようにお嬢様に一般教養を身に着けて頂こうと思っています。貴方も協力してくれますね?」
「はい、オネット様。」
…神官様とやらにあったら記憶は戻るんだろうか?
まぁRPGの世界の教会って万能だものね、傷が治るどころか生き返るもの。
あっ、でもあれって選ばれた人だけとかなのかな?村人は普通にお亡くなりになってるし…
回数制限でもあるとか?じゃなきゃ死体さえあれば何度でも生き返れるんだし勇者の家族やら村だって再生できるから家族全員で敵討ちにいけるものね。基準がわからん。
この世界の教会がどんなものかもわからない。
「はい、どうしましたかお嬢様。」
「神官様にお会いすると何かあるんですか?」
右手を上げればすぐに察してオネットさんが聞く姿勢を取ってくれる。
この世界では一般常識なのだろう、軽く目を見開いて、それから少し考えて
「教会にお勤めする神官になるには条件があります。」
「条件?」
資格とか?大学出とか、そういうおうちの出とかそういう?
「はい、光魔法を使えることです。」
あっ、全然違うわ。っていうか魔法!?ここで出てくるの魔法!
しかも光とか、うわー!それめちゃくちゃ強い奴じゃない?主人公定番の光魔法!!
「光魔法というのは、何ができるんですか?」
物凄くわくわくする。魔法の世界!素敵すぎる!!
カッコいいポーズとか???いやしかし教会だしね。
やっぱり闇の者に対抗する力だとか、癒しとかそういう奴かな。
「一般的なものは癒しの力でしょうか。身体的なものから精神的なものまで、力の強い神官様なら治す事ができるのです。神官になるには、大小こそあれ光魔法を扱えるもの、資質があるものでなければなることができません。しかし光魔法を扱えるのはごく少数の者、とても珍しい属性であるので、力があればだれにでもなることができる、とも言えます。教育に関してはまず教会に入れてからすればいい事ですしね。」
ほうほう…。なるほど世知辛い。
おおむね予想通りの力だけど、珍しいのか。この世界のお医者さんみたいな感じかな。
教会が病院みたいな。そういえばこの世界って宗教とかどうなってるんだろ。
教会っていうとやっぱり神様を祀ってるのかなって思うし…。
それに光魔法が使えれば誰でもで少ないって事は、もうきっと無差別だよね。
拉致問題かよ…。いや、しかし将来は約束される。子供を売る親とかいそう…。
そんなダークな世界だとは思いたくないが、良い夢ばっかじゃないしなぁ…。
それにしても属性っていった?もしかしてこの世界は魔法が当たり前?誰でも素質を持ってる?
「はい、何ですか。」
「あの、私にも何かしらの属性とか…あるんでしょうか?」
正直ちょっとわくわくしながら質問した。
だって魔法だよ?魔法!使いたい!!
けどオネットさんの反応はあんまりよくない。困ったように眉を下げ
「お嬢様はまだ属性の検査をしておりませんので…。」
「検査?」
「はい、無意識に魔法を使い判明する事もありますが、基本的には7つになった折に学院へ出向いて検査をうけるのです。お嬢様はまだ3歳なので検査はしていないのですよ」
さっ、三歳ですと!?!?
いや、小さいなぁとは思ってたけどそんな小さいの??
三歳にして、母親は死んでるわ父親は帰ってこないわ、階段から突き落とされるわなの!?
酷い…ひっどい世界だよ……父親のクズさがやばければ、階段から突き飛ばす大人もだよ……
「えぇと、アンやオネットさんはどの属性なの?」
ちょっと落ち込んだけど、今落ち込んでてもきりがないものね。
前向きに、良い事を考えよう。と二人の顔を見る。
「私は風の属性です。力は本当に少なくて、そよ風を吹かすくらいしかできませんが…」
オネットさんがすっと右手を肩まで上げ、ふぅと小さく息を吹くと同時にわずかに風が吹く。
あったかい風と初めて感じる魔法に私はただただ驚いて言葉を無くしたけれど、オネットは違う意味で取ったらしく頬を赤く染めて、魔法の才は本当に無くて、と小さくいったのが可愛くてフォローできなかった。
「私は水の属性ですが、オネット様と同様あまり才能は無くて…、こうして水の玉を作る事しかできません」
つい、とアンの指先がポットの先に触れ、そこから紅茶が小さな水玉になって浮かぶ。
ひぃぇえ、可愛い!何の役に立つかわからないけどどっちも可愛い!!
「凄い!!オネットさんもアンも凄い!!いいなぁ、私も使いたい!早く7歳になりたいなぁ…」
耐えきれなくて手を叩く。いいなぁ、魔法!
子供の頃魔法使いの真似とかしたでしょ?したよね??
自分に魔法が使えたら、箒で空が飛べたら、って。
ここは私の夢の世界なんだもの、きっと何かしら力がある筈、期待にそぐわず小さな力かもしれないけど、それでも自分に何かしらの力があるってだけでもう幸せでしょう!
いいなぁー、私も早く魔法使いたい。
「そう、でしょうか?」
つい全力ではしゃいでしまったけど、二人はまんざらでもなさそうに顔を赤くして笑っている。
「はいっ!属性はいくつあるの?」
「えぇと、確か地・水・風・火・闇・光の6つの属性があったのだと思います。
詳しくは七つになった折に専門の教師がつきますので…」
「えっ、オネットさんは?」
「私は侍女長としてお嬢様に基礎を教えているだけにすぎませんので…。」
侍女長…なるほど。上の立場だろうとは思ってたけどなるほど。
しかしそうか…、あと4年か…。使い方がわからないから試すこともできないし大人しく夢特有のご都合主義でビューンと場面が切り替わるのを待つとしますか。
「そうですか…。でも、このおうちにはいるんですよね?」
「えぇ、七歳になった折にはそれぞれの専用の教師が参りますが、私はこの御家に仕えておりますので」
ですよね。よかった、と心底思う。
厳しそうだけどこの人絶対良い人っぽいし、色々教えてくれるのはありがたい。
突然基礎が終わったのでさようならっていなくなってしまったら寂しいもの。