苦労人殿下と残念令嬢
初投稿になります。
暖かく見守って頂けると幸いです。
王子たるもの簡単に感情を表に出すべからず。
そんな事を言っていたのはどこの教師だったか……
目の前の女性の話を聞くと、大きなため息をつきたくて仕方がなくなる。
またか……と
この国の第二王子として生まれ、早17年。
国の王子である以上は5歳の時には公爵令嬢との婚約が決まっていた。
そしてこの女性は、その婚約者から陰湿ないじめを受けていると訴えているのだ。
時に、男爵令嬢の身で王族に馴れ馴れしくするとは何事だ、恥を知れと罵られた。
また時に、ドレスに飲み物をかけられ、その方がお似合いだと嘲笑われた。
そしてとうとう先ほど階段から突き落とされそうになった。
恐ろしくて仕方ない、どうにか助けて欲しいと涙ながらに訴えるのだ。
この話は一度や二度ではない。
「……アルス」
とうとう我慢できなくなってため息をつくと、隣に控える学友兼護衛のアルスに視線で合図した。
アルスは心得たとばかりに一歩前に出ると、その女性を拘束して外に向かって歩き出した。
「なっ!どうして!?」
自分が拘束されるとは思いもしなかったのだろう、彼女の目は驚愕に見開いている。
だが、これは初めから決まっていた事だ。
「お前の話が全て戯言だからだ、他に理由が要るか」
「うそじゃありません!本当にいじめられてるんです!!信じてください殿下!!」
なおも彼女は必死にすがってきたが、聞く耳持つつもりも無い。
「いじめなどあのルーがするはずも無い」
ここだけ聞けば、俺が婚約者を想い信じていると大体の者が聞き取るだろう。
だが違う、やつは…ルーは…
「あのルーにいじめを行える頭脳などある訳ないだろう!!」
そう、はっきり言ってしまえばお馬鹿令嬢なのだ。
第二王子の婚約者として、五歳の時から英才教育を受けているルーこと、ルーレイヤだが、教師の涙が止まらないほどお馬鹿なのだ。
計算をさせれば解答欄を一段間違えて書て、見難いテキストを用意した教師が悪いとわめき。
地理を勉強させれば、訳のわからない小国の名前は覚えるくせに、大国の名前ほど適当に覚える。
剣術、馬術、魔術は異常に出来るくせに、マナーの授業は気づけば居なくなる駄目っぷりだ。
そんなお馬鹿なルーが、やれ男爵令嬢だからどうの王族だからどうのなど嫌味が言えるはずもない。
通常量入れるとすぐに零すから、ルーの紅茶はいつも必要最低限しか注がれないのに、他人に掛けるほどあるわけも無く。
人を突き落とすなど考えもしないし、万が一やろうとしていたら、今頃失敗してルーが階段下に真っ逆さまだ。
そっちの方が大惨事なのだから、今頃ここに連絡が来ているはずだ、そうこんな風に…
「大変です殿下!!ルーレイヤ嬢が!!」
「なんだと!?」
結論から言えば、ルーは本当に階段に居た。
しかし、状況は全く違っていたのだ。
「誰ですの!?殿下に報告などした人は!!私のする事に文句があるなら直接おっしゃい!公爵家の名にかけてお相手して差し上げますわ!!」
息巻いている彼女だが、その姿は滑稽だ。
背中には何故か見知らぬ令嬢を背負い、息を切らせながら廊下を歩いている。
「…いったい何があったらこうなった」
周りに居た生徒から事情を聞くと、どうやらルーが階段を上ろうとした所、目の前に背中の令嬢が足を滑らせ落ちてきたらしい。
「貴女いったい何をやっていますの!?」
危うくぶつかる所だった令嬢は、怒気を含んだ表情で自分を見つめるルーレイヤに叱責されると怯えたそうだ。
しかし、次の瞬間気づけばルーレイヤに背負われていた。
「怪我などして足の形が悪くなったらどうするのです!令嬢たるもの自身の体はしっかり管理なさい!!」
驚愕して言葉が出ないで居ると
「さっさと医務室へ行きますわよ」
っと言いながら向かいだしたようだ……まだ廊下だが。
亀の歩みよろしく、ヨロヨロとしながら歩いている。いや歩こうとしている。
これでは何時医務室に着くのやら、仕方無しに護衛の騎士に運ばせようと声をかけたが、ものすごい剣幕で拒否された。
「殿下、未婚の女性が男性に触れられるなど、醜聞以外の何者でもありませんわ。彼女が不名誉な事を囁かれても良いと仰いますの!?」
本当にこのお馬鹿令嬢はそういう事だけ良く覚えているのだ。
「しかし、ルーの力では医務室まで運ぶのは無理があるだろう」
「ジャスヒル公爵家の名にかけて、一度やると決めた事はやり通して見せますわ」
名にかける所を間違っている、そしてどうせなら違うことをやり通して欲しい。
そう言えば彼女は先日も怪我をしたアルパカを背負おうとして、家人に止められていたな。
それでも無理に背負おうとして、ツバを飛ばされ酷い臭いに襲われたはず。
全く持って懲りる様子が無い。
「ルー…なんでも背負おうとするのは辞めたらどうだ」
ため息混じりに出た言葉に、何故かルーの表情が明るくなる。
薄っすらと笑みまで浮かべているようだ。
「殿下……私の身を案じて下さるのですね、でしたら妃教育をもう少し減ら……」
「勉強はもっと頑張れ!」
その後、女性騎士を探しに行かせ、見つかった騎士に令嬢を託し、やっとこの事件は解決した。
寮の自室に戻ると、婚約者があの令嬢で本当に良いのかと側近候補の学友達に尋ねられた。
俺も時々そう思う、本当にこれで良いのかと、しかし婚約者を変えようとはどうしても思えないのだ。
たまの休みに王宮の庭園を二人で歩く時、エスコートしようと手を差し伸べれば、驚いたような表情を見せる。
「婚約者なのだから当たり前だろう?」
そう言うと顔を背けて
「そうですわね、婚約者ですもの仕方ないから繋いであげますわ」
っと高飛車な物言いをする。
しかしその後、手を繋ぐと嬉しそうな、満たされたような笑みを浮かべるのを俺は知っていた。
庭園の隅で小さな花を見つけて、じっと見つめるルーに
「可愛いな」
と囁けば、花の事だと思っているはずなのに、真っ赤になってうろたえる。
その上、小さなその花を自宅に持ち帰り、庭に植え今では結構な広さに繁殖させているのも知っている。
そんな姿は本当に可愛いと思う。
何を言いたいかと言えば、結局俺はこのお馬鹿な令嬢に惚れているのだ。
この先、苦労する未来しか見えないというのに、手放せない程度には……
「まぁ仕方ないですよね、ルーレイヤ嬢ですから」
さっきそれで良いのかと聞いていた、側近候補達から出た言葉に俺は耳を疑った。
周りを見渡せば、なんだかんだ言っていた周りも苦笑いを浮かべながら頷いている。
これが、ルーのすごい所だと俺は思う。
学友達も、貴族のお偉い方も、時には隣国の使者でさえ、仕方ないなと言わせてしまうのだ。
どんなに偉そうな物言いをしても、ルーは弱者を見捨てない。
頭が足りないから馬鹿な方法ばかり考えるけれど、それでもやってる事は人助けで。
情に厚く破天荒なルーの事を、結局皆憎みきれないのだ。
今回のように冤罪をかけようとしてきた令嬢のような者も居るが、そこは今までルーと関わった者達がカバーし影から助けている。
本当にどんな強運なのか、ルーと関わった者は後に活躍するであろう才有る者がとても多いのだ。
今日背中に背負っていた令嬢も、子爵家の令嬢とはいえ、領地の作物に対して革命的な案を出したと噂の令嬢だった。
彼女のルーを見る目からするに、また一人信奉者が増えたようだ。
有事の際には心強い味方になるだろう。
自分が王太子で無くて本当に良かったと思った。
さすがにあれを国母には出来ないが、王子妃ならまだなんとかなるだろう……
願わくば、胃に穴の開きそうな案件だけは持ち込んでくれるなと思いながら、それでもルーの明るい声を聞きたいと、矛盾した心を抱えて机の書類に向かうのだった。