告白
毎日のクチナシによる礼儀作法や文字の書き方、琴や琵琶の演奏法をミズキは水を吸う乾いた地面のように吸収していく。
主人のマサキはすぐに飽きて投げ出し、クチナシ自身がニシキギの元へ参ることになるだろうと淡い期待を寄せていたが、彼女はメキメキと教育者としての頭角を現してしまう。
「ミズキ……。あなたすごいわね。この前まで下働きの娘だったとは思えないわ」
「いえ、クチナシ様のおかげでござりまする」
「もう、教えることはないわね。どこから見ても貴族の娘だわ」
ミズキはクチナシと並ぶと双子の姫のようである。二人に違いがあるとすれば、クチナシは明るく強い日の光のような笑顔を持つがミズキはひんやりとした優し気な三日月のような微笑みを持つ。身内の者や、一日中そばにいる女房でもない限り、二人の違いを見分けることは難しいだろう。御簾越しではマサキでも区別はつかない。
ミズキの仕上がりにマサキも呻く。屋敷のものでクチナシに縁談の話が来ていることを知るものは、マサキとクチナシと彼女の乳母のみだ。以前、縁談の話が舞い込んできた時には屋敷中の者にめでたき事ということで祝いの席を設けたが頑ななクチナシが行かないと言い張りその話は流れた。そのことがあって縁談の話が来ても、破談になった時のばつの悪さ故、マサキは誰にも告げることがなかった。
ミズキは仕事を屋敷内の女房どもの雑用に変えたと使用人頭に告げてあるので、彼女がこの屋敷から消えても誰も気づかないだろう。つまり、クチナシとミヅキが入れ替わってもそれを知るものは本人たち以外に居ないのだ。
またマサキの頭を悩ませるのはクチナシがやけに教育者として熱心になってきていることだ。
ミズキの出来栄えに満足すると、彼女はまず教養の足りない女房にも学問を与え始めることとなる。文字は読めてもかけないものが多く、そのものたちに仮名を教えはじめ、更には漢字まで書かせ、漢詩を読ませる始末だ。
マサキの子供には姫が多く、数年前にやっと跡継ぎが出来たばかりで、ついつい末娘のクチナシに男児に施すような教養を与えてしまった。
今は、それを悔やむ。
「これでは、ますます縁談が無くなるな……」
諦めと呆れが同居する表情でクチナシに告げると「あら、お父様、婚姻だけが女の道ではありませんよ」とのたまう。
「やれやれ……」
もう口出しする気力もなく、すごすごとマサキは引き下がった。
とうとう都から迎えの車がやってくる日が来た。
ミズキは長旅故、軽装ではあるが上等な装いで静かに部屋に座っていた。女房達は支度の後片付けにわいわいと部屋を行ったり来たりしており騒がしい。クチナシはあれこれと指示してきぱきとミズキの持ち物を整えさせる。ミズキの――クチナシに来ていた話――輿入れはそもそも後宮入りする正式なものではない。女官のように出仕することもなく用意された屋敷にて親王を待つ身になる。それ故、華美な都入りは避け、身一つで来られよとのことだった。
マサキが様子を見に、やってき、ミズキの装いを眺め「ほうほうっ」と感嘆する声をあげた。
扇で少しだけ顔を隠し、ミズキはマサキを正視することなく品よく頼む。
「お人払いを……ご主人様とクチナシ姫様に少しお話が」
「ん? さすがに緊張でもしてきおったのか? よしよし――お前たちは下がるがよい」
クチナシを残して女房達は素早く部屋を出て行く。
「このような支度をいただきありがとうございます」
「ミズキはまるで妹のようだわねえ」
「うーむ。わしも、お前が最近は娘のように思えてきておったところだわ」
親しみと感嘆の表情をする二人にそっとミズキは漆黒の腰ひもを差し出す。
「こちらを、ご覧いただけますか?」
「ん?」
マサキが両手にとり美しい光沢をもつ黒い帯を端から端まで目を通し、隅の家紋を見つける。
「こ、これは――兄のものではないか……どうしてこれを」
「私の母はマサキ様の兄上のアオキ様と結ばれ、その腰ひもをくださいました……」