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とりかえばや

 ミズキは地中深く掘られた穴に胎児のように丸まったユズルハの姿を目に焼き付けるようにまばたきせず見つめ続ける。鍬で土を母親にかける男たちと一緒にミズキも両手にいっぱい土をすくい掛けた。土が重くないようにと祈りながら。

 少しだけ盛り上がった土の上にユズルハの好きだった山葡萄を一房置いた。身の軽いユズルハは喉の乾いた父親によく山葡萄をとってやったと話していた。父親はユズルハが死ぬちょうど一年前の今頃逝った。ユズルハが頻繁に会えない父親の話をするときの嬉しそうな若々しい表情は彼がまるでいつもそばに居るかのようだった。死に顔はまるで、これから父親が会いに来ることを夢見る表情だ。


「とと様、今かか様が参ります」


 埋葬される前に涙を出し切ったおかげでミズキはもう泣くことはなかった。ユズルハに別れを告げて、山を下りた。


 手伝ってくれた男たちに礼を言い、下働きに戻るべく屋敷の裏手に回ると、庭の木を選定していた使用人の男が声を掛けてきた。


「ユズルハは残念だったな。思いやりがあっていいおっ母だったのにな」

「ありがと。あんまり苦しまなかったからよかった」

「そうか、そうか。――ああ、そうそう、おめえが帰ったらクチナシの姫さんが部屋に来いって言ってたぞ」

「クチナシ姫が? おらをですかあ?」

「うん。急ぎじゃあないみたいだけど、身綺麗にしたら行ってくるといい。今日はそんなに気張って仕事しなくても誰も何も言わんよ」

「ん。ありがと。川で洗ったら行ってみる」


 目を細め、深いしわを刻んだ初老の使用人はミズキの後姿を見送ってからまた作業を始めた。


 山とは反対側に今度は川へ向かい土手を降りて水辺に近づく。幅広く穏やかな川は青い空を映し、より青い水を流し続けている。

 ミズキは身体を伏せるように川に身を寄せた。揺れる水面でも土まみれで薄汚れている姿がわかる。


「どうして呼ばれるんだろう」


 理由が全く分からないまま、黒い手と足を洗った。顔も洗おうかと思ったが、あまり顔立ちを見られたくないが故にやめた。何度か見かけたことがあるクチナシの顔を思い浮かべ、自分の顔を水面に移す。はっきり見比べたことはないが似ている顔立ちだ。


「顔のことでなければよいが……」


 懸念であればと思いながら、早く心配事を片付けたいミズキは意を決して草鞋をきゅっと鳴らしクチナシのもとへ向かった。


 裏口から屋敷の庭に向かうと顔をしかめたマサキが腕組みをして仁王立ちになっている。ちらっとミズキに一瞥をくれると「なんだ」と不機嫌に問うので「はい、だんな様、クチナシ姫様に呼ばれまして……」と頭を下げて告げた。クチナシの名前を出したことがまたマサキの機嫌を悪くしたらしく、ますます眉間にしわを寄せ「待っておれ」と言い、「お前が呼んだものが来ておるぞ」と翠簾に向かって声を掛ける。機嫌が悪くても温厚なマサキは使用人に当たり散らすことはないため屋敷中の者から慕われていた。すぐにカサカサと翠簾が巻き上げられ、クチナシが顔をのぞかせる。


「まあ、待ってたわ、これっ、こっちへ」

「は、はあ」


 頭を下げたまま廊下で座り込むクチナシの前に行くと、待ってましたとばかりに侍女が湯の入った小さな桶から手拭いを取り出しミズキの顔の汚れをぬぐう。


「あ、な、なにを」


 抵抗を見せるミズキに老女の力は強く肩を抑えられ、顔をゴシゴシ擦られた。


「何をしているのだ」


 唖然とするマサキにクチナシは「いいからからいいから。そのままそこにいらして」と含み笑いをして終わるのを待っている。


「終わりました。姫様」


 侍女は汚れた手拭いを桶に入れすっと立ち去った。

 顔を擦られ赤く熱を帯びた頬を撫でているミズキの両肩を持ち、くるりとクチナシはマサキの方へ向かせた。


「ほら、お父様」

「ややっ、なんとっ」

「ねっ」

「うーむ」


 マサキはクチナシとミズキの顔を交互に見比べる。もうひと唸りして「そっくりじゃな」と呟いた。

 ミズキは顔の事で様々な追及と追放を同時に懸念し、身を小さくし頭を深く下げた。


「この娘に代わりに行ってもらえばいいと思うのよ。この者はもう身内がいないんですって」

「馬鹿を申すな。どうしてお前の代わりなどが務まるのだ。何を考えておるのだ!」


 驚愕から困惑、激怒へとマサキは様々に表情を変える。

 ミズキには何を話し合っているのかはわからないが、自分には関係のないことのようでほっとしていた。


「宮様のところへ参るのは年が明けてでしょう? まだ三月以上あるわ。その間になんとでもなるわよ。もし私が参ったらどんな粗相をするかわかりませんよ?」


「クチナシ! お前という娘は。この父を脅しおって」

「嫌なものは嫌です」

「お前を、甘やかしすぎたわ……」


 赤ら顔をますます赤くさせマサキは扇を握り込んだが、それ以上父親の権力を見せつけることはしなかった。今まで断った縁談とは違い今回は皇族からの申し出である。断ることは家の存続にもかかわることであるし、クチナシの言うように嫁いでからの粗相も程度によろうが一族に影響しかねない。


「で、お前にも話しておかないとね。名は?」

「ミ、ミズキと申します」

「歳は」

「十七になったところです」

「あら、同じじゃない。ちょうどいいわね。実は私に身分の高い方から妾に参れと言われてるのよね。皇太子候補だから相当高い身分だし、地方受領の娘にとってはかなりいい話なのよね」

「はあ……」

「でも、嫌なの。私は心から愛する人と一対一の夫婦になりたいの。宮様にはすでに正室も、側室もおられるのよ」

「馬鹿なことを……」


 目を輝かせながら話すクチナシにマサキはため息をつく。一夫多妻で、身分と経済状況によって婚姻なされることが世の中の常識であるのに、風変わりな思想を持つ娘にマサキはめまいを覚える。


「人ってそのように差があるものでしょうか? お優しければいいのでは? どんな理由であれ夫婦になるのは縁ではないでしょうか」

「へえ。ミズキはそう思うの……。じゃあ、ちょうどいいじゃない。私の代わりに宮様のところへいって頂戴」


 にっこりと笑みを見せるクチナシにミズキはしまったと思ったが後の祭りだった。

 苦渋の表情を見せるマサキにクチナシはどんどん話を進め、ミズキは三か月間クチナシのもとで花嫁修業をすることとなってしまう。そしてマサキの娘として次期皇太子候補のニシキギの妾となることになった。


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