11 即位
安穏とした日々を送っていたが大王の容態が芳しくなくなり、いよいよニシキギが即位すると噂が流れ始めた。都から少し外れていても、やがて噂はミズキにも伝わってくる。ニシキギからは、中央の政の話を一切聞かされておらず、女房の噂で外の姿を知るしかなかった。この屋敷にニシキギが訪れるのは静寂と安らぎを求めに来ているのだ。噂によれば、弟のヤマブキがますます放蕩にふけっているようで、都に落ち着かず出歩いてばかりいるようだ。
ヤマブキは利発で才気あふれる様子は、誰の目に見えても明らかであるので、本来なら大王の立場を一番に争うべき相手になるが、彼は位には、権力には関心がなく、ニシキギを慕っているが故、このような放蕩を演じているのだ。
ニシキギもまたヤマブキを可愛がっているので、彼の自由を妨げないために欲するわけでもない大王の位へと昇るのだ。
賢明な二人には大王の地位が飾りであって、自分たちが権力を発揮する身分でないことは重々承知している。大臣の一族が力を持ちすぎているのだ。
ニシキギにとって生ける人形となることを受け入れてはいるが、常に息苦しさを覚えている。ミズキはまるで彼にとって干上がる寸前に沸いた泉のようだった。ミズキに触れ、交わすことで彼は日々を過ごしているのだ。
「即位すると、しばらく会えなくなるが許せ」
「お渡りになるのを待っております」
親王の身分から正式に皇太子の身分へ変わり、やがて大王となる。ミズキはニシキギがどんな立場に変わろうとも彼自身が変わってしまいませんようにと祈るばかりであった。
ニシキギが皇太子となり、公務のためミズキの屋敷への訪れが途絶えると彼の様子を知るには更に噂に頼るしかなかった。しかし耳に入れたくないことも多い。正室と側室への渡りが増え、それぞれ仲睦まじいということだ。どちらの姫も見目麗しく、たおやかで素晴らしい和歌を詠むという。
今更ながらにクチナシの「愛する人と一対一の夫婦になりたい」という言葉が胸に刺さる。「優しければよい」と言っていた自分の方が現を知らない童であったのだと思う。屋敷を訪れなくともニシキギは何かしら贈り物と文を届けてくれており、不自由することはない。しかしミズキにとって彼のいない空間は虚無であるのだ。
朧月夜の夜にやっとニシキギが渡ってくることとなり、ミズキは珍しく懸命に香を焚き、髪をすき、赤い紅をひく。
「やっと会えたな」
ニシキギは少し痩せた面持ちでにこりと笑い、ミズキのはす向かいに静かに座った。瓶子をかたむけミズキはそっと酒を盃に注ぎながら自身が喜びで指先が震えているのが分かった。
「もう、おいでにならないかと……」
思わず口をつく不安にニシキギは真顔で「私をそんな薄情なものだと?」と静かに返す。
「いえ、つい。申し訳ございません」
「いや、私も悪かった。もっと早くここへ来ればよかったのだが、何分不自由でな」
その不自由さは政であるのか、正室との関わりであるのかミズキは聞きたくても言葉に出すことはなかった。
すっと差し出された手をとり、そばに引き寄せられニシキギの温もりを感じてやっと会えたという実感が沸いた。




