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 規則的な轟音を発し続ける滝の音が突然、断続的に途切れ、不規則なバシャバシャという音と共にニシキギの頬に雫がかかり、その冷たさに彼は身体を起こし滝のほうに目をやった。

 薄衣一枚で若い女が滝の中に立ち、手を合わせている。小さな滝とはいえ落下する水の勢いは強く、女はうなだれたまま顔を起こすことが出来ずじっと打たれる岩のように堪えている。意図的に覗いているわけではないが申し訳なさを感じ、立ち去ろうとしたが祈りの集中を妨げることもまた悪しと思い息をひそめて見守ることにした。


 落ちる滝の水と女を眺めていると、まるで水と女が一体化したように感じ、更には自分自身も溶け込んでいきそうな錯覚を覚え意識がもうろうとしかけた瞬間、また滝の音に不規則な音が混じり女が滝つぼから上がってくるのが見えた。こちらの方へ向かって歩いてくる。見つかると覚悟したが女はそっと横にそれ、茂みに入り薄衣を脱いだ。冷え切ったのか濡れて張り付いた黒い髪から覗く唇とはかなげな乳房に乗っている小さな蕾は先ほど口にした山葡萄のような色になっている。

ニシキギは口の中に甘酸っぱさを感じ、沸いてきた固唾を静かに飲みこんで息をひそめる。女が乾いた薄衣をまとい、腰に艶やかな黒い腰ひもを巻くのが見えた。重ねて着る衣は質素な色合いであるが、漆黒の腰ひもによりこの女がこのあたりの豪族の姫であるということが分かった。すっかりと衣服を整え、生乾きの髪をかき上げると明るい日の光に照らされた女の顔が映し出される。整えられていない黒い眉が意志の強さを感じさせ、髪と同じ漆黒の瞳は深い闇のようだ。

水の中では精霊のように見えたが生身の娘なのだと実感している間に女は消えていた。ぼんやりとするニシキギの耳に「宮様、どこでらっしゃいますか」と播いた筈の供の声が聞こえ我に返った。




 新しい翠簾が風に揺れ、青い匂いをまき散らす中、部屋では屋敷の主人であるマサキと娘のクチナシが言い争っている。


「絶対いやです。いくら皇太子候補でも」

「そういうな。彼に見初められて嫌だという娘はお前くらいだぞ。もう少し落ち着いてよく考えなさい。他の姫たちはもう嫁いでいるのに……。これ以上のところは望めないのだぞ」

「嫌だったら嫌です!」

「こ、こらっ」


 クチナシはまだまだ説教が足らないといったふうのマサキをその場に残し、すっと立ち上がって部屋を出る。


「どこで見られたのかしら。先日の花見に出かけたときかしら。殿方に姿を見られるようなことは決してなかったと思うけど」


 磨かれた廊下の真ん中を悠然と歩いていると、何やらがやがやと使用人が騒いでいるのが聞こえた。庭を挟んだ使用人の宿舎に人だかりと女のすすり泣きが聞こえる。

 庭の手入れをしている一人の使用人に声を掛ける。


「これ、何を騒いでるの?」

「え、ああ姫様。飯炊き女が亡くなったのです。今から埋葬するところです。ご主人様にはさっきお伝えしたところです」

「そうなの。気の毒に。あの者は?」

「ああ、死んだ女の娘です」

「他に身内はいないの?」

「ええ、母娘二人きりでしたからねえ」

「ふーん」


 泣いている娘は使用人の割に凛とした美しさをもち、更には顔立ちが自分と似ていることに気が付いた。薄汚れた着物と顔を押さえている手はあかぎれ、貧相な様子だが汚れを落とし磨けばなかなかの器量になるだろう。


「身内はいないのね。ふ、ん。あの娘に埋葬が終わったらあたくしのところへくるように申し付けて」

「えっ。姫様のところにですか」

「ああ。明日でも良いわ」

「へ、へい」


 板に乗せられむしろをかぶされた亡骸が運ばれていく。そのあとを顔面蒼白な娘がよろよろとついて行く。そんな様子を眺めながら自分の思惑に少し胸が痛んだが、これから孤独になる娘にとっても悪いことにはなるまいと、踵を返し自室へ戻った。

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