(9)
「今の映像を見る限り、この人、カメラに気づいています。通るとしたら、一つ反対側とか」
「……」
四人はビルの外に出て、あたりをぐるっと回り始める。
清川が口を開いた。
「あっちもこっちもカメラがついてますね」
「この周辺のカメラの全てに気づいているとしたら? どうしますかね」
「あのカメラの位置からして、大通りに向かおうとしているわけだ」
「可能な限り別の道を行きたいんじゃないですか?」
「何個仕掛けられますか?」
亜夢が中谷に言う。
「持ってきているのは三個だけど、あのビル以外だとオーナーに許可を取る必要があるね」
「地下とかを通って、カメラを避けることはできないでしょうか?」
「大通りまで出れば地下通りがあるが、こっち方向はない。だいたい、そこは川だし」
「川? ちょっと行ってみませんか?」
「亜夢ちゃん何か気づいたの?」
「中谷、『乱橋さん』だ」
「川なら、橋の数には限りがあるから」
「なるほどね」
全員で歩きはじめていたが、清川が立ち止まる。
「あの、そっちに川なかったですよ」
「?」
「多分、川の上はあっちもこっちもビルが立ってしまってます」
「そうか、そうだったな……」
亜夢は、向かっていた方向に人の意識を感じた。
「!」
「どうした?」
亜夢が走り出した。
「清川巡査」
加山が指示するかしないかのタイミングで、清川は亜夢を追い始めた。
「加山さん。何があったんですか?」
「超能力、なんじゃないか?」
亜夢がビルの角を曲がると、先の角を逆方向に曲がっていく人影を見つけた。
『単独行動をするな』
振り返ると清川巡査が走って追いてきた。
「急いで」
清川の手をとると、亜夢は曲がっていった人物を追いかけ始めた。
「どうしたの?」
「おそらく、映像に映っている人物です」
「マジ?」
「だから急いでください」
角を曲がると、先にフードをかぶった人物が走っている。
「あの人?」
亜夢は答えない。しかし、その人物を追っている。
「ねぇ、あのひと?」
清川は息を切らしながら亜夢に問いかける。
亜夢は後ろを向いて口に指を立てる。
「静かにしてください」
苛立っているようだった。
亜夢がまた前を向いたときには、フードをかぶった人物が消えていた。
二人はは見失ったあたりまで走り、左右の道を素早く確認した。
「ごめん、私のせいだ」
清川巡査が息を切らせながらそう言う。
「いえ」
亜夢もそれなりに苦しそうに答える。
「けど、あの映像で犯人はフードをかぶっていたかしら?」
「こっちに気づいて、フードをかぶった感じです」
亜夢は左右のどちらに曲がったかはわからないが、正面の坂を見つめた。
大通りからこっちへ向かってくると、昔あった川の上にビルが立ち並んでいて、さらにその奥に並行して道が走っている。
その向こう側の坂は、全体に丘のように高くなっていて、住宅街になっていた。
「この通りを左右どちらかに行ったか」
「坂なので、坂をまっすぐ登っていっても見えなくはなりますね」
「つまりどの方向にも可能性はあるのね」
「この通りよりは、住宅街の方が可能性は高いですが」
「あれ?」
清川が何か思いだしたようにそう言った。
「ここ、なんか来たような」
「思い出せますか?」
「ちょっと歩けば思い出すかも」
清川が先になって、坂を登り始めた。
坂を登っていくと、大きなお屋敷ばかり並んでいた。
「まだわかりませんか?」
「……」
清川が見つめている先に、大きな屋敷があり、その前には小さな建物が立っていて、警官が警棒を持って立っていた。
「ポリボックス?」
「誰だっけこの家」
「同じ警察なんですから、そこに立っている人に聞いてみたら?」
亜夢は言うが、清川は近寄ろうとしない。
「なんか嫌な思い出があるんだよね」
清川は踵を返す。
「えっ、どうするんですか? せっかくここまで来て」
「追いかけてる人は見失っちゃったんだし、事件と関係ないことを思い出しても無駄だしさ。加山さんのところに戻ろう」
亜夢は屋敷の方向を見て、スマフォの地図を確認した。
「……」
「ほら、戻ろう」
二人は防犯カメラのあったビルに戻り、四人で相談しながら、結局、そのビルの角の二箇所にカメラを仕掛けることにした。
かんたんな粘着テーブで、いたずらされにくい高さに貼り付ける。
「通常の防犯カメラの死角側を捉えるから、もし一週間以内にまたここを通るようなら映っているだろう」
「一週間というのは?」
「カメラの記録限界さ。一応、通信で送らせることも出来るけど、それやると電源が必要だからね」
そう言って、中谷は取り付けたカメラが撮影する映像を、タブレットで確認しながら調整している。
「私がここで待っている、というのは?」
「張り込みってヤツだね。映像の人物が犯人だって判ってからならできなくはないけど」
「そうですか……」
加山は亜夢の様子をじっとみている。
「今日は、これから被害者…… 全員警官だったんだけどね…… の話を聞きに行くって」
「皆さん、回復したんですかね?」
清川が言った。
「結構、ひどい怪我だったって聞きました」
「命に別状はなかったし、もうだいぶ回復している。現に何度か事件当時のことを聞きに行っている。今日は、乱橋くんが話を聞くことに意味がある。こっちの質問が変われば、連中も別のことを思い出すかもしれない、という訳さ」
「なるほど。亜夢ちゃん、責任重大ね」
清川が肘で亜夢をつついた。
「……」
「そんなに真面目に反応すると思わなかったわ。軽い冗談よ。亜夢ちゃんの思ったことを聞けばいいわ」
「それでいい」
「行きますか?」
「じゃ、車を回してきます」
「車を止めたのは寺だろう? 全員で歩いてこう」
警備室を出ると、全員で車を止めているお寺の方へ歩いた。
歩きながら、亜夢は誰にというわけではなく訊ねた。
「電撃を出した、と思われる、あの映像の中心にいた人物ですが、何か容疑があるんですか?」
「公務執行妨害と、傷害容疑だ」
「それは以前にやったことですか?」
「いや。あの映像でやったことだ」
「けど、周りを警官で囲ったってことはあの映像以前にも何か容疑があったのでは?」
加山は大きく、ゆっくり息を吐いた。
「いや。この周辺で別件があってな。道路を封鎖してたんだ。そのとき、あの男がいきなり警察官を殴ってきて」
「あの男?」
「乱橋さん、あの人が男じゃない、とか思ってるの?」
「警察署でも誰かが男、って言ってましたけど、すこし疑問です」
「……まあ、それで周囲にいた警官が慌てて追いかけたんだ」
「そうしたらあそこで電撃を?」
「そうみたいだな。封鎖していた方の事件も結局犯人を捕まえられなかった」
「ちょっと待って。清川さん。なんで乱橋くんの腕に掴まってるの?」
振り返った中谷が、亜夢と清川が腕を組んでいるのに気づいた。
先頭を歩いていた加山も立ち止まって振り返った。
「え? 変かな?」と清川。加山がたしなめるように言う。
「女の子同士でショッピングをしているんじゃないぞ。今は勤務中だからな」
「はい」
清川は亜夢の腕を離した。
「その道路を封鎖していた事件というのは?」
「殺人だよ。黒焦げ殺人、つい最近ニュースになったろう? 知らないかい?」
中谷は亜夢の方を向いて手を広げた。
亜夢は何か気づいたように中谷の目を見た。