(8)
困惑する亜夢の肩を叩き、振り向かせ、両肩に手をかけエレベータの方へ押しはじめた。
「……」
亜夢は洗濯場を振り返りならがらも、押されるがままにエレベータに向かった。
亜夢は準備を終えると、清川に連れられて加山と中谷の待つ会議室へ行った。
加山から、今日調査する場所と方法について語られた。
「……ということで、この地区を捜査する。乱橋くんがもし映像の人物を特定した場合は、一人で追いかけたりしないように。必ず私か中谷に言うんだ」
「清川さんは?」
「むろん、清川巡査に言ってもらっても構わん。とにかく乱橋くんの単独行動は厳禁だ」
亜夢は「はい」と言ってうなずく。
「では出発だ」
四人が立ち上がると、亜夢の正面にいた中谷が話しかけた。
「昨日は寝れた?」
「はい。このキャンセラーのおかげです。これ、どっかで売ってないんですか?」
中谷が何か話だそうとしたところを、加山が手で口を抑えた。
「乱橋くん。悪いが、このキャンセラーについては他言無用だ。捜査協力が終わったら、中谷の方で預からせてもらう」
亜夢は清川にたずねる。
「(他言無用ってなんですか?)」
「絶対、言っちゃダメってこと」
「なるほど」
四人は警察署の裏手の駐車場に移動し、一台のパトカーに乗り込んだ。
清川巡査が運転し、亜夢は後ろの真ん中に、両脇に加山と中谷が座った。
亜夢はあることに気がついた。横に並ぶ車のドライバー、乗客がこちらをチラチラみてくるのだ。
「加山刑事、何故皆こちらを見るんでしょう」
「警察車両が珍しいんだろう。気にするな」
「……」
中谷の口元が動いたが、何も言わなかった。振り返ると加山が中谷をにらんでいた。
「とにかく気にするな。すぐに慣れる」
車が大通りを外れて路地に入ると、加山が言った。
「そこらへんでいったん下ろせ。ここらだと、あのお寺さんに言ってとめさせてもらえ」
「わかりました」
清川が返事をする。
「さあ、降りて」
亜夢は周りをみながらパトカーを降りた。
高層ビルとはいかないが、路地側にもビルが並んでいるオフィス街だった。
車が走っていた表通りとは違い、人影もまばらだった。
加山について歩くと、路上の隅でタバコを吸っている男たちがいた。
「あ、あの、こっち睨んでます……」
「気にするな。パトカーから降りると目立つから見ているだけだ。お前、ヒカジョじゃ喧嘩の女王らしいじゃないか。何ビビってんだ」
「ビビってません」
ムッとした顔つきになり、加山の前をすたすた歩き始めた。
「そっちじゃない」
加山に言われて道を戻り、またその後ろをついてあるいた。
そのまま裏通りを歩いていると、見たことがある風景が目に入ってきた。
「あっ、ここ」
亜夢の声に、加山が答える。
「そうだ、昨日の映像の場所だ」
しばらく歩くと、道を撮っている防犯カメラも見えた。
「なんとなく焦げ跡がありますね」
「カメラは交換してつけなおしているんだが、周りまではきれいにならなかったようだな」
亜夢は映像の中心に映っていた人物が立っていた場所に進む。
「ここから……」
カメラの側を振り向く。
「ということは」
そう言って、カメラの向こうを見ている。
「何か見えるの?」
中谷が亜夢の後ろに回る。
「遅くなりました」
清川巡査がやってきて、加山に頭を下げる。
「寺の住職には言ったか?」
「はい」
加山はその場で真上を見上げる。
亜夢が見ていると思われるところを見つめるが、何があるのかわからない。
「何を見ているのか、言ってくれるか?」
「……」
亜夢は何も答えない。
場の全員が亜夢の答えを待っていた。
「捜査の協力をしてもらうために来てもらったんだが」
「まだぼんやりしたイメージだけなので。すみません」
亜夢は両手を前で重ねて頭を下げる。
加山の目尻が少し上がった。
「この新しいカメラにしてからの映像は見れますか?」
「中谷。頼む」
加山は中谷の肩をポンと叩き、内ポケットからタバコの箱を取り出しながら路地の後ろへ消えた。
「お願いすれば見せてくれるはずだよ。行こう」
「加山さんは?」
「……」
中谷は何も答えなかった。
かわりに清川が亜夢の手を引いた。
「亜夢ちゃん、ちょっと」
少し中谷と距離を取ると、
「あなたがさっきのことに答えないから、加山さんがすこしイライラしてるみたい」
「そうでしたか」
亜夢は首を小さくうなずいた。
中谷がビルの裏口から入り、警備室の人と話をしている。
すぐに話しがついたようで、中谷が手招きした。
小さな部屋に幾つかのモニターが並んでいた。
「椅子が足りなくてすみません」
警備員は済まなそうに言った。
「いつぐらいの映像をごらんになりますか?」
中谷は部屋のカレンダーをみて言った。
「新しいカメラつけたのはいつでしたっけ?」
「事件の二日後です」
「ここか」
中谷はカレンダーの日付を抑え、亜夢の方を見た。
「じゃあ、そこから六倍ぐらいで」
「六倍?」
警備員はリモコンを見ながらボタンを押すと、映像の再生が始まった。
そもそも秒なんコマも撮っていない映像が、六倍で再生されると、何が映っているのかはっきり認識が出来なかった。
朝夕や、天候の変化で、急に明るい画像になったり、暗くなったりするのがかろうじて分かる程度。
亜夢はそれをじっと見ている。
「止めてください」
慌てて警備員がリモコンを操作する。
「すみません、リモコン借りてもいいですか?」
「いいですよ。操作わかりますか?」
「わかりません。時刻の指定のしかただけ教えてください」
亜夢はリモコンを受け取り、言われたとおりに操作しながら、時刻を打ち込んだ。
「ちょっとここをみてください」
映像が再生される。
中央に、昨日タブレットで見たような位置に人物が歩いてくる。
中谷が気がついたように声を上げる。
「あ、こいつ、昨日の……」
「え、何なんですか?」
「清川巡査は見ていなかったか」
「ほら、カメラに気づいたようにうつむいて」
「事件の後も、ここにくる、ということか?」
中谷は亜夢からリモコンを取って、画像をもう一度再生した。
「顔が、良く、映ってないな」
亜夢は、後ろで見ていた警備員に話掛けた。
「あの、警備の方ですよね?」
警備員は姿勢を正した。
「あの人、見かけたことないですか?」
警備員は落胆したような顔になり、首をふった。
「何度か警察の人にも聞かれているんだけどな」
「そうでしたか。すみませんでした」
「何度かきている、ってなれば、話は別、ってことはないですか?」
「うーん、けどこの映像じゃあわからないね。この時間帯だとビルの中の巡回とかしているからな」
亜夢は唇を指で触りながら、何か考えている風だった。
清川が、中谷に話しかけた。
「これ以外の角度のカメラないんですかね」
「どうだろう。たしかこっちはこのカメラだけだったような」
「なら、仕掛けるか」
清川と中谷が一斉に振り返り、言った。
「加山さん!」
「中谷、同じ場所の低い位置にモバイルカメラを設置しろ」
亜夢は立ち上がる中谷を止めた。
「またここを通るかは疑問です」
「乱橋君、何故そんなことを言う」