(7)
「そうだ、ちょっと急だったんで、私、下着を持ってきてないんです。買えるところないですか?」
「そうか。だから……」
清川はなにか気づいたようにそう言った。
「ああ、ちょっと買い物に行こうか。大丈夫よ、気に入ったのはないかもしれないけど、売っているところはあるから」
「良かった」
亜夢は胸のまえで手を合わせるようにして、そう言った。
警察署を出ると、二人は大通りを歩いてから、地下に入った。
地下街の店は殆どシャッターが閉まっていて、数件ある飲み屋の客と、フラフラ歩いていく酔っぱらいのおっさん以外、すれ違うこともなかった。
「都心には来たことあるの?」
「いいえ。小学生のころは関東に住んではいたんですが、都心には滅多にこなかったんです」
「じゃあ、そのころに超能力があるって分かったの?」
「あ、あの…… そういうのは余り言わないで欲しいんですが」
「あっ! ごめんなさい」
清川巡査は口を手で抑え、頭を下げた。
「じゃ、話題を変えよっか。さっき、加山さん達がさっさと出ていったでしょ? あれなんだか分かる?」
「終電に間に合わないからじゃないですか?」
「車で帰るんだから終電なんてかんけいないのよ。加山さんはあなたのことを考えて急いだんじゃないかしら」
「えっ……」
「あなたが下着を持っていないのを知ってたのか、知らなかったとしても何かしら女性同士で話させようと、したんだと思うよ」
「そっか。だから」
「中谷さんは何を考えてたか知らないけどね」
亜夢は笑った。
地下鉄の駅付近まで歩くと、コンビニが開いていた。中には会社員らしいスーツの男と、バイト帰りか大学生のような男の人が一人、本を立ち読みしている。
「(なんか恥ずかしい)」
亜夢は小声でそう言った。
「(大丈夫。私も買ってるから。私が後ろに並ぶからなにを持ってレジに行ったか見られないし)」
亜夢はうなずいてカゴを取った。
「あ、そうだ。乱橋さん食事は?」
「まだです」
「じゃあ、食べるものを選んで、そっちは私が買うから」
「え、遠慮します」
「そうじゃないの、お金はちゃんと署から出るから大丈夫、安心して」
「そうなんですか、何でもいいんですか?」
清川はうなずいた。
亜夢が手招きするので、清川が行くと、おにぎりの棚から一種類ずつカゴに入れはじめた。
「えっ…… ちょっと、何個食べるの?」
「あ、まだですよ」
亜夢は、スパゲティと焼鳥、サラダをかごに入れた。
「おにぎりが…… 10個、スパゲティに焼き鳥、サラダ…… まあ、金額的には問題ないけど」
亜夢が清川に向かって手を合わせた。
「スイーツも良いですか?」
「ええ。 ……けど、食べ切れるの?」
「雰囲気的には、ちょっと足らないかな、って感じです」
「マジ?」
亜夢はニッコリ笑った。
清川巡査はすこし呆れ気味だった。
その後、亜夢はやっと下着を選びレジに並んだ。
二人は買い物を終えると、地下道を着た通りに戻った。
人気が無くなった頃、清川は言った。
「あのさ。下着を買うより、こんなに食べ物買う方が恥ずかしいよ」
「大丈夫ですよ。周りの人はこれを一人で食べるなんて思いませんから」
「はぁ…… 確かにこの量ならそうかもね」
署に戻ると、二人は休憩室に入った。
「仮眠室は食事できるような場所がないのよ」
清川はそう言ってテーブルの椅子を引いた。
同じようなテーブルが幾つかあって、窓際で一人同じようにコンビニ食をとっていた。
亜夢は清川の向かいに座ると、コンビニ袋をテーブルに置いた。
「清川巡査は食事は良いんですか?」
「私は夜勤だからね。もう少し夜が遅くなってから食べるの」
「すみません。それでは頂きます」
「どうぞ」
すると、おにぎりのビニールをむき始めた。
あっという間におにぎりが口の中に消えていった。
「えっ?」
清川は亜夢の手元をじっと見ていた。
小指を器用に使って真ん中の線を引っ張ると同時ぐらいに左右も引っ張って、ワンアクションでおにぎりが完成していた。
「何それ、どうやってるの?」
「(もぐもごもごごもごご)」
「あ、ゴメン。後で良いから」
おにぎりも、一口二口と消えていき、三口目には腹に収まっている。
「何なのこの娘」
亜夢には聞こえないよう清川は顔をそむけてからそうつぶやいた。
しばらくその様子を眺めていたら、宣言通り、あっと言う間におにぎり十個を食べきった。
「すごいわね……」
「海苔がなければもっと食べれるんですけどね」
「何? もっと食べれるの?」
おにぎりのむき方を聞くつもりだったが、もっと食べてれるという方に驚きがいった。
「海苔は結構口の中での抵抗が大きいんで」
清川は自分が食べたわけもないのに満腹になった気になって、ため息をついた。
その間に亜夢は壁際にある電子レンジのところへ、スパゲティと焼鳥を温めに行った。
亜夢が戻ってくると、清川は言った。
「そう言えばさっきのおにぎりのむき方だけどさ」
「(もぐもごもごごもごご)」
「また?」
亜夢は自分の胸をドンドンと叩いた。
「だ、大丈夫?」
清川は立ち上がって亜夢の後ろに周り、背中を軽く叩く。
「ご、ごめんなさい。さっきのおにぎりのやつですけど。うちの学園で流行ってんですよ。だから練習したんです」
「そ、そうなのね。学校にいる頃って、変な事が流行るのよね」
清川は微笑みながら椅子に戻った。
食事を終えると、シャワーを浴びて下着を着替えた。
亜夢は脱いだ下着を洗剤で洗って干した。
「合宿所みたいでごめんね」
清川がすまなそうに言う。
仮眠室に案内されると、なるべく暗くなりそうな場所を選んだ。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
清川が仮眠室を出ていくと、亜夢は中谷から借りたキャンセラーを頭につけた。
「これ付けてたら、寝返りは出来ないな……」
しかし、これがないと超能力干渉電波が出ている都心では、超能力者は寝ることが出来ない。干渉電波のノイズが、超能力者の脳に直接影響を与えるのだ。
都心には、事件、事故の要因になりかねない超能力者を、都心から遠ざける為に張り巡らされたアンテナがある。携帯電波の受信アンテナに併設され、干渉電波を出しているのだ。
亜夢はタブレットで見せられた映像を思い出していた。
確かに中心に映っていた者にはとてもじゃないが、電撃を出すことはできないだろう。
しかし、映っていないもう一人がいるとしたら……
考えても答えが出ない問題で、悩んでいると、いつの間にか亜夢は目を閉じ、眠りについていた。
亜夢は目を覚まし、うがいをすると、昨日洗って干した下着を取り込みに洗濯場に向かった。
警察署内のエレベータを下りて、道に迷っていると、清川巡査が現れた。
「清川さん」
亜夢が呼ぶと、清川は反応して背筋がピンっとなった。
「ら、乱橋さん、どうしたの?」
「えっと、昨日下着を干していたところに行きたかったんですけど、場所忘れちゃって」
「ああ…… それならこっちよ」
清川がクルリと向きを変えて亜夢を案内する。
洗濯機と洗濯ロープが張ってある部屋に入ると、亜夢は首をかしげた。
「……どうしたの乱橋さん?」
「ないんです。下着」
「?」
清川もざっと洗濯ロープをみて、指差した。
「確か、ここにかけたわよね」
その先には確かに下着が干してある。
「違うんです。それじゃないんです」
「そうかしら? 場所が同じなら、多分これなんじゃないかしら」
「……」
「もしかしたら、誰か間違えたのかもね」
「どうしたらいいんですか?」
困った顔で清川をみつめる。
「とりあえず、これを持ってたら? 女子職員に間違えてないか、当たってみるけど」
「えっ、他の人のを持っていくんですか?」
「大丈夫、洗濯したからここに掛けてるんだから」
亜夢はじっとその下着を見つめる。
「大きさは大丈夫そうですけど……」
清川がパッとその下着を取って、亜夢に押し付けるように渡した。
「大丈夫、大丈夫」