(39)
清川が叫ぶ。
「中谷さんが犠牲になってくれるそうです。すみませんが、合図をするので背中を押しながら立ち上がりましょう」
「おお」
「あい」
亜夢は中谷と清川の状態を確認して、合図を始めた。
「行きますよ、せぇーの、はい!」
背中をぶつけあい、よろよろと三人は立ち上がった。
「じゃあ、中谷さん、思い切りひぱって引きちぎります。力を入れて耐えてください」
「ああ」
「せぇーの!」
手錠の金属が触れる部分を硬質化させる。一瞬、鋭角にとがった亜夢の腕が、金属を裂き、輪を砕いた。
「やった」
「まさかそこまでやるとはね」
フェイスマスクをした女性が鉄の階段の上に立っていた。
「あなたがあの時のライダー?」
「そうよ。やっぱりさっき仕留めておけば良かったかしら?」
亜夢は言った。
「あなたは本当の悪党じゃない。だからさっき私達を殺さなかった」
階段をゆっくりと降りてくる。
亜夢は清川側の手錠の鎖部分を見て、そこを指でつまんだ。
「!」
ライダーの足が止まった。
「あなた、どこまで非科学的潜在力があるの?」
パチン、と音がして、亜夢が触れていた鎖が切れた。
「局所的に熱を作って、鎖を切るなんて、なかなかやるじゃない」
両手が自由になった亜夢は、清川と中谷のアイマスクを取り去った。
「今度は局所的に風をおこした…… どこまで出来るの? 頭がいいのかしら」
「?」
亜夢は女が言っている意味が分からなかった。
「学校で習わないだろうけど、非科学的潜在力って普通、特定のことを克服するために発達するのよ。あなたのように万能じゃない」
女は階段の奥を振り返り、何かぼそっとつぶやいた。
そして、階段から身構えると、言った。
「けど、万能であるがゆえ、一つの事は不得手なはず。だから身体補助能力であれば私の方が上」
弾むように素早く跳躍すると、空中で前転した。亜夢が振り返る前に、その背後に着地してしまう。
「!」
そのまま、女は蹴りを繰り出す。
亜夢は、肺が飛び出したのではないか、と思うほど強く背中に当てられる。
足で踏ん張らず、宙に飛び、体をひねり、回転させながらその力を流す。
片足ずつ順番に着地し、しゃがみ込むと、払うような回転蹴りを右、左と交互にまわす。
女はバックステップして、右も左もかわしてしまう。
亜夢は急いでバック転して、女と距離をとる。
「やるじゃない。なんか習ってるの?」
亜夢は首を振る。
「何にも。特撮ヒーローを見て覚えただけよ」
女は亜夢の話を聞いて大声をだして笑いだす。
「何がおかしいのよ」
「いや、関心してるのさ。見ただけでおなじようなワザがだせるなんて…… それこそ漫画だな」
「あなただってさっきのクルクル前転するやつなんか、漫画みたいなことできるじゃない」
「あれは非科学的潜在力があるからだ」
「なら私だって」
「さっきも言ったろ? 万能な非科学的潜在力はありえない」
亜夢は自分の存在を否定されたような気がした。
「自分は頑張ってこの力を得たのに」
女は左拳ををすーっと伸ばしてきた。
「あの時の」
清川がつぶやくように言った。
非科学的潜在力比べをしようというのだ。
お互いの拳と拳をぶつけ合う。超能力込みのパワー対決。
「全力よ」
亜夢はうなずき、相手の左拳へ、そっと左拳を合わせに行く。
ちょん、と触れ合うと、互いにバックステップして、得意の拳を後ろに引き、それを突き出す。
高速で繰り出される拳が触れ合うか、という瞬間。
ドン、と音がすると、陽炎のように空気が歪んだ。
「うわっ」
「きゃっ」
亜夢と女は右手と右手を突き出したまま動かないのに、清川と中谷は吹き飛ばされたようにしりもちをついていた。亜夢と女の拳を中心として、波紋ができたように見えた。
「中谷さん。二人はまだ、やってるってこと?」
「表情からすると、そんな感じだね」
力と力の勝負。
女の額からは玉のような汗が落ち、一瞬目を閉じた。
「えっ?」
そのまま女は前のめりに倒れ、亜夢が慌ててそれを抱きとめた。
「亜夢ちゃん、どういうこと?」
「おそらくですが…… 私の最初のインパクトが堪えたみたいです」
「えっ、死んじゃったの?」
「死ぬことはないと思います。呼吸もしていますし、鼓動も感じます」
亜夢が、ゆっくりと女を床に寝かせた。
「けど、しばらくは目を覚まさないでしょう。早くこのことを伝えないと」
「伝えるのもそうだが……」
中谷は清川の制服を見て、銃やパトレコがなくなっていることを確認した。
今度は亜夢の方を見て、その首に『超能力キャンセラー』がかかっていないことに気付いた。
「まずいな…… 銃とか、パトレコとか抜かれてる。乱橋くんはキャンセラーを取られてる」
「あっ!」
清川と亜夢は、今気づいたように手で体を確認する。
「絶対に探して取り返さなきゃならない。俺は探すから、二人はこのことを伝えて」
亜夢は女のパンツのポケットからプラスチックの札を取り出した。
「それなら、この52番の札でホテルのクロークにあずけてあります」
亜夢はそう言うと、札を中谷に投げた。
「えっ?」
「さっき、この女の人が考えていたことを読んだんです」
「わかった。じゃあ、今度は、本部にこのことを伝えて」
「はい」
亜夢は清川の手を引いて鉄の階段を上った。
ステージ裏の暗い通路を走っていると、前方に光る車輪が見えた。
亜夢は、車椅子と思って警戒した。
「どうしたの?」
「さっき、あそこに車椅子の車輪が見えました」
「誰かいるってこと?」
亜夢はうなずく。
ゆっくりと通路を進んでいく。車輪の見えたあたりにくるが、誰もいない。
二人はそのまま壇上を降りて会場を走り抜けようとした。
「待て」
壇上の反対側にスーツの男が立っていた。
今回の製品発表会の主役であるCEO。男は、ゆっくりと二人に近づいてきた。亜夢は清川の手を投げ出すように放して、会場の奥、緩やかに上がった先にある、出入り口を指さした。清川は必死に走り始めた。
「待て、と言ったはず……」
スーツの男が、飛び上がろうとするところに、一瞬で滑るように移動した亜夢の蹴りが飛ぶ。
男は飛び上がらずに、両腕で蹴り足をガードした。
「サエコくんを倒した…… んだね」
接触により記憶を読まれた、と思った亜夢は、慌てて蹴り足を戻した。
スーツの男が軽く振った腕に、弾かれたように亜夢が後ろに下がる。
「君の力を軽く見過ぎていたよ。もっと警戒すべきだった」
「神島ポール直人…… それがあなたの名前ね」
「今の一瞬で、私の頭をスキャンしたと見せかけたいのかな? 単なる知識だろう。なにしろ私は有名だからね」
亜夢は何も言い返さなかった。
神島はゆっくりと上着を脱ぐと、会場側の椅子へ投げた。それは紙飛行機のようにすーっと飛んで、椅子の背もたれに掛かった。




