(3)
「はぁ…… 長かったね」
「同じことを何度も話すのがこんなに面倒だとは思わなかった」
「亜夢も大げさね。何度もって言ったって警察と職員室の二回じゃない」
「こっちでさ……」
亜夢は自分の頭を指でつつく。
「テレパシー? ってこと?」
「うん。あっちからこっちから聞かれてやんなっちゃった」
「全員に同時には伝えられないの?」
「出来るのかもしんないけど…… 私はまだ出来ないから」
奈々は何か気付いたように手を叩いた。
「だから職員室であんなに無駄なくスラスラ話せたのね」
「そうかもね」
奈々は亜夢の背中をやさしく叩いた。
「亜夢、おつかれさま。私は大した超能力じゃなくて良かった」
「……」
亜夢は突然立ち止まった。
そして奈々が一人でスキップしながら教室に戻っていくのを見つめていた。
「この学園にいるってことは、能力がない…… 訳ないよね」
「?」
奈々は聞こえなかったようで、不思議そうに亜夢の方をみる。
「なんでもない」
亜夢にテレパシーが入る。
『喧嘩になった…… 加代とアキナ。教室の後ろで、お互いモップを持ってやりあってる。亜夢止めて!』
「奈々、教室は前の扉から入って」
「なんで?」
「教室の後ろで喧嘩してる。後ろから入ったら巻き込まれる」
「うん」
「先に行く」
そう言うと、亜夢は急いで教室の後ろへ走った。
扉を開けると、アキナが加代の頭にモップを叩き込むところだった。
加代はモップを横にしてそれを受けようとしている。
「やめなさい!」
ガツン、とモップがぶつかった直後、アキナは亜夢の方を振り返る。
「!」
加代は防いだモップをそのままクルリと回して、アキナの脇腹を目掛けてモップを振った。
「危ない!」
アキナのモップがするっと動いて、加代のモップと十字にぶつかる。
勢いでアキナのモップは弾かれ、床に転がってしまう。
加代のモップも、ぶつかったショックのせいか、弾かれて床に飛び、クルクルと回る。
アキナの顔が、何かを我慢するかのようになって、額から汗が流れてくる。
加代も歯を食いしばっている。
教室の前の扉から、奈々が入ってくる。
「どうしたの?」
奈々は状況が分からず、後ろの騒ぎを見ている生徒に尋ねる。
「亜夢がめっちゃ怒ってるのよ」
「?」
振り返って、質問をしたのが奈々だと知ると、女生徒は言った。
「そっか、奈々は分からないんだっけ」
見ていると、まずアキナが倒れるように膝をついた。
「ごめんなさい」
しばらくすると、加代も手をついて床に膝をついた。
「ご、ゴメンナサイ……」
奈々がもう一度その娘の袖を引っ張ってきく。
「何があったの?」
「亜夢が強力なテレパシーで思考を押さえつけたのよ」
「へぇ……」
「いやいやいや…… やる方も簡単じゃないし、亜夢にやられたらたまったもんじゃないんだから」
「そ、そうなんだ」
「見たでしょう、あの汗……」
亜夢がアキナの手を取って引っ張り上げるように立ち上がらせた。
確かにアキナの額から激しく汗が流れている。
加代も立ち上がったが、こっちも体中に汗をかいている。
「超能力を使った喧嘩って、モップを飛ばしあったり、黒板消しやチョークが飛び交うんだと思ってた」
「あっ、やっぱり……」
奈々に説明していた娘は肩を落とした。
「あなたもそうだと思うけど、この学園の生徒でそんなことしているの見たことないわ」
「そうなんだ…… えっと」
「あっ、私はかえで。本村かえで。えっと奈々ちゃんっ… で良かったっけ?」
「八重洲奈々です。よろしくお願いします」
「奈々ちゃん。超能力を意識して使ったこと無いかもしれないけど、凄く力をつかうのよ。手でモップを投げるのと同じだけエネルギーがいるの。わかるでしょ?」
奈々は指を立てた。
「そうか、手を使った方がより力を使わない、ってこと?」
「まあ、まあ、そういうこと。上手く使えない力だけで何かしようとしてるより、目の前のホウキ使って殴った方が早いし確実なわけ。まあ、三つめの手としては使うかもね」
「三つめの手?」
「両手で相手を押さえつけてから、黒板消しを顔に飛ばすとか。そういうことよ」
奈々は手の平をポンと叩いた。
「なるほど」
奈々は亜夢の方を指差して言った。
「で、かえでちゃん。さっきの亜夢がやったのは?」
「あ、あれは……」
ガタガタっと席を正す音がした。
次の教科の先生が入ってきたのだ。
奈々はそのまま席に戻った。
授業が終わると、奈々の席にアキナがやってきた。
「あんた奈々だよね」
小さなウエーブの髪が胸の辺りまで伸びている。黒髪というより、少し栗色に近い。足首まで隠れるかという長いスカートをはいている。
奈々とは対照的な服装だ。
「うん。そうだけど」
「アンたのせいでな!」
奈々は制服の襟をつかまれた。
アキナがそのまま引っ張り上げるから、奈々も立ち上がる。
「私のせい?」
「止めなさい」
教室の奥で亜夢がそう言って立ち上がる。
「けど、こいつのせいで」
「なに、私のせいでなにがあったの?」
奈々には何がどうなっているのか分からない。
「先生達が、亜夢を連れてくって」
「えっ? 亜夢が捕まっちゃうの?」
「奈々、違うよ、警察の協力をしろってことみたいなの」
「何がなんだか分からないよ」
「アキナ、とにかくその手を離しなさい」
パッと離すと、奈々は糸が切れたように席に座った。
本村が後ろを振り向くと、説明を始めた。
「うんとね。今回の痴漢騒ぎがあったでしょ?」
奈々はうなずいた。
「そんでもって痴漢やろうを亜夢がぶっ倒したろ?」
奈々はアキナの方にうなずいた。
「警察が事情を話している時、計測器使ってたの覚えてる?」
奈々は後ろからやってきた亜夢の方へうなずいた。
「亜夢が警察に目をつけられちまったんだよ」
「痴漢の容疑者を倒しちゃったでしょ? それで警察に脅されたとかって先生達が…… 」
「ほら、お前のせいじゃないか」
「アキナ。もうやめて」
そう言って亜夢はアキナの腕が動かないように後ろから捕まえる。
アキナをちらっとみて、本村が言った。
「これが原因で加代と喧嘩になったのよ」
「警察に脅されたって、先生が言ったんですか?」
「読めちゃうっていうか、分かる娘がいるのよ」
「やっぱりそれも超能力ですか?」
本村はうなずいた。
「そんな他人の考えていることが分かるなんて……」
「違うのよ。説明するけど」
本村の説明によると、他人の考えていることが分かるのではない。
先生からのテレパシーなのだという。
奈々は不思議そうな顔をして言う。
「この学園の先生は超能力がない、ことが条件なんじゃないですか?」
「そうよ。生徒は超能力があるから、それと共鳴したり、能力育成しないように、教師は一切超能力がないはずなのよ」
「さっき警察が持ってたような測定器にでないような力さ」
「すごく小さいってこと?」
「そう。だから、無自覚なんだ…… あっ、テメエ、これ先生に気づかれたらまずいんだぜ。分かってんのか?」
またアキナが奈々の胸ぐらをつかもうとする。
「そういうのが聞こえちゃう人がいるの」
「誰?」
「それは……」
本村が話しかけたところを、亜夢の手がふさいだ。