(2)
「まぁ…… それくらいは」
「下半身を出したままそれに触らせようとしたんです」
「そうね。うん。それはそうね」
女性警官は簡単にメモした。
「ちょっと分からないのは、さっきは、あなた達が被疑者を追いかけてたってことだけど」
亜夢が手で追いかけっこの様子を示しながら話した。
「こっちが逃げてる内は、アイツは私達を追いかけてきたんですが、交番が見えると、急に逃げ出して」
「ああ、なるほど」
「捕まえてもらうから、私が追いかけて、奈々が交番に連絡に行った、ということです」
「そこで霧の中で…… いろいろあって…… 雷が落ちたってことね」
女性警官は、小林側が訴える場合もあると言った。
「だから、念の為ね」
そう言って、亜夢の持ち物をチェックすると言った。
「ちょっと、ごめんね」
そう言うと、服の上からあちこちを触ってきた。おそらく何か武器を持っていないかを確かめているのだろう。スタンガンとか、そういうものがあるに違いないという考えだ。
亜夢の体を触るだけ触って、首をかしげる。
「やっぱり雷? 気象庁の発表にはないのよね」
小声でそう言い、ペンでメモを叩いていた。
もう一台パトカーがやってきて、路肩に止まった。
出てきた警官が、二人の制服をみると言った。
「ヒカジョ」
奈々の顔が引きつったように見えた。
「あっ? なんだその顔は?」
ヒカジョと言った警官は、奈々の表情を見て言った。
奈々に連れてこられた、交番の警官がキョトンとした表情で後から来た警官にたずねる。
「ヒカジョってなんですか?」
「非科学的潜在力女子学園…… 略してヒカジョ」
「?」
後からきた警官は目を閉じた。
「いくらこっちに配属になったのが三日前とは言え、ここまで言ってわからないのか?」
「はい」
「こいつら、超能力者だよ」
「えっ!」
最初からいた交番の警官は、急に腰の警棒をとって身構えた。
「ま、マジですか」
「雷が超能力によるもので、アイツが訴えたら、お前らも捕まるぞ」
警官は手首を揃えたような仕草をする。
「超能力なんて使ってません」
亜夢は無表情に言い切った。
「ここでは証拠はないが……」
「使ってません」
「こちらの方が見てたじゃないですか」
警棒を構えた警官は、急に話を振られて慌てた。
「えっ、そ、そうです。何も見えませんでした」
「霧が濃かったんだろう?」
「まぁ、そうですが、こちらの娘は見えるところにいましたが、何もしてませんでした」
「ふん。まあいい……」
警官はグッと、亜夢を睨みつける。
それから警棒を構えている警官に振り向いて、
「お前もヒカジョに何か言われてもホイホイついていくな」
「犯罪を助長するようなこと出来ません」
「ヒカジョなら痴漢ぐらい自分でなんとかするんだ、こんなふうに」
「だから、何もしてません」
「どうだかな」
後から来た警官は現場を片付けもせずパトカーに戻った。
警棒を構えていた警官は、警棒を収めると言った。
「いいんだよ。君たちにだって平等に人権はあるんだから」
逆に、一般的にヒカジョには人権がない、って思われているような言い方だ。
「ボクはあの交番の勤務だ。何か犯罪があったら、今日のように知らせてくれ」
警官はそう言って奈々の方をじっと見つめる。
「はいっ!」
奈々は、急に可愛らしい表情を作って警官の手を握ろうとする。
警官はほおを少し赤くして、避けるように手を後ろに回した。
「さ、さあ。君たちも帰って良いよ」
「ありがとうございました」
「……」
奈々は丁寧にお辞儀をし、亜夢は無言でその場を立ち去った。
奈々と亜夢は学園へ向かっていた。
「もう授業始まっちゃってる」
亜夢が言うと、奈々が思い出したように言った。
「あっ、警察の人から、先生に話して貰えばよかったね」
「話はもうとっくに行っているとおもうよ」
「そんなこと警察の人言ってた?」
「奈々は分からないんだっけ?」
亜夢には学園の何人かからの情報が入っていた。
「なんのこと?」
「奈々、テレパシー強くないの?」
奈々はうなずく。
「なんかそういうイメージないんだけどなぁ……」
亜夢は首をかしげる。
超能力はテレパシーから始まる、と言われている。
それほど基本的な能力なのだ。何かを、手足や道具を使うのではなく、考えたりするだけで動かせる力、その基本となるのがテレパシーなのだ。電子の動きを読み取ったり、考える力で電子をコントロールして、相手に考えを伝えたりする。
次第に力が強くなるに従って、電子よりも大きいものーー陽子や中性子といったものも動かせ、さらに気体、液体…… と比重の大きいものへ影響を与えられるようになっていく。
従って、超能力の強い者はおしのべてテレパシーも強い。
「じゃスマフォ」
亜夢は指で四角を作って、その四角を指でなぞるような仕草をした。
「スマフォ? ……そっか」
奈々はそう言うと慌ててスマフォを見る。
メッセージアプリに何か入っているかを確認した。
ひっきりなしにメッセージが入ってきて、確かに大騒ぎになっている。
「……ほんとだ」
亜夢も自分のスマフォを見てみる。
奈々が痴漢にあった、とか亜夢も一緒だとか、先生が向かっているとか。
「先生がこっち向かってるって……」
「……」
「亜夢、何してるの? 逃げようよ」
亜夢は道路を指さす。
小さな軽自動車がノロノロ走ってくる。
「音がしないから気が付かなかった」
車がとハザードを出して止まると、運転席から白髪のお祖父さんが出てきた。
目は開いているかどうか分からないほど細く、シワも多いため、怒っているのか笑っているのか判断に苦しむほどだった。
白髪であるのは、頭髪だけでなく、眉毛や口ひげも同様に白かった。
そんな風に肌や頭髪は老人であったが、ただ、背は高く、亜夢よりも大きかった。そこらの人より姿勢が良いため、余計に大きく見える。
間違いない、という感じに、二人はうなずきあった。
亜夢と奈々は、その老人が正面に来ると、頭を下げた。
「が、学園長、えっと……」
「バカもんっ!」
声質は老人だが、音量は大きい。
二人はビクッとして背筋を正した。
「……わかっとるか?」
亜夢は奈々の方を横目で見るが、奈々は首を横に振る。
「わかっとるか」
「わかりません」
「わからんのかっ!」
シワだと思っていたところが『カッ』と開き、二人を睨みつけた。
「警察にしらせるのもそうだが。君らから学校に連絡がないのは何故じゃ」
「が、学園長へは連絡していませんが、担任には連絡して」
「担任にも連絡しとらんっ! あれは君の能力で伝えただけじゃ。毎日毎日、言っとるのに。そうやって非科学的潜在力を使っている内は、社会に復帰できんのだぞ」
「(使わなくても、能力が消え去らなければ復帰は出来ないよ)」
亜夢がボソリと言った。
「こらっ! そうやって諦めるな」
「……だって。社会には超能力者を追い出す為に変な電波だしてるじゃない」
「超能力干渉電波のことか」
「あれがある限り、私達は社会には戻れないわ」
「だからといって、社会と違う世界を生き続けるわけにもいかんのじゃ。いつかは学園を出ねばならん。学園外の常識を身につけることが必要なんじゃ」
老人は亜夢の肩に手を乗せた。
力強い手だった。
「奈々くんも」
「はい」
「わかったかね?」
「……わかりました」
二人は学園長の運転する軽自動車に乗り、学園へ戻った。
職員室で一通り今朝の出来事を説明すると、二人はようやく解放されて彼女たちのクラスへと戻った。