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非科学的潜在力女子  作者: ゆずさくら
非科学的潜在力女子
1/42

(1)

 霧。

 あたりを包み込む霧。

 それは二、三メートル先しか見えないほど、濃いものだった。

 その霧の中を一人の少女が歩いている。

 髪は肩のあたりで切りそろえており、どこかの学校なのか、制服を着ている。

 少女は、歩いているアスファルトの道路ではなく、左に分かれた農道の何かに気づく。

 確かに、鳥やカエル、川のせせらぎに混じって、人の息が聞こえる。

 少女はその分かれ道に立って、強くその方向を睨む。

 レーザーでも出すかのような鋭い眼光。

 すると、その方向の霧が晴れていく。

 霧をほうきで履けるなら、スッと払ったように、まっすぐ道が出来た。

「見つけたっ!」

 霧が割れた先で、男は息を切らせながらこちらを振り返る。

 男は作業服のような、グレーの上下を着ている。

「お前っ、許さないぞ」

 男の興奮して裏返ったような声。

 口で息をしながら少女の方へ歩き出した。

「逆ギレ?」

 ゆっくりと距離が縮まる。

 見ると男の方が明らかに背が高い。身長差三十五センチはある、体重差はどのくらいだろう……

 格闘をしたら明らかに不利だ。

「あなたこそおとなしくしなさい。もうすぐ警察がくるから」

 少女は、さっきと変わらぬ鋭い眼光。

 男を怖がる様子はない。

「俺は捕まんねぇんだよ。お前をぶっ倒して逃げるからな!」

 男は拳を振り上げて走りはじめた。

 その後ろを、霧がまとわりつくように追いかける。

「霧よ」

 祈りのような、囁くような声。

「うわっ……」

 まとわりついていた霧が、男の体に巻き付くように強く速く流れる。

 吹き付けられる霧は、体にぶつかると水になって、顔や手、服もびしょ濡れになっていく。

 あまりの風の強さに男は、顔を腕で覆う。

「なんでお前には…… この風が……」

 少女と男の間はほんの数メートル。なのにも関わらず、一方へ強く吹き付けるばかりで、少女の髪やスカートは揺れる程度だ。

 非科学的な力が働いているかのようだ。

 よく見ると、地面から白い煙のように、霧がどんどん舞い上がり、男の方へ吹き付けられる。

 今、まさにこの場で作られている霧であり、風なのだ。

 さっき男を見つけた時といい、この少女が霧を操っているとしか思えない。

亜夢(あむ)ちゃん、警察の人連れてきたよ」

 優しい声、というか、緊張感のない声。

 少女を亜夢と呼ぶ少女も、同じ制服を来ている。後ろが刈り上げているようなショートボブ。

 霧の少女、亜夢と呼ばれた少女は振り返る。

奈々(なな)まだ来ちゃダメ!」

 声が届いたのか、届かいないのか、奈々と呼ばれた少女は霧の中を走ってくる。遅れて警官の帽子がうっすら見える。

「あっ、亜夢ちゃん!」

「!」

 亜夢は、奈々に気を取られている隙に、男に背後から腕を回され、首を絞められてしまった。

 警官、奈々、亜夢、作業服の男。霧の中、全員が確認出来る距離に入った。

「こらっ、それ以上こっちに来るな」

 さっきまで男を襲っていた霧の流れはなくなっていて、また周囲の濃度を増していく。

「亜夢ちゃん!」

「君…… 小林恒夫だね。執行猶予中にこんなことをすると実刑になるぞ」

「うるさいっ! 近づくな、この女の首を締めて殺す」

 亜夢は強い力で体ごと持ち上げられ、どんどん後ろに下がっていく。

 霧が濃くなるのと、距離が離れていくせいで、奈々や警官がどんどん見えなくなっていく。

「亜夢ちゃん!」

 亜夢は再び霧を睨みつけた。

「またおかしなことを始めようとしてるな。だが、今度はお前を盾にしてやる」

「小林、こんなことやめるんだ。逃げ切れないぞ」

「だから近づくな!」

「奈々、近づかないで。言う通りにして」

 そう言いながら、ずっと上の方の霧を睨みつける。

「そうだ。そこでじっとしてろ」

 小林は亜夢の首に腕をかけたまま、ずるずると農道を後ろ向きに歩き続ける。

 霧は白色でその流れは分からなかったが、小林と亜夢の上空で激しく動いていた。

 警官と奈々の顔は霧の向こうに消えてしまった。

 向こうからこちらも見えないだろう。

「さあ、そろそろこんなところはおさらばだ」

 そう言って絞めていた首を放した。

 亜夢は喉を抑えながら農道にしゃがみ込む。

 小林は亜夢の正面に回った。

「安心しろ。逃げるのはお前をボコボコにしてからだ」

 小林の拳が振り下ろされる。

「(いなずま)」

 祈りのような小さな声。

 言ったか言わないかの間に、雷が小林の体に走る。

 焦げる程の電流はない。

 が、痺れて気を失うには充分だった。

 筋肉が痙攣するように振動して、亜夢の顔に拳が振り下ろされることはなかった。

「……ふぅ」

 亜夢は立ち上がると、声を上げた。

「奈々っ、もう大丈夫よ!」

 霧の先で影が動いた。

 しばらくすると奈々と警察官が二人を見つける。

「……おい、君、大丈夫か?」

 警官は倒れている小林に問いかけた。

「君、彼に何をしたんだ」

「……何も。いきなり雷があって」

「かみなり?」

 警官は小林が生きていることを確認し、無線で応援を呼んだ。

 奈々がその場を少し離れてから、亜夢に手招きした。

「おい、君たちまだ帰っちゃダメだ」

「ちょっと話をするだけです」

 亜夢が近づくと、奈々は耳元に手を当てて言った。

「(超能力を使ったの?)」

 亜夢は、小さくうなずいた。

 今度は亜夢が奈々の耳元に手を当てて言った。

「(空気を激しく動かして、電気を起こしたの)」

 奈々は指を立ててクルクルと回した。

 亜夢はそれをみてうなずき、笑う。

 奈々も笑った。

「とにかく、良かった」

 

 

 

 救急車と、警察官が後何人かきて、二人はことの顛末を話し始めた。

「学園へ行く途中、急にあの男後ろをつけてきて」

「二人で、気持ち悪いねって話してると」

「急に走りはじめて、私達を追い越して」

「それは別に問題ないじゃないか」

 奈々が亜夢の方を見て、うなずく。

「そうじゃないんです。前に回ってこっちを向きながら『ほら……』とか言って」

「どこが痴漢なんだ?」

「だから、『ほら……』って言って」

 亜夢は、小林がしたような仕草をした。

 股のところのチャックをおろすように手を動かす。

「?」

 警官は真面目な顔で首をかしげる。

 亜夢は腰を突き出すようにして言った。

「下半身を露出して来たんです」

「おお、そうか」

 亜夢と奈々は顔を見合わせて、小さな声で話す。

「(そうか、じゃねぇだろ)」

「(わざと言わせてる感じしますね)」

「で、それだけかな?」

 何かメモを取っているのか、取っていないのかわからないような感じだった。ただ、会話は録音はしているようだった。

「そんなもんじゃすまなくて、奈々の手をとって、強引に下半身にもっていくもんだから、あいつの腕を引っ叩いてやったら、私の肩を掴んできて」

「おお…… なんか痴漢らしくなってきたね」

「……」

 警官の表情をみて、亜夢は額に手を当てた。

 そして、パトカーの方を指さして言った。

「女性の警官の方に変わってもらえませんか?」

 目の前のメモをとっていた警官が手招きすると、女性警官がやってきて、小型録音機を渡された。

「男性には話し辛いんだと」

「それで、どうなったんです」

「あいつが下半身を擦り付けてくるから、振り払って逃げたんです」

「えっと…… 被害は亜夢さんだけ?」

「奈々も手を掴まれました」

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