第04話 女もそうさ、見てるだけじゃ始まらない・前編
「事件だよ、蓮河くん!」
ある朝のことだ。
相も変わらず賑やかなホームルーム前の教室で、自分の席でひとり憂鬱そうにしていた信二郎の元に、千手が突如としてやって来てやや興奮気味に言った。
机に身を乗り出すような姿勢の彼女の顔が、気付いた時には間近にある。
不意のことに思わず身を引く信二郎だが、千手は構わず続けた。
「さっき聞いたんだけど……今朝、南校舎にある映画研究会の部室に誰かが侵入して、部屋中を滅茶苦茶に荒らして行ったんだって!」
「へ、へえ……そうなんだ? 変わり者の泥棒だね」
「それがね、不思議なの。調べたら盗まれたものは何も無くて、代わりにパソコンとかDVDとか、映像のデータが入ってるようなものだけがひとつ残らず、バラバラにされちゃってたんだって」
「きっと他の学校の嫌がらせなんじゃないかな」
真っ直ぐこちらを見て、率先して詳細を報告してくれる千手だが、信二郎はといえば出来るだけ顔を合わせずに、努めて素っ気なく振る舞おうとする。
「ほら確か、もうすぐ市の学生映画コンクールがあるって、張り紙が出てたろ。映研の人たちも最近忙しそうだったし、それなりに賞金も出るとかって……」
「中庭側の窓ガラスが、耐震用の鉄骨ごと真四角に切り裂かれてたらしいよ? それもベランダも何も無い、三階部分の……」
「……きっと身軽な泥棒だったんだよ」
信二郎は目を合わせずに、尚も抵抗を示し続ける。
「海外で偶にいるじゃないか……屋上からロープ伝って侵入する凄い奴が。ガラスとか鉄骨を切ったのは、多分レーザーカッターとかそんなので」
「いや信二郎、流石に無理があるでしょう。たかだか高校の部活ですよ。そんな札束や宝石が隠してあった訳じゃないんだから」
真後ろの席で聞いていたソラが、とうとう我慢しきれずに首を突っ込んでくる。
ぐぐぐ、と信二郎は悔しげに口元を歪めた。黙っていてくれればいいのに。
「警備員のおじさんが、両手に刃物のついた大きな怪物が逃げるのを見たって、さっき話してたよ」
「幻覚じゃないかな。このところギューマが暴れてるからね、酔っ払った状態でありもしないものを……」
「その人、お酒が一滴も飲めないって」
「……じゃあ、霧のスクリーンに太陽が映り込むブロッケン現し――」
「今朝って確か、雲がひとつも浮かんでないぐらいの快晴だったって」
「あの信二郎……もうやめにしましょう、やめに」
これ以上はアホらしい、とばかりにソラが手を振りながら再びそう言ってきた。
「千手さんが関わるのを躊躇っているっていうのは、まあ分からんでもないですが……情報提供ぐらい、素直に受け取ったらよくないですか?」
「……分かった、教えてくれたことには感謝するよ」
信二郎は渋々とだが、千手に向かって礼を告げる。
「けどここから先は、ボクとソラだけの仕事だ。牧奈、キミは危険だから何があっても深くは関わらないこと……いいね?」
「……うん、分かってる」
特に反論するでも、不満を浮かべるでもなく、千手は素直に頷いてくれた。
それから彼女は小さく手を振って、自分の席へと戻っていく。
「気を付けて頑張ってね、蓮河くん、ソラさん」
「こちらこそ助かります、千手さん」
相手と同じく、にこやかに手を振り返すソラだったが、当の信二郎は明後日の方角を向くばかりで終始ノーリアクションだ。それを目にしたソラが、呆れたようにため息を吐いてきた。
「信二郎貴方ねぇ、せめて微笑み返すぐらいしても、罰当たらないんじゃないですか?」
「冗談じゃない……ボクはむしろ、彼女に愛想を尽かして貰ったほうが安心できるんだ」
「まったく素直じゃないんですから」
「余計なお世話!」
強制的に話題と気持ちを切り替えるが如く、信二郎は机を軽く叩いてから言った。
「まあ、とにかく……牛魔獣がこの辺をうろついてるのは確かみたいだ。ソラ、授業が終わったら早めに、みんなに話を聞いて回ってみよう」
「シナイバッファローに続き、学校に出てきたのは二体目ですか……こう立て続けだと皆さんも、変事には敏感になっているかもしれませんねぇ」
「一日も早く、安心を取り戻さなくちゃね」
「では、早速行動を開始するとしましょう」
ソラが求めるように、小さく片手を挙げてみせた。
信二郎はやや億劫そうに、だが仕方ないという風に自らの手を軽く打ちつける。
パシンという乾いた音を合図に、今日もまた魔獣退治の一日が幕を開けた。
* * *
校内で調査を開始して、あっという間に半日が経過した。
時計の針が指し示す時刻は、既に放課後。
信二郎たちの活動は、早くも行き詰っていた。
「ソラ……そっちはどうだった……?」
「いやー、あははは……それが驚くほどさっぱり」
「収穫なし、ね……。残念だけどこっちもさ……」
中庭に集合した信二郎とソラは、お互い疲れ切ったように背中合わせになりながら、ベンチにぐったりと座り込んでいた。彼らの言葉通り、その表情にはどう解釈しようと成果の喜びらしきものは見出せない。
彼らの少し頭上には、現在ではブルーシートで覆われた南校舎の壁面が見えていた。その端から僅かであるが、牛魔獣の仕業らしき鋭利な切断面が覗いている。
その被害跡を視界に捉えながら、ソラは思わず苦笑いして言った。
「以前と違い、敵が活動始めたばかりってのもあるでしょうが……考えてみりゃ私も、転入たかだか半月余りの新参ですしね。情報収集が可能なほど、大した人脈だって持ち合わせちゃいませんし、正直見立てが甘かったのかもしれません」
「それどころかボクの方は、露骨なぐらい余所余所しい態度とられたよ……話聞こうとしても、なんか曖昧に笑って離れて行っちゃうしさ……クラスの連中以外は大体みんな同じ反応だった」
ため息交じりな信二郎の報告を聞き、ソラがまたも微妙な表情になる。
「それは……あー……きっと皆さん、急用か何かが出来てしまって、それで」
「そのフォローは、かえって傷を抉るんだよねぇソラ……」
「あだだだだだ、痛い、痛いですって信二郎、どうかおやめになって。目が笑ってないですってば、目が」
笑顔のまま怒りマークを浮かべ、ソラの両頬を指でつまんで広げる信二郎。
その手をパシパシ叩いて解放を求めるソラ。
とはいえ何処となく漫才染みたやり取りに発展させられるだけ、ただ落ち込むよりはマシになっているのかもしれなかった。
しばらくそんなことを続けていると、信二郎のスマホに着信が入ってくる。
「はい、もしもし……えっ、それって何処で!?」
通話を初めて間もなく、深刻そうな声を上げる信二郎。
ようやく解放された両頬を撫でさするソラは、一転して怪訝な顔となった。
「……どうかしたんですか?」
通話を切った時点から、信二郎はかなり苦い表情を浮かべていた。
「……町の見回りしてた、教団の連中からだった」
「ああ、そういえば最近、自主的にパトロール始めたんでしたっけ」
「うん……危ないから、よしとけって言ったんだけどなぁ」
「美菜子さんの一件があったとはいえ、存外あの人らも積極的ですよねぇ……」
信二郎たちの脳裏に、以前の苦い記憶が呼び起こされる。
信二郎の実家・ゲンドー会の信者である女子高生・灰島美菜子が起こした例の事件だ。
彼女の曲界力から生み出された牛魔獣によって一時、王羅市全域でスマホ等の爆発事件が相次いだ上、ギューマ党の存在と活動が街中に拡散されてしまった。牛魔獣が立て続けに出現する現状のキッカケを作ったことに責任を感じたのか、以来ゲンドー会のメンバーは街中で見回り活動を行うようになっていたのだった。
「それはともかく、ついさっき民家が二軒、立て続けに牛魔獣に襲われたって」
「何処ですか!?」
顔色を変えて即座に立ち上がったソラだが、信二郎が諭すように、無言で首を左右に振るとすべて察したのか、勢いがしぼんでたちまち同じ場所に座り直す。
「あっという間に逃げちゃったってさ。何処にいるのか見当もつかない」
「ち……完全に後手に回っちまってますね」
「牧奈が話してくれた通り、両手に馬鹿でかい刃物のついた牛魔獣だって。幸い死人は出てないみたいだけど、押し入った家で暴れまくって、片っ端から家具を切り刻んだらそのまま逃げてったらしい。動きもかなり素早かったみたいだ」
「神出鬼没なタイプですか……ヒントが無い状況で、よりによって一番厄介な手合いが」
「とにかく、早く何とかしないとまた……」
「――――蓮河くん! ソラさん!」
その時、中庭に面する渡り廊下の方から元気のいい声が聞こえた。
言わずと知れた千手だった。信二郎たちに軽く手を振ってから、中庭に出て真っ直ぐこちらに向かってくる。
「おや、千手さんどうしました」
「……何しに来たの? 危険だから関わるなって」
「うん、それは分かってるんだけどね……ちょっと気になる話があったから」
「気になる話?」
「もしかしたら、蓮河くんたちの参考になるんじゃないかなって」
「……後ろにいる、その娘は?」
「おや、何だか随分可愛らしい」
よくよく見ると、千手はすぐ後ろに下級生らしき小柄な少女をひとり連れていた。
短いツインテールが頭の両脇でぴょこぴょこと揺れていて、非常に幼さを感じさせる少女だった。千手の背中側に隠れたまま、やや警戒するような目つきで、信二郎たちのことを見続けている。
「この娘は映研の部長さんの妹で……葛山さんっていうの。ねえ葛山さん、さっき私に教えてくれたこと、この人たちにも話してあげて?」
「……イヤですッ!」
少女・葛山は唐突に険しい声を上げたかと思うと、特に信二郎だけを露骨に睨み付けるようにして、ササッと千手の背後へと逃げ込んでしまった。
「知ってますよ! この人最近、怪物騒ぎに便乗して学校中で宗教の勧誘してるって、めっちゃ噂になってるんですから!」
「身に覚えがないよ!?」
「うそばっかり!」
いま会ったばかりの少女に、公然と指を差され糾弾される信二郎。
流石にこれはショックだったが、葛山はとても分かってくれる様子はない。
葛山の鋭い視線を目の当たりにしながら、ソラは複雑な色を浮かべていた。
「あー、成程……事情知らない側にしてみれば、そういう風にも見えちゃうんですね」
「他人事みたいに言ってる場合かッ」
「大丈夫、大丈夫♪」
優しく微笑んだ千手は、軽く膝を屈めると葛山と視線を合わせ、頭を撫でて言った。
「この人、別にみんなが言ってるような悪い人じゃないから、安心して? ただ他人を傷つけるのが怖くて、やせ我慢してるだけのとっても可愛い人だから」
「サラッと何言ってんだキミは!?」
「ピュ~♪」
「口笛を吹くな口笛を!」
茶化すようなソラの態度に、ひたすら慌てる信二郎。
それを見て千手はクスクスと笑っていたが、改めて真剣な顔つきで葛山と対する。
「少なくとも……怪物を止めたいっていう気持ちは、葛山さんと同じだよ」
「う……ま、牧奈先輩がそう言うなら……」
「決まりっ!」
辛うじて納得してくれた少女・葛山は、千手から両肩に手を乗せられ、信二郎たちの前に出てくる。尚も多少躊躇っているようだったが、やがて決心がついたかおずおずと口を開き始めた。
「実はその……どうも最近、ウチの兄が……」
* * *
王羅学園西側の、踏切を越えて少し行ったあたりにある、広い田園地帯。
その真ん中を突っ切るあぜ道を、何かに憑かれたようにフラフラ歩き続けるひとりの人影があった。王羅学園高校・映画研究会の部長を務める葛山隆介だ。
彼の視線の先には、ごく平凡な一件の民家が存在した。そこには映研の、部員仲間のひとりが住んでいるのだ。
尤も真っ当な感覚の持ち主が葛山の目つきを見れば、それは到底学友の自宅を訊ねるだけの人間が浮かべる眼差しとは、思えなかっただろう。
「――――待ちかねましたよ、葛山隆介!」
不意にした自分を呼び止める声に、葛山はビクッと身を強張らせ後ずさる。
田んぼと田んぼの間に電線を渡す、高い鉄塔の影から姿を現したのは、先程から彼を待ち伏せていたサトリ・ソラと、蓮河信二郎であった。突然、自分と目的地の間に立ち塞がるように出てきた見慣れぬ二人組に、葛山は警戒の色を露わにする。
「な、なんだよお前ら……!」
「人呼んで! 魔獣~退治の~専門家~♪ ……ですよね?」
「ボクを見るな、ボクを。っていうか何だよその歌」
人前にも関わらず、とぼけたやり取りを繰り出すソラと信二郎。
しかし張りつめたような葛山にとっては、苛立ちを募らせる効果しか発揮しない。
「訳分かんねえ……どけよ……これから部活の仲間の家に行くところなんだ……」
「そのお仲間が不在の家にばかり、三軒も立て続けに訪問して、何がしたいんですかね」
「……は……?」
「それとも、不始末を隠蔽するのにはその方が都合がよかったとか? まあ貴方自身を除けば、部員の中で自宅が襲われてないのはあの家だけでしたし……ヤマを張っといて正解でしたね」
「なんだよ……何の話だよッ!」
「……これ以上、怪物を暴れさせないで欲しいんだ」
それまで会話していたソラと入れ替わるように、そこで初めて、信二郎が前面に出てきて口を開いた。諭すように、宥めるように、極力静かな口調で語りかける。
「何かの拍子にデータが消えて、パニックになったのかもしれないけど……誤魔化すにしたって限度ってものがあるよ。これは明らかにやりすぎだ」
「は、はァ!? 何言ってんだよ! 全然意味分かんねーよ!」
「……妹さんから聞きましたよ。貴方が最近、他の部員からの連絡に徹底して居留守を使い続けているとね」
元から動揺して大量に汗を流していた葛山は、信二郎の言葉に半ば逆上するかたちで睨み返してきた。その直撃を受ける信二郎を気の毒に思ったか、ソラがすぐに後を引き取るようにして、割って入ってきて事実を告げる。
「コンクールの締め切りも間近なのに、何かおかしいと……調べてみれば案の定、貴方のパソコンに本来なら保存されているハズの映像のデータが、何故かひとつも見当たらなかったそうです。そこへきてこの事件ですよ。だから、もしや……」
「違うッ! 別にデータが消えたから、連絡を取らなくなった訳じゃない!」
「ほう?」
「ただ、永久に完成させる気がなくなっただけだッ!」
「いや、それ尚更迷惑なパターンじゃないですか……」
ソラが増々の呆れ顔を浮かべながら言った。
「部員全員の汗と涙の結晶を、貴方一人の気まぐれで無かったことにするんですか?」
「ボクはあんま詳しくないけど……映画って、結構お金かかるんだよね? 偶々キミら見かけた時だって、本格的な機材使ってるように見えたし……それでいいの?」
「せめて、他の部員にでも後を任せりゃよかったのでは?」
「いい訳あるか!」
葛山が即座に吼え猛る。
「あの映画の監督は俺だ! 俺以外の誰かになんて、死んでも弄られてたまるもんか!」
「そんだけ自尊心高いのなら、せめて責任感も同じぐらい持っておきましょうよ」
「うるさい! うるさい! たかだか自主映画の話じゃないか! どうして、そこまで責められなきゃならないんだッ!」
「……自分でそれ言っちゃオシマイじゃないのかな……」
信二郎はクリエイターではないので深いことまでは分からないが、心血注いで作ったハズのものを自分でそんな風に言ってしまうのは、何か哀しい気分にさせられる。
「……これ、言おうかどうか迷ってたんですがね」
「なに!?」
「聞けば貴方の今回の映画、主役キャラクターを入学以来、ずっと好きだった女の子に頼んだんだそうですね」
「…………」
「で、全部撮り終えた直後に、入学前から付き合い続けている他校のカレシがいるのが判明したとか、なんとか」
それまでうるさかった葛山が、急速に沈黙するのが分かった。
沈黙は何処までも続く。居たたまれなくなった信二郎は、おずおずと訊ねてみた。
「……黒歴史にしたかった、とか?」
「うばあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」
「うわっ、ビックリしたっ!」
張りつめた糸が切れた様に、瞬時に絶叫し始める葛山。
信二郎が思わず飛び上がった直後、何処からともなくドドドと土煙を上げて、信二郎たちのいる場所目掛けて走ってくる漆黒の巨体があった。
「カットカットカットカットカットォォォォォォォォッ!」
両腕に巨大なハサミを装備したそれは、急ブレーキをかけると信二郎たちと葛山との間に立ち塞がる様にして、制止した。葛山の曲界力から生み出された、牛魔獣シザーズオグロヌーだ!
「なんか、すげー絶妙なタイミングでやって来ましたねコイツ」
「どうするソラ!? 変身したら正体が……!」
「……どうやら大丈夫っぽいですよ」
呑気に牛魔獣の背後を指差すソラ。
よく見ると、今しがた絶叫したばかりの葛山が口から泡を吹いて白目を剥き、地面にひっくり返って気絶していた。あまりのことに一瞬、ぽかーんと口を開けてしまう信二郎だったが、すぐ気が付いて慌て出す。
「……いや別の意味で大丈夫じゃないでしょ、あれ!」
「よっぽど触れられたくなかったんでしょうねぇ……」
「カットカットカットカットカットォォォォォォォォッ!」
と、呑気に話し合っている場合ではない。
映画のカチンコのごとく両手のハサミを打ち鳴らす牛魔獣が、先程の勢いそのままに信二郎たち目掛けて突撃を開始してきた。
信二郎は即座に一歩引くと、気持ちを切り替えて、己の胸元からセイテンスパークを出現させる。手にしたそれを頭上に掲げ、スイッチを入れると辺り一面が眩い光に包まれた。
「セイテン!」
「――――シュワアアアッ!」
光の中から飛び出していった聖天大聖ゴクウが、瞬く間に牛魔獣と激突した。
* * *
信二郎とソラが王羅学園を離れて、きっかり一時間後。
ふたりは元いた中庭へと、清々しい疲労感を湛えながら帰還した。
「……おかえり、ふたりとも!」
信二郎たちに代わり同じベンチに座っていた千手が、出迎えるように立ち上がった。
「本当にお疲れ様……だね」
「ありがとうございます。千手さん……ワザワザ待っていてくださったんですか?」
「さっきね、妹の方の葛山さんから連絡があったんだ。兄がお騒がせしました、助けてくれたあの二人には感謝してます、って」
「そうですか……力になれたようで、良かったです」
「……」
再会して早々にソラが千手と親しげに話す中、信二郎だけは無言で目線を逸らし続けていた。そんな彼を、すかさず肘で小突いて来るソラ。
「……ほら信二郎、何か言うことがあるのでは?」
「……ん……む……」
「今回の事件、もし千手さんが助けてくれなければ、解決までにもっと時間がかかったかもしれないんです。彼女は立役者ですよ?」
「う……えと……ありが、ありが……」
「んー?」
「…………ありがとう…………」
それでも尚、顔を伏せる信二郎は指先で側頭部の髪をいじりながら、上目遣いでたどたどしく礼を言うだけだった。よく見ると、顔がとんでもなく真っ赤になっている。
だが千手には、それでも充分過ぎるようだった。
彼の言葉を聞いた千手は、パァッと明るい表情になり、更に浮かれたように続ける。
「……どういたしましてっ!」
「うう……ッ」
信二郎はより一層俯いていってしまう。ソラは楽しそうにニヤついていた。
「うーん、なんでしょうこの男女の逆転した感じ」
「うるさい! うるさい!」
「ところで千手さん、その手の箱は?」
信二郎の抗議を無視して、千手に訊ねるソラ。
先程から彼女は、その手に白い小さな紙箱を抱えて持っていたのだ。
「これ? えへへ……実は二人を待ってる間に、近くのお店で買って来たんだ。中身はストロベリーに、マンゴー、それからバナナパフェだよっ」
「バナナ!」
ソラの瞳がすかさずキラキラと輝き出す。
千手はそれを見て、嬉しそうに微笑んだ。
「折角だから、三人で一緒に食べよ?」
「そ、そんな悪いよ……」
信二郎は尻込みするが、千手に譲る気はなさそうだった。
「いーの! 私がそうしたいだけなんだからっ」
「でも……」
「それに……この前のお詫びの意味もあるから」
そう言われ、不意に何かに気が付く信二郎。千手の笑顔が初めて切なげに映った。
「……こうやって初めから買って来ちゃえば、蓮河くんだって、誰の目も気にしないで済むでしょ?」
「ごめん……」
「もう、だから謝らないの!」
恐縮する信二郎だが、千手には余計なひとことのようだった。
やがてソラが、我慢しきれなくなったように舌なめずりし始める。
「まあまあ、立ち話もなんです。早いとこ、何処かに座って落ち着きましょうか」
「キミは自分が食べたいだけだろ!?」
「否定はしますまい♪」
信二郎と千手の肩を抱いたソラは、二人の後を押すように歩き出す。
毎度半ば以上強引な手段に、微妙に不満顔をする信二郎だったが、どこかで肩の荷が下りたのだろうか……前触れなく、フッと微笑みを漏らす瞬間があった。
その時何となく隣を見た信二郎は、ギョッとした。
千手がニコニコと幸せそうに信二郎を見上げてきていたのだ。
慌てて信二郎は視線を逸らす。顔を手で押さえ、顔に浮かんでしまった想いを見られまいと無駄な努力をする。
千手はそれでも、それからずーっとニコニコしていた。
信二郎はまだ当分、彼女に勝てる見込みはないようだった。