第03話 あばよ過去、よろしく未来・後編
「……牛魔王ッ!」
牛魔王と呼ばれた男のいやらしい笑みが、木漏れ日の中に浮かび上がった。
立ち上がったソラは即座に身構えると、戦闘態勢へと移行する。
信二郎と千手がつられた様に周辺を見回すと、いつの間に展開していたのか、大量のバトラー兵が全方位を取り囲んでいた。千手の顔がサーッと青ざめていく。
「あの人……この前、街中のテレビに映ってた人だよね!? じゃあ、この人たちは……」
「信二郎、泣くのは後回しです!」
視線は牛魔王に向けたまま、ソラは片手で信二郎の腕を掴むと、半ば強引に引っ張るようにして立ち上がらせた。
「立って、千手さんを連れて今すぐ逃げてください。ここは、私が引き受けます!」
「う、うん……分かった……」
目元を乱暴に拭ってから、どうにか自分の足で立とうとする信二郎。
未だに頭の中がグチャグチャだが、度重なる戦いを経て、この状況で取るべき行動が何なのかぐらいは、とりあえず理解出来るようになっていたのだ。
「ど、どういうこと!? ねえ、蓮河くん!」
「し、静かに、牧奈……いいかい、ボクとソラが合図したら全力で走るんだ……多分、訳が分からないだろうけど……今はボクたちを信じてほしいんだ……」
「……! うん、分かった……!」
まだ弱々しさは残るが、それまでにない強い意思を瞳に感じたのか、千手は信二郎を見つめながら真っ直ぐに頷いてみせる。
そんな一連のやり取りを見た牛魔王は、ワザとらしいため息と共に、さも残念そうに首を振った。
「やれ……実に心外だよサトリ・ソラ。人の顔を見るなり、まるで変質者に出くわしたような対応だ。久方ぶりの再会を、喜んではくれぬのか?」
「どの口が言いやがる、この変態野郎が!」
ソラは早々から敵意剥き出し。自然と素の男口調に戻ってしまっていた。
「よそ様の世界に散々迷惑かけやがって……大体、マーランはどうした? なんだって今日は首領自ら出向いて来やがった!?」
「なに、簡単なことだ。このところ妹が世話になり続けているのでな……挨拶も兼ね、千年ぶりに我が愛しの義妹の顔が見たくなったという訳だよ。血の繋がりこそないが、貴様もまた兄妹の一人……愛しき女神たちに囲まれ、我は今絶頂の極みよ!」
「人の黒歴史を蒸し返すんじゃねえ……毎度毎度、キモイんだよテメェは!」
牛魔王を指差して、唾棄するように叫ぶソラ。
「テメェと手を組んでたことがあるなんざ、人生の汚点だ……すぐにでも、テメェごと記憶の中から消し去っちまいたい気分だぜ!」
「ならば、試してみるがいいさ」
言いながら、牛魔王がスッと片手を上げる。
バトラー兵たちが一斉に構えを深くした。すぐにでも飛び掛かれるという証だ。
「幸いにも、貴様の性格は相変わらずのようだ……背後にいるそやつらを守りながらであれば、貴様は初めから全力で向かってきてくれるのだろう?」
「……テメェも相変わらずのクソ野郎っぷりだな!」
「至上の褒め言葉よ……やれ!」
牛魔王の指が静かに目の前に降りて来て、信二郎たちを指し示す。
バトラー兵軍団が、飛び跳ねるようにして襲い掛かってきた。
「走って、二人ともッ!」
ソラの合図で、信二郎たちは一斉に先程きた山道を戻り始めた。
無意識のうちに千手の肩を抱きつつ、周囲を警戒しながら信二郎は全力で走る。
横面からバトラー兵が一体飛び込んできたが、ソラがあっという間に飛び回し蹴りを繰り出し、地面に叩きつけた。
驚異の運動神経に目を丸くしながらも、千手は黙って信二郎の誘導に従い続ける。
「「「ウシシッ! ウシシッ!」」」
「ちっ……いつもより余計に引き連れておりますってか!?」
「今日は出血大サービスだからな! 組み敷いた貴様の出血を見られる興奮と引き換えならば、実に安いものよ!」
「くたばっとけ、変態が!」
「……! まずい、ソラ!」
走りながらもつい振り返った信二郎は、明らかに普段よりバトラー兵の数が多いのに気が付く。思わず足を止め、胸元に手を当てて逡巡していると、すかさずバトラー兵がソラの防御網を抜け、追いすがってきた。
「危ない、蓮河くんッ!」
「――――セイテン!」
千手の声が、信二郎に咄嗟の判断を促した。
即座に実体化させたセイテンスパークを握りしめると、迫る敵に突き付ける。
発せられた灼光で目をやられ、バトラー兵が地面に落下し、のたうち回った。
その向こうでソラが変身完了するのを見届けず、信二郎は踵を返した。
千手を連れて、即座に逃走を再開する信二郎。
「は、蓮河くん今の何!?」
「護身用グッズだ、いいから気にせず走って!」
思いつきで出た適当な言い訳だったが、おおよそ嘘は言っていない。
千手を極力振り向かせないようにしながら、信二郎は前だけ見て走り続けた。
(負けないでよソラ……いや、ゴクウ!)
信二郎と千手がどうにか戦場から脱していった直後、その背後では聖天大聖ゴクウと牛魔王の一大決戦が開始されていた。ニョイロッドと牛魔刀が幾重にも交錯する、一進一退の攻防である。
並み居る木々が片っ端から薙ぎ倒され、今やこの場では虫けら並みの存在へと成り下がったバトラー兵たちが、双方による攻撃の巻き添えを食らってポンポンと空中に舞い上がっていく。
「ひとつだけ質問に答えろ……何故あの人を……三蔵法師を手にかけやがった!?」
ゴクウは改めて、恩人の仇である男にその真意を問う。
かの天竺への旅の後、聖天界に移住して平穏な日々を過ごしていた三蔵法師は、牛魔王たちが幽閉を脱してすぐ彼らによって襲撃され、その命を落とした。ゴクウは今日まで、その仇を討つためギューマ党を追い続けてきたのだ。
敵の太刀を抑え込むようにしながら牛魔王と睨み合い、ゴクウは雑木林をダダダッと猛烈な速度で駆け抜ける。片や牛魔王は、ニタニタ笑いを崩さぬまま言った。
「知れたこと! あの男が生きている価値もない……最低の偽善者だったからよ!」
「なんだと!?」
互いの得物を正面にスライドさせ、押し込み合って一斉に後方へと跳躍する両者。
相対的に距離が開くが、同時に即座に得物を構え直し、隙を伺い合う。
「我らがまだ幽閉されていたあの頃……あの男は頻繁に我らの元を訪れてきた。我らがどんな考えで聖天界に刃向かっていたのか……その想いをいま一度確かめたいと、そう宣ってな」
「ああ……お師匠さんは信じてた。テメェみたいな奴とでも分かり合えるハズだって。たとえ行き違いはあっても、腹割って話せばいつか心は伝わるって……それがあの人の信念だった!」
「フン……確かに奴は行動的だったさ」
牛魔王は言いながら、スリ足で少しずつ体を横方向へ移動させる。
視線と視線がぶつかり合い、一瞬の気の緩みも許さない張りつめた空気が辺り一面に漂う。
「我の話すことに根気よく耳を傾け、繰り返し、繰り返し、頷いてみせていたよ。さぞ辛かったろう、気持ちは分かる、そんな台詞を幾重にも口にしながらな……」
「だったらなんで……!」
「――だからこそだよ!」
途端に絶叫して、切りかかってくる牛魔王。
微かに反応の遅れたゴクウは、咄嗟に受けの体勢へ移行した。
ニョイロッド目掛けて牛魔刀が叩きつけられ、鈍い金属音が響き渡る。
手にした刃を押し込みながら、牛魔王は歪んだ笑みを浮かべてみせた。
「あの男は言った……必ずやり直せる、と。だが可笑しな話ではないか。そんな必要が何処にある? 何故、我らの生き方が修正を受ける前提なのだ? 我は自ら、この生を選択した……我は既に充分幸せなのだよ。それをあの男は!」
牛魔王が刀を振り払ったことで、勢い余ってよろめくゴクウ。
体勢を立て直すよりも早く、彼女を叩きつけるような刃の乱打が襲った。
苦しげな表情を浮かべるゴクウを見て狂気に震え、更に一方的に攻め立てる牛魔王。
「傲慢にも同情するようなことを宣い、あまつさえ下等なものと位置づけた! 相互理解を深めるような素振りを見せながらあの男は……心の奥底で身勝手にも、我らのことを見下していたのだよ!」
「そんな……そんな理由で……ッ!
「だからこそ我は懲罰を与えた! あのような偽善は許されてはならぬ! 放置すればより一層の害悪を振りまく! あの偽善者を抹殺したことは、全時空に生きる恵まれぬ者どもの総意だ!」
「……ふざけたこと言ってんじゃねえ!」
ニョイロッドを大きく回転させ、ゴクウは牛魔王に死角から一撃を浴びせかけた。
今度は牛魔王が姿勢を崩してよろめく。すかさずゴクウはニョイロッドを足元に突き立てると支柱代わりにし、全身を持ちあげて素早く跳撃を見舞った。防御態勢をとっていた牛魔王は、その格好のまま急速に後ずさりさせられる。
「ぬうっ……!」
「あの人の考えは……確かに、テメェとは波長が合わなかったんだろうさ。それ自体は仕方ねえ。もし傷つけちまったってんなら……一番弟子の俺が、お師匠さんに変わって謝ってやるよ」
「ハハハ、そうか! 自分たちの偽善性を認めるというのだな!?」
「けどな、これだけは言わせてもらう! あの人の真っ直ぐな想いに触れて、生き方を変えて幸せになった奴も間違いなくいる……この俺がそうだ!」
親指を立てたゴクウは、自分自身を指し示してそう宣言する。
「言葉だけなら、正直綺麗ごとのオンパレードさ……けどあの人は、俺のワガママにもとことん付き合ってくれた! 最後の最後まで、自分に責任を持とうとした! だからこそ俺は、俺の中のモヤモヤに決着をつけることが出来たんだ! 全時空の総意だと? ふざけんな! テメェこそ、勝手にお師匠さんの信念見下してんじゃねえ!」
「フン、気の毒な我が義妹よ! 聖天界による洗脳が骨の髄まで染み込んでしまったと見える!」
文字通り切って捨てるように、手にした太刀を振り払う牛魔王。
だがその後、再び切っ先をゴクウに向け、牛魔王は薄気味悪い笑みを浮かべた。
「だが安心するがいい……この義兄が! 責任持って解放してやろう、そのおぞましいお仕着せの論理からなぁッ!」
「鏡見やがれ、バカヤロー!」
またしても同時に相手に向かって突撃し、得物を交叉させるゴクウと牛魔王。
こうして森中に響く剣戟の音が復活する一方、同じ頃、そこから少し離れた場所では信二郎の身体にある重大な異変が起きつつあった。
「――蓮河くん!?」
「うぐ……はあっ……はあっ……」
千手が悲鳴を上げるのも無理はない。共に走っていた信二郎が突如、胸元を掻き毟るようにして、道の真ん中に頽れてしまったのだ。
信二郎の呼吸が見る見るうちに荒くなっていく。
誰の目にも、苦悶に喘ぐその姿は尋常でないもののように映った。
「ど、どうしよう……蓮河くん、大丈夫!? しっかりして!」
呼びかけに、返事すらもままならない信二郎。千手の焦燥が次第に加速していく。
事情を知らない彼女が気付かぬのも、無理ないことだった。信二郎が握りしめたセイテンスパークのクリスタル部が、いつの間にか青から赤色へと変わって明滅し、警報を発し始めていた。時が経つにつれ、明滅の勢いが激しくなっていく。
そしてその異変は、セイテンスパークと同調するゴクウからも感知されていた。
「……まさか、信二郎!?」
しまった、とゴクウは思った。それまで牛魔獣との直接戦闘は、殆ど短時間のうちに決着していたため、戦いが長期化しこのような事態に陥ることを想定出来ていなかったのだった。
聖天大聖ゴクウがコンバットモードでいられる時間は、わずか数分間である。それを過ぎると信二郎の生命維持が不可能となり、二度と立ち上がれなくなってしまうのだ。ゴクウ負けるな! 信二郎頑張れ!
「どうしたどうした! 余所見をするなゴクウ!」
「くッ……!」
事情を知ってか知らずか、攻勢に打って出てくる牛魔王。
焦りもあってか攻め手にも精彩を欠き、徐々に防戦一方となっていくゴクウ。
そうする間にも、信二郎の生命が風前の灯火となっていくのが彼女に伝わる。
ゴクウは、賭けに出ることにした。隙を見て後方へ跳躍すると、なんとか再び距離を取って牛魔王と対峙し合う。
「このままじゃ埒明かねえな……次の一撃で決めてやるぜッ!」
「ククク……望むところだ、受けて立とうぞ!」
決闘の如く真正面から向き合うと、力を蓄え最後の激突に備える両者。
しばしの沈黙を置いた後、ゴクウと牛魔王が一斉に動いた。
「牛魔一刀流奥義……オーロックスラッシュ!」
「サトリウム光線ッ!」
牛魔王の太刀から放たれた光の刃が、ゴクウの指先から放たれた波状ビームと激突し拮抗した。それらは微かに押し合いを演じた後、殆ど中央付近で大爆発を起こす。辺り一帯が凄まじい熱波と爆風に包まれた。
そして山腹の一角を消し飛ばした炎がようやく消え失せた時……気が付けば牛魔王の姿は何処にも見えなくなっていた。
「――――楽しかったぞ、ゴクウ! 今日のところは引きあげてやろう!」
不意に、何処からともなく牛魔王の声が響き渡る。
周囲を警戒するゴクウだが、天から直接降り注いでいるようにも聞こえ、出どころはハッキリとは掴めない。ゴクウは思わず舌打ちする。
「――――だが次は無い。それまでに精々あのパートナーの小僧を回復させ、十二分に戦える準備をしておくことだな、ハハハハハ……!」
「チッ……見抜かれてたか。まあいい、今は気にしてる場合じゃねえ……!」
牛魔王の哄笑が聞こえなくなっていくと、ゴクウは早速身を翻して、信二郎の下へと急いだ。とにかく現状は、信二郎の安否確認が最優先と判断したのだ。
セイテンスパークの反応を追ってゴクウが駆けつけたところ、ちょうど山道の入り口付近で信二郎と千手の姿が発見された。身体を横倒しにし、自分と千手の二人分の制服上着を丸めて抱きかかえた状態の信二郎は、千手に背中をさすられながらヒューヒューと弱々しい呼吸を続けていた。
千手による応急処置は、少なくとも一般的な知識の範囲内では最善の策であったが、信二郎の衰弱ぶりは依然として変わらない。千手は何度も救急車を呼ぼうとしていたが、場所柄か電波状況が悪いらしく、一向に通話に至る気配がない。
そんなところに突如、ゴクウが姿を見せたものだから、千手は一瞬ギョッとした顔をしていた。
「えっ!? あ、あなたは……」
「……信二郎、しっかりしろ!」
焦りを覚えるまま駆け寄ったゴクウは、跪くなり信二郎の手からセイテンスパークを奪い取ると、彼の胸元に近づけ、その機能を休眠モードへ移行させた。赤い光の激しく点滅していたセイテンスパークが光の粒子と化し、たちまち信二郎の体内へと吸い込まれていく。
「かは……っ!」
一瞬僅かに身体を強張らせたのち、徐々に呼吸の安定していく信二郎。
それを見て、ゴクウと千手の表情に安堵が広がっていった。
「蓮河くん……良かった……!」
「ああ、ひとまずは安心だ……命の危機だけは免れた」
そう言ってからゴクウは、ふと千手が自分を見つめているのに気が付いた。
しまったと思うがもう遅い。次の瞬間、その全身が淡い光に包まれると、女子高生のサトリ・ソラに逆戻りしてしまっていた。
「……あっ」
「ソラさんが……あの、聖天大聖ゴクウ……」
「……い、いやあの、千手さんこれはですね」
「うぐうっ……」
「「ッ!」」
まだ微かに苦しそうな声を上げる信二郎に、二人の少女は我に返る。
それを見たソラは、真っ先に信二郎の身体の下に腕を差し入れると、ゆっくりとその上体を抱え起こそうとした。
「とにかく一度……落ち着けそうな場所まで移動しましょう。千手さん、一緒に運ぶの手伝って貰えますか?」
「う、うん! わかった!」
即座に、信二郎を両側から支えて立ち上がるソラと千手。
奇しくも千手にとっては、先日助けられた時と全く役割が正反対の光景であった。
* * *
それからしばらくして、彼らは町近くにある公園にやってきていた。
大して遊具がある訳でもない、今やすっかり寂れて忘れられた小さな古い公園だ。
カラスの鳴き声が響き渡る。夕日に染まった屋根付き休憩所の下で、信二郎とソラは千手を相手に、かいつまんで事情を説明していた。状況が状況だっただけに、何もかも隠し通すのは無理があると判断したためだ。
主にソラによって明かされた真相に、千手は驚きを隠せないでいた。特に、信二郎が死に瀕する程の怪我を負っていると聞かされた時は相当なショックを受けた様子だったが、現在は少しずつだが回復に向かっていることも知り、一応は納得してくれたようである。
「そっか……蓮河くん、知らない間に大変なことになっちゃってたんだね……」
「申し訳ありません、千手さん」
心からすまなそうに、ソラが頭を下げる。
「危急の事態とはいえ……信二郎をこんなことに巻き込んでしまって。千手さんだって何度も危険な目に」
「……ううん、いいんだ。こうしてちゃんと守ってくれたんだし。話が本当なら、他に方法も無かったんでしょ? 仕方ないよ……それにね、正直ちょっと安心したんだ」
「……えっ、それはどういう」
「だってソラさん、転校して来たばっかりなのに……蓮河くんと凄く仲良さそうだったから。本当はね、結構不安だった、かも……」
「そ、それは……重ね重ね申し訳ないことを」
「ごめんね、こんな時に不謹慎だよね……私」
「いえいえ、不謹慎大歓迎。むしろ、信二郎をそこまで想ってくれているなんて……」
「……これでよく分かったろ、牧奈」
と、今まで黙っていた信二郎が急に立ち上がった。ソラが、気遣うように訊ねる。
「信二郎……身体はもう平気なんですか?」
「苦しくはないよ、心配してくれてありがとう二人とも」
「分かったって……何が?」
千手は、冷静な表情をしたままそう問いかけた。
「ボクに近づかない方がいいってことさ」
「こんな状況で、まだそれ言うんですか!」
「こんな状況だからこそ、だよ」
すっかり呆れ顔したソラを無視し、信二郎はベンチを離れて二人に背を向ける。
それはあるいは、夕日に紛れて表情を隠そうとしている風にも見えた。
「ボクの傍にいると危険な目に遭う……今日のことでよく分かっただろ。下手したら命だって狙われるかもしれないんだ……だからさ」
「……うん、そうだね。確かに、よく分かった」
千手から引き出せた素直な返事に、信二郎も内心安堵しかける。
「それじゃ、これからは……」
「……これからは、私も蓮河くんの力になるから」
「ボクの話聞いてた!?」
思わず声が裏返る信二郎。動揺を隠せず、つい強い口調になってしまう。
「もうシャレじゃ済まないんだ! 過激派テロ組織に、異次元の怪物だぞ! たかだか高校生にどうこう出来ない問題だってことぐらい、少し考えれば分かるだろ!」
「そういう蓮河くんこそ、同じ高校生のクセに何言ってるの!?」
一瞬でやり返されてしまい、信二郎はぐうの音も出なくなる。
本当に珍しく、千手が怒ったような声を上げたのも一因だったかもしれない。
「……本当は、蓮河くんが戦うのだって反対だよ。けど、そんな訳にいかないから……他にどうしようもないなら……せめて、一日でも早く終わって、蓮河くんとソラさんが楽になれるように頑張るしかない……そうでしょ?」
「……どうして、キミはいつもそうなんだよ」
混乱と、諦めが半々になった信二郎の声には、微かに涙が混じっていた。
「ボクなんかに構って、キミに一体何の得があるっていうんだ……いつもいつも大変な思いをするだけじゃないか……早く見捨てればいいだろ、こんな重い男!」
「……ねえ蓮河くん、初めて会った時のこと覚えてる?」
対する千手は一転、再びとても落ち着いた口調で話し出した。
「まだ私が、家の重圧の所為で潰されそうになってたとき……蓮河くん、私のこと凄く気にかけてくれたよね。自分だって、それ以上に大変だったハズなのに……私、あの頃とっても救われたんだよ。言ってなかったっけ?」
信二郎は初めて聞く話に、目を丸くする。
ふと、遠くを見つめた千手は、何となく寂しげな顔をしていた。
「……お寺の子供って結構孤独なんだよ。ちょっと悩んだだけで、贅沢だとかいい身分だとか言われて……やっかみとか偏見が凄いもん。けど蓮河くんのお陰で私、誰も信用出来なかったあの頃と比べたら、とっても気持ちが楽になったんだ」
「……牧奈……」
「だからね、私決めてるんだ。蓮河くんが辛い時や苦しい時は……必ず傍にいる。何があっても絶対に、蓮河くんをひとりぼっちにしないって。自己満足って言われても別にいいよ。それでも、蓮河くんにだけ大変なもの背負わせるなんて……私、そんなの何があっても絶対認めないから!」
「……観念しましょうよ、信二郎」
唐突に、ソラが信二郎の肩をポンと叩いて来る。まるで諭すかのように。
「千手さんには敵いません」
ソラは一瞬、お手上げという具合に両手を上げおどけてみせたが、少し遅れて今度は非常にまじめな顔つきで、千手と向き合うと言った。
「千手さん……貴方の想いは分かりました。我々だけでは難しいことがあるのも事実。今後何かあればこちらから、協力をお願いすることもあるでしょう。ただし……」
そこで一旦話を区切ったソラは、確認するかのように千手の顔を再度見た。
真剣な目つきの彼女を目の当たりにし、フッと力が抜けたように笑うソラ。
「相手が相手ですからね……本当に危険が迫った時は、大人しく指示に従うんですよ? 勿論、身の安全はこの私が全力で保証します……信二郎の未来のパートナーとしてね」
「……うんっ。ありがとうソラさん!」
「まあ、そういう訳ですので、信二郎」
「……ああもう、何なんだよこの状況はーッ!?」
うがああ、と頭を掻き毟り咆哮する信二郎。もはや、抵抗は無意味の様だった。
ソラと千手が可笑しそうに、フフッと笑いを漏らす。息ピッタリな二人である。
「…………あれっ?」
千手がそこでようやく、我に返ったようにソラを見た。
「…………何か今…………ソラさん、私に凄いこと言わなかった……?」
思わず両手を添えたその頬は、未だかつてないほど真っ赤になっていた。
(つづく)
* * *
■死導牛魔獣シナイバッファロー
身長……300cm
体重……7.5t
概要……剣道部OB・柳田の曲界力から生み出された牛魔獣。
部員らが柳田の意向に従っているかを24時間監視し、必要とあらば「指導」する。
なおその太刀筋は、現役時代に地区予選で敗退した柳田のものがそのままトレースされた模様。
■バトラー兵
身長……200cm
体重……80kg
概要……ギューマ党の活動を忠実に実行する戦闘員たち。変態染みた叫び声を上げて駆け回る。
頭は良くないが感情表現は割と豊か。誰かさんの曲界力から生み出されているらしい?
■牧奈千手