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ゴールデンバット ~変わる物、変わらない物~

作者: にしやまそう

 私はタバコを吸う。愛煙家だなんて上等なもんじゃない、ただタバコの先に火をつけて、吸い込んだ煙を吐いてるだけだ。十五の時からだからかれこれ三十年程になるが、とりあえずまだ生きている。

 これまで色んな銘柄を吸った。一番最初はラッキーストライクだった。思春期の小僧にはあの日の丸模様が小粋に見えたのだ。これは長く続いて三十歳くらいまで吸ったと思う。ただ、ある時たばこを吸うと咳が止まらなくなって長年吸ったこの銘柄をやめる事にした。無論、ラッキーストライクには色んな種類があるから何も銘柄自体を変えなくても良かったのだろうが、なんとなく、軽いテイストのラッキーストライクでは『粋』じゃないと感じたのだ。この銘柄を吸うならオリジナル。しかもソフトボックスの昔ながらのやつがいい。

 それからしばらくはタバコの銘柄難民になった。色々吸ったがその後マルボロの1mgのメンソールに落ち着いた。これも数年吸ったのでわりと長い。途中でカプセルをかみつぶすタイプのが出始めてそれも試したが、あれはダメだ。タバコのメンソールの味じゃない。喫煙中にモンダミンでうがいしてるような違和感がある。


 さて、このままでは今回の題名になっているゴールデンバットに行き着かないので色々と割愛するが、今の私の銘柄はゴールデンバットである。理由は簡単だ、安いのだ。タバコが一箱五百円に手が届こうかという今日、こいつは260円で買える。なんともお財布に優しい。確か、私の若い頃は一箱80円だったような気がするから随分と値上げしたとは思うがそれでもまだ安い。 両切りなので、短くなるとキセルに差して最後まで吸えるから二度お得だ。

 ちなみにこのゴールデンバット、デビューから今年で110年、市販されている日本の紙巻タバコの銘柄では最古の物なのだそうだ。太宰や芥川、中原中也なんかも愛煙していたと言うからその歴史の長さにノスタルジックな香りすらしてくる。それに何ともおもむきがある。過去の文豪にあやかろうなんて気は毛頭無いが、文章を書きながら灰皿にたまっていくバットの山を見ると何とも言い難い充実感を覚えたりする。それだけで凄い文章が書けたような気がするのだ。たぶんこれがこのタバコの持っている歴史の重さってやつなのだろう。


 昨日、タバコを買いに裏のコンビニに行くと店員に声をかけられた。ポケットの中に裸のままジャラジャラと入っていた小銭を手の平の上に乗せて260円を数えながら聞いていると、どうやらこのゴールデンバット、近々リニューアルをするそうだ。両切りが廃止されてフィルターが付くと教えてもらった。確かに、こいつはニコチンもタールもとんでもなく多い。そりゃそうだ、フィルターが付いてないのだから。最初1mgのメンソールから変えたばかりの頃は一口毎にむせあがったものだ。そう思うと、時代の流れ的にフィルターが付くのは頷けた。なんせ、この喫煙者には肩身の狭いご時世なのだから。 でも、納得すると同時にそこはかとない寂しさも覚えた。色んな人気銘柄の片隅で、ずっとひっそり昔のままであり続けたこのタバコがとうとう変わる日が来てしまったのかと時代を感じてしまったのだ。それはなんだか、子供の頃によく遊びにいった田舎の婆さんの家が取り壊される事になった、と聞いた時の感情に似ていた。


 時代は変わる。それは仕方ない、時間は流れているのだから。でも、なんだろう、めまぐるしく移り変わって行く世界の中でも自分や進む方向を見失わず、新しい物を素直に受け入れられたり、どこか落ち着いていられるのはこのゴールデンバットのように『ずっと変わらない物』の存在がちゃんと残っているからのような気がする。そう思うと、やっぱりちょっと寂しい。こいつには100年先も、200年先にもこのままでいて欲しかった。


「にしやまさん? 両切りのバットが欲しいなら今のうちに取り寄せておきますんで、ガツンと注文してくださいね、20年分くらい!」

コンビニの自動ドアが開いた途端、後ろからそんな声がした。私はニシシと笑って振り向くと、

「そんな金があったら、バットなんて吸わねえよ!」

と言ってやった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 元スモーカーです。 両切りって、どう吸うのか分からないまま、タバコやめちゃいました。 変わらないと思っていたものが変わるのって、確かに寂しいですよね…… あ、あと、ラストに痺れました!
[良い点] ラスト、痺れました。
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