プロローグ
長編版、というか連作短編になる予定です。
日本が異界に転移したら、劣等国だったでござる
西暦2016年6月、地球は異星人による侵略によって、僅か二日で滅びかけていた。
が、それを別の異星人が救う。
ただし無償ではない。
異星人が要求したのは地球上の全生物のサンプル及び、全知的種族の12分の1を12分の1銀河年間(約2000万年)の連合体――後に協約世界と呼ばれる様になる――へ拠出と、彼らが暮らすのに必要な土地であった。
……この時、歴史が動いた。
世界大統領を自認する国連事務総長が勝手にこの異星人に対して即答してしまったのである。
「日本人と日本列島を拠出しるニダ!」
結果、地球上から日本列島が日本人ごと消えた。
日本列島に小笠原諸島が付随して消えたの良いとして、そこに台湾及び千島列島全島と樺太及び済州島(そうして見た場合、転移に尖閣諸島や竹島が含まれていたのは当然だったが、転移した日本政府首脳陣にとっては、満州やら太平洋の島々やら東南アジア地域やら、特に朝鮮半島が含まれていなかった事に心底安堵していた)が含まれていた事、在日米軍及び在日外国人が含まれていた事は、まぁ誤差の範囲内であろう。
当たり前だが日本列島という重しのなくなったユーラシアプレートは激震した。
本来であればサハラ砂漠やシベリア、もしくは海上のメガフロート等、比較的影響の少ない地域に、地球人の総力をあげて新たな都市を築き、全人類の代表として地球でも優秀な人材を選んで集め、その上で返答するべき事態であったのだ。
が、どうやら世界大統領は奴隷でも売る様な感覚であったらしい。
ともあれ、世界大統領の不用意な一言によってシベリアから中国、フィリピン、ニューギニア島にかけての沿岸部は途轍もない地殻変動に襲われた挙句、火山活動に地震と津波で壊滅し、母国が壊滅した国々出身者達によるテロ――FBIは掴んでいたテロ計画についての報告を遅らせた――で、世界大統領を自認していた国連事務総長は誘拐された挙句に凌遅刑で殺される事になるのだが、それはまた別のお話。
日本列島が強制的に転移させられたのは地球から凡そ6万光年、銀河中心から4万光年ほど離れた、サジタリウス腕にある件の異星人が管理している恒星系の一つであった。
可視光で視認可能な中では極々平凡なG型の恒星に、四つのガス・ジャイアントと12の岩石惑星が存在する、比較的好条件と言って良い恒星系だ。
が、平凡で無かったのは日本列島が転移させられた惑星、惑星レイラである。
地球とほぼ同じ大きさ、同じ重力、同じ大気構成(地球生物には若干合わない比率であったし有害な成分もあるが、そこはナノマシンで調整された)であり、大小三つの月まであったのは良いのだが、日本同様件の異星人が銀河の各地から転移させた、無数の知的種族が暮らしていたのである。
ついでに言えば、惑星レイラの軌道上には無数の植民衛星が建設され続けていて、ほぼすべての種族が宇宙進出を果たしていたのだ。
そう、強制的に転移させられた日本は、明治維新期よりも更に大きな技術格差の、劣等国とされてしまったのである。
さて、その日本国である。
転移の翌々日、ほぼゼロ時間で行われたと思われる異世界転移とその顛末、異星人による地球侵略という、SF映画の様な状況にあった地球を救った別の異星人の出現と、交渉を担当していた国連のやり取りと、身勝手などと言う言葉で足りない韓国人国連事務総長の発言とその結果について、安住首相は包み隠さず語った。
その上で、北朝鮮によって拉致監禁された日本人を救出できなかった事を涙ながらに謝罪。
そしてこの転移に巻き込まれた在日・訪日外国人達に対しても、この状況に対して日本国が全くの無力である事を伝えて理解を求めた。
更に件の異星人が生存環境の維持と必要な物資と技術の提供を保証した事、日本列島がこの星における地球とほぼ同じ緯度経度に出現している事、物資と技術の提供の第一陣として、各県庁所在地近傍の水辺に1基づつと、名古屋、大阪、福岡には更にもう1基づつ、東京には更に2基、合計82基のレプリケーターと呼ばれる超強力な分子三次元プリンターが出現している事、日本国内の沿岸部に8基の核融合炉が出現し、既に日本の送電網に組み込み込む為の研究が始まっている事等を伝えた。
この驚天動地の出来事に日本人達の大多数は、どうしようも無い事はどうしようも無い事と諦め、大した混乱も無く新しい世界に対応し、適応しようと歩み始める。
因みにどうしようもないのは状況なのか日本人なのかについては別の話だ。
が、完全にとばっちりで転移に巻き込まれた在日・訪日外国人達の一部と、一部の日本人と移民達は納得し切れず対応出来なかった。
特に本国が日本人を拉致監禁していた北朝鮮系と、世界大統領を輩出していた韓国系の対立は、双方が双方を徹底的に糾弾する事で激化の一途を辿り、無数の流血事件を誘発。
日本人はもちろん、他の在日外国人たちをも巻き込み流血が流血を呼び、各地で騒乱事件が頻発した。
そんな中、銃火器や爆発物を用いた騒乱が東京、大阪、福岡、そして新潟で発生した事で自衛隊が出動。
独裁者などと一部の日本人及び在日外国人から揶揄されて来た安住首相は、当時既に済州島に成立していた大韓民主共和国から要請のあった、南北朝鮮系住民の帰国事業への協力、核融合炉とレプリケーターの供与、在日資産と企業の済州島への移転と引き換えに、全国各地の騒乱に関わった三万人近い朝鮮半島系の在日と移民達を大韓民主共和国に追放したのである。
独裁者として名高いヒトラー同様、全国民からの圧倒的な支持の下での決定であった。
そんなこんなが転移から僅か1年程の間に発生した訳だが、実のところ日本人の生活については然程困る事は無かった。
件の異星人は日本の状況を把握していたらしく、日本人(とその周辺地域在住の人々)の生存に必要な全エネルギーと資源の入手手段を用意してくれていたのである。
なんとも至れり尽くせりの状態だったのだ。
もちろん一から新しい経済系と物流系を構築し直す必要があったりと様々な問題も発生していたの だが、そんな事は今更である。
なにせレプリケーターと核融合炉があるのだ。
特にレプリケーターは超高性能な管理AI付きであり、最高級の松阪牛風超巨大肉塊から分子機械まで、必要とするあらゆる物を生産出来るのである。(ただし一部特殊な物質、重力崩壊過程にある重原子を閉じ込めた特殊な分子機械が無ければ、レプリケーターでレプリケーターを作る事は出来ない。限定的ではあるが高性能な3Dプリンターは作れる)
もちろんそれを構成する物質は全て事前に用意する必要があるのだが、その気になれば海水や大気からでも作り出せる――だたし必要な物質が揃っていない場合は恐ろしいほど時間がかかる――程の高性能っぷりであったから、目端の利く者は狂喜したのである。
日本政府は研究用と公共利用用のレプリケーター数基を確保し、日本国が専有する二隻の宇宙船が運んで来る資源や汚物や産廃等をレプリケーターで処理する事で生み出した各種資源や肥料・飼料、金属のインゴット等を売買する市場を作りって経済活動を回復させた。
更にその三ヶ月後、人口増加に合わせてレプリケーターの増設が予定されている事が公表されて、日本国籍を有する全成人に民間用レプリケーター(40基)の年間専有時間(10秒)が割り当てられた。
レプリケーターの専有時間は基本経済単位になり、0.001秒単位で使用時間を売り買い――レプリケーター40基の生産力は基準原材料が揃った状態の食品換算で年間二十億人分。当然二十億人分の食料の素となる各種物資が必要――する市場が出現すると、日本の内需(と言っても外需は事実上消滅している)は爆発的に拡大。
同時に様々なコミュニティが生まれて、代行業者を使って各自の専有時間を共有し、市場で売った専有時間で各種資源を購入して自給自足の集団生活を営んだり、専有時間を株式代わりにした新しい形態の法人等も生まれ、貧困層は事実上消滅した。
時は流れて、転移から10年(惑星レイラの10公転周期。地球年では12年ほど)。
この間、紆余曲折の末に千島列島と南樺太は日本領となり、日本領域とされた能登半島北西沖に存在する北海道ほどの広さがある無人島には、通称国連国と呼ばれる米国市民を中心とした在日外国人達が作った国家が成立(土地は日本国が100年分割で有償譲渡)し、台湾で発生していた外省人と本省人との騒乱も、国連国大中華自治領の成立と自治領への移民によって決着していた。
日本国、台湾国、樺太共和国、大韓民主共和国(済州島)、そして前述の国際連合国は一致団結して、とはいかないまでも、それなりの協力関係を構築して新しい世界に対応しようとしていた。
問題があるとすれば、大韓民主共和国だろうか?
事実上の在日国として成立した大韓民主共和国という新国家建設に邁進していた済州島住民から、朝鮮半島系の在日及び移民に対する帰国命令が出され、その数カ月後に発生した粛清と虐殺の嵐が漸く落ち着いた韓国から、幾度目かの併合依頼が来ていたのである。
もちろん完全に黙殺されている。
済州島には、東京に4基配置されていた核融合炉の内1基が移設されていた上に、国連国ですら2基(米自治領には更に2基ある)しかないレプリケーターが3基も設置されていたのだ。
因みに転移時に配置された核融合炉は多来加湾(ネフスコエ湖)、函館、東京(四基)、大阪(二基)、福岡、基隆の6ケ所10基であり、朝鮮半島系の移民や在日による騒乱事件解決の為、東京に4基あった核融合炉の内1基を送った上、済州島にも元から1基のレプリケーターがあったにも関わらず、日本国内に合計60基(増えた分については、メンテナンスで停止する必要がある為らしい)設置されていたレプリケーターの中から2基と、朝鮮半島系企業の生産設備の済州島移転まで行っていたのである。
が、済州島ではメンテナンスさえ怠らなければ数千年は保つはずのレプリケーターが既に二基も故障している上に、核融合炉についても何故か稼働率が落ちていた。
メンテナンスを怠った上にリバース・エンジニアリングに失敗した事が原因であったのだから自業自得である。
ともあれ、国連国の各10自治領、米、英(英連邦合同)、印、亜(ASEAN諸国合同)、仏(仏語圏の合同)、伯(ポルトガル語圏の合同)、西(西班牙語圏の合同)、土(イスラム圏合同)、中(中国語圏合同)、そして国連国連合政府直轄領)への有償支援で日本全土に配置されたレプリケーターの内から2基と、基幹レプリケーターまではいかないものの、非常に高性能なレプリケーター製3Dプリンター数百台が贈られてーー在日米軍装備と軍事機密情報の開示との交換で、日本国のレプリケーターから2基を米自治領に送っているーーおり、地球人の生活に困難は無かった。
そんな地球系の住民達と、レイラ世界の住民達との交流の解禁期限が迫っていた。
実は地球圏とレイラ世界との交流は10公転周期の間禁止されていたのである。
その間地球圏側の情報はレイラ世界側にはダダ漏れで、先住民達は10年の間にかなりの情報を蓄積していたが、対する地球圏、いや、日本や米軍、米自治領はかなり積極的にレイラ世界の情報収集を行ってはいたのだが、人工衛星を飛ばしても軌道上に出た途端に捕獲されて消息を絶ってしまう為、電子的・光学的観測で得られた惑星レイラの軌道上に存在する植民衛星の観測結果と、ビッグブラザーとか奴隷商人とか監視者とか管理者と呼ばれる様になっていた、信じられないほど強大な力を持つ神の如き異星人が残してくれた、簡単なウィキペディア的情報以外は、殆ど何もわからない状態に止め置かれていたのだ。
そんな強制鎖国状態もこの日で終わりだった。
三日前から地球圏上空を無数の未確認飛行物体が行き来しはじめ、解禁当日、日本国の国会議事堂前にその内の1機が静かに着陸したのである。
警備の警察官が恐る恐る近づいたところでホログラフィック投影装置が稼働して、惑星レイラで最大勢力を誇るらしい異星人の映像が流れる。
笛を鳴らしている様な声であり人には真似る事の出来ない言葉であったが、同時に副音声でバリトンの日本語による通訳が始まったのだ。
5分ほどの映像は24時間繰り返され、ファーストコンタクトの時間と場所と、その場で行われる式典に関する細々とした注意事項を伝えたのであった。
ここはその映像で指定された、ビッグブラザーが残した資料を元に完成させた、神奈川県南西沖のメガフロートにある宇宙港である。
下線が長いT字に赤い絨毯が敷かれたその両側には日本国国防軍の儀仗隊が並んでおり、T字の横線部分には日本政府の要人達を中心に、国連国大統領及び、各自治領の首班、台湾国大統領、樺太共和国首相、大韓民主共和国大統領と、各国の要人達が並んで勢揃いしている。
「黒船のペリー提督と交渉を行った幕府の要人達もこんな気持だったのかしら?」
「もっと気楽だったと思いますよ?」
「岸辺さん、もっとこう、言い様ってものがあるんじゃないかしら?」
「日本の、いや、人類の未来は稲多総理の双肩に――」
「――岸辺君、そろそろ時間ですからやめておきなさい」
「阿蘇さんの仰る通り、そろそろ時間ですね」
「大丈夫ですよ。稲多総理なら必ずやり遂げる事が出来ると信じています」
「ありがとうございます阿蘇さん安住さん。岸辺さんはレプリケーターで生まれ変わったら良いと思います」
小さな笑いが溢れたその瞬間、その場に居た全ての人の背筋がぞわりと総毛立ち、沈黙が訪れ互いに視線を交わし合う。
ここ数日間各国を飛び回っていた小型の未確認飛行物体が彼らの上空数十メートルを飛行していたのである。
「……セカンド・インパクトですか」
岸辺官房長官が腕の時計を確認して呟いた。
予告されていた通り、先触れの小型無人機が現地の確認に来たのである。
と、滑走路とも駐機場とも呼べそうな広大なメガフロートの更にその先、水平線の彼方に小さな黒い点の様な物が出現する。
同時に無人機はゾワゾワと総毛立つ様な感覚を残して音もなく海上に向かって去って行く。
「間違いなく重力制御を行っているな」
「はい。資料にあった通りです。交易で重力制御装置に必要とされる資源が手に入ると良いのですが……」
「何度も言っているが、私は日本人の底力を疑った事は無いがね?」
「……そうですね。星間文明における後進国が売れるものは、独自の自然や生物種、文化や工芸品のみ、だとするなら日本にも、いや、地球にも必ずチャンスはある……」
岸辺は阿蘇の言葉を聞きながら、ビッグブラザーの残した大協約の条文を思い返していた。
転移から10年で既に流出した情報も多いが、少なくとも大協約を見る限り著作権に近い概念はあるし、コンテンツ市場や工芸品関連の市場もある。
市場の規模は327知的種族が暮らす、協約世界の40星系93惑星と12万植民衛星の2兆5000億人。
といってもミーム族と呼ばれる極小種族だけで100種族以上、1兆人以上居るというし、銀河に20人しかいないという巨大なガス生命体も居る。
あまりにも違い過ぎて交易どころか交渉すら不可能な種族も多いが、地球人の工芸品や文化を売る事で、例え人気が出ずに値段が付かず、学術目的でしか売れなかったとしても、惑星上では手に入らない宇宙技術の基幹物質の幾つかは手に入るだろう。
……全てはそこからだ。
明治政府が蒸気船と製鉄所を作る事から始めた様に、レイラ世界の日本も、マイクロ・ブラックホールを封じて建設するという、反物質及び重力制御用超重量物質の生産設備を手に入れるのだ。
知識を蓄え生産設備を整備し、例え馬鹿にされようとも自分達の手で先ず作る。
きっと追いつき追い越せの言葉が日本の、いや、全ての地球系レイラ人の合言葉となるだろう。
なにせ他の種族の大半は種族を代表するエリート集団を送り込んで来ているのだ。
極々稀にどうしようもないクズを棄民として送り込んでくる種族も居るらしく、そうした種族は自滅するか核融合炉とレプリケーターの恩恵にどっぷりと嵌り込んで退化していくのだという。
地球人も、いや、日本人も同じ様な目で見られているらしい事は、レイラ世界を盗聴している日米の諜報機関からの報告でわかっていた。
だからきっと10年は馬鹿にされ続ける。
20年経っても劣等国のままだろう。
だが見ていろ。
30年後には脅威の新興国だ。
そして地球人達は互いに争い競争しあう事で発展し、50年後には一等国に、列強国の一角に食い込んでいるだろう。
エリート集団達だけで構成されているお上品なエイリアン達は、顔を顰め、歯を剥き出し、叫び声をあげて触角を鳴らし、体環を伸ばしたり鼻毛を振り回して驚愕するのだ。
ごった煮劣等種族の野蛮人達に何が出来るか、それを今からみせつけてやる……!