プロローグ8:魔法陣
「ふう。漸く一段落だ。」
部屋の片付けに没頭していた健人。気が付けばもう夕方。3月のこの季節はまだまだ肌寒いもので、温かい飲み物でも欲しいところだ。
「コーヒーでも飲もうか。お湯残ってるかな。」
部屋を出ようと立ち上がる健人。しかし、不意に何かを感じて後ろを振り向いた。
「?」
違和感。部屋を見渡すが別段おかしなところは見当たらない。渾身の掃除によって綺麗になっているくらいだ。
「・・・・・・」
気になる。すごく気になる。
言いたかったことを忘れてしまう。
眠っている時に蚊の羽音が聞こえる。
家を出たとき鍵をかけたのか分からなくなってしまう。
例えるならそんな感じ。形容しがたいムズムズが健人の全身に襲いかかったのだ。
「・・・・・・ノート。」
視線に捉えたのは例の恥ずかしいノート。いらないノートと一緒にまとめて紐で縛ったところ、偶然にも一番上になってしまった。
「・・・・・・」
一番上だ。万が一、誰かがこの紐をほどいて、ノートの中身を見てしまうかもしれない。
それだけは避けたかった。
健人はおもむろに紐をほどくと、ノートの山の一番上から例のノートを手にとった。
「よし。これは、丁寧に火葬してやろう。」
両手を合わせて合掌する。ノートには申し訳ないが、己の名誉のためだ。我慢して灰になってくれ。どうせ、遅かれ早かれの運命なのだから。
などと考えていると、健人は再び異変に気がついた。しかも、今度は気のせいなどではない。
「ノートが、光ってる・・・?」
紙と紙の間から白い光が漏れ出ている。あまりにも奇妙な現象だ。
気になってそのページを開いてみる。そこには、
「うわあ。魔法陣なんか書いちゃって。」
コンパスと定規で丁寧に描かれた魔法陣。三角形と円が幾つも組み合わさっている。更に隙間には自作の文字が刻まれている。
「イタすぎる。やっぱりこれは燃やす一択だな。」
などと若かりし頃の行いを悔い改めているが、重要なのはそこではない。
「じかし、魔法陣が光ってる・・・・・・蛍光ペンでも使ったっけ?」
その輝きは明らかに異常である。その光は徐々に強くなって、ついにはLEDライト並の明度にまで達してしまった。
「・・・・・・」
言葉に詰まる。蛍光ペンなどではない。この輝きは、まるで、妄想の魔法陣が本当に起動したかのようではないか。
「なんだか、やばそうな予感・・・・・・」
身の危険を感じて、ノートを放り出そうとしたその時。
魔法陣の輝きが最高潮に達した。
「ぐっ!なんだ・・・うわああああああああ!!!」
部屋中に溢れる光の渦。健人は為すすべもなく、その荒波に飲み込まれてしまった。